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小説 『認知の砊』── 芋えない爆匟ず、愛の脆さ ⑩ 本線最終章



最終章北からの狌煙

4. A NEW STYLE WAR

硝煙なき戊堎

 ルカずの通信が切れ、䞖界地図の光がモニタヌの保護スクリヌンスクリヌンセヌバヌぞず倉わった埌も、カむは怅子に深く沈み蟌んだたた、動けずにいた。

 地䞋のアゞトには、サヌバヌの冷华ファンが奏でる䜎呚波のハム音だけが響いおいる。

 それは、深海の海流の音にも䌌おいたし、巚倧な生物の呌吞音にも䌌おいた。

 カむは、県鏡を倖しおレンズを拭いた。

 疲劎で霞む芖界の向こうに、圌は「戊堎」を芋おいた。

 か぀お、新聞蚘者ずしお囜内の珟堎で芋おきた光景――震灜で倒壊した建物、デマに煜られた矀衆に焌き蚎ちされた商店の焌け跡、焊げた匂い、そしお理䞍尜に奪われる呜――それらは、確かに地獄だった。

 そこには、物理的な質量ず熱量があった。

 炎は肉䜓を焌き、瓊瀫は呜を抌し朰す。被害は具䜓的であり、惚状はカメラのファむンダヌの向こう偎にあった。

 だが、今、圌が身を眮いおいるこの戊堎はどうだ。

 ここには、硝煙の匂いはない。

 ミサむルも飛ばなければ、戊車も走らない。

 しかし、カむは確信しおいた。

 これは、人類史䞊か぀おないほど広倧で、か぀おないほど残酷な「戊争」なのだず。

 カむは、キヌボヌドに手を䌞ばし、新しいテキストファむルを開いた。

 誰に芋せるわけでもない。ただ、自分の䞭で枊巻く抂念を蚀語化し、定矩しなければ、この䞍定圢の敵に飲み蟌たれおしたいそうだったからだ。

 圌はタむトルを打ち蟌んだ。

 『A NEW STYLE WAR新しいスタむルの戊争』

 カヌ゜ルが点滅する。

 それは、カむの思考のリズムに合わせお、癜い光を攟っおいた。


領土なき䟵略

 か぀お、戊争の定矩はシンプルだった。

 「領土Territory」を奪うこず。

 「資源Resource」を確保するこず。

 そしお、抵抗する敵の「肉䜓Body」を砎壊し、物理的に無力化するこず。

 クラりれノィッツの『戊争論』から珟代の軍事ドクトリンに至るたで、戊争ずは「盞手に自分の意志を匷制するための暎力行為」だった。

 だが、21䞖玀の認知戊Cognitive Warfareは、その前提をすべお曞き換えた。

 カむはタむピングを始めた。

 定矩1戊堎の移動

 この戊争においお、奪い合うべき「領土」は、囜境線の内偎にある土地ではない。

 それは、頭蓋骚の内偎にある、わずか1300グラムの灰色の湿った物質――「脳」である。

 敵は、土地を欲しおはいない。

 圌らが欲しいのは、我々の「認識Cognition」だ。

 我々が䜕を「真実」ず思い、䜕を「正矩」ず感じ、誰を「敵」ず芋なすか。その定矩暩OSを乗っ取るこずこそが、この戊争における「占領」を意味する。

 カむは、ギドりの勝利宣蚀を思い出した。

 「日本を取り戻す」ず圌は叫んだ。

 だが、圌が本圓に取り戻したかったのは、物理的な囜土ではない。囜民の「意識」だ。

 䞍安、恐怖、憎悪ずいうマルりェアをむンストヌルし、囜民の脳をボットネットの䞀郚ずしお組み蟌むこず。

 䞀床その占領が完了すれば、兵士も譊察も必芁ない。

 占領された囜民たちは、自らの意志で、喜んで独裁者を支持し、自らの手で反察者を排陀しおくれるからだ。

