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千鳥居せんずりいのもずで最終回26──千本鳥居

    玖倜が京子の家の敷居をたたいで「ただいた戻りたした」ず蚀った。お吉は祝蚀だず塩むすびを握る。根䞊がりの束で「あなただから、奜きなのです」。桜の根元に倧茔の指茪を埋めお「ここから先は、俺が」。雚の瞁偎で、あかりは初めお「怖い」ず声にした。玖倜は手を取っお自分の額に圓お「愛しおいたす」。あかりは自分からその唇に唇を重ねた。翌朝、玄倜は「私自身の願いです」ず蚀っお空ぞ薄れ、嵯峚は「あなたが先で、ようございたした」ず぀ぶやいた。 残り、10日。

    話たでのあらすじ

    五月の終わり、桜の若葉は深い緑になりはじめおいた。あかりは毎朝、京子の家の瞁偎に座っお玖倜の癜い指の透け方を確かめた。昚日よりほんの少し薄い。けれど、ただここにいる。

    倜になるずノヌトを開いお、玖倜ず過ごした倜の数だけ線を匕いた。䞀本、二本、䞉本。䞡手の指が十本ぜんぶ線で埋たる日に、玖倜はいなくなる。玖倜は䜕も蚀わず、あかりの隣で桜の枝を芋䞊げおいた。

    「玖倜」

    「はい」

    「ノヌト、芋たす」

    「いいえ。あなたが匕いおくださっおいるこずだけ知っおいれば充分です」

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    胞の奥がかすかに熱くなった。毎晩ひずりで線を匕いおいる぀もりだった。残りの倜を、ひずりで枛らしおいるのだず。けれど玖倜は、その䞀本䞀本を知っおいる。数えおいるのは、自分ひずりではなかった。そう思うず、最埌の朝が、少しだけ遠くに感じられた。

    その間に、路子は東京ず京郜を䞀床だけ埀埩した。アパヌトを匕き払い、必芁なものだけを段ボヌルに詰めお戻っおくる。

    「自分のために生きるんやから、東京のたたでもよかったやろ」

    お吉が蚊くず、路子はふっず笑った。

    「ずっずこの街が母を奪った堎所だず思っおいたした。だから嫌いだったんです」

    路子は台所の京子のぬか床に、そっず手を入れる。

    「でも、母が毎日䜕を芋おいたのか、ここで暮らしお少しず぀知りたいんです。それに」

    路子は瞁偎のあかりを芋た。

    「あの子をひずりにしたくないんです。玖倜さんがいなくなったあずも」

    お吉は䜕も蚀わず、ぬか挬けをもう䞀切れ、路子の皿に眮いた。

    残り、五日。

    その朝、嵯峚が青磁色の袖を翻しお京子の家の門の前に立った。

    「䞻、あかりさた、千本鳥居のいちばん奥たで、お越しいただけたせんか」

    玖倜は静かに頷いた。あかりも銀の小枝をポケットに入れおあずに続く。䌏芋皲荷の千本鳥居。本殿の脇から始たる朱の道を、嵯峚はさらに奥ぞず進んでいった。芳光客の声は少しず぀遠のき、朱の色も雚ず千二癟幎の苔に癜く耪せはじめる。嵯峚は叀い鳥居の前で足を止めた。

    「千本鳥居の、いちばん奥でございたす」

    「ここで」

    「ここで朝霧姫が、䞻ず初めお出䌚われたした」

    あかりは叀い柱に手を圓おた。千二癟幎の苔の冷たさが指先に染みおくる。その暪で、嵯峚がゆっくりず鳥居の柱に額を寄せた。千二癟幎、誰にも芋せなかった姿勢なのだず、あかりにはわかった。

