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きみたちがただ知らないこず【】2025創䜜倧賞 恋愛小説郚門

 五日目の朝の食卓は、䜕だか始たりから、しヌんずしおいた。昚倜の事情を知らない俊だけが、䜕だかい぀もず違う雰囲気に萜ち着かない様子だった。
 わたしたちのうそが、ばれた。それだけでも俊に蚀っおおきたかったのだけれども、別々の郚屋に寝おいる二人には、意思疎通のひたがなかった。

 少々重たい空気の䞭、最初に口を開いたのは䜑さんで、䜕も疑わずに、すずなたちをここに眮いおしたったこずの責任を軜く詫びた。
 やっぱり、ちゃんずした倧人だったんだな。
 軜やかな旅する青幎ぐらいの印象だった䜑さんが、急に遠い人に感じた。もずもず䌚話の少ない圭倪さんは初めから近しいずは感じおいなかったが、たすたす別の䞖界の人みたいに思えた。䞀番芪身になっおくれた有里さんを裏切ったみたいで、胞がぎゅっず苊しくなった。

 すずなず俊は、ず぀ず぀ず代わる代わるに、ここたで逃げおきたこずを話した。
 その理由に぀いおは、決しお蚀わなかった。どうしお逃げ出したの ず有里さんが聞いたずき、俊が手をぎゅっず握っおきたこずに、はっずした。圌の手は、決しおそれを口にしない、ずいう匷い決意を䌝えおいた。それは、お前のこずもれッタむ蚀わないから、ずいう意志も、䌝えおいるように感じた。
 心匷かった。ここに、同士がいる。わたしだけじゃない。自分たちの仄暗いはずかしめを隠しお、生きるために死ぬこずから始めるんだ、ず蚀っおくれた同士が。

「れッタむに、同じずこには垰りたくないんだ」
 俊はう぀むきながら、歯をくいしばるように蚀った。
 それから、きっ、ず顔を䞊げた。圌の暪顔は、燃えおいるみたいだった。あぁ、あのずきの。すずなは、匷く手を握られたたた、圌の暪顔を瞬きもせずに芋぀めた。
 あのずきず、おんなじだ。ホヌムで芋たずきの、あの印象ず。
 燃えるような野生のラむオン。
「おれには、家族はいないんだ。だから、もう、どこぞ行ったっおいいんだ」
 そのずき、本圓に圌のバックに草原を芋た気がした。広い広い地平線。さびしいほどに、果おしない倧地の向こう。圌は、その向こうぞ行きたがっおいる。

「でも、じゃあ䜕で、この島ぞ来たの」
 緊匵を砎っお、最も玠朎な質問をしたのは、有里さんだった。
「それは  」

 俊が、自分の頭の䞭の遠い蚘憶を芋るように、芖線をさたよわせた。
「ほんずにちっちゃいころ、母ちゃんず来たこずがあるから」

 でもその島は、ここだずいう確実性はたるでないのだ。どこにあるかも分からない、思い出の䞭の島。それを、俊の口から蚀わせるのは、䜕だか残酷な気がしお、すずなは、その思い出の島が䜕ずいうのか、立ち寄ったみかん蟲家の名が䜕ずいうのか、手がかりらしいものは䜕もないこずを告げた。
 その堎にいる党員が、途方に暮れおいた。柱の鳩時蚈だけが、い぀もず倉わらず時を刻んでいた。

 
 ずりあえず、この島にあるみかん蟲家を回っおみる。それが、途方に暮れおしたったみんなに察しお出した、䜑さんの案だった。
 仕事が䌑みだった䜑さんが、぀きあっおくれるこずになった。みかん蟲家は、その島に五軒ほどあった。䜑さんが自転車を匕いお、その暪を俊ずすずながずがずが歩いた。坂道を䞊ったり䞋りたり。
 けれど、どのみかん蟲家を蚪ねおみおも、俊の目の色は倉わらなかった。最初の䞉軒は、ここ ずおそるおそる聞いおいたすずなも、あずの二軒を蚪ねるころには段々あきらめが入っお、聞かなかった。䞀応、ここがこの島最埌のみかん蟲家だけど、ず䜑さんが蚀ったが、俊は䜕か怒ったような衚情のたた、黙っおいた。倏の日は照り぀けお、みかんの葉はぎらぎらしおいる。

 宿に垰る道の途䞭で、䜑さんが叀い商店に寄っおアむスを買っおくれた。そこでやっず、俊は、ありがず、ず短く蚀っお顔をあげた。
「そんな簡単には芋぀からないもんだな。でも、小さい時の蚘憶をたよりに、ある堎所を探すなんお、䜕だかいいね」

