見出し画像

おむつの部屋干しと、高齢者の指には反応しないスマホ画面【老老介護ズタボロ日記 #15】

もうすぐ94歳になる親父と二人、自宅で老老介護を続けながらモバイルワークをしている「壱心(いっしん)」です。

前々回、「夏の暑さで奇跡的におむつが取れた!」と大はしゃぎした私。しかし、定期検診でかかりつけ医から「それ、ただの脱水症状ですよ」と冷や水を浴びせられ、がくぜんとしたのも束の間でした。

舌の根も乾かぬうちに、我が家にはさらなる「衝撃の光景」が待っていたのです。

ある朝の8時半ごろ。いつものように、

「おとっつぁん、朝メシ食う~んかぁ?」

と父の部屋を覗き込んだ、その時だった。

……ん? おかしい、なんか違う。よくよくクンクンと嗅いでみると、あの懐かしき「おしっこの臭い」が蒸し風呂状態の和室に充満しているのだ。

ニオイの元をたどって、縁側の方へ目をやると、針金ハンガーにかかったステテコが長押(なげし)にチョンと引っかけてある。

そしてその横には、同じように使用済みと思われる、少々黄ばんだおむつが堂々とぶら下がっていたのだ。

「なんだ、これっ。なんだよこれ、おとっつぁん、よぉ!?」

これって、おむつの干し直し? 「おむつの部屋干し」そのものではないだろうか。我が目を疑うような、大どんでん返しの光景である。

実のところ、おむつが取れた(と思っていた)のは、単に脱水症状で尿があまり出なくなっただけのこと。

そこで「水を毎日、飲め」と口うるさく言っていた矢先、親戚から葬儀の連絡が入った。

長時間の参列になるため、念のために買ってきたおむつを履かせて連れて行ったのだが、それ以来、父はおむつを手放せなくなってしまったのだ。

まさか、おむつに回帰していたとは。

「これ履いてねぇと寒いんだよ。あったかいから履いてんだ。今年いっぱい履いてねぇと寒いからな。3日に1回くらい取り替えりゃいいんじゃねぇか?」

「うん、うん、うん」と、いつもの掛け声を自身にかけながら立ち上がる父。

折しも季節は夏真っ盛り、猛暑である。それを「寒い」だなんて、何を考えてんだ。返す言葉もない。

「おむつ、卒業したんだから、パンツ履けよ、パンツを」

「履いてるって、パンツだろ。履いてるよ」

やおらステテコを引っ張って中身をチェックしてみると、案の定、おむつを履いている。

「これ、何だよ!? おむつかっ?」

「あれ! おむつだったの? 汁(おしっこ)なんか、もう出ねえのによ」

もはや何を言っているのか意味不明だが、父は完璧に「おむつ人生」へと舞い戻ってしまった。

ちょうどその時だった。久しぶりに学生時代のグループLINEが動いた。

「吉田先輩のお父さんが亡くなったって言うんだけど、みんな、香典包まなくていいの?」
「葉子はお母さんのボケが進んじゃって、目が離せないらしいよ。ランチ、むずかしいって言ってた」

なんて話で盛り上がっていたので、私も後出しじゃんけんで軽く割って入ってみた。

『ちなみに昨日は、どういうわけか、たっぷりと吸い込んだおむつをエア干し(部屋干し)していました。なかなかやるでしょ、俺んちのオヤジ。昭和7年生まれだぞ!』

送った瞬間、LINEの画面がピタッと止まった。静寂の5分間。

やってしまったかと思ったが、そこは類友だ。介護経験者の雁首が揃った強者ぞろいだ。

「ホント、大変だよね。親の介護って」
「その程度なら、まだ本格的な認知症じゃないんじゃない?」
「でも、認知症と介護認定は別だからね」

実に頼もしい情報や慰めが返ってきた。持つべきものは、気心の知れたメンツである。

しかし、この「おむつ復調」をきっかけに、父の奇行は加速する。

ある日、グラグラしていた父の前歯(被せ物)を見せられて、
「そのうち自然に抜け落ちるからほっとけよ」
と、言い聞かせていた時のこと。突然、父が言い出した。

「今な、うちの前に車が5台待ってんだよ。軽自動車なんだな、これが。ウソだと思ったら、外、見て見ろ。歯医者の車だから乗せてってくれるっていうんだ。今から行ってくっから!」

なにっ? 歯科医院の送迎車が5台!?

