
十三歳、懲役六年
〜田舎のお利口さんと、都会の怠け者〜
朝の静寂。鳥の囀りだけが、静かに響く。教室では皆、目を伏せて黙々と本を読んでいる。
現在、日本最果ての田舎のとある高校に、わたしは勤めている。いつの間にか、あの頃の「敵」になっていた。
三十歳。オッサン一年生みたいなものだ。
一年生のクラス副担任として毎日生徒の顔を見ていると、あの頃の自分と少し違うことに気がつく。まるでこちらを敵視していない。むしろ味方、共同体、当然敬うべき存在のような目線を向けてくる。
そうだった。これが通常だ。生徒は教師を敬うことが当たり前なのだ。
ー通常?
あの「敵」との戦いの日々は異常だったのか?「味方」と過ごした日々も異常だったのか?
ふと、立ち止まる。
わたしたちは皆、小学校を卒業してすぐに家を離れ、監獄のような寮へ投獄された。そこには看守のような寮監がいて、それにどう立ち向かうか、どう隠れるかばかりを飽きることなく話していた。
異常かもしれない。しかしわたしたちは健全に「個」を解放していた。解放の術を知っていた。
不思議なほど、満たされていた。
懲役六年。それがわたしたち"受刑者"の通常だった。
〜寮の一日〜
廊下に爆音により音割れした音楽が鳴り響く。
午前七時二十分。起床の時間。
音楽が鳴り終わるころには、走るスリッパの音が、鉄製扉の向こう側から聞こえる。
朝の集いが終わったら、遅刻して一列に並んで正座させられている寮生の前を通り、食堂へ向かう。
先輩が靴を履き替えるのを一年が待つのが、その高校寮のルールだった。
わたしはよく靴箱の前で待ちながら、壁に貼られた古い貼り紙に目を向けた。
7:20 朝の集い
8:00〜16:00 学校
16:00〜18:00部活
18:00〜19:00夕食、風呂
19:00〜22:00学習時間
22:10 夜の集い
夜通しゲームをしていたせいか、眠過ぎて最後まで読めなかった。
寮生の大半は、布団の中に服や鞄を入れ、いわゆるダミーを作り、夜間巡回を凌いでいる。鉄製の分厚いドアの、ちょうど目の高さにある細い窓から照らされる眩しすぎるライトは、寮監達の監視の目の鋭さを表していた。
しかしそんな針のように鋭い目にも、わずかな隙はあった。わたしたち寮生は、その針に糸を通すような、死(?)と隣り合わせの状況で、夜中に誰かの部屋に集まってゲームをしたり、喋ったりしていた。
部活でヘトヘトになった身体に鞭を打ち、夕食とシャワーを急ピッチで済ませ、定刻までに学習室に着席しておかないと、罰則が下される。
罰則は決まって学年連帯責任だ。
その罰則により、わたしたちは常に、「夜の集い後すぐ消灯」、「外出禁止」や「お菓子禁止」などの様々な制限があった。
そんな六年は、監獄のように過酷だった。

〜一杯いかが?〜
一つ上の先輩が、代々受け継がれてきた加湿器を持っていた。
その加湿器の本体外側についている水分残量メーターは、赤いキムチ色をしていた。
加湿器の中に野菜や肉などの具材をぶち込んで、キムチ鍋の素を入れれば、加湿器は鍋に大変身、というわけなのだ。
通常の週末の外出で、後輩たちが買ってきた野菜や肉などの食材は、外から自分の部屋のベランダに投げ込む。そして、何事もなかったような顔で、寮の外出届の帰寮時間を記入した。
夜の集いが終わると、すぐにわたしたちは、プラスチックの下敷きをまな板にして、カッターナイフや、ステンレス製三十センチ定規を包丁代わりにして、せっせと準備をしていた。
夜中、1回目の巡回が終わった直後、深夜十二時ごろ、鍋が始まる。狭いベランダに五人、六人と身体を寄せ合い、震えながら加湿器鍋を囲んだ。ちょうどラグビーのスクラムのような状態だった。
