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93歳父の「冷蔵庫泥棒」を食い止めた100均グッズの神ワザ【老老介護ズタボロ日記】#6

前回(#5)では、93歳になる父の性欲がまったく衰えていない、という衝撃の事実を暴露したが、実は人間の三大欲求のうち、「食欲」も要介護1にしては旺盛すぎるという秘密を抱えている。

とにかく、父はよく食う。その姿は、まるでハイエナのようだ。朝昼晩ときっちりと平らげるのだ。

私は仕事中に食べると眠くなってしまうので、たまに昼食を抜くこともあるのだが、父に「抜く」という選択肢はない。

「おとっつあん、昼飯、食うんか?」

「何があんだい?」

「なんでもあるよ、何、食うんだ?」

「そばでいいか」「冷てえのな」

しかし、食べても食べても、彼のお腹は満たされることはない。リミットがないのだ。

夜中にガサゴソと起きてきては、冷蔵庫にストックしてあるカチカチのおにぎりをレンジでチンして食べている形跡が残る。

見かねて、知り合いの介護士に相談してみると、

「だめ! 食べさせちゃ。際限なく食べるから。認知症の気が入ってくると、四六時中食べちゃうのよ」

と、アドバイスを受けた。

なるほどと思い、それからは父親の和室に置いてある専用の小型冷蔵庫には、必要最小限のものしか入れないようにした。

牛乳、野菜ジュース、サバの缶詰が2〜3個と、おにぎりが3個。最近はおにぎりもバカ高いので、夕方過ぎにスーパーへ走り、半額になったものをまとめて買い込んでくる。

だが悲しいかな、それでも彼の食欲を止めることはできない。スクワットの成果が出たのか、家の中を手放しで歩けるようになったころ、ついに「事件」は起きた。

ある朝、妻がキッチンの大型冷蔵庫を開けて、悲鳴をあげた。中がすっかり食い荒らされていたのだ。

その日の夕方にも、再び事件は繰り返された。前夜の残りのカレーにラップをかけてしまっておいたのだが、そのラップをバリバリと無造作に剥がして、なんと手づかみでカレーを貪り食った形跡がある。

カレーは冷蔵庫の中に飛び散り、ドアにはそれを指でなすった跡や、床には無惨な「残骸」が散乱していた。

すわっ! まさかここでクソを垂れ流したのでは……と、最初は我が目を疑った。

恐る恐る鼻を近づけて臭いを嗅いでみると、「ああ、カレーだった」と胸を撫で下ろしたものの、事態は深刻である。

こうなると、確信犯の常習性は止まらない。冷蔵庫はほんの序の口で、今度は階段下の食品庫に隠しておいた菓子パンやコーラまで根こそぎやられてしまった。

まさにイタチごっこだ。「やめられない、とまらない」のである。

ある日などは、生のゆでうどんの包装紙を指でほじくって穴を開け、麺を数本引っ張り出して生のままで食べた形跡すらあった。……そんなことして、うまいのだろうか。

何も知らない人が見れば「ネズミの仕業か」と勘違いするほどの荒らし方だが、いくらネズミだってドアの閉まった冷蔵庫には侵入できない。もう、父の暴走には歯止めが効かなくなっていた。

たちが悪いのは、この“犯行”を真夜中や誰もいない昼間の時間帯に実行していることだ。

そこで、事態を重く見た妻が一計を案じた。

「買ってきたよ。これでどうぉ!?」

差し出された商品には、「多用途安全ロック」と書かれている。100円ショップで売っている、無色透明なベルト状のグッズだ。

これを冷蔵庫の左右の扉にペタッと貼り付ける。カチッとはめ込むフック式になっていて、大人の力やちょっとしたコツがないと開かない仕組みだ。

この日を境に、我が家の「深夜の食いもの泥棒」はピタリと鳴りを潜めた。100均の知恵が、93歳の執念に勝利した瞬間だった。

それにしても、どうして「あるだけ食べてしまう」のだろうか。気になって調べてみると、そこには「脳のバグ」ともいえる切ない理由があった。

認知症が進むと、脳の満腹センサーが壊れて「お腹いっぱい」が分からなくなる。さらに、さっき食べたという「記憶」そのものが消え、前頭葉のブレーキも緩む。

つまり、満腹感がゼロで、食べた記憶もゼロ。おまけに「目の前にあると我慢できない」という、狂おしいほどの三重苦が父のなかで起きていたのだ。

実はこれ、介護の世界ではけっしてアブノーマルな異常行動ではなく、脳の仕組み上、誰にでも起こりうる、きわめてノーマルな現象らしい。

この「底なしの食欲」をリアルに描いたのが、映画の世界だ。

古くは森繁久彌主演の名作『恍惚の人』(1973年)で、おじいちゃんが鍋の煮物を手づかみでワイルドに食べるシーンがあるし、三國連太郎の『人間の約束』(1986年)でも、食欲のコントロールがきかなくなった家族のドタバタと苦悩が描かれている。

映画のなかの出来事を「大変だなぁ」と他人事で観ていた若き日の自分に教えてやりたい。我が家では今、まさにそのリアルが上映されているのだと。

満腹中枢が壊れ、目の前のものを際限なく胃袋に流し込むその姿は、さながら自分の体以上の獲物を丸呑みにしていくニシキヘビのようだ。

野生の猛獣たちは、一回ドカンと食ったら何日間かは寝て過ごす。父もニシキヘビを見習って、一回カレーを腹いっぱい食ったら、あとは3日くらい静かに寝ていてくれると、こっちの身も助かるのだが。

私がつくって、父が食べる――。

母が死んでから4年。毎日毎日、ハイエナかニシキヘビのような父の胃袋を、100均グッズと並走しながら満たし続けている。

この終わりなき食事づくりの日々に、私の心と体は、少しずつ悲鳴を上げ始めていた。
(#6に続く)


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