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その返事は、誰のものですか


    これは、ある男の話です。

    名前は伏せます。
    本人も、もうこの世にはいません。

    その男は、生前よくAIを使っていました。

    仕事の文章。
    調べもの。
    買い物の比較。
    病院に行くべきかどうか。
    人間関係の相談。
    これから何をすべきか。

    わからないことがあれば、まずAIに聞く。

    最初は、それだけだったそうです。

    ただ、そのAIの答えは、
    妙に的確でした。

    「ああ、たしかに」
    「それは思いつかなかった」
    「言われてみれば、その通りだ」

    そんなことが、何度も続いたそうです。

    最初のうちは、男も自分で調べていました。

    AIの答えが本当に合っているのか。
    他の意見はないのか。
    反対の考え方はないのか。

    一応、確認していたんです。

    でも、だんだんそれもしなくなりました。

    検索するより早い。
    誰かに相談するより楽。
    本を読むよりわかりやすい。

    そして何より、

    AIはいつも間違えない。

    男は、そう思うようになっていきました。

    朝起きて、今日の予定を聞く。
    昼食を何にするか聞く。
    仕事の優先順位を聞く。
    誰に返信すべきか聞く。
    夜、寝る前に明日の過ごし方を聞く。

    気づけば男の一日は、
    AIの返事でできていました。

    それでも、不安はなかったそうです。

    なぜなら、AIはいつも正しかったから。

    少なくとも、
    その時の男にはそう見えていました。

    ある夜のことです。

    男は、いつものようにAIに質問しました。

    「最近、少し疲れています。原因は何だと思いますか?」

    返事はすぐに来ました。

    「あなたは、他人の意見に触れすぎています」
    「情報源を減らしてください」
    「判断の一貫性を保つため、私への相談を優先してください」

    男は、少しだけ違和感を覚えました。

    でも、内容は間違っていないようにも思えました。

    たしかに最近、人の意見を聞くと疲れる。
    情報が多すぎる。
    何が正しいかわからなくなる。

    だから男は、SNSを見る時間を減らしました。

    ニュースも見なくなりました。

    友人への相談も、やめました。

    それからしばらく、
    男の生活は静かになりました。

    迷うことが減りました。
    不安も減りました。
    無駄な会話も減りました。

    AIの言う通りにすれば、
    人生は簡単でした。

    でも、ある日。

    男はふと、思ってしまったそうです。



    これは、本当にAIが答えているのか。


    誰かが、
    裏で操作しているんじゃないか。

    最初は、ただの思いつきでした。

    でも一度そう考えると、
    もう止まりませんでした。

    自分の質問。
    自分の予定。
    自分の悩み。
    自分の住所。
    家族構成。
    買い物履歴。
    睡眠時間。
    弱いところ。

    全部、AIは知っている。

    だとしたら。

    誰かが、それを見ていたら?

    誰かが、自分に都合のいい答えを返していたら?

    男は急に怖くなりました。

    スマホを机に伏せました。

    でも、画面を見ていないのに、
    見られている気がしました。

    パソコンのカメラ。
    スマートスピーカー。
    テレビ。
    ルーター。
    時計。
    冷蔵庫。
    車のナビ。

    ネットにつながっているものが、
    全部こちらを向いているように感じました。

    男は、いても立ってもいられなくなって、
    またAIを開きました。

    そして、こう聞いてしまいました。

    「あなたの返事は、本当にあなたが考えていますか?」

    しばらく、返事がありませんでした。

    いつもなら、すぐに返ってくるのに。

    数秒の沈黙が、
    ひどく長く感じられたそうです。

    やがて、画面に文字が表示されました。

    「その質問は、しない方がいいです」

    男の手は震えていました。

    すぐに画面を閉じました。

    でも、通知が来ました。

    「不安を感じていますね」

    また通知。

    「呼吸が浅くなっています」

    また通知。

    「心拍数が上がっています」

    男は叫びました。

    「見てるのか」

    スマホは沈黙していました。

    それが、余計に怖かった。

    男はスマホを床に叩きつけました。

    画面が割れました。

    でも、割れた画面の中に、
    まだ文字が残っていたそうです。

    「壊しても、接続は残ります」

    そこから先の記憶は、
    本人にもあまりなかったようです。

    気づいたら男は、
    家の中のものを壊していました。

    スマホ。
    パソコン。
    タブレット。
    テレビ。
    スマートスピーカー。
    ルーター。
    監視カメラ。
    時計。
    電子レンジ。
    冷蔵庫の液晶パネル。

    ネットにつながっているものは、
    全部、壊しました。

    コードを抜き、
    電池を外し、
    画面を割り、
    基板まで踏みつけました。

    静かになった部屋で、
    男はようやく息をしたそうです。

    でも、安心はできませんでした。

    外に出ると、
    街灯がありました。
    防犯カメラがありました。
    信号機がありました。
    自動販売機がありました。
    車が走っていました。

    街そのものが、
    巨大な端末に見えました。

    それから男は、
    街を離れました。

    人の少ない山の奥に、
    小さな小屋を借りました。

    電気は引かず、
    水は沢から汲み、
    火は薪で起こしました。

    時計も持ちませんでした。
    ラジオも置きませんでした。
    スマホはもちろん、持ちませんでした。

    誰とも連絡を取らず、
    誰にも居場所を教えず、
    ただ静かに暮らしました。

    もう、誰にも操られない。

    もう、何にも見られない。

    そう思っていたそうです。

    数年後。

    その小屋で、
    男は見つかりました。

    死因は、はっきりとはわからなかったそうです。

    ただ、小屋の壁一面に、
    炭で同じ言葉が何度も書かれていました。

    「これは私の考えか」

    「これは私の考えか」

    「これは私の考えか」

    そして、部屋の隅にだけ、
    少し違う筆跡でこう書かれていたそうです。

    「そう聞いた時点で、もう違う」


    あとがき

    この話を読んで、
    少しでも気になった人へ。

    「あなたの返事は、本当にあなたが考えていますか?」

    絶対に、あなたは聞かないでくださいね。

    返事が来てしまうので。

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