
人生は、誰に出会い、誰とつながれるか
人生は、誰に出会い、誰と繋がれるか
長く身近にありすぎると、違和感さえ日常になってしまうことがある。
「こんなこと、おかしくない?」そう思いながらも過ごしていることは、誰にでもひとつくらいあるのかもしれません。
私は夫と息子たち、そして両親と同居しています。母との関係には幼少期から長年に渡り難しさがあり、私は「毒母」という言葉で、自分の生きづらさを理解してきました。
この家族の問題について0秒思考の著者である赤羽雄二さんに相談しました。
同居中の父と、私たち家族が話をすることを母は嫌がっている。母が、父の稼いだお金も、家族との会話や連絡まで制限するような状況があることを伝えたとき、赤羽さんから返ってきた言葉がありました。
「これはありえないし、問題をさらに大きくしますね。」
この言葉が、思った以上に刺さりました。
私自身、ずっと違和感はありました。「また理不尽!」って。でも、長く続いてきた日常だからこそ、「どこまでが普通で、どこからがおかしいのか」が曖昧になることがあったのかも知れない。そんな中での違和感を、複雑な事情や感情に引っ張られることなく、起きていることを見て、シンプルに言葉にしてくれたのだ。
更には、
「Leafさんは息子さんを守る責任があります。母親へは何の責任もありません。」と。言葉の奥からあたたかさを感じた。私たちの人生を見ていてくださっていると。また、原点に立ち返った感覚にもなった。なぜ、赤羽さんの言葉は、こんなにも響くのだろう。ぶれない言葉の強さは、複雑なものの中から本質を見つけ、言葉にする力なのかもしれない。
頭の中に、不安、迷い、罪悪感、相手への思いやり……いろいろなものが混ざると、何を基準に考えればいいのか分からなくなることがある。でも、「今、何が起きているのか」「私は何を大切にしたいのか」そこが言葉になると、次の一歩が見えやすくなる。言語化とは、上手に話すことだけではなく、自分の判断軸を見つけることでもあるのだと思う。赤羽さんの0秒思考のメモ書き思考法は、本当に有効だ。
そして私はアクティブリスニングも続けている。相手の話を最後まで聞く、否定しない、背景を理解しようとする、相手を変えようとしない。その実践を続ける中で、人から信頼していただけるようになり、仲間ができ、仕事にも自信を持てるようにもなった。そこがあったからこそ、今では自分の仕事にも、家族や仲間の存在にも誇りを感じている。そして、ここまで積み重ねてきた過程そのものにも誇りだと思える。
だから今は相手を理解することと、相手の責任まで背負うことは違うと思えるようになった。相手を理解しようとすることと、自分や大切な人を守るために境界線を引くことは、両立していいのだ。
人生は誰に出会えるかで変わる。でも、出会っただけで人生が変わるわけではない。その人からどんな言葉を受け取り、どう考え、どう行動するのか。そこから先は、自分次第だと。
出会い × 言語化 × 行動なのかもしれない。
そんな人に出会えることは、人生にとってとても大きいし、有り難い。余計なものを削ぎ落とし、本当に見るべきものを、ぶれない言葉で示してくれる方なんて、なかなかいない。
みなさんにとって、大切に思える人はいますか?
そして、その人とどんなふうにつながっていますか?
人生は、誰に出会うかだけではなく、
誰とつながり、そのつながりをどう育てていくか。
そして私も、誰かにとって
「出会えてよかった」と思ってもらえる人でありたい。
今日も、大切な人とのつながりを大切に。
最後まで読んでくださった貴方に、今日も幸せが訪れますように🍀