
先生だって人間だ|1通の手紙が、見える世界を変えてくれた話
「先生、いつもおつかれさまです!」
忘れもしない、教員5年目の2月。
わたしは、ひとりの女の子から手紙をもらった。
当時、小学2年生の担任をしていたわたしは、29人の子どもたちとの関わりにかなり手こずっていた。
一部の男子たちに、全く指示が通らない。気に食わないことや面倒くさいことがあると、すぐに床に寝っ転がる。時には教室から逃亡し、校舎内を追いかけた。「静かにしなさい!」と声を張り上げているので、常に声はガラガラ。
帰宅しても、クラスのことが頭から離れず、入眠寸前まで教室内の声が脳内再生され、夢にも子どもたちが頻繁に登場していた。たぶん、初めての挫折経験だった。何もかもがうまくいかない。子どもたちが全く思い通りに動いてくれないように感じていた。
手紙を受け取ったのは、そんな戦いのような日々も残りわずかとなった3学期。最後の授業参観日の前日だった。
ふいに渡された封筒。中から出てきた便箋には、狭い幅の罫線の間にびっしりと文字が並んでいた。最初の行から最後の行まで、一生懸命書かれたメッセージが目に飛び込んできた。
その手紙にはこう書かれていた。
『先生、いつもおつかれさまです!
わたしはいつも先生の顔を見て、とても疲れている顔に見えています。そのとき、〇〇くんたちがふざけているときがあるけど、やさしいときやえらいときもあるのを知っていますか?
わたしは、かけ算グループでいっしょのときに、やさしくて、すごくがんばっているように見えました。だから、そんなにわるい子ではないと思います。』
読んで、衝撃を受けた。
手紙をくれたその子は、クラスの中で大きく目立つタイプではなかった。普段から口数は少なく、問いかけにも最小限しか答えない。当時のわたしには、どちらかといえばぼんやりした子に見えていた。でも違った。彼女は冷静に、教室を見ていた。先生であるわたしを見ていた。そして、友達のがんばっているところに目を向けていた。
その手紙の続きでは、
『まだふざけている子もいるけれど、もう少しなのでがんばってください!3年生になっても、先生のことわすれません。
いろんなおべんきょうをいつも教えてもらっていて楽しいです。先生のおかげで、いつもべんきょうできるようになっています。』
と、わたしを励ましてくれた。
心の底から「申し訳ない」と思った。
やんちゃな子たちとの関わりにいっぱいいっぱいで、それ以外の子たちに十分に目を向けられていなかった。子どもたちのことを見ている「つもり」だったけれど、本当は、子どもがわたしを見てくれていた。わたしが「授業を妨害する存在」と思っていた子たちの素敵なところまでしっかりと見て、それを伝えてくれた。
彼女の手紙が、
わたしの見える世界を変えてくれた。
教える側、教えられる側。
その関係はときどき反転する。
子どもは、わたしが思っている以上にその子なりに世界を見ている。友達の優しさも、先生の疲れた顔もちゃんと見ている。
この経験を機に、わたしは子どもたちを「児童」としてだけでなく、「ひとりの人間」として見つめ、向き合いたいと思うようになった。
困ったところだけで決めつけない。自分が見ている一面だけで、その子をわかった気にならない。なるべく、その子の持つ「いいところ」に目を向けよう。一人ひとりと言葉を交わそう。
あの時の申し訳なさは、
今もわたしの背筋をそっと伸ばしてくれる。
だから、子どもたちの前では、なるべく「ご機嫌」でいたいと思うようになった。
もちろん余裕がなくなる日も、子どもの何気ない言動に思った以上に傷ついてしまう日も、もう辞めたい、辞めてやると思う日もある。それでも、子どもたちには不機嫌やイライラをぶつけたくない。自分の機嫌は自分で取って、子どもたちの前に立ちたい。
ただ、いつもご機嫌でいることは難しく、
自己嫌悪に陥ることもある。
でも、それでいいのだと思う。
先生だって、完璧じゃない。
先生にも、学校の外の人生がある。
落ち込む日もある。
不安でしかたない日もある。
週末には新幹線に飛び乗って、
自分のために学びに行く日もあるのだ。
うまくできない日があったとしても、
「先生も迷いながら生きているひとりの人間なのだ」と伝えられる存在でいたい。
先生という仕事は、子どもたちに多くのことを教える仕事だと思っていた。でも本当は、子どもたちから多くのことを教えられる仕事でもあった。過去に出会った子どもたちに教えられたことを、今、目の前の子どもたちへ返していく。その繰り返しなのかもしれない。
これからも迷うと思う。
ご機嫌でいられない日も、「向いてない、辞めたい」と思う日もあると思う。
それでも、先生である前に「ひとりの人間」として、今は目の前の子どもたちと向き合っていきたい。
先生だって、人間だ。
子どもだって、ひとりの人間なのだ。
だからこそ、教え、教えられながら
同じ教室で過ごしていけたらいい。
─あとがき─
教員としての10年間を思い出し、自分の根っこにある思いを言葉にしたものです。
イラストは、いつか目の前の子どもたちに向けて、今回の出来事を紙芝居にして届けられたらいいなと思って描きました。
先生としての話だけど、どんな人にも伝えたい「人を一面だけで決めつけないこと」の話でもあります。
届いてほしい人に、届きますように。








おしまい。