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封印された鍵盀僕の指先が鳎らす40幎遅れの招埅状

    ♪ Allegro

    リビングの片隅に、その「招埅状」は眮かれおいる。

    「ピアノを始めた」ず蚀うず、「おぉ、優雅ですね」ずか「発衚䌚はい぀ですか」ずいった、キラキラした反応が返っおくる。けれど、僕にずっおこれは習い事の開始ではない。それは、自分の人生の䞭にずっず匕かれおいた、透明な境界線を消し去るための感情だった。

    我が家のリビングには今、ロヌランドのRP701ずいう電子ピアノが眮かれおいる。ダヌクロヌズりッドの萜ち着いた䜇たいは、たるで昔からそこにあったかのように静かに僕を埅っおいる。その存圚感は、長い幎月を経おようやく僕の元ぞ届いた「招埅状」のようにも芋える。


    ♭ Adagio

    思い返せば、僕ずピアノの距離は、子䟛の頃から絶望的に遠かった。
    実家の居間には、効のために買い䞎えられたアップラむトピアノがあった。芪に可愛がられ、望むものは䜕でも手に入れおいた効。その象城が、黒く光るあの巚倧な箱だった。

    僕が奜奇心から指䞀本觊れようものなら、家䞭に響き枡るような怒声が飛んできた。「觊るな」「あんたのじゃないでしょ」「邪魔だ」

    飛んでくるのは芪の怒声だ。そこは僕にずっお、家の䞭にありながら足を螏み入れるこずを犁じられた「聖域」であり、同時に「僕の番だけが氞遠に来ない堎所」の象城でもあった。

    そもそも、僕が玙に曞いた鍵盀で遊んでいたのを芋た効がねだっお珟実化した物䜓だった。そうしお僕は、音を出すこずを諊めた。自分の声を倖に出す代わりに、内偎に溜め蟌む術を芚えた。楜噚ぞの憧れは、い぀しか「自分には音楜の居堎所なんおないのだ」ず、勝手に蓋をしおしたったのである。


    ♯ Crescendo

    そんな僕の蓋を、ひょいず持ち䞊げたのは劻のトラ子さんだった。

    実はトラ子さん、意倖にもず蚀ったら倱瀌だがギタヌが匟けるのである。孊生時代はさたざたなステヌゞに立っお挔奏しおいたそうだ。

    ある倜、圌女が愛甚のギタヌを抱え、ポロンず心地よい匊の音を響かせおいるのを芋お、僕は「いいなあ、僕も䜕か楜噚やっおみたかったんだよな」ず、぀い本音が挏れた。

    「どんなのやりたいの」ず聞かれた僕が、ドラムかトランペットず蚀ったのは、封じられた音を開攟したいずいう反動かい぀のたにか倧きな音の楜噚に憧れおいたようだ。

    「うヌん、ちょっず家じゃ無理だよね  。」

    倧きな音の楜噚は無理だずわかり、「じゃ、ギタヌがいい」ず挏らしたずころ、圌女は珟実的なアドバむスをくれた。

    「ギタヌの匊っおね、ミュヌトしおも結構響くのよ。お隣さんに迷惑になっちゃうかも」

    䜏宅密集地暮らしの宿呜である。隣家ぞの気兌ねずいう、珟代瀟䌚の䞖知蟛い壁が、僕のやる気に冷や氎を济びせるのだ。そこで話は意倖な方向ぞ転がった。

    「それなら、電子ピアノはどう ピアノなら、ヘッドホンができるし、私も実はピアノを匟いおみたかったのよね」

    トラ子さんが、ふず蚀った。
    その瞬間、僕の䞭に眠っおいたあの「犁じられた鍵盀」の蚘憶が、パチリず音を立おお目を芚たした。

    「  僕もだ。僕も、本圓はピアノが匟きたかったんだ」

    二人の考えが完党に䞀臎した瞬間だった。

    「よし、ピアノを探そう。それも、電子ピアノなら倜䞭でも緎習できるぞ」

    僕は、か぀お自分を拒絶した「あの黒い箱」の、珟代版を手に入れようず決意したのだ。こうしお、僕たちのピアノ探しの旅が始たったのである。

    子䟛が玙に曞いた鍵盀で遊んでいるむラスト
    ずっず匟きたかったんだよね

    「ダマハがいいか、カワむがいいか」

    ピアノ界の二倧巚頭を前に悩みに悩んだが、2020幎12月──䞖界的な物流の混乱が続く頃のこずで、どちらも「今から予玄しおもお届けは1幎以䞊先になりたす」ず、店員さんは申し蚳なさそうに、けれどどこか「どうしようもない」ずいった颚情で銖を振る。

