メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

幻の地元探怜郚ず、終わらない攟課埌

    僕がただ、自意識の塊だった䞭孊生の頃の話だ。
    ある春の日、新しく赎任しおきた先生が、ずんでもない郚掻を立ち䞊げた。

    その名も、「地元探怜郚」。

    ネヌミングセンスが泣
    「野球郚」や「サッカヌ郚」が攟぀、汗ず青春のキラキラしたオヌラずは察極にある、土埃ずカビの匂いがしそうな名前である。

    圓時の孊校瀟䌚においお、郚掻動遞びはスクヌルカヌストを巊右する重倧な政治刀断だった。運動郚に入ればずりあえず「陜」の認定を受けられるが、わけのわからない文化郚に入れば、その時点で「陰」のレッテルを貌られかねない。

    僕はずいえば、すでに陞䞊郚に所属しおおり、カヌストの䞭局あたりで平穏無事な日々を送っおいた。本来なら、芋ず知らずの先生が始めた、怪しさ満点の「探怜郚」など、芖界に入るはずもなかったのだ。

    ずころが、である。
    魔が差したのか、前䞖の蚘憶が呌び芚たされたのか、僕はあろうこずか運動郚を退郚し、その「地元探怜郚」の門を叩いおしたったのだ。

    「なんか、おもしろそうじゃん」

    圓時の僕は、友人にそう蚀ったが、内心はドキドキだった。なにせ、掻動内容がたったく芋えない。アマゟン奥地に行くわけでもないのに、䜕を探怜するのか。


    結論から蚀うず、「地元探怜郚」は最高だった。
    それは、今でいう「ブラタモリ」ず「鉄腕 DASH」を足しお二で割らないような、知的奜奇心のワンダヌランドだったのだ。

    先生は、新倩地であるこの町を知りたくお郚掻を䜜ったらしいのだが、その情熱ず行動力が尋垞じゃなかった。

    攟課埌、僕ら郚員を匕き連れお孊校の近所を緎り歩く。ただそれだけなのだが、先生の解説が入るず芋慣れた景色が䞀倉する。

    「この甚氎路のカヌブ、䞍自然でしょ 実は江戞時代の区画敎理の名残なんだよ」

    なんお蚀われるず、ただのドブ川が歎史の蚌蚀者に芋えおくるから䞍思議だ。

    近所の小さな酒造所に突撃しお、酒造りの工皋を芋せおもらいもちろん詊飲はしおなかったはず、 ず信じたい、旧家の蔵にお邪魔しお、埃をかぶった骚董品を芋せおもらい「ぞぇ〜」ず感心する。

    造園業者のおじさんが石を積む様子を、ただひたすら䞀時間眺め続けたりもした。職人の手぀きずいうのは、なぜあんなにも飜きないのだろう。魔法のように石が噛み合っおいく様は、テトリスの超絶プレむを芋おいるようで快感だった。

    ある日は、河川敷で食べられる野草を探し、理科宀で調理しお食べた。「タンポポの根でコヌヒヌ」を䜜ったり、「スカンポは酞っぱい」ずいう圓たり前の事実を、舌で確認する喜び。

    たたある日は、壊れた扇颚機を分解し、モヌタヌの仕組みを孊んだ。元に戻せなくお先生が苊笑いしおいたけれど、あの時の機械油の匂いは、今でも鮮明に思い出せる。

    僕らは、教宀ずいう狭い箱庭から飛び出し、リアルな䞖界の手觊りを楜しんでいた。

    先生は、倧人ぞのアポ取りや亀枉を䞀手に匕き受けおくれおいたのだず思う。「䞭孊生の孊習のため」ずいう倧矩名分を振りかざし、地域の人々の懐に飛び蟌む。今思えば、あのコミュ力は凄たじい。僕らがのんきに「すげヌ」ずか蚀っおいられたのは、先生が裏で頭を䞋げ、笑顔で亀枉しおくれおいたからなのだ。

    地元探怜郚、酒蔵を芋孊する
    地元探怜郚、酒蔵を芋孊する

    しかし、そんな蜜月は長くは続かなかった。
    「地元探怜郚」ずいう名前が、やはり灜いしたのだ。

    「お前、探怜郚なんだっお 䜕探しおんの ツチノコ」
    「地味すぎだろ、暗いよ」

    校舎の窓から、あるいは廊䞋ですれ違いざたに、心ない蚀葉が瀫぀ぶおのように降っおくる。
    「文化郚暗い」ずいう、短絡的で残酷な偏芋。

    僕自身は図䜓だけはデカく、柔道着が䌌合いそうな䜓栌をしおいたのでむゞメられるこずはなかった。けれど、僕のハヌトはガラス现工のように繊现だったのだ。いや、薄い风现工くらいかもしれない。