寒くて、寒くて、寒すぎて、お椀を持つ手がガタガタと震えていた。モワッと湯気を立てる鍋は、熱くて、うまかった。
喋りながらゆっくり食べていると、あっという間に時間は過ぎた。
中学の頃から成績トップである、勉強熱心な後輩の午前四時のアラームが加湿器鍋終了の合図だった。
午前四時から勉強をするその後輩に、
「豆腐屋か!」や
「新聞配達すんのか?」や
「漁師か!」と、一通りツッコミを終え、
「おはよう。鍋、一杯いるか?」
温めなおした鍋が入ったお椀を渡しに行った。高校二年と高校三年の先輩が朝まで鍋をして、朝早くから勉強をする高校一年に、お裾分けをする、という摩訶不思議なことが起きていた。
「勉強頑張れよ」
閉まるドアの小窓から見る後輩は、もうテキストを開いていた。

〜夜間無断外出!〜
四方がついたてで仕切られた学習室のわたしの机に一枚のメモが折られていた。
○必要なもの
・ロープ(黒)
・黒い服
・ビニール傘
紙を開けるとそう書かれていた。それを見ながら数日前に風呂場で先輩から聞いた話を思い出した。
まずは、ダミー作り。形に不自然なところはないか?膨らみすぎていないか?小さすぎないか?高一にもなれば慣れたものだった。
そして、夜間巡回する寮監のスリッパの音が遠ざかっていくと、静かにベランダの窓を開ける。
靴は予めベランダに用意してあるものを履き、ロープを伝う。
暗闇の中、三階からのロープ降下。視界はほとんど利かず、ロープの手触りと、降りるたびギチギチと音を立てる手すりとロープの音が鮮明に聞こえた。
陸上部の寮生が、これまで何度も学校の外周を走り、防犯カメラの向きと、寮監室の窓の外から見える寮監室内に設置された、防犯映像を確認してくれていたおかげで、センサー付きのライトの、センサー反応範囲を把握していた。
陸上部を先頭に安全なルートを通って、防犯カメラ、センサーライトの目をかいくぐり、柵
を乗り越えて、急斜面の坂を降りた。
十メートルほど坂を下ると、深さが人の身長ほどの汚い用水路がある。蜘蛛の巣や虫避け用のビニール傘を前に向けて、身をかがめたまま一列になり、ゆっくりと歩いた。誰かが滑って転んで、大きな音が響いてしまわないように、前にいる友達の服をギュッと掴んだ。
その先には、大きな池があった。ここまで無事に来られたことに思わず息をついた。
たった一晩だが、自由になれた気がした。大きな池と夜景と星空を眺めながら、わたしたちは手にした一晩の自由を喜んだ。
体に巻き付いていた何かが、外れたようだった。
しかしのんびりはしていられなかった。わたしたち三人は、池を後にした。
ふと振り返ると、山の向こうに寮の非常灯の緑色が、こちらを照らしているように感じた。
服についた汚れも、体の疲労も、二十分の下山も忘れるくらい、わたしたちは静かに興奮していた。
横一列になって歩けるようになるまで、まだもう少し下らなければならない。その上、まだまだ斜面は急な坂道だったので、しばらく縦一列が続いた。
足元に集中していると、自然と会話が途切れた。
ようやく獣道を抜け、街灯のある舗装された道に出た。
わたしたちは、理由もなく走った。
途中、息が切れて三人ともコンクリートの坂道の上に身を放り投げた。
真っ暗な山と数え切れないほどの美しい星が見えた。寮は暗い木々に重なって見えなくなっていた。
「このまま家、帰りたいな。」
まだ寮から二、三キロほどしか離れていないはずなのに、自分の家のすぐそこまで帰ってきている気持ちになった。
少しまた歩き出すと、車道に出た。
見慣れたはずの道、見慣れたはずの駅、床屋、看板。全て暗闇の中では、まるで目を閉じて眠っているように見えた。
