【返済の時代】(ショートショート)
運を借りられるようになった。
正確には、人生で得られる運を好きな時に前借りできるようになったのだ。
試験に合格する運。
良い出会いに恵まれる運。
商談が成功する運。
事故を避ける運。
未来の運を今に持ってくる。
そんなサービスだった。
最初は誰も信じなかった。
だが利用者たちは結果を出した。
無名の青年が起業して成功した。
平凡な営業マンが大型契約を連発した。
投資家は大儲けし、芸能人は次々とスターになった。
偶然とは思えない成果だった。
人々はその成功を見た。
利用者はまたたく間に増えていった。
特に人気だったのは、若いうちに運を使う方法だった。
若い頃に成功すれば、その資金を元手にさらに大きな事業ができる。
若い頃に人脈を築けば、その後の人生も有利になる。
早く使うほど得をする。
そう考えられた。
書店には成功本が並んだ。
『運にも複利効果がある』
『人生の勝者は運を寝かせない』
『若いうちに運を使え』
セミナーは満員になった。
テレビでは運用コンサルタントが成功法を語った。
運のローンを利用しない人間の方が珍しくなった。
十年後。
成功者たちはさらに成功していた。
二十年後。
運のローンは人類最大の発明と呼ばれていた。
三十年後。
しかし、この頃から少しずつ異変が現れ始めた。
若くして成功した実業家が破産した。
著名な投資家が詐欺に遭った。
人気俳優が事故で引退した。
最初は偶然だと思われた。
だが件数は増え続けた。
四十年後。
この頃になると、人々はある奇妙な法則に気付き始めていた。
若くして成功した者ほど、不運に見舞われているのである。
やがて統計が発表された。
成功者ほど不運に見舞われる確率が高い。
それは誰の目にも明らかだった。
五十年後。
そして遂に、世界は不景気に沈んだ。
かつて成功本を書いていた者たちは姿を消した。
大企業は倒産した。
事故が増えた。
病気が増えた。
離婚が増えた。
そして皆怒った。
「こんなはずじゃなかった」
「若い頃に成功したんだぞ」
「資産も築いた」
「人脈も作った」
「なぜ足りない」
人々は運のローン会社に押しかけた。
会見場は怒号で埋まった。
「助かる方法はないのか!」
社長は首を振った。
「ありません」
「そんな……」
社長は静かに言った。
「皆様は未来の運を借りただけです」
会場は静まり返った。
「返済が始まっただけですよ」
それから景気は回復しなかった。
そんな中、一人の老人が話題になった。
不景気の中でも、毎年わずかずつ業績を伸ばしているという。
派手な成功ではない。
しかし、多くの企業が倒れていく中で、その右肩上がりは少しずつ人々の注目を集め始めた。
やがて老人は「不運の時代に成功した男」として知られるようになった。
そして遂に、テレビ局が取材に訪れた。
「成功の秘訣は何ですか?」
老人は笑った。
「秘訣なんぞないよ。毎日仕事をしておるだけじゃ」
「それでも、何か違うことを?」
老人は少し考えてから言った。
「運のローンを使わなかった。それだけじゃ」
その夜、一人の男がテレビを見ていた。
部屋は暗かった。
かつて運のローンで事業を興し、雑誌に載り、講演に呼ばれた男だった。
だが今は、運を使い果たし、何も残っていない。事業も、財産も、一緒に成功を喜んだ仲間も。
画面の中で老人は穏やかに笑っていた。
男はしばらく黙ってそれを見つめていた。
やがて、小さくつぶやいた。
「あの人は運が良いな」
終