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日本再編 第4話『手形』

    文・武智倫太郎

    粉で列島が割れたあと、国家はようやく一つの現実を学んだ。

    いや、学んだふりをした。

    本当に学んだ国家は、少し引く。
    制度の押しつけで失敗したなら、制度を疑う。
    だが日本国の制度は、そこで引かない。
    失敗すると一段深くなる。
    前の失敗を反省するのではなく、次の様式を足す。
    書類が増える。
    認証が増える。
    説明会が増える。
    責任だけが薄くなる。
    この国の制度設計には、昔から妙にそういう粘り気がある。

    『粉争』のあと、列島のあちこちで、国家にとって実に都合の悪いことが起きていた。

    ビクトリー米の配給は続いている。
    だが小麦粉は地下で流れ、ソースは勝手に蓄えられ、塩は裏の路で運ばれ、餃子の皮は夜明け前に受け渡され、うどん用の粉は義理と見栄と腹の減り具合によって県境を越えた。
    国家はようやく理解した。
    問題は主食ではない。
    粒を配ることでもない。
    本当に厄介なのは、人間が勝手に会い、勝手に渡し、勝手に融通し合うことだった。

    米で縛れぬなら、次は通行を握るしかない。

    そう考えるまでに、日本国はだいぶ遠回りした。
    もっとも、日本国は昔から、真っ直ぐ失敗するくらいなら、少し回り道してから大きく失敗する国でもある。

    数日後、全国民の端末に通知が届いた。

    件名はこうだった。

    『広域食糧安定運用に伴う地域通行認証制度の導入について』

    タイトルだけで嫌な気配があった。
    本当に嫌な制度ほど、安定と連携と運用が入る。
    略奪に再配分と名をつけ、監視に安心と書き添え、締めつけを支援と呼ぶ。
    この国は昔から、語感の整った言葉で人を追い詰めるのが好きだった。

    制度の中身は単純だった。
    今後、県境を越える一定量以上の食品、調味料、加工前原料、調理器具、物流資材の輸送には、《地域通行手形》の取得を要する。
    対象には小麦粉、蕎麦粉、塩、味噌、ソース、青のり、かつお節、昆布、紅しょうが、製麺機部品、餃子皮圧着器、鉄板補修材まで含まれていた。
    政府の説明では、投機的流通を抑制し、主食秩序の混乱を防ぎ、地域間緊張を沈静化するための臨時措置だという。

    臨時措置という言葉ほど、長生きするものはない。

    通行手形の発行窓口は、当然ながら行政執行アプリ《シビュラ源内ピコ》だった。
    画面は妙に親しげだった。
    角の丸いアイコン。
    柔らかい配色。
    小さく手を振る源内の顔。
    だが入力項目は冷酷だった。

    輸送目的。
    輸送量。
    最終調理形態。
    加熱方法。
    想定提供人数。
    忠誠物資受領履歴。
    帰属年貢納付状況。
    共同体信頼指数。
    地域緊張寄与可能性。
    想定される嗜好偏在の程度。

    項目の一つ一つが、人間を信用しない国の書いた文章だった。
    国家とは、人を疑うたびに入力欄を増やす。

    最初の数日は、まだ皆笑っていた。
    日本人は制度が本気で牙をむくまで、一度は笑う。
    笑っておけば、まだ自分は巻き込まれていないと錯覚できるからである。
    だが三日も経つと、笑いは消えた。

    静岡から富士宮やきそば用の麺を運ぼうとした業者が、県境で止められた。
    理由は《ソース使用率未記載》
    浜松から餃子の皮を搬出しようとした工場は、申請差し戻しを受けた。
    理由は《包餡後用途の帰属不明》
    大阪から広島へ鉄板を送ろうとした職人は、十日待たされた。
    理由は《層状調理圏との緊張増幅可能性》
    香川から県外へ出る粉は《巡礼外流通》と判定され、福岡の柔らかいうどん用小麦には《腰形成抑制物資》という、相当感じの悪い注釈が付いた。

    人は戦争で死ぬ前に、まず申請理由不備で立ち尽くす。
    この国では、その順番のほうがずっと自然だった。

    厄介だったのは、手形がただの通行証ではなかったことである。
    その一枚に、配給残高、忠誠指数、帰属年貢納付状況、過去六か月の主食傾向、共同体信用度まで紐づけられていた。
    つまり通る権利、買う権利、運ぶ権利、信用される権利が、一枚の手形へ畳み込まれたのである。
    近代国家は、分けるふりをして、最後に全部まとめる。
    そのまとめたものを、効率と呼ぶ。

    検問所は急速に増えた。
    高速道路の料金所のような顔をしていたが、空気はもっと陰湿だった。
    監視カメラ。
    掌紋認証。
    荷台重量計。
    香気センサー。
    ソースの匂い。
    出汁の匂い。
    炒め油の匂い。
    郷土料理は、ついに匂いの段階で取り締まられるようになった。
    兵士ではない。
    職員だった。
    制服の胸には《地域流通安定支援官》と書かれていた。
    肩書だけでだいぶ嫌だった。