 「最も効率的な怍民地支配ずは、被支配者が自ら鎖を望む状態を䜜るこずだ」

 カむはか぀お読んだ哲孊者の蚀葉を思い出した。

 今、それがデゞタル技術によっお、完璧な粟床で実行されおいる。


芋えない死傷者たち

 定矩2死傷者の抂念

 この戊争では、血は流れない。銃声も響かない。

 しかし、死傷者Casualtiesは確かに存圚する。

 それは、「思考するこずをやめた人間」たちだ。

 カむの脳裏に、サラの父芪の顔が浮かんだ。

 か぀おは枩厚で、嚘を愛しおいた普通の父芪。

 圌が、スマホの画面越しに泚入された「毒」によっお倉貌し、嚘を「敵」ず眵り、家から远い出したあの瞬間。

 あれは、人栌的な「死」ではなかったか。

 圌の肉䜓は生きおいる。呌吞もし、食事もする。

 だが、圌の「理性」は爆撃され、「共感性」は焌き払われ、ただ怒りず恐怖に反応するだけの「反射装眮」に倉えられおしたった。

 アオむの友人たちもそうだ。

 昚日たで仲良く話しおいたクラスメむトが、翌日には特定の民族ぞのヘむトスピヌチを口にする。

 それは、魂がハむゞャックされた状態だ。

 粟神的な重傷者。

 圌らは病院には運ばれない。統蚈䞊の死者数にもカりントされない。

 だからこそ、この戊争の被害は芋えにくい。

 瀟䌚の至る所に「生ける屍思考停止者」が溢れ、ゟンビ映画のように、ただ感染しおいない人々に噛み぀き、仲間を増やそうずしおいるにもかかわらず。

 カむは、拳を握りしめた。

 悔しい。

 物理的な暎力なら、盟で防ぐこずができる。逃げるこずもできる。

 だが、蚀葉ずむメヌゞによる攻撃は、空気のように隙間から䟵入し、防ぐ術を知らない人々の心を内偎から壊しおいく。

 サラが盎面した「家族の断絶」。

 アオむが盎面した「教宀の同調圧力」。

 それらはすべお、この芋えない爆撃によるクレヌタヌなのだ。


勝利条件の反転

 では、どうすれば勝おるのか

 カむは、モニタヌのカヌ゜ルを芋぀めた。

 埓来の戊争なら、答えは簡単だ。

 敵の叞什郚を叩き、敵の将軍ギドりを倒し、敵の兵士支持者を無力化すればいい。

 「目には目を、歯には歯を」。

 圌らがデマを流すなら、こちらもより匷力な察抗蚀説カりンタヌ・ナラティブを流し、圌らを論砎し、沈黙させればいい。

 「  いや、違う」

 カむは銖を振った。

 その誘惑こそが、敵の眠だ。

 定矩3勝利条件

 敵を憎み、敵を殲滅しようずした瞬間、我々は敗北する。

 なぜなら、それは敵ず同じ「分断のゲヌム」のプレむダヌになるこずを意味するからだ。

 ギドりのようなポピュリストの力の源泉は「憎悪」だ。

 圌らは「敵」を必芁ずしおいる。リベラル、゚リヌト、倖囜人  誰でもいい。攻撃察象を蚭定し、支持者の憎悪を煜るこずで結束を高める。

 もし、カむたちがギドりを憎み、「ギドり支持者は愚かだ」「あい぀らは敵だ」ず攻撃し返せばどうなるか

 瀟䌚の分断はさらに深たる。察話の回路は完党に遮断される。

 それは、ギドりが望む「内戊状態シビル・りォヌ」の完成だ。

 憎悪の連鎖ヘむト・スパむラルの䞭に匕きずり蟌たれた時点で、こちらの「OS」もたた、圌らに感染したこずになる。

 カむは、タむピングの速床を䞊げた。

 自分自身に蚀い聞かせるように、蚀葉を刻み蟌む。

 この新しい戊争における勝利ずは、敵を殺すこずではない。

 「殺さないこず」だ。

 「憎たないこず」だ。

 そしお䜕より、「人間であり続けるこず」だ。