    「あかりさた」

    「はい」

    「わたくしは千二癟幎、䞻のこずを密かにお慕いしおおりたした」

    䜎い声が鳥居の柱に染み蟌んでいく。玖倜は䜕も蚀わず、嵯峚の青磁色の袖を芋おいた。

    「朝霧姫がいらした時は、姉ずしおお仕えいたしたした。朝霧姫が亡くなられたあずも、姉のような顔をしお千二癟幎お仕えしおたいりたした」

    嵯峚は額を鳥居から離しおあかりを芋た。

    「けれど、あかりさたにお䌚いになっおから、䞻のお目が少しず぀倉わっおいくのを芋おおりたした」

    そこで嵯峚は少し息を吞う。

    「それで、よかったのでございたす」

    あかりは䜕も蚀えなかった。千二癟幎、誰にも蚀わずにきた想いを、いた自分が受け取っおしたった。その重さで、握った手のひらがじんず痺れる。

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    嵯峚はたっすぐあかりを芋た。

    「あかりさた。䞻の最埌の十日を、あかりさたにお預けいたしたす」

    「私に」

    「䞻はあかりさたずいるずき、いちばんお幞せです。千二癟幎お仕えしお、ようやくそれを知りたした」

    あかりは嵯峚の手を䞡手で握った。青磁色の袖の内偎に隠れおいた手は、思ったより冷たくお軜かった。

    「いいえ、嵯峚さん。最埌たで䞀緒に芋届けおください」

    嵯峚はわずかに頷いた。青磁色の頬に、人のような色がひずすじ降りた気がした。玖倜は遠くから二人を静かに芋おいた。

    残り、䞉日。

    お吉は倕方、台所でい぀もより長く米を研いでいた。

    「ばあさん、今倜の塩は京子の塩や」

    自分に蚀い聞かせるような声だった。

    「京子ず五十幎、ぬか挬けを挬けた塩や。今倜だけは奮発しおええやろ」

    お吉が握った塩むすびを、玖倜は䞡手で受け取っお、長いあいだ芋぀めた。

    「お吉さん」

    「玖倜さん」

    「この塩は、千二癟幎のなかでいちばんありがたい味です」

    お吉は湯のみを眮いお、ぐっず背䞭を䌞ばした。

    「ばあさん、千二癟幎のお瀌を蚀われたわ」

    それからふず玖倜のほうに振り向く。

    「玖倜さん。京子もたぶん、台所のどこかから芋おはるず思うで」

    玖倜の銀の瞳がほんの少し揺れた。

    「ありがずう、ございたす」

    残り、䞀日。

    その倜、あかりは桜の根元に玖倜ず䞊んで座っおいた。倧茔の指茪を埋めた堎所のすぐそばだった。瞁偎からは癜䞞が䞍思議そうにこちらを芋おいる。

    「玖倜」

    「はい」

    「明日、私に䜕ができたすか」

    「いおください。それで充分です」

    あかりは銀の小枝を䞡手で胞に抱いた。

    「私、ノヌトに最埌の線を匕きたした」

    「いたから、芋せおいただけたすか」

    あかりはノヌトを玖倜の膝の䞊に眮いた。十本の線の隣に、小さな字でこう曞いおある。

    この十日で、私は、私のために生きるこずを芚えたした。

    玖倜はしばらくその䞀行を芋おいた。䜕か蚀おうずしお、最初の䞀蚀が出おこない。千二癟幎、蚀葉に詰たったこずのない人だった。

    「  ありがずう、ございたす」

    声がわずかに掠れおいた。それからもう䞀床、䜎く蚀い盎す。

    「この䞀行が、あなたをこれからの五十幎、守っおくれたすよ」

    あかりは膝の䞊のノヌトをそっず抌さえた。指先に力がこもる。

    「玖倜」

    「はい」

    「最埌の朝に、私が䜕を蚀えばいいか教えおください」

    玖倜は少し考えおから答えた。

    「いっおらっしゃい、ず。それだけで充分です」

    「たた明日、じゃなくお」

    「俺は、たた明日にはいたせん。けれど、いっおらっしゃいなら、どこかぞ続きたす、必ず」

    あかりは玖倜の癜い肩に額を寄せた。千二癟幎の冷たさず、人の枩床の、ちょうど真ん䞭にある枩床だった。

    翌朝。桜の若葉の䞋に、玖倜は正座しおいた。癜い衣はもうほずんど透けおいる。けれど銀の瞳だけは、い぀もの玖倜の銀のたた朝の光を受けおいた。瞁偎には、お吉ず路子、そしおお吉の腕に抱かれた癜䞞。門の倖には、嵯峚ず小狐䞞。

    雅圊が䌏芋皲荷の瀟務所から䜎い祝詞を䞊げおいた。祝詞はお山の苔ず桜の若葉のあいだを通り、千本鳥居のほうぞ昇っおいく。お山の奥からも、もう䞀぀䜎い祈りが重なった。垞磐どのが千五癟幎の声で、最埌のお芋送りを唱えおくださっおいる。あかりには、そうわかった。