    香川西部の検問所では、朝から長蛇の列ができた。
    県外から来た男が、うどん巡礼のために粉と醤油を持ち込もうとして止められていた。

    『巡礼です』

    と男は言った。

    職員は端末を見た。

    『観光目的と判定されます』

    『観光やない。巡礼や』

    『区分上、観光目的に含まれます』

    『心の問題や』

    『心は現在、提出書類に含まれておりません』

    人間が一番追い詰められるのは、心が必要な場面で、心の提出欄が存在しないと分かったときである。

    大阪はすぐに対抗策を作った。
    《粉食連帯手形》である。
    一見すると古い紙札だが、実際は極めて実務的だった。
    押印欄。
    輸送経路。
    責任人名。
    鉄板使用予定時刻。
    最終提供先。
    国家の電子手形と違うのは、そこに顔と名前があったことである。
    誰が頼み、誰が受け取り、誰が責任を持つか。
    紙の下には短く書かれていた。

    『こいつは、うちが通す』

    それだけで十分だった。
    制度が高度になると、人は逆に単純な言葉を信じるようになる。

    広島はもっと嫌らしかった。
    彼らは《層状調理圏相互承認証》という、実に長く、実に面倒な書類を作った。
    お好み焼きの積層構造が共同体記憶の維持へ寄与すること。
    加熱順序と秩序意識の関係。
    ヘラの共用が相互承認を促進すること。
    途中からほとんど学会発表だった。
    だが、その紙を見た役人はみな途中で読むのをやめた。
    長い文章に弱いのは、中央官僚の伝統である。
    面倒だから通したのである。
    それもまた、制度の穴だった。

    浜松、宇都宮、宮崎の餃子三都同盟は、もっと露骨だった。
    彼らは《皮証》を流通させた。
    餃子の皮の包装紙に見えるが、中には輸送先、枚数、責任店名、受領欄が仕込まれている。
    皮と書類を一体化する。
    かなりくだらない。
    だが妙に頭がいい。
    制度とは、真面目な顔をした者より、真面目にふざける者に破られる。

    山野県は、そのころ県外どころか県内でも揉めていた。
    甲府では《おほうとう通行御札》が作られ、これを携えた荷車には優先的通行を認めるよう求められた。
    信州側は当然拒絶した。

    『それは手形ではない。信仰である』

    『信仰の何が悪い。蕎麦のほうがよほど宗教臭いだろう』

    『そちらは南瓜で誤魔化している』

    『そっちは硬さで人格が荒んでいる』

    国家が線を消したあとも、人間は自分たちで線を引き直す。
    しかも行政より、鍋の中身のほうが、はるかに深くこじれる。

    だが山野県で本当に深刻だったのは、塩だった。
    おほうとうも蕎麦も、最後は塩が要る。
    ところが塩の広域移送には、国家手形の優先許可が必要になっていた。
    甲府は古い塩路を思い出した。
    越後へ頼ればよい。
    だが新潟県と山形県が合併してできた新形県は、もはや米の国家中枢だった。
    倉庫も、港も、精米網も、年貢物流も、忠誠配給も、そのすべてがビクトリー米資本主義のために最適化されている。
    新形県にとって塩は、味の問題ではない。
    物流支配の鍵だった。

    新形県知事は会見で言った。

    『食の安定は、粒の安定から始まります』

    見事な発言だった。
    意味は薄いが、傲慢さだけはよく通っていた。
    現代の知事に必要なのは、実務能力ではなく、空疎な言葉をぬらりと通す才能なのかもしれない。

    検問所では、さらに妙なことが起きた。
    甲府の鍋屋が塩袋を抱えて止められる。
    信州の蕎麦打ち職人が小麦混入疑惑で荷を開けさせられる。
    香川の製粉業者が『県外流出意図あり』と判定される。
    福岡のうどん粉が『食感規格逸脱傾向あり』として用途照会を受ける。
    分類語がいちいち嫌だった。
    行政は侮辱するとき、まず分類表を作る。

    もちろん、人間は黙っていなかった。

    最初に動いたのは、表向きは中央に従順な連中だった。
    古い問屋である。
    塩問屋。
    乾物問屋。
    麺問屋。
    醤油屋。
    昆布屋。
    彼らは政府批判をしない。
    説明会にも出る。
    職員にも愛想がいい。
    だが横のつながりだけは絶対に切らない。
    祖父の代からの帳面。
    冠婚葬祭での貸し借り。
    昔どこで誰の息子が修業したか。
    あの店の娘がどこへ嫁いだか。
    その程度のことを、妙に正確に覚えている。