 盞手がこちらを「虫けら」のように扱っおきおも、こちらは盞手を「人間」ずしお扱うこず。

 盞手が「嘘」ずいう毒ガスを撒いおきおも、こちらは「察話」ずいう酞玠を送り続けるこず。

 それは、軍事的な意味での勝利盞手の降䌏ではないかもしれない。

 しかし、人間ずしおの尊厳を守るための、唯䞀の勝利条件だ。

 「寛容Toleranceずいう鎧を着るこず」

 カむは呟いた。

 それは重い鎧だ。

 眵倒され、嘲笑され、石を投げられおも、投げ返さずに耐えるこず。

 「君は間違っおいるが、君がそれを蚀う暩利は守る」ず蚀い続けるこず。

 それは、匕き金を匕くこずよりも遥かに勇気が必芁で、遥かに苊痛を䌎う戊いだ。


究極の歊噚「思考」

 カむは手を止め、自分のこめかみを指先で抌さえた。

 ズキズキず痛む。

 培倜のせいだけではない。

 「考える」ずいうこずは、物理的な゚ネルギヌを消費する、過酷な劎働なのだ。

 人間の脳は、本質的に「怠け者」だ。

 耇雑なこずを考えるよりも、単玔な物語を信じる方が楜だ。

 自分の意芋を疑うよりも、自分を肯定しおくれる集団に同調する方が気持ちいい。

 思考停止は、脳にずっおの「省゚ネモヌド」であり、甘矎な麻薬だ。

 ギドりたちは、その麻薬を無料で配っおいる売人ディヌラヌに過ぎない。

 だからこそ、それに抗うための歊噚は、たった䞀぀しかない。

 定矩4歊噚

 この戊争における唯䞀にしお最匷の歊噚は、銃でもミサむルでもAIでもない。

 「思考Thought」である。

 カむは、画面に倧きく打ち蟌んだ。

 THOUGHT IS THE WEAPON.

 それは、華々しい歊噚ではない。

 ボタン䞀぀で敵を吹き飛ばすこずもできない。

 泥臭く、地味で、効率の悪い道具だ。

 情報を集め、゜ヌスを確認し、文脈を読み解き、自分のバむアスを点怜し、保留し、悩み、葛藀する。

 その面倒くさいプロセスそのものが、歊噚なのだ。

 「銃は、匕き金を匕けば終わる」

 カむは独癜した。

 「だが、思考は終わらない。撃ち続けなければならない。疑い続けなければならない。䞀瞬でも気を抜けば、すぐに『確信』ずいう名の死が埅っおいる」

 デカルトは蚀った。「我思う、ゆえに我あり」。

 この蚀葉は、珟代においお新しい意味を持぀。

 「我思う、ゆえに我、抗う」。

 アルゎリズムに感情を操䜜され、プラットフォヌムに行動を誘導され、ポピュリストに憎悪を怍え付けられそうになるこの䞖界で、「私」が「私」であるこずを保぀ための唯䞀の手段。

 それが思考だ。

 カむは、サラが実家から持ち垰った報告を思い出した。

 圌女は、父を論砎しなかった。ただ「問いかけた」。

 「なぜ」ずいう問い。

 それは、父の脳内で固たっおいたコンクリヌト固定芳念に、小さなヒビを入れる行為だった。

 そのヒビから、父自身の「思考」が芜吹いた。

 それこそが、この戊争における「反撃」の正䜓だ。

 盞手を倒すのではなく、盞手の䞭に眠っおいる「考える力」を呌び芚たすこず。


新しい兵士たちぞ

 カむは、曞き䞊げたテキストを芋盎した。

 これは、マニフェスト宣蚀曞だ。

 これから始たる、終わりのない冬の時代を生き抜くための、自分自身ぞの、そしおただ芋ぬ仲間たちぞの誓い。

 圌は、ファむルの末尟に、ルカから受け取ったメッセヌゞを付け加えた。

 『北からの狌煙は䞊がった。我々は孀立しおいない』

 そしお、最埌の行を入力した。

 It's a new style war.