 ふわっずした颚が起こった気がした。䜑さんの方から吹いおくる。それは今、こうしおいるこずを肯定しおくれおいる優しい颚だ。
 そう、出䌚ったずきから。䜑さんは、楜しそうだね、それはいいね、ず蚀っおくれたのだった。
 改めお、この颚の䞭䞀緒に歩いおいる䜑さんを芋た。䞖の䞭の倧人が、みんなこんなだったらいいのに。゜ヌダアむスの冷たさず爜やかさがのどを䞋りおいく。
 それずずもに、すヌっず心の䞭の雲が晎れおいくような気分に芋舞われた。俊は、ただ黙っおもくもくずアむスを食べおいた。最埌、棒たでなめきったずき、突然、倧声で叫んだ。
「あっ 圓たり‌」
 䞀瞬立ち止たった䜑さんは、びっくりしたあず、急に盞奜を厩しお蚀った。
「そりゃ、ラッキヌだな。いいこず、あるよ」

 
 明日、䞀緒に、児童盞談所に行こう。

 それが、䜑さんがすずなず俊に出した答えだった。きっず、そうなるんだろう、ず心のどこかでは思っおいた。䜑さんの䞭ではもうそう決めおいお、だから最埌の冒険に぀きあっおくれた。すずなにはそう思えた。
 きっず、いい方向に進むよ。民泊に垰っおきおすぐ、玄関で靎を脱ぎながら、䜑さんは蚀った。すずなは黙っお、䜑さんの顔を芋た。どこにもうそのない、穏やかで優しい顔だった。

 その日の倕ご飯は、ちょっず特別だった。有里さんが集萜の魚屋で新鮮な魚介を買っおきおくれお、フラむにしおくれた。島でずれたレモンが、食卓を圩った。獲れたおのスズキずキスのフラむは、身がぷりぷりしおいお、今たで食べたどんな魚よりも矎味しかった。

 倕食埌、圭倪さんが自分の郚屋からノヌトパ゜コンを持っおきお、食卓で開いた。圭倪さんは、カタカタずキヌボヌドをたたいおいる。隣で䜑さんが画面をのぞきこむ。
「前、頌たれお䜜った自治䜓のホヌムペヌゞなんだけど」
 マりスを操䜜する圭倪さんの隣で、䜑さんが画面をにらむように芋぀める。
「ここ」
 クリックしおから圭倪さんが぀ぶやいた。
「すずなちゃんみたいな子どもたちが暮らす堎所なんじゃないかな」

 
 その倜、すずなはなかなか寝付かれなかった。䞋では、ただ圭倪さんず䜑さん、有里さんが、ネットで調べたり、話し合ったりしおくれおいる。
 時々、電話の声も聞こえた。階䞋が静かになっお、倜が深たるころ、有里さんが郚屋にやっおきた。そっずふすたを開け、メむク道具のポヌチを取り出しお、肌のお手入れをしおいる。暗い䞭で、ぎたぎたず肌を軜くたたく音が響く。すずなは寝返りを打った。

「  眠れないの」
 静かな有里さんの声がした。すずなは返事をしないたた、䜓を少し䞞めた。いろんなこずが䞍安だった。これから自分は、どんな所ぞ行くのだろうか。聞こえるはずのない波音が、聞こえるようだった。波に抌されお、䞍安定に揺れる小さな舟。自分䞀人で、そこに䞞たっお目を閉じおいる。そんな颚に感じた。垰ったほうがいいのかも。遠く離れおしたった自宅のマンションも思った。けれど、誰もいないあそこに垰るのも、䜕かぞっずした。今は、ずにかく誰かずいたかったのだ。居心地のいい誰かず。ここでの぀かずはなれずの感じで。
 有里さんが、隣の垃団に仰向けに寝転んだ。
「良さそうなずころ。二人が芋぀けおくれたから、倧䞈倫だよ」
 有里さんは、すずなの方ぞごろんず向きを倉えた。すずなは、有里さんの顔ず反察偎を向いおいた。埌ろから、そっず優しく、髪をなでられた。

「きっず、倧䞈倫だよ」
 暗い、かすかに波の音がする䞭で、有里さんの声は月の光みたいに優しくすずなに届いた。ふいに、胞の奥の方にたたっおいた重くおかたくなな䜕かが砕けた。そしお、すずなの口からこがれ出た。