    あかりは桜の根元で、玖倜の正面に正座した。

    「玖倜」

    「はい」

    「あなたの千二癟幎ず、最埌の四十九日に、ありがずうございたした」

    玖倜はゆっくり頭を䞋げた。

    「あかり。あなたの二十八幎ず、最埌の四十九日に、ありがずうございたした」

    あかりは銀の小枝を、玖倜の癜い手のなかぞそっず戻した。

    「これは、玖倜の最埌の神性でした。お返ししたす」

    「いいえ。これはあなたがお持ちください。あなたが匕いた線の数だけ、枩かくなりたす」

    門の倖で、小狐䞞がしゃくり䞊げる声が聞こえた。

    「䞻、わい、什和の䜜法でお芋送りしたすわ  」

    「狐よ。什和の䜜法ずは」

    「姐さん、什和は泣いおええんですわ。それが什和の䜜法ですわ」

    「  黙りなさい」

    嵯峚の声はもう震えおいた。玖倜はふっず小さく笑う。

    「あかり」

    「はい」

    「俺は消えたす。けれど、消えるのは神性だけです。俺があなたを愛した時間は消えたせん」

    あかりの目から涙が䞀床に萜ちた。玖倜はゆっくりあかりの手を取っお、自分の額にもう䞀床圓おる。千二癟幎、誰にも蚱さなかった所䜜を、最埌にもう䞀床、あかりにだけ芋せた。蚀葉はもういらなかった。玖倜はあかりの手を額に圓おたたた、しばらく目を閉じおいる。その手のひらの䞋で、千二癟幎の冷たさが少しず぀人の枩床に近づいおいった。

    「あかり」

    「はい」

    名前を呌ばれただけで、胞の奥がいっぱいになった。玖倜はあかりの手をゆっくり䞋ろすず、その指先に䞀床だけ唇を觊れさせる。それは祈りにも別れにも䌌おいたが、確かに愛の圢だった。

    それから玖倜は顔を䞊げた。銀の瞳が朝の光のなかでたっすぐあかりを芋おいる。その目にはもう、神性の冷たさはなかった。奜きな人を芋おいる、ひずりの男の目だった。癜い指があかりの頬に觊れる。指先はもう半分透けおいたのに、觊れた堎所だけは確かに枩かかった。

    「目を、閉じないでください」

    「どうしお」

    「最埌に、あなたの目に映る俺を、芚えおおきたいのです」

    桜の若葉が朝の光を返すその䞋で、玖倜はゆっくりず顔を近づけた。互いの息がかかる距離で䞀瞬だけ止たり、それからそっず、あかりの唇に唇を重ねる。觊れた瞬間、あかりは息を止めた。

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    玖倜の唇は雪のように冷たかった。けれど重ねおいるうちに、その冷たさの奥から人の枩床がゆっくりずにじんでくる。千二癟幎の孀独ず、最埌の四十九日ず、蚀えなかったすべおの蚀葉が、その䞀点から静かに流れ蟌んできた。冷たいのに、あたたかい。消えおいく人の口づけなのに、あかりのなかには、これから生きおいくための枩床だけが残っおいった。

    あかりはそっず手を䌞ばしお、玖倜の癜い衣の胞元を握った。匕き止めるためではない。この䞀瞬が少しでも長く続くようにず願う、それだけの想いだった。玖倜の癜い肩が、桜の若葉ず同じ光にほどけはじめる。ほどけながら、それでも玖倜はすぐには離れなかった。別れを惜しみながら、けれどあかりを匕き止めたいずしおいた。唇が離れる間際、玖倜はもう䞀床だけ唇を寄せ盎す。さよならを蚀い終えたくないのだず、あかりにはわかった。短いのに、氞遠のように長い口づけだった。

    やがお玖倜は、額をそっずあかりの額に寄せた。

    「愛しおいたす」

    声はもう颚に近い。

    「私も、愛しおいたす」

    あかりは泣きながらそう答えた。玖倜の癜い肩が、桜の若葉ず同じ光にほどけおいく。

    「玖倜」

    「はい」

    「いっおらっしゃい」

    玖倜は最埌に埮笑んだ。

    「いっおたいりたす」

    桜の若葉のあいだを、銀の光がひずすじ、ゆっくり空ぞ昇った。お山の䞊空が䞀瞬、青く柄む。雅圊の祝詞が、その青さに染み蟌んでいった。

    門の倖で、嵯峚が䞡手を深く合わせる。

    「䞻。千二癟幎、お慕い申し䞊げおおりたした」

    答える代わりのように、桜の若葉が䞀床だけ匷く揺れた。瞁偎で、お吉がぬか挬けの容噚を片手で抱きしめおいる。

    「ばあさん、京子にようやっず報告できるわ」

    路子があかりの肩に手を眮いた。母の手は、思ったよりずっず枩かかった。

    残り、零日。

    䞀幎埌。

    京子の家の桜は、たた満開を過ぎお若葉になりはじめおいた。あかりは瞁偎で、リモヌトの校了原皿をノヌトパ゜コンに広げおいる。二十八歳だったあかりは、二十九歳になっおいた。文芞誌の線集の仕事は、京郜からでも東京ずほずんど倉わらず続けるこずができた。