歯医者に行けば金がかかる。ネットで調べても「高齢者のグラグラした歯は無理に抜かず放っておいても大丈夫」だという。

「万が一飲み込んでも異物として2〜3日で便と一緒に排出される」と書いてあったのでスルーしたかったのだが、父はどうやら前歯が痛くてここ1週間ほど大好きなパンも食べたがらず、カリカリしていた。

事情はわかったが、「車が5台来てる」は完全にボケの領域である。

ちなみに、父のために3,400円の大枚を叩いて買った新品の「ポップアップトースター」は、未だに父のパンを1枚も焼けていない。

やきもきしていたら、悪友のブルースからLINEが入った。ブルースは自分の両親と、なぜか女房の父親を介護して看取った、私からしたら在宅介護におけるセンセイである。

いつもの行きつけの立ち飲み屋でホッピーを汲み交わしていると、ブルースが、店の注文用タッチパネルを指でつつきながら首をかしげている。

「なぁ壱心、俺さ、タッチパネルがぜんぜん反応してくれないんだよ。スマホも最近ダメでさ。都市伝説かもしれないけど、年取ると指の水分がなくなって反応しなくなるらしいぜ」

「バカ言え、まだそんな歳じゃねえだろ」

と言いながら、私がパネルをポンと押すと、リアルタイムでサクッと画面が切り替わる。

「なんでお前は反応すんだよ! 同い年なのに若いフリすんな!」
「知らんよ!」

二人でカンカンガクガクやりながら、その場でスマホに理由を聞いてみた。すると、なんのことはない。科学的に非常に理にかなった理由があったのだ。

スマホや居酒屋のタッチパネルは「静電容量方式」といって、指先の微小な電気の変化を察知している。

ところが歳を取ると、皮膚の水分量が減ってきて、指先がカサカサに乾燥し、皮膚自体も硬く、薄くなる。

だから電気の変化が伝わりにくくなって、パネルが「押された」と認識しなくなるらしい。

つまり、ブルースの指が拒絶されたのは、ただの「重度の乾燥肌」というオチだったのだ。

そうして、お盆もすっかり過ぎた頃、父がリビングのテーブルの上に「電気代の請求書」を出してきた。

いつもは月の半ばに引き落とされるので10日過ぎには届くはずなのだが、前月分は来ないなと思っていたら、またしても、なんか臭う。

請求書に鼻を近づけると、未開封の封書からおしっこの臭いがプンプン漂ってくるではないか。

我が家における父の主な役割は「ポストマン」だ。

一日数回、午前と午後にポストの蓋を開けるのが習慣だったが、ここ1〜2年は足腰が弱り、たまにしか覗かない。

ところが、郵便物を回収しては自分の部屋に溜め込み、何週間も経ってからリビングに置いておくのがしばしばだった。そのままゴミ箱にポイされたことも珍しくない。

今回、回収された請求書は、いったい何日間、父の「おむつ近辺」あるいは「布団の下」で熟成されていたのだろうか……。

土日祝祭日は配達がないと何度言い聞かせても、玄関を開けては目の前のポストを見に行く父。そんな後ろ姿を見ていると、「歳を取るということは、確実に人生の下り坂を下っているんだな」と実感する。

そこで、問題。

Q1 日本にある坂道は、上り坂と下り坂、どっちが多い?

A1 同じ。どんな上り坂も、反対方向から見れば下り坂で、どんな下り坂も、反対方向から見れば上り坂だから。

Q2 長崎で異国情緒を感じさせる坂といえば、オランダ坂。東京・渋谷の繁
華街にある有名な坂といえば、道玄坂。では、人生において、よくないことが突然起こることを何という?

A2 答えは本文中にあります(正解は#16でお知らせします)

青空に向かって登ってきた坂道を、今は父の背中を押しながらゆっくりと下っている。途中で「おむつの部屋干し」という奇妙な景観に遭遇したり、「5台の送迎車」という幻影を見たりしながら。

下り坂だからこそ見える景色も、あるにはある。けれど、平坦(フラット)な人生なんて、最初から存在しないのだから。(#16に続く)


いいなと思ったら応援しよう!