「さわられたの」
 有里さんの手が、止たった。

 声が぀たっお、続きは蚀えなかった。そんな、優しい手じゃなかった。もっずなためかしくお、悪い意志を持った手だった。すごく、怖かった。怖かったんだ。そう今、はっきりず自芚した。

 お父さんに殎られる怖さは、嵐の䞭に攟り蟌たれるようなものだった。でも、過ぎ去れば、䜕もなかったかのように日垞が戻っおきた。
 けれど、職員の男の人にさわられた怖さはもっず違った。たるで自分の肌にどす黒い毒が刻たれお、じわじわず䜓党䜓をむしばんでいくような怖さだった。
 それは、決しお、消えない。消えないどころか、䜓の奥深くで、増殖しおいくのだ。もう、今たでの自分ずは、䜓が倉質しおしたった。醜く、みじめな䜓に倉わっおしたった。
 そう思ったら、自分がみじめで可哀想で、ぎゅっず぀ぶった目から涙が出おきた。こんなに優しくだれかに觊れられたこずが、あっただろうか。思い出せない。

「よしよし」
 暗闇の䞭で、有里さんが蚀った。そしお、䞀たん止めた手を再び動かした。
「よしよし、いい子、いい子」
 ゆっくり、䞁寧に、愛おしむように、ずっず黙っおすずなの髪をなでおいおくれた。

 
 次の日、朝ごはんを食べたらすぐ、䜑さんず有里さんに付き添っおもらっお本州にある児童盞談所ぞ向かった。元いた児童逊護斜蚭に児童盞談所が連絡をずり、䜕か耇雑な話し合いが行われおいたようだ。䜑さんが付き添っおくれたのは児童盞談所たでで、病院の勀務があるから、ず駅で別れた。

「元気でね」
 䜑さんは、二人の肩を䞡偎からしっかりず抱いおくれた。思わぬ匷い力に、すずなは少しよろめいお俊ず肩が重なっおしたった。駅の反察偎のホヌムから、䜑さんが倧きく手を振った。きっず、もう、二床ず䌚うこずはないんだろう。その姿を、くっきり目に焌き぀けおおこう、ず思った。
 䞉人は、䜑さんずは反察方向の電車に乗った。そしおたた、船に乗った。海は少し荒れおいた。

「すごい颚‌」
 有里さんが髪を抌さえながら倧声で蚀った。「光の島 こども園」。それが、これから向かう堎所の名だった。近づいおくる島は、今たでいた島より少しだけ倧きかった。濃い緑の䞭に、灰色や赀茶の家が転々ず芋える。

 船を降りお䞘を登っおいくず、ぜっず開けた土地に出た。䞉人は、思わずそこで立ち止たった。広いなだらかな土地に、薄茶色の぀ん぀んした草がどこたでも続いおいる。
「わぁ、これ、䜕」
 俊が、目の前の景色にがうぜんずしたように぀ぶやいた。
「麊だね、刈り入れ埌の麊畑だよ」
 日に照らされお、少ししなびお、でも黄金色に続く䞘。
「あの、こんもりした森の向こうみたいだよ」
 先を行く有里さんが、振り返り぀぀蚀った。森の䞭の石段を䞊るず、建物の屋根が芋えおきた。䞉角に尖った、颚倉わりな屋根だ。

 その建物の党貌が目に入ったずき、すずなは思わず、倧きなため息を぀いた。そしお、こう぀ぶやいた。船みたい。心の䞭だけで蚀ったず思ったのに、その声は䞀緒にいた二人にも届いおいた。うん、そうだね。船みたいだ。俊が蚀った。
 ざわざわず暗い葉が揺れる森を背景に、その建物は船の舳先のように倩ぞずその屋根を突き䞊げおいる。癜いシンプルな壁は、曲線を描いお埌方に続き、たるで本物の船䜓そのものだ。正面のごく䜎い所に朚の扉があり、そこが入り口ずなっおいるようだ。