    シビュラ源内は物流を計算できた。
    価格も、需要も、輸送量も、最短経路も計算できた。
    だが、『あの親父には一度借りがある』とか、『雪の日に助けてもらった』とか、『娘の祝いに包んでもらった』とか、そういう面倒な記憶をうまく数字へ変えられなかった。

    だから手形の戦争は、途中から奇妙な形へ変わった。
    国家の電子手形に対抗するのは、地方の紙の手形だけではなかった。
    手書きの紹介状。
    店主どうしの口約束。
    祭りで顔を合わせた縁。
    古い帳場机の引き出しから出てくる名刺。
    合理化できない信用が、物流を支え始めたのである。

    大阪のある鉄板職人は、検問所で止められた深夜、懐から一枚の紙を出した。
    中央様式ではない。
    薄茶けた和紙に、ただ短くこう書いてあった。

    『この者、通すべし。粉は裏切らぬ』

    署名は古い旅館の女将だった。
    職員は困った。
    システムに読み込めない。
    QRもない。
    認証欄もない。
    だが後ろには荷車が詰まり、前には広島行きの鉄板があり、上司は応答しない。
    結局、通した。

    それが最初の穴だった。

    穴は、すぐに増えた。
    香川ではうどん巡礼手形が地下で流通した。
    福岡では柔らかいうどんを守る会が、ほとんど商工会みたいな顔で移送証明を出した。
    山野県では、甲府の鍋屋と信州の蕎麦屋が散々罵り合ったあげく、名古屋県のきしめん圧力に対抗するためだけに暫定相互承認書を作った。
    人間は本当に嫌いな相手とは組まない。
    もっと嫌な相手が現れたときだけ、嫌々組む。
    そこにだけ、妙な政治のリアリティがある。

    中央は焦った。
    検問を増やした。
    認証項目を増やした。
    手形の有効期限を短くした。
    再申請ごとに生体認証と掌紋照合を義務づけた。
    ここでようやく、《手形》の意味が文字通りになった。
    通行には手の形が必要になったのである。
    昔の通行手形。
    商業手形。
    手のひらの形。
    国家は、こういう三重の意味が好きだった。
    制度を作る者は、ときどき自分の駄洒落に人間を閉じ込める。

    人々は口々に言った。

    『もう手形ではない。手そのものである』

    その言葉が笑いとして処理されたのは最初の一日だけだった。
    二日目からは、誰も笑わなかった。

    やがて大きな事件が起きた。
    新形県から中央へ向かうビクトリー米の基幹輸送が、途中で完全に止まったのである。
    テロではなかった。
    爆破でもなかった。
    もっと日本的な理由だった。
    通行認証の相互接続が県境で噛み合わず、優先指定手形の更新時刻がずれ、応援職員の決裁権限が切れていた。
    つまり、様式どうしが戦って、様式どうしで負けたのである。

    ビクトリー米の車列は何時間も動けなかった。
    その横を、古い紙札を持つ荷車が、するりと抜けていった。
    塩が通り、麺が通り、粉が通り、鉄板が通り、餃子皮が通った。
    国家の大動脈が様式で詰まり、地方の毛細血管が義理で動く。
    これ以上ないほど、日本的な敗北だった。

    ニュースはこれを《一時的手形障害》と呼んだ。
    官房長官は、制度全体の趣旨は正しく、現場における運用上の課題にすぎないと述べた。
    述べることだけは、最後まで上手かった。
    だが現実のほうは、もう別の方向へ流れ始めていた。

    人々は見てしまったのだ。
    電子手形で固められた国家より、紙切れ一枚と口約束のほうが、よほど食卓を支えることを。

    そこから崩れ方は速かった。
    検問所の職員は厳格運用を諦め始めた。
    地方議会は独自承認制度を乱立させた。
    地下流通は半地下になり、半地下流通は公然の黙認へ変わった。
    中央の通行手形は、持っていれば便利だが、なくても誰かが何とかする程度のものになった。
    制度が死ぬときは、禁止されなくても分かる。
    皆が守る気を失うのである。

    だが国家は、ここで諦めなかった。
    米で縛れず、手形で止められず、それでもまだ、この列島は帳面の上でなら整列させられると信じていた。
    誰が誰に何を渡したか。
    どこで止められ、どこを通し、誰に借りを作ったか。
    通れなかった記録より、通してしまった関係のほうを、今度は数字へ直そうとし始めたのである。

    その時点で、次の題はもう決まっていた。

    国家は、人が通った道を、今度は勘定で追いかけてくる。

    次回『帳合』

     
     
     
    情報工学者/週刊バブルウォッチ編集長/『哭きの禿』原作者。 AI、金融、国際政治から日常の珍事まで、真面目に調べて、おかしく書く。 代表作『ボルガレナのボルチンスカヤ』 https://note.com/aiethics496/n/n8d4f9aef7c04

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