コンビニに到着し、カップ焼きそばを買った。店内でお湯を入れ、コンビニの明かりから少し離れた駐車場の隅に座った。
お湯を捨てるまでの四分間で、自分の体がへとへとになっていることに気づいた。ぼんやりとコンクリートの上に置いた焼きそばを眺めながら、今日のことを思い返していた。
朝の爆音で起こされ、食堂へ行き、朝ご飯を食べた。パンだった。寮に戻り、登校準備をして学校へ。
つまらない授業のことは覚えていない。
あ、でも、体育。体育があった。
授業が終わり、部活で目一杯身体を動かして汗をかいた。そしてすぐに夕食、風呂、学習時間、集い…。
考えているうちに、無性に寮に帰りたくなった。寮の自分の部屋のベッドで寝たくなった。
焼きそばは伸びていた。
空の焼きそばカップの容器を囲んで、わたしたちは、学校のこと、将来のこと、寮監のこと、家のこと…何でも話し合った。共に生活している時間が長いだけに、話すほとんどの内容を知っていた。
それでも、また話した。
それが楽しかった。
すぐに喋り疲れて沈黙が続いた。
「もう寮帰る?」
誰が言ったかは覚えていない。
その一言を聞くと、もっと寮に帰りたくなったのを覚えている。ゆっくり重たい腰を上げ、わたしたちは来た道を戻ることにした。
疲れのせいか、無言が続いた。静かに上る用水路は、下っていた時より静かだった。
汚れた靴でロープを伝い、非常階段からベランダへ飛び移った。
わたしは先に部屋に入ったが、廊下に出て部屋の前で他の友達を待っていた。
その時初めて、自分の服がかなり汚れていることに気がついた。
静かな足音が廊下に聞こえた。
わたしたちは部屋の前の廊下で静かに目を合わせた。
毎日同じ場所で生活をし、飯を食べ、風呂に入り、そして「寮監」へ立ち向かうべく、たくさん話し合った。
わたしたちは、ほとんど一心同体だった。三人とも同じことを考えながら部屋へ戻った。
汚れた黒い服を脱いで、集いの時に着ていた服に着替えなおしベッドに横たわると、とても暖かかった。

〜おじさんとギター〜
年が変わり新しい寮監がやってきた。
身長が小さくて、背中が少し丸くて、メガネで角刈りで、いつもヒゲが青い五十代のおじさん、イシイ先生だ。
イシイ先生は見た目に反して、面白くて優しかった。
わたしたち寮生が出会う初めての寮監のタイプだった。
過去には、電子機器が近づくと扁桃腺がピクピク動く寮監、五十メートルを六秒台で走る寮監など…
イシイ先生は、そのどれにも当てはまらず、はじめは寮生は困惑していた。
しかし打ち解けるのはとても早く、一緒に寮裏でサッカーをしたり、深夜まで一階のラウンジで喋ったりした。
イシイ先生は小田和正が大好きだった。よく小田和正の音楽を、朝の起床の音楽で流してくれていた。そしてイシイ先生はよく夜の集い後にギターを弾いて、そこそこきれいな声で歌ってくれた。
寮生はみんなイシイ先生が歌う小田和正が好きだった。
わたしは当時、夜間外出ばかりしており、ろくに授業も受けておらず、夢もなかった。そんなわたしに
「ギターやってみるか?」
と声をかけてくれた。
すぐにのめり込んでいった。
ギターの基礎はすべてイシイ先生から習った。娯楽がほとんどなかった寮生活の中で、ギターとイシイ先生は心の隙間を、静かに埋めてくれた。
イシイ先生のギターをこっそり部屋に持って上がり深夜まで練習したり、学校の授業を抜け出して寮にこっそり忍び込んで練習したりしていた。
「♫グ〜ッバイグッバイ、今は〜グッバイ♫」
見た目は完全なるおじさんだが、やさしい歌声だった。
わたしは小田和正の『グッバイ』を歌うイシイ先生を見て、おじさんでも何か一芸を持っていると、かっこいいんだなと心の中で思った。
〜田舎のお利口さんと、都会の怠け者〜