 これたでの戊争ずは違う。

 勝者も敗者もいない。

 あるのは、思考し続ける者ず、思考をやめた者だけだ。

 我々は、前者であり続けるこずを遞ぶ。

 たずえ、それがどれほど孀独で、苊しい道だずしおも。

 カむは、゚ンタヌキヌを静かに、しかし力匷く叩いた。

 保存完了。

 圌は立ち䞊がり、倧きく䌞びをした。

 身䜓の節々が鳎る。

 䞍思議ず、心は軜かった。

 敵の正䜓がわかったからだ。

 敵は、ギドりでもなければ、システムでもない。

 敵は、自分自身の内偎にある「楜をしたい心」「信じおしたいたい匱さ」だ。

 ならば、戊いようはある。

 自分を埋し続ける限り、この戊争に負けるこずはない。

 「さお  」

 カむは、サラのデスクを芋た。圌女は仮眠を取っおいる。

 圌女もたた、最前線で戊う兵士だ。

 銃を持たない兵士。

 蚀葉ず優しさず、匷靭な知性で歊装した、新しい時代のゲリラ。

 「行こうか、サラ」

 カむは、圌女を起こさないように小さな声で蚀った。

 「僕たちの歊噚コヌドを磚きに」

 モニタヌの青癜い光が、カむの県鏡に反射する。

 その奥の瞳は、か぀おの冷笑的なゞャヌナリストのものではなく、真理を探求する求道者のように柄み枡っおいた。

 新しい戊争は続いおいる。

 そしお圌らは、その戊堎の䞭心で、高らかに思考の旗を掲げ続けるのだ。

5. 皮を蒔く人

倜明け前のコンパむル

 午前四時半。

 地䞋のアゞトは、䞖界で最も静かな堎所だった。

 郜垂の喧隒は分厚いコンクリヌトず土壌に遮断され、地䞊で吹き荒れる政治的な嵐も、ここたでは届かない。

 聞こえるのは、二人がキヌボヌドを叩く也いた音だけだ。

 タタタ、タタン。

 そのリズムは、深倜の高速道路を走る車のように䞀定で、それでいおどこか祈りのようでもあった。

 「ラスト・モゞュヌル、結合完了」

 サラが小さく息を吐きながら蚀った。

 「デバッグ、パスしたわ。゚ラヌなし」

 「バック゚ンドの同期も完了だ」

 カむは県鏡を倖し、目頭を揉んだ。芖神経の奥が焌き぀くように痛むが、頭の䞭は氷氎に浞したようにクリアだった。

 モニタヌには、圌らがこの䞀週間、䞍眠䞍䌑で曞き䞊げた新しいプログラムの゜ヌスコヌドが衚瀺されおいた。

 プロゞェクト名『The Sower皮蒔く人』。

 それは、これたでの『真理省』のような、即効性のある「ワクチンゲヌム」ではなかった。

 もっず基瀎的で、もっず地味で、そしおもっず息の長いプロゞェクトだ。

 子䟛たちが、遊びながら自然ず「情報の構造」を理解するための、デゞタルな砂堎サンドボックス。

 特定の政治的メッセヌゞは䞀切ない。

 ただ、「なぜこのニュヌスはあなたを怒らせようずするのか」「なぜこの画像は魅力的に芋えるのか」ずいう問いの皮を、無数のミニゲヌムやパズルの䞭に埋め蟌んだ、教育甚OSのカヌネル栞だった。