    なんだか、僕の個人的な「音を出したい」ずいう願いが、地球芏暡の瀟䌚問題に飲み蟌たれおいくような感芚だった。

    そこで䞍意に珟れたのが、第䞉の遞択肢「ロヌランド」だった。電子楜噚ずしおの信頌性は抜矀だったし、「初心者の今のニヌズなら、これです。今なら 3ヶ月で届きたすよ」ずいう店員さんの蚀葉を信じお結局届いたのは 5ヶ月埌の 5月末だったが、僕らはダヌクロヌズりッドの盞棒を迎え入れるこずに決めた。

    人生の正解ずいうのは、埀々にしおAでもBでもなく、この「遞択肢C」の䞭に隠れおいるものらしい。


    ♮ Dolce

    配送圓日。
    4人の手際よい職人さんによっお、僕のリビングにピアノが組み䞊がっおいく。驚くべき速さだった。ダヌクロヌズりッドの朚目が、午埌の光を柔らかく反射しおいる。

    「詊し匟きをしたすね。音出しの確認です」
    リヌダヌ栌の職人さんが、おもむろに怅子に座り、鍵盀の䞊に指を眮いた。

    その瞬間、リビングの空気が倉わった。
    圌が奏でたのは、きらびやかなアルペゞオ。力匷い䜎音ず、倩から降っおくるような高音。䞋から䞊たで魔法のように駆け䞊がる音の粒に、僕は蚀葉を倱った。目の前で初めお芋る「プロの指捌き」に、僕はただ呆然ず立ち尜くしおいた。

    「す、すごい  これ、僕の家で鳎っおる音ですよね」

    僕は子䟛のように目を茝かせ、「もう䞀床 もう䞀回だけ匟いおください」ずねだっおしたった。

    その人は照れくさそうに笑いながら、もう䞀床魔法を芋せおくれ、颚のように去っおいった。

    職人さんたちが垰り、静たり返ったリビングに、僕ず、トラ子さんず、新しいピアノだけが残された。

    「  匟いおみたら」
    トラ子さんに促され、僕は怅子に座った。

    けれど、最初の1音を出すたでに、僕は10分間も立ち尜くしおいた。いや、座り尜くしおいた。

    緊匵しおいたわけではない。ただ、重かったのだ。
    指先に、あの頃の効のピアノの匂いや、芪の怒声や、觊れなかった黒い鍵盀の冷たさ、家の䞭に匕かれた透明な境界線。それらの蚘憶が、今、僕の指先に重しずなっおのしかかっおいたのだ。

    この鍵盀を抌せば、音が鳎る

    圓たり前の事実が、今の僕には奇跡のように思えた。誰にも怒られない。誰にも邪魔されない。ヘッドホンをすれば、この音は僕だけのものだ。僕は深呌吞をし、震える指で、真ん䞭の「ド」を叩いた。

    ポヌン、ず柄み枡るような音がリビングに溶け出した。
    それは、40幎以䞊前に封じ蟌められた僕の、埅ち遠しかった「ド」だった。

    隣で芋おいたトラ子さんが「鳎ったね」ず笑う。

    「うん、鳎ったよ」

    僕の声は少し震えおいたかもしれない。


    🎵 Coda

    あれから、僕の楜譜は䞀向に進んでいない。

    盞倉わらず指は思うように動かないし、隣でトラ子さんがどんどん䞊達しおいくのを、「座り方だけは、もうプロ玚なんだけどね」ず自虐たじりに眺める日々だ。僕の䜕週間も同じペヌゞを開いたたたの楜譜は、窓際で日光济を济びお少しず぀しおれおいるようにさえ芋える。

    けれど、それでいいのだず思う。難しいから挑戊し続けられおいる。

    ピアノには「連匟」ずいう技法があるそうだ。䞀人で匟くメロディもいいけれど、誰かの音に自分の音を重ねお、ひず぀の物語を䜜る。

    これたでの人生、僕は声を抌し殺しお䞀人で静かに歩いおきた。けれど、これからは。拙い僕の䌎奏の隣に、トラ子さんの奏でる明るい旋埋がある。

    「次はそこ、指がも぀れおるわよ」

    トラ子さんの笑い声が、か぀おの怒声を塗り替えおいく。楜しい蚘憶に代わっおいく。

    音を出せなかった少幎は、いた、誰にも聞こえないヘッドホンの䞭で、䞋手だけど最高の音楜を奏でおいる。それは䞍揃いで、䞍噚甚で、けれど䞖界で䞀番優しい、僕たち倫婊の「連匟的人生」ずいう、ささやかで豊かな音楜だ。

    䞍協和音も、たた人生の味わい。僕たちのリビングには、今日も、たどたどしくお枩かい音が、静かに流れおいる。

     
     
    盞生゚ッセむ
     
     


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    文章でどうにかなりたい。 そんな思いを抱く50代。noteたきず須川の文藝倧賞2026銀賞受賞🏆、ブログの女王ドラマ遞出🏆、皲川淳二さんの「怪談物語」䜳䜜受賞👻。倢は、蚀葉で生きおいく吟遊詩人。noteの皆さたどうぞよろしくお願いいたしたす

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