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【短線゚ッセむ】癜いテヌブルクロスの䞊に、子どもの成瞟が䞊べられおいた

    癜いテヌブルクロスの䞊に䞊んでいたのは、料理だけではなかった。

    子どもの成瞟。
    所属クラス。
    英語力。
    生埒䌚。
    郚掻。
    志望校。

    本来は子ども本人のものであるはずのものが、きれいな皿の䞊に少しず぀眮かれおいくようだった。

    誰も順䜍を口にしおいない。
    誰も誰かを芋䞋しおいるずは蚀わない。
    誰も競争しおいるずは蚀わない。

    それなのに、そこにはたしかに序列があった。

    䞊品な笑い声の䞋に。
    薄い磁噚の皿の音の䞋に。
    「すごいですね」ずいう、やわらかい声の䞋に。

    そういえば、私が母校の高校ぞ教育実習に行ったずきのこずを、今でもたたに思い出す。

    担圓の先生に、こんなこずを蚀われた。

    「あなたみたいな考え方は、進孊校には合いたせん。進孊校は、生埒を進孊させるこずが目的です」

    教育者になりたい。
    子䟛たちず心ず心の぀ながりを持ちたい。

    そのころの私は、今思い返すず少し恥ずかしいくらい、匷めの志を持っおいた。

    母校ならたず安心だろうず思っお、䞭孊ではなく高校の教育実習を遞んだ。
    それなのに、そんなふうに蚀われお、職員宀で涙が出たのを芚えおいる。

    あれから、もう20幎以䞊経぀。

    先日、䞊の子の保護者䌚に行った。
    高校生だ。

    䞭高䞀貫校なので、保護者䌚はもう毎幎の恒䟋行事のようなものになっおいる。
    今回は孊校の教宀ではなく、レストランでのお食事䌚だった。

    私立の保護者䌚らしく、みんなこぎれいにしおいる。

    萜ち着いた服。
    きちんず敎えられた髪。
    控えめなアクセサリヌ。
    癜い皿に、きれいに盛られた料理。

    䞀芋するず、ただの穏やかなランチ䌚だった。

    行く前に、ママ友が蚀った。

    「もうさ、高校生なんだから、みんなの前で『うちの子はこういう子なんですぅ』っお話す必芁なくない 正盎、興味ないよね」

    確かに、ず思った。

    高校生にもなれば、子どもはもう半分、自立しおいる。
    私の考えずは違う動きをするし、もう別の人間だ。

    私も、子どもの友達を党員把握しおいるわけではない。
    誰かの話を聞いおも、たぶん蚘憶にずどめおおくこずはできない。

    進路の垌望も、生掻リズムも、悩みも、それぞれ違う。
    小孊校のころのように、生掻習慣のお困りごずをみんなで共有するのも、なんだか少し違う気がする。

    それぞれだよね。

    そう蚀っお終わるくらいの䌚だず思っおいた。

    でも、実際のお食事䌚は少し違った。

    先生も同垭しおいた。
    孊校の様子や進路のこずを話すために来おくださっおいたのだず思う。

    その堎で、ある保護者がずおも熱心に話しおいた。

    遞抜クラスは、やっぱり保護者の雰囲気も違うのよ。
    たわりの子たちは英語がずおもよくできる。
    垰囜子女もいる。
    それに比べお、うちの子はただ足りない。
    どういう勉匷方法がいいのか。
    どんなふうに導けばいいのか。

    そんなこずを、先生に向かっお次々ず聞いおいた。

    蚀葉だけ芋れば、熱心な保護者なのだず思う。

    子どものこずを考えおいる。
    進路を心配しおいる。
    勉匷方法を知りたい。

    たぶん、そういうこずなのだろう。

    でも私は、その堎で少しあっけにずられおいた。

    それは質問ずいうより、確認に近かった。

    うちの子は、この堎所で䟡倀があるんですよね。
    遞抜クラスにいるこの子は、特別なんですよね。
    私は、この子の芪ずしお、ここに座っおいおいいんですよね。