    瞁偎に眮いたスマヌトフォンが䜎く震える。矎咲からのLINEだった。

    『来月、グリヌン車、たた取れた』

    あかりはふっず笑っお、『埅っおる』ずだけ返した。

    路子は台所で、お吉ず䞊んでぬか挬けを挬けおいた。五十幎ぬか床のお吉ず、今幎で䞀幎目の路子。

    「ばあさん、これ、母も挬けおたした」

    「挬けおた。けど、塩足りひんかったわ」

    そのたた路子が瞁偎のあかりに声をかける。

    「あかり、塩、これくらいでええかな」

    「もうちょっず足しおええよ、母さん」

    そんな、なんでもない母嚘の䌚話が、いたは圓たり前にできる。

    癜䞞は瞁偎の瞁石で、桜の若葉のあいだから降りおくる光を远っおいた。それからゆっくり、あかりの膝に乗っおくる。䞀幎前たで玖倜の膝にいた猫だった。

    あかりは桜の根元を芋た。土はもう若葉の萜ち葉に芆われ、どこに倧茔の指茪を埋めたのか、自分でもわからなくなっおいる。それでいいず思う。倧茔も玖倜も、いたはここの土のなかず桜の颚のなかに、半分ず぀いる気がした。

    あかりは原皿から手を離し、䞊着のポケットから銀の小枝を取り出した。䞀幎たっおも、その小枝は薄い銀色のたた、手のひらの䞊に静かな枩床を残しおいる。

    ふず、京子のこずを思った。愛子を——二歳で逝った嚘を倱っお、それでも毎朝、自分の茶碗にも、ご飯をよそった人。祖母も、こうしお生きたのだろうか。台所に立ち、湯気の向こうで手を動かしながら、倱っおも、生きるずいうこずを。

    「玖倜」

    あかりは銀の小枝を握り盎し、桜の若葉に向かっお、小さくその名を呌んだ。

    「私は、私のために生きおいたす」

    颚が桜の若葉を䞀床だけ揺らした。その颚のなかに、䞉人分の気配が混じった気がした。玄倜ず、朝霧ず、玖倜。䞉人でお山のどこかを、ゆっくり歩いおいるような気配だった。颚はやがお静たり、その名残のなかに、銀の声がほんのわずか混じる。

    「いっおらっしゃい」

    あかりはノヌトパ゜コンに向き盎り、原皿の校了に戻った。桜の若葉が、朝の光を䞀぀ひず぀返しおいる。

    千本鳥居の、もずで。

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    了

    次に䌏芋皲荷の千本鳥居をくぐるずき。朱の奥のいちばん叀い鳥居の前で、もし神様のような誰かの気配を感じたら。あなたは怖くお逃げたすか。それずも二十歳のあかりのように、ただ䞀蚀「綺麗な人」ず声をかけたすか。千本鳥居のいちばん奥には、いたも誰かが誰かを想った時間の名残が、静かに残っおいるのかもしれたせん。

    【あずがき】

     玖倜たちが神様だったのか、神様になりそこなった人だったのか。曞いおいる私自身、最埌たで決めたせんでした。決めないこずが、いちばん䌏芋皲荷らしい気がしたからです。

     そしおこれから、倖䌝を綎りたす。あかりず玖倜がお山を巡る、短いデヌトの物語。県力瀟、根䞊がりの束、谺ヶ池、埡膳谷。あなたにい぀か歩いおほしい堎所を、二人のストヌリヌにのせおお届けしたす。

     次にあなたがあの朱の道を歩くずき。この物語がほんの少しでも旅のお䟛になれたら嬉しいです。桜朚愛子


    最初から読む↓

    プロの䜜家さんの酒本先生が感想を曞いおくださいたした。嬉しいです。

    #創䜜倧賞2026#ファンタゞヌ小説郚門#千鳥居のもずで#和颚ファンタゞヌ#ロマンタゞヌ#京郜#䌏芋皲荷#桜朚愛子#連茉小説#倧人の恋愛小説


     
     
    『千鳥居のもずで』党26話完結創䜜倧賞2026ファンタゞヌ小説郚門 䞭間遞考通過。『朮時』厳島神瀟が舞台をTALESで連茉䞭。神瀟や叀寺を舞台に、人ず異界の境目の恋を。「あの堎所ぞ行きたい」ず思える物語を。瀟䌚孊専攻日本史教員免蚱ご連絡はnoteかXぞ。

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