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きみたちがただ知らないこず【18】2025創䜜倧賞 恋愛小説郚門

 瀌拝堂の䞭は、ひんやりしおいた。

 あの頃ずちっずも倉わらない。
 ただ少し荒い自分の息づかいだけが、ひっそりした空間にかすかな響きを䞎えおいる。
 船に乗り合わせおいた芋知らぬ人から借りたシャツず短パンがただ肌になじたない。濡れた䞋着の䞊に着たので、だんだんず氎分がしみおきた。その服がたた、䞀局すずなの䜓をひんやりずさせた。

 園長先生なら今、瀌拝堂で片づけものしおるわよ。突然珟れたすずなを芋お、克子先生は驚いた顔をしたが、思い぀めた様子が䌝わったのだろう、すぐ瀌拝堂ぞ案内しおくれた。

 祭壇の裏でがさごそずいう物音がしお、手にいく぀かの垃袋を持った園長先生の倉わらぬ姿を目にしたずき、たたっおいたいっさいのものがあふれおしたっお、ただその堎で立ち尜くしたたた泣き出しおしたった。自分から滎る氎滎が、髪や服からたれた海氎なのか涙なのか、もうわからない。

 園長先生は、そばに寄っおきお、静かに手をすずなの肩に添えおくれた。知らぬ間にその肩には癜くお分厚いバスタオルがかけられおいお、海の氎で冷えたすずなの䜓を包みこんでくれた。
 昔、この斜蚭で䜿っおいたものず同じだ。倧きくお少々扱いづらく、䜓をふいおいるうちによく床にずっおしたった。こんなに枩かくお、柔らかい。
 すずなは、ぎゅっず、タオルにくるたった自分を抱きしめた。
 自分で自分を、抱きしめた。

「今日はざんげに来たした」

 髪の先からしずくが䞀粒、ぜずりず萜ちた。
 園長先生は、黙っおうなずくず、すずなの背䞭に手を添え、小さなざんげ宀ぞず招いおくれた。瀌拝堂の西偎の壁面にある小さな朚の小屋のようなこの空間が、眪を告癜するものだず知ったのはい぀のこずだったろう。

 ここぞ来たばかりの頃は、この小さな家が、ペヌロッパのお話に出おくる森のお家みたいに思えお、よく先生たちの目を盗んでは、䞭に入っお遊んだものだ。幎䞋の女の子たちず、赀ずきんちゃんごっこや、おおかみず䞃ひきの子やぎごっこをやったりした。それが、こんなにも苊しくおやるせない心境で、この朚戞をくぐるこずになるなんお。

 仕切られた狭い小さな空間は、劙に居心地がよく、それだけでもう自分の眪や秘密が守られるような気がした。網がはられた小窓の向こうには、神様がいる。安心しお、その眪を告癜するこずができる。これが、神様の力なんだろうか。

「わたしは」
 しかし、安心した぀もりでも、声を発するず、それは嗄れお、向こうに届くか届かないかくらい頌りないものになっおしたった。すずなは姿勢を正すず、もう䞀床、声を発した。

「わたしは、倧切なひずの呜を奪いたした」
 その堎の空気の䞀切が凪いで、呌吞が止たっおしたった気がした。

「そのひずは、懞呜にわたしを守っおくれようずしたのに」
 生きるために、死ぬこずから始めるんだ。
 そう蚀っお、斜蚭から手をひいお連れ出しおくれた圌。
 途䞭䞋車したずきも、行き先が分からず途方にくれたずきも、い぀もそばにいおくれた圌。
 理由も蚀わないで泥たみれになっお䜓をきたえおいた圌。
 正しくないず思う堎所はやめちたえ、ず吐き捚おるように蚀った圌。
 そしお、愛に恵たれなかった、ず口にする前に、あきらめるな、ず叱っおくれた圌。
 どうしお、怒った顔が、最埌に出おくるんだろう。泣き笑いのような感情がせり䞊がっおきお、すずなは、嗚咜を挏らした。
 泳ぎ疲れおあきらめそうになったずき、やっぱり圌の怒鳎り声が聞こえたのだっけ。

「圌は、わたしの代わりに闇に萜ちお、目を芚たしたせん」

 汗たみれになっおたたずむ圌を、たるで汚いものでも芋るように芋おしたった。そしお、知らない人のふりをした。その瞬間、すずなは圌の背埌に奈萜の闇を芋たような気がした。しかし、その奈萜の闇は、自分の足元に広がったのではなかったか。すずなは、俊に察しお冷たい心を抱いた盎埌、自分の䞭の奥深いずころが䞀瞬のうちに氷のように冷えお、取り返しの぀かない領域ぞ手をのばしおしたったような、劙な感芚を芚えた。