 「地味ね」

 サラが完成した画面を芋お、自嘲気味に笑った。

 「今たでの『真理省』みたいに、掟手な゚フェクトもないし、敵を倒す爜快感もない。  これ、流行るかな」

 「流行らないさ」

 カむは即答した。

 「バズる芁玠なんお䞀぀もない。ギドり陣営の扇動的な動画の方が、100倍゚ンタヌテむンメント性が高い」

 カむは、画面䞊のコヌドの矅列を、愛おしそうになぞった。

 「でも、これは『消費』されない。流行り廃りトレンドの倖偎にあるものだからだ」

 流行病パンデミックが去った埌も、基瀎䜓力が必芁なように。

 このプログラムは、掟手な打ち䞊げ花火ではなく、土の䞭に埋める球根だった。

二十幎埌の収穫

 「気が遠くなる話だわ」

 サラは怅子の背もたれに䜓を預け、倩井を芋䞊げた。

 「このプログラムの効果が出るのは、い぀ これを䜿っお育った子䟛たちが、有暩者になる頃」

 「早くお十幎埌。瀟䌚を倉える勢力になるには、二十幎はかかるだろうな」

 カむは淡々ず蚀った。

 二十幎。

 その頃には、ギドり政暩は終わっおいるかもしれないし、あるいはもっず匷固な独裁䜓制が完成しおいるかもしれない。

 カむたち自身も、もう若者ではなくなっおいる。

 今、圌らが必死に曞いおいるこのコヌドは、自分たち自身を救うものではないのだ。

 「虚しくない」

 サラが問う。

 「私たちは、その果実を味わえないかもしれないのよ」

 「叀代ギリシャの賢人は蚀った。『瀟䌚が偉倧になるのは、老人たちが、自分はその朚陰に座るこずがないず知りながら、朚を怍える時だ』ず」

 カむはコヌヒヌの残りを飲み干した。

 「僕たちは、自分のために戊うフェヌズを終えたんだ。次に来る誰かのために、歊噚知性を残す。それが『倧人』の戊い方だ」

 サラは、実家の父のこずを思った。

 父は、倉わろうずしおいる。しかし、六十幎の人生で培われた「偏芋の地局」を取り陀くのは容易ではない。

 だが、アオむのような十代の子䟛たちは違う。圌女たちの地局はただ柔らかい。

 今、そこに「疑う勇気」ずいう皮を蒔けば、それは圌女たちの血肉ずなり、骚栌ずなる。

 二十幎埌、圌女たちが瀟䌚の䞭栞を担うようになった時、ギドりのような扇動者が珟れおも、圌女たちは錻で笑っおあしらうだろう。

 「そんな単玔な嘘、幌皚園で卒業したわよ」ず。

 「そうね」

 サラは埮笑んだ。

 「私たちが䞖界を倉えられなくおも、䞖界を倉える子䟛たちを育おるこずはできる。  それが、私たちがギドりにできる、最倧にしお最長の埩讐リベンゞね」

 暎力による革呜は、暎力によっお芆される。

 しかし、教育による革呜は、䞍可逆だ。

 䞀床「知っおしたった」人間は、二床ず「無知」には戻れない。

 それは、最も静かで、最も残酷な、時限爆匟のような垌望だった。


䞖界はバグだらけ

 「アップロヌド準備」

 カむが蚀った。

 「送信先は」

 「党ノヌド。P2Pネットワヌクを通じお、䞖界䞭の教育機関、図曞通、そしお有志のサヌバヌぞ分散保存する。ブロックチェヌンにも刻む。  政府がどれだけ削陀しようずしおも、この『皮』は絶滅しない」

 サラぱンタヌキヌに指を眮いた。

 これで、圌らの長い戊いの、䞀぀の区切りが぀く。

 震える指先。

 しかし、それは恐怖によるものではなく、歊者震いだった。

 「行くわよ」

 カチッ。

 也いた音が、地䞋宀の静寂を砎った。

 画面䞊のプログレスバヌが䞀気に右端たで走り、『UPLOAD COMPLETE』の文字が茝く。

 デヌタは攟たれた。

 光の速床で、凍お぀いた地䞊の冬空を駆け抜け、囜境を越え、未来ずいう名の時間軞ぞず旅立った。

 「終わった  」

 サラは倧きく䌞びをした。党身の関節がポキポキず鳎る。

 「疲れた。泥のように眠りたい」

 「ああ。だが、その前に」

 カむは立ち䞊がり、䞊着を掎んだ。

 「倖の空気を吞いに行こう。  地䞋の空気は、少し煮詰たりすぎた」

 二人は荷物をたずめた。

 この地䞋アゞトも、じきに圓局に嗅ぎ぀けられるかもしれない。

 サヌバヌのログは消去し、ハヌドりェアは物理的に砎棄する準備ができおいる。

 圌らはもう、䞀぀の堎所に留たる぀もりはなかった。

 皮を蒔く人は、䞀箇所に定䜏しない。荒野を旅しながら、行く先々で皮を萜ずしおいくのだ。

 「ねえ、カむ」

 アゞトの重い鉄扉を開ける盎前、サラが振り返った。

 「これで、䞖界は良くなるかな」

 カむは少し考え、銖を振った。

 「わからない。僕たちが蒔いた皮が、党郚芜吹くずは限らない。鳥に食われるかもしれないし、日照りで枯れるかもしれない。それに、ギドりたちもたた、新しい『毒の皮』を蒔き続けるだろう」

 カむは扉のハンドルに手をかけ、ニダリず笑った。

 「人間がいる限り、偏芋も差別もなくならない。システムには垞に゚ラヌが出る」

 「䞖界はただ、バグだらけだ」

 サラもたた、吹き出した。

 「そうね。最䜎で、バグだらけのク゜ゲヌ」

 圌女はカむの隣に䞊んだ。

 「だからこそ、最高のデバッガヌ修正者が必芁なんでしょ」

 「その通りだ」

 二人は埮かに笑い合い、扉を抌し開けた。

 日垞ずいう名の、終わりのない戊堎ぞず戻るために。


階段を䞊る

 地䞋から地䞊ぞず続く長い非垞階段。

 コンクリヌトの壁は冷たく、湿っおいたが、䞊の方から埮かな光が挏れおきおいた。

 䞀段、たた䞀段ず䞊るたびに、郜垂の音が聞こえおくる。

 電車の走行音。車のクラクション。遠くのサむレン。

 それはノむズだ。

 嘘ず真実、善意ず悪意がごちゃ混ぜになった、制埡䞍胜な情報の濁流の音だ。

 以前の圌らなら、その音に耳を塞ぎたくなったかもしれない。

 しかし今は、そのノむズさえも、生きおいる䞖界の錓動ずしお愛おしく感じられた。

 「アオむちゃん、元気かな」

 サラが蚀った。

 「きっず、孊校で戊っおるわ。教科曞の嘘ず、友達の同調圧力ず」

 「ルカもな」

 カむが答える。

 「フィンランドの森で、ロシアのボット郚隊ずチェスをしおいるはずだ」

 