    それに、䞀緒に掻動しおいた郚員たちはおずなしい子が倚かった。圌らが俯いお歩く姿を芋るのが蟛かったし、䜕より自分が「かっこ悪い」偎に分類されるこずに耐えられなかった。

    自分が心から楜しいず思っおいるこずを、他人の物差しで枬られ、吊定される。その理䞍尜さに立ち向かう匷さが、圓時の僕にはなかった。

    「なんか、忙しくなったから」

    そんなありきたりな嘘を぀いお、僕は郚掻を蟞めた。
    僕が抜けた埌、郚員は枛り続け、やがお「地元探怜郚」は自然消滅したず聞いた。

    僕が守らなかった堎所。僕が捚おた、宝箱のような時間。

      なんで蟞めちゃったんだろ。


    それから、数十幎が経った。
    おじさんになった僕は今、䜕をしおいるか。

    䌑日にカメラをぶら䞋げお近所の史跡を巡り、YouTubeで職人が包䞁を研ぐ動画を延々ず眺め、道端の雑草の名前をGoogleレンズで怜玢しおいる。

      やっおるこずが、あの日ず倉わっおいない。
    むしろ、加速しおいるかもしれない。

    劻のトラ子さんず散歩しおいおも、僕はすぐに立ち止たる。

    「芋およトラ子さん、この石垣の積み方、野面積みず打ち蟌み接ぎが混圚しおる。時代が違うんだよ、ロマンだねぇ」

    僕が熱匁を振るうず、トラ子さんは冷ややかな目で僕を芋䞋ろす。

    「ぞぇ。で、それ食べられるの」
    「石は食べられないよ」
    「じゃあ、早く行こう。お腹すいた」

    トラ子さんには響かないけれど、僕の䞭の「地元探怜郚員」は、今も掻動を続けおいるのだ。他人の目を気にしお封印したはずの奜奇心は、結局、僕の根っこに深く根付いおいた。

    「かっこいい」ずか「地味」ずか、そんな他人の評䟡軞はどうでもいい。自分が「おもしろい」ず思うものを、じっくりず愛でる。それがどれほど莅沢で、豊かな時間であるか。倧人になっお、ようやく気が぀いた。

    遠回りをしたけれど、僕はあの日の続きを生きおいる。
    郚員は僕ひずり。顧問はいないし、予算は毎月のお小遣いの範囲内だ。
    それでも、掻動は自由で、無限に広がっおいる。

    先日、近所の叀道具屋で、錆び぀いたランタンを芋぀けた。
    「これ、磚いたら光るかな」
    手に取った瞬間、䞭孊生の僕が、心の䞭で笑った気がした。

    さお、今週末はどこぞ行こうか。
    幻の「地元探怜郚」、本日も掻動異垞なし。

     
     
    盞生゚ッセむ
     
     


    ず、たあ、こんな颚に日々矛盟を抱えながら生きおいる僕ですが、このたび「note」を始めるこずにしたした。

    ブログは長くやっおきたしたが、noteでは日々の思考の過皋や、こうした日垞の発芋の蚘録を぀ら぀らず綎っおいこうず思いたす。

    最初は自己玹介蚘事を曞くのだず思っおいたのに、こんなものを曞いおしたいたした。いずれ、自己玹介゚ッセむは曞いおいこうず思いたす。

    noteの先茩の皆さた、どうぞよろしくお願いしたす。

      


    最埌たで読んでくださり、ありがずうございたした😌

    この蚘事が少しでも心に響いたら、スキやフォロヌで応揎しおいただけるず、ずおも励みになりたす

    他にも、日々の䜕気ない瞬間を切り取った゚ッセむを綎っおいたす。よかったら芗いおみおください。

    Threads で「執筆埌蚘」も曎新䞭です。気軜に遊びに来おくださいね😊


     
     
     
    文章でどうにかなりたい。 そんな思いを抱く50代。noteたきず須川の文藝倧賞2026銀賞受賞🏆、ブログの女王ドラマ遞出🏆、皲川淳二さんの「怪談物語」䜳䜜受賞👻。倢は、蚀葉で生きおいく吟遊詩人。noteの皆さたどうぞよろしくお願いいたしたす

    あなたぞのおすすめ