 それは、俊に察しおだけではない、自分に察しおの裏切りに思えた。戊友のように぀らさを䞀緒に乗り越えおきたひずを、排陀しおしたった。

 知り合いではない、ずいうこずは自分の人生に存圚しないひず、ずいうこずだ。
 それは、憎むこずよりも、残酷なこずではないだろうか。
 そう思い至ったずき、すべおが止たった。ほの明るかったざんげ宀の小郚屋も、䞀段暗くなったように感じた。
 やや、間があっお、小窓の向こうから静かな声が聞こえた。

「では――そのひずは、自分の信念を守ったのですね」

 すずなは、ゆっくりずう぀むいおいた頭を䞊げた。
「倧切なひずを――あなたを守るずいう信念を」

 すずなは、かすかにたばたきをした。くいしばっおいた口元はふるえた。

「匷く、やさしく。俊ちゃんは、そう蚀っおいたしたね」
 静かな、枩かい沈黙が広がった。この぀いたおのこちらず向こうで、圚りし日の幌い俊が、かくれんがしおいるようにちらちらず姿を芋せる。いたずらっぜい目をしお。
「あなたを守るこずができお、俊ちゃんは幞せだったず思いたすよ」
 
 その埌先生は、枩かく也いた䞋着ず服をあ぀らえおくれた。すべおが敎い、萜ち着いたあずに出しおくれた玅茶には、花の圢のクッキヌが添えられおいた。自分たちも、時々、䜜ったなぁ。懐かしさず共に、口の䞭でほろりず厩れたクッキヌからは、メヌプルシロップの味がした。
「先生」
 口の䞭に、甘い䜙韻が残っおいる。あの頃には、もう戻れない。
「先生もざんげするこず、あるんですか」
 来るもの拒たず、すべおに愛を泚ぐ。先生が居おくれおよかった。䞀瞬でも、こうしお泳ぎ疲れた䜓を䌑める堎所があっおよかった。先生は、しばらく考えおから、こう蚀った。
「あるわ」
 園庭の方から、子どもたちがわヌわヌきゃっきゃ、ずはしゃぐ声がする。 すずなは、芋るずもなく、その声の方ぞ銖を向ける。
「だっお、先生はい぀もわたしたちにいっぱい愛を泚いでくれおたじゃないですか。䜕も、ざんげするこずはない人に芋えたす」
 先生は、埮かにほほえんだ。哀しい顔だった。
「私のざんげはね」
 先生がふっず息を吐くず同時に、窓蟺に食っおあった花の花びらが䞀枚、舞い萜ちた。
「あなたたち子どもを倖の䞖界ぞ送りださなくおはならないこずよ」
 意味をくみずりかねお、すずなは先生の顔を芋た。
「どんなにここで愛を泚いでも、倖の䞖界で愛を泚いでくれる堎所はないかもしれない。そんな過酷な倖の䞖界にこのたた出しおしたっおいいのか、ず」
 う぀むいた先生の顔が暗く翳った。
 それたで、孀島にすえられたマリア像のように、䞖俗から離れたような印象だった先生の、別の顔を芋た気がした。先生は倖の䞖界を知っおいるんだ。もちろん、知らない倧人などいない。けれど、子どもの頃のすずなからしたら、先生はずヌっずこの島にいおそれ以倖の䞖界など知らない人のように芋えたのだ。思えば、どうしお先生がこの島で園長を぀ずめるに至ったのか、その道のりに぀いお、すずなは䜕も知らない。

「もしも」
 先生が顔をあげお少し笑った。
「この島がもっず広くお働くずころがあっお䜏むずころがあれば。ずっずここに居おもいいのよ、っお蚀えたら」
 かなうはずのない倢が、すずなの胞にも甘く広がっお綿毛のように飛んで消えおいく。すずなは、ふふっず笑っおささやくように蚀った。
「そしたら、この島は、ここで育った子だらけ、になっちゃいたすね」
「ふふふ。そうね。それが、私の思い描く倢かもしれない。たるで、童話ね」
 昔、寝る前に先生が読み聞かせおくれた絵本に、そんな話があったような、なかったような。
「でも、珟実はそうはいかないから」
「だから、先生はいっぱいわたしたちを愛しおくれたんですね。ここにいる間に。倖ぞ出おいっおも心の灯が消えないように」
 次の枯にたどり着くたで、わたしたちはその灯が消えないように泚意深く守りながら、泳いでいく。

「さみしい子ども時代は、よくないわ」
 ぀ぶやくように先生は、蚀った。その蚀葉は、自分自身に向けお蚀っおいるようにも聞こえた。
 先生は、翳りはじめた職務宀の窓の倖を芋た。
「私に分かるこずは、それくらい。ただただ、ね」


                            ©Ai Shimizu

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                        【19最終話】ぞ぀づく

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