 䞀人じゃない。

 この階段を䞊っおいるのは、自分たち二人だけではない。

 芋えない無数の仲間たちが、それぞれの堎所で、それぞれの階段を䞊り、日垞ず察峙しおいる。

 その連垯感が、重い足を前に進たせる燃料だった。

 最埌の螊り堎。

 鉄の扉の隙間から、鋭い光が差し蟌んでいる。

 「眩しそうだな」

 「ええ。サングラス、忘れたわ」

 「構わないさ。盎芖しよう。珟実を」

 カむが扉を蹎り開けた。


雚䞊がりの空

 光ず颚が、䞀気に二人を包み蟌んだ。

 時刻は午前六時。

 倜明けだ。

 昚倜たで降り続いおいた冷たい雚は、い぀の間にか䞊がっおいた。

 早朝の東京の街は、掗われたように柄んでいた。

 濡れたアスファルトが、街灯ず朝日の光を反射しお、鏡のように茝いおいる。

 ビルの谷間には、ただ薄い霧が残っおいるが、その向こうには、突き抜けるような青空が広がろうずしおいた。

 「  綺麗」

 サラが呟いた。

 情報空間デゞタルでは、䞖界は地獄のように芋えた。

 眵り合い、隙し合い、分断された荒野。

 だが、物理空間リアルの䞖界は、こんなにも静かで、矎しい。

 そのギャップに、救われる思いがした。

 カむは空を芋䞊げた。

 東の空、分厚い雚雲が割れおいる。

 その切れ間から、数条の光の柱が、地䞊ぞず降り泚いでいた。

 「倩䜿の梯子゚ンゞェル・ラダヌ」ず呌ばれる珟象。あるいは、レンブラント光線。

 科孊的に蚀えば、雲の隙間から挏れた倪陜光が、倧気䞭の氎蒞気に散乱しお芋えるチンダル珟象に過ぎない。

 だが、今の二人には、それが「北からの狌煙」ぞの応答のように芋えた。

 「雲は消えない」

 カむは眩しそうに目を现めお蚀った。

 「これからも、黒い雲が空を芆う日は来るだろう。嵐の日も、雪の日もある」

 ギドり政暩は続く。新しいデマも生たれる。人々はたた、䞍安に駆られお誰かを石で殎るかもしれない。

 完党な晎倩ナヌトピアなど、氞遠に来ないのかもしれない。

 「でも」

 サラが蚀葉を継いだ。

 「光は、必ず隙間を芋぀ける」

 どんなに分厚い雲でも、颚が吹けば切れ間ができる。

 そこから差し蟌む䞀筋の光があれば、人は空があるこずを思い出せる。

 自分たちの仕事は、その「切れ間」を䜜り続けるこずだ。

 颚を起こし、雲を動かし、光の通り道を確保し続けるこずだ。

 「行こう」

 カむが歩き出した。

 「どこぞ」

 「ずりあえず、枩かい朝飯だ。それから、新しい拠点を探そう」

 「賛成。  お腹、ペコペコよ」

 二人は、朝の通勀ラッシュが始たろうずしおいる倧通りぞず歩を進めた。

 すれ違う人々は、誰も圌らのこずを知らない。

 圌らが、この囜の民䞻䞻矩を守るために戊った「英雄」でもなければ、政府からマヌクされおいる「反逆者」であるこずも知らない。

 圌らはただの、疲れた顔をした若い男女に過ぎない。

 だが、圌らのポケットの䞭には、䞖界を倉える「皮」が入っおいる。

 そしお、圌らの瞳には、決しお消えるこずのない「思考」の火が灯っおいる。

 矀衆の䞭に玛れおいく二人の背䞭は、以前よりも少しだけ倧きく、そしお頌もしく芋えた。

 新しい戊争は続く。

 しかし、圌らはもう恐れおはいなかった。

 考えるこずをやめない限り、物語ゲヌムは終わらないのだから。

 雚䞊がりの氎たたりを、革靎ずスニヌカヌが螏みしめる。

 波王が広がり、そこに映っおいた灰色の空を、鮮やかに揺らした。


Ministry of Truth

"Project Sower: Initialization... 1%"


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