卒業して、離れ離れになったわたしたちの心には、ポッカリ穴が空いていた。もう「敵」はいないし、もう隠れて加湿器で鍋をしなくてもいいし、ダミー作りを試行錯誤したり、センサーに感知されないギリギリのルートを通って寮から脱出したりしなくてよかった。
あの頃、毎日のように夢に見ていた。
(早くここから出たい、自由になりたい、普通の生活がしたい、家に帰りたい、ゲームをしたい、ケータイで女子とメールしたい、ゆっくりしたい、早く卒業したい…。)
懲役六年を終えてようやく、その夢は全て叶った。
しかしそれは、安堵とは少し違った感情だった。
わたしはふと、小さな違和感に気がついた。
あれ、おかしい。
今の生活が、これこそがあの頃望んでいた自由な世界なのに。
心が、妙に寂しい。
そういえばこのセリフ、誰かも言ってた気がする。
…そうだ。寮監の先生だ。
わたしは、卒業後も少し寮監の先生と連絡を取ったり、寮に帰って会ったりした。
久しぶりに寮に帰ってイシイ先生に会って、うどん屋さんに連れてってもらった時だ。
相変わらずの話でひとしきり笑ったあと、ふと、車内が静かになった。
「もう、寮生の世代もすっかりかわってなぁ…」
運転席に座るイシイ先生の横顔は、少し寂しそうだった。
「夜の集い後の寮は、めっちゃくちゃ静かやわぁ…」
イシイ先生、こんな老けてたっけ?
「夜の巡回してても、みんなちゃーんと寝とるわぁ…」
あれ、イシイ先生、メガネが変わってる。
「朝の集いにも誰も遅刻せん。皆んな時間通りに降りてくるんやぁ…」
イシイ先生、よく見ると、おばあちゃんにも見えなくもない。
「学習時間も、ちゃーんと勉強しよる」
…やっぱり寂しそうだ。あの頃からずっと寂しくて虚しいのは、わたしだけじゃなかったのか。
⭐︎
寮での六年間の懲役を終えて、やっと自由になったわたしたちを待ち受けたのは、監獄よりも辛い、虚無の日常の始まりだった。
わたしたちは毎日、刺激を求めて都会を彷徨っていた。もう、わたしたちにとって「異常」は正常で、世の中の「正常」こそ、わたしたちにとっては異常になっていた。
気づけば、あの頃の顔ばかり思い出していた。
懲役は終わった。でも、あの六年が一番自由だった。
⭐︎
うどん屋に到着するまでまだもう少しある。うどんを食べて数時間したら、また虚無の日常に戻ってしまう。今日が終わっていく。
イシイ先生が再び口を開いた。
「夜、巡回せんでもええわ。誰も騒いどらん。寮から抜け出すやつも、鍋するやつもおらん」
イシイ先生の言葉に、気持ちが溢れてきた。
「不思議じゃのう。これこそずっと目指してた寮やのに…。面白くないんじゃ」
一度溢れた気持ちに歯止めは効かなかった。
「な〜んで、勉強しとんじゃ。な〜んで廊下でサッカーせんのじゃ。な〜んで一箇所も壁に穴開かんのや」
強い言葉尻には、怒りではなく、寂しさが見えた。
「面白くないわ。あの頃に戻りたいわ…」
イシイ先生も、虚無の日常を彷徨う人間の一人だった。
⭐︎
あれからもう十年以上時が過ぎてしまった。 気がつけば、わたしは「敵」になっていた。
…そうだ、今はホームルーム前の「朝読書の時間」だった。
鳥の囀りだけが響く。教室では皆、目を伏せて黙々と本を読んでいる。
彼らは毎日、満たされているだろうか?
彼らにとっての自由とは、何なのだろう?
わたしは然るべき時に、彼らの敵になれるだろうか?
本を読む姿を眺めながら、問いが浮かんだ。
ーそして気づいた。
人は、自由になると満たされるわけじゃない。
むしろ、何にも縛られなくなったとき、はじめて自分の空っぽさに向き合うのかもしれない。
懲役六年。
あの時間は、わたしたちを縛っていたんじゃない。
わたしたちを、生かしていた。