「入っおも、いいのかな」
 ん、ず有里さんが短く蚀った。ううん、ずも、うん、ずも聞き取れる蚀い方で。そっず、扉を抌しおみた。朚のドアは、ぎいっず音を立おお開いた。暗い䞭を進みゆくず、䞡偎に䞊ぶ長怅子の奥に祭壇が珟れた。十字架がかかげられおいる。
「教䌚だったんだ」
 有里さんの声が内郚に響いた。倖から芋るよりも、倩井はずっず高く芋えた。有里さんの声が空気に溶けお四方八方に散らばった。その広々ずした空間は、静けさの䞭に䜙韻をたたえおいた。䞉角圢に尖った屋根は高くお遠く、倩囜ぞの入り口みたいに芋えた。カビのような匂いず、ひんやりした冷気が蟺りを包んでいた。反り返るように倩井を芋䞊げおいたので銖が痛くなっおしたい、ガクッずうなだれおから隣を芋るず、有里さんが手を組んでお祈りをしおいた。䜕を祈っおいるんだろう。するず、有里さんは手を解いおすずなを芋お、にっこり笑った。
「こういう堎所に来るず、敬けんな気持ちになるね」
「けいけん  」
 そう問い盎したずき、埌ろでギむッず戞が開く音がした。幎老いお少し腰の曲がったおばあさんが入っおきた。手にはほうきずちりずりを持っおいる。
 有里さんが「光の島 子ども園」を探し蚪ねお来た旚を話すず、おばあさんは倖ぞ出お道を教えおくれた。教䌚の裏手の道を少し䞋ったずころにあるずいう。

 砂利道を行くず、赀茶色の屋根の建物が芋えおきた。門の前たで来るず、有里さんは立ち止たっお、すずなず俊に向き合った。リュックから玙袋を取り出すず、二人にそれぞれ手枡した。

「これ」
 ペラペラの玙袋に、そっず手を入れお䞭身を出すず、写真が䜕枚か入っおいた。
 倢䞭でスむカを食べる顔。お颚呂䞊がりの少しびっくりした姿。俊ず二人で和宀でごろごろしおいる姿。そしお髪を少し぀たんで、じっずその先を芋぀めおいる斜め暪の顔。

「その写真、嫌がっおたけど、どうしおも入れたくお」
 有里さんがう぀むいお、声をしがり出すように蚀った。
「ごめんね、でも、私が撮った䞭では、䞀番だ、っお思ったから」
 少しだけ声が震えお、勇気を振りしがっおいるのが分かる。

「私、その写真、奜きだよ」

 有里さんは顔を䞊げお、すずなを芋た。
 もわもわっず盛り䞊がった有里さんの髪が、がうがうず颚をはらんだ。
 くせっ毛が嫌いだから。

 写真を消しお、ず隒いだ埌、その蚀葉をぜ぀ん、ず蚀ったのは、い぀だったか。有里さんは、その蚀葉を肯定も吊定もしなかった。そのかわり、わたしもそうだったな、ず蚀ったのだった。自分より、ずっず匷いくせっ毛の有里さんは、そう蚀ったあずも今も、ただ黙っおすずなを包み蟌むように芋぀めおいた。きっず、どこかでふわりずその壁を乗り越えた、そんなさり気ない匷さをたたえお。

 有里さんは、すずなず俊に䞀歩近寄るず、二人の頭に手を眮いた。そしお、照れを隠すように、くしゃくしゃっず、なでた。
「幞せに。幞せに、なるんだよ」

 
 出䌚うはずのなかったような行きずりの人に、思いがけず魔法をかけられるこずがある。
 幞せに。幞せに、なるんだよ。
 その蚀葉ず、くりくりず頭をなでられたこずは、すずなが最初にかけられた魔法だった。
 たぶん、俊にずっおも。

 䞀通りの手続きを終えお、有里さんはひずり䞘を䞋っおいった。䜑さんみたいに、手を振ったりしなかった。
 人知れず、涙をこらえおいたのかもしれない。手続きを進める圌女の手が、時折り䞍自然に止たり、かすかに錻をすすったような気がしたから。
 俊は、やたらしおらしく、神劙な顔をしおいた。有里さんが、䞁寧に自分たちのために曞類を曞いおくれおいる。それは、幞せに䞀歩䞀歩道を開いおいくための曞面のように思えた。

 幞せに。幞せになるんだよ。
 そういう思いをこめお曞いたよ。
 そんな有里さんの心の声を、すずなは聞いたような気がした。

 䜕かを蚀いたかったが、蚀葉が芋぀からなかった。
 事務的な䜜業が進められる䞭、たるで自分の心も身䜓も準備ができおいない。そんな別れだった。そしお、それは今気づいおも、すべお遅い気がした。

 もうすぐ䞘を䞋りきっおしたっお、その姿が芋えなくなる。芋えなくなるその前に。すずなは祈るように、心の䞭で぀ぶやいた。

 有里さん。
 わたし、幞せになるからね。

                            ©Ai Shimizu

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#創䜜倧賞2025 #恋愛小説郚門

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