    そんな声が、蚀葉の䞋から聞こえる気がした。

    遞抜クラス。
    英語力。
    生埒䌚。
    先生からの評䟡。
    たわりの子のレベル。

    それらが、䌚話の䞭で䞀぀ず぀、きれいな皿の䞊に眮かれおいく。

    そしお、たわりの保護者たちも、それを「あ、そうなんですね」ず流すわけではなかった。

    その堎の人たちは、すぐに正しい台詞を返した。

    「でも、あなたのお子さんは倩才だから」
    「うちの子ずは違うから」
    「やっぱり遞抜クラスは違うのね」

    誰かを䞊に立たせるためには、誰かが䞋に䞋りなければならない。

    その堎では、それが瀌儀のように行われおいた。

    レストランの個宀には、やわらかい光が入っおいた。
    お茶は静かに泚がれ、料理は矎しく運ばれおくる。

    でも、その䌚話の底には、薄い緊匵があった。

    誰が䞊で、誰が䞋なのか。
    誰が遞ばれおいお、誰が遞ばれおいないのか。
    誰の子が期埅されおいお、誰の子は普通なのか。

    そんなこずは誰も蚀わない。

    蚀わないのに、わかる。

    私はその保護者の子どもずうちの子が同じクラスになったこずがなかった。
    だから、その子のこずも知らない。
    向こうも、こちらのこずを知らない。

    話を振られるこずもなく、私はただ黙っお座っおいた。

    なにこれ。

    家に垰っお、子どもに聞いおみた。
    するず、子どもはあっさり蚀った。

    「ああ、あの子ね。テストの点数が悪いず、教宀で倧号泣するよ。生埒䌚も䜕回か立候補しおやっおるし、先生によく泣き぀いおるし、目立぀子だよ。芪もそういう感じなんだね。やばw」

    子どもはそれだけ蚀っお、流しおいた。

    ああ、そうか。

    これは、芪の承認欲求だったのかもしれない。

    もちろん、わが子が頑匵っおいるこずを誇らしく思う気持ちはわかる。
    嬉しい気持ちもあるず思う。
    誰かに蚀いたくなる瞬間もあるだろう。

    遞抜クラスにいる。
    成瞟が良い。
    生埒䌚をやっおいる。
    先生に評䟡されおいる。

    それは、子どもが積み䞊げおきたものでもある。

    でも、その成果が芪の口から語られるずき、ふず圢を倉えるこずがある。

    子どもの努力だったものが、芪の名刺になる。
    子どもの経隓だったものが、芪の立ち䜍眮を瀺す札になる。

    保護者䌚には、ずきどき芋えないピラルキヌがある。

    子どもの成瞟。
    所属クラス。
    英語力。
    生埒䌚。
    郚掻。
    暡詊の結果。
    志望校。
    先生からの評䟡。

    本来は、子ども本人のものであるはずなのに。

    子どもが悩んだり、努力したり、倱敗したり、少しだけ誇らしく思ったりするためのもののはずなのに。

    い぀の間にかそれは、芪同士がお互いの堎所を確認し合うための材料になる。

    どのクラスにいるのか。
    どの郚掻で、どんな圹割をしおいるのか。
    英語がどれくらいできるのか。
    先生にどう芋られおいるのか。
    どこを目指しおいるのか。

    子どもの話をしおいるようで、実は芪たちが、自分の立ち䜍眮をそっず枬り合っおいる。

    そのずき、私は心の䞭で思っおしたった。

    でも、䞋の子の孊校には、もっずすごい子たちがいる。

    䞭孊受隓のずき、党囜で1䜍になるような子の吞収力を芋たこずもある。
    本圓に頭のいい子ずいうのは、たぶんこういう子のこずを蚀うのだろう、ず感じたこずもある。

    だから、目の前で語られおいる「すごさ」を、私はどこか冷めた目で芋おいた。

    いや、もっず正盎に蚀う。

    私は心の䞭で、その人を芋䞋しおいた。

    「その皋床で」
    本圓にすごい子は、もっず別にいる。

    口にしなかっただけで、私はその人ず同じ土俵にいた。
    しかも、自分の子ではなく、䞋の子の孊校ずいう別の札を持ち出しお、心の䞭で殎り返しおいた。

    それに気づいたずき、自分のほうが嫌になった。

    人の承認欲求は、倖から芋るずよく芋える。

    でも、自分の承認欲求は、い぀も少し芋えにくい。

    私は䜕も蚀わなかった。
    自慢もしなかった。
    誰かを持ち䞊げるこずもしなかった。

    でも、黙っおいただけで、きれいな堎所にいたわけではない。

    心の䞭では比べおいた。
    倀螏みもしおいた。
    そしお、比べ返しおいた。

    たぶん、保護者䌚にある芋えないピラルキヌは、誰か䞀人の承認欲求だけでできおいるわけではない。

    蚀う人がいる。
    持ち䞊げる人がいる。
    黙っお聞く人がいる。
    心の䞭で比べ返す人がいる。

    その党郚で、あの空気はできおいる。

    芪の圹割っお、なんだろうず思う。

    いい孊校に入れるこず。
    いいクラスに入れるこず。
    いい成瞟を取らせるこず。
    いい進路に進たせるこず。

    もちろん、それらを吊定したいわけではない。

    努力できる環境を敎えるこずは倧切だ。
    勉匷する力を぀けるこずも倧切だ。
    遞択肢を増やしおあげたいず思うのも、芪心だず思う。

    でも、芪の最終目的は、そこに子どもの肩曞をきれいに䞊べるこずではないはずだ。

    私が思う芪の最終目的は、子どもを「自分で生きおいける人」にするこずだ。

    自分で考えるこず。
    自分で遞ぶこず。
    倱敗したずきに、誰かのせいにせず立お盎すこず。
    必芁なずきに人に頌れるこず。
    自分の機嫌を、自分である皋床ずれるこず。
    誰かず比べられおも、自分の䟡倀を党郚そこに預けないこず。

    そのために、芪は少しず぀手を離しおいく。

    少しず぀黙る。
    少しず぀、芋守る。
    少しず぀、子どもの人生を子ども本人に返しおいく。

    それなのに、保護者䌚ではずきどき、子どもの成果が芪の勲章みたいに扱われる。

    子どもを自立させるために育おおいるはずなのに、子どもの成果に芪がしがみ぀いおいる。

    その矛盟が、私はしんどかった。

    芪になったからずいっお、人は承認欲求から自由になるわけではない。
    むしろ、子どもずいう逃げ道を手に入れおしたうこずがある。

    自分の人生で満たせなかったものを。
    自分の名前では取りにいけなかった評䟡を。
    子どもの成瞟や肩曞きに蚗しおしたう。

    その瞬間、子どもは子どもではなくなる。

    芪の䞍足を埋めるための、静かな道具になっおしたう。

    子どもは、芪のブランド品ではない。
    芪の承認欲求を満たすための勲章でもない。

    自分の承認欲求は、自分で満たすべきなのだ。

    そう思う。

    でも、そう蚀い切る私の䞭にも、ただ消えない物差しがある。

    誰かの子どもの話を聞いお、ざわ぀く。
    比べたくないのに、比べおしたう。
    気にしおいないふりをしながら、心のどこかで順䜍を芋おしたう。

    だからこれは、誰か䞀人を責める話ではない。

    保護者䌚ずいう堎所で、私が芋おしたったものの話だ。
    そしお、その䞭に自分もいた、ずいう話だ。

    癜いテヌブルクロスの䞊には、きれいな料理が䞊んでいた。

    グラスの氎は柄んでいお、皿は静かに䞋げられおいく。
    みんな䞊品に笑っおいた。
    先生も穏やかに答えおいた。

    䜕も起きおいないように芋えた。

    でもその日、私はたしかに芋た気がした。

    子どもの名前を借りお、芪たちが自分の䟡倀を確かめ合う堎所。

    そしお、その空気に違和感を芚えながら、私自身もたた、心の䞭で同じ物差しを握っおいたこず。

    だからせめお、子どもの成果を自分の名刺にしない芪でいたい。

    子どもを、自分の承認欲求の眮き堎所にしない芪でいたい。


     
     
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