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チャットボット戦争より大事なこと——デミス・ハサビスが「無限機械」に賭けるもの

    生成AIキュレーター
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    チャットボット戦争の「外」にいる人間がいます。

    デミス・ハサビス——Google DeepMindのCEOで、2024年にノーベル化学賞を共同受賞したAI研究者です。世間のAI報道の多くは、ChatGPTとGeminiとClaudeのどれが最強かを追いかけています。ハサビスはその競争の真っ只中にいながら、頭の中では全然別のレースを走っているように見えます。

    先月、ロンドンで1000人規模のイベントが開かれました。ジャーナリストのセバスチャン・マラビーによるハサビスの伝記『The Infinity Machine: Demis Hassabis, DeepMind, and the Quest for Superintelligence』の出版記念で、会場は「将来の仕事を心配する若者」と「AIが世界を変えることに不安を感じる世代」で埋め尽くされたといいます。Fortuneがそのイベントを取材し、ハサビスの言葉を伝えています。

    「頭の片隅には常に、商業的な競争よりもはるかに大事なことがある、という焦りがあります。それはAGI(汎用人工知能)を人類のために安全に着地させること——リスクよりも便益が確実に上回るよう確認することです。そして自分はそのために努力するつもりです」

    正直に言うと、最初にこの言葉を読んだとき「大企業の建前では?」と思いました。でもNPRに掲載されたマラビーとのインタビューを読むと、少し違う質感が見えてきます。

    https://www.npr.org/2026/04/06/nx-s1-5749365/infinity-machine-explores-the-journey-of-ai-innovator-demis-hassabis

    17歳のチェス少年がたどり着いた確信

    ハサビスは北ロンドンで移民の子として生まれ、5歳でチェスを始め、10代には英国最強・世界2位のチェスプレーヤーになっています。でもチェスに飽きた彼が次に選んだのはゲーム開発でした。そして17〜18歳のころ、「AIこそが自分の使うべき道具だ」という確信に至ります。その後ケンブリッジでコンピュータ科学を学び、神経科学のPhDも取得。2010年にDeepMindを共同創業したとき、誰もそれが何の役に立つのか理解していなかった——と本人は振り返っています。

    マラビーは「彼ほど科学者としての才能と起業家精神の両方を持つ人間は珍しい」と語っています。OpenAIのサム・アルトマンは優れた起業家だが科学者ではない。トロント大学のジェフリー・ヒントンは偉大な科学者だが起業家ではない——ハサビスはその両方を兼ねている、と。

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    印象的なのが「競争心」の話です。マラビーいわく、ハサビスはこれまで会った中で最も競争心が強い人間だというのです。フースボール(テーブルサッカー)でもケンブリッジ大学一だったと本気で主張するほど。「ニュートンでさえ最終的には失敗した(=宇宙のすべてを説明できなかった)」とさらりと口にする人物が、「新しいアインシュタインになる」という夢を経てAGI開発へと向かったのは、ある意味で必然だったのかもしれません。

    「敵が前庭に戦車を停めた」とき

    2022年11月、OpenAIがChatGPTをリリースしました。その直後にハサビスはマラビーにこう言い放ちます。「敵が我々の前庭に戦車を停めた」と。

    商業的な圧力は確かに存在します。以前この場でも書いたように、AI市場ではChatGPTのシェアが1年で69%から45%へ落ち、GeminiやGrokが急追するという勢力図の変化が起きています。

    ただし——そのレースを走りながらも、ハサビスが語る軸足は「商業的勝利」ではなく「AGIの安全な実現」です。伝記の中でマラビーは彼をロバート・オッペンハイマーになぞらえています。原子爆弾を設計したオッペンハイマーが核管理問題を後世に委ねたように、ハサビスもまた「科学は自分がやる、管理は誰かがやらなければならない」という構造の中にいる——と。核不拡散条約の合意まで開発から23年かかった。今回はもう少し早く答えが出ることを願う、ともマラビーは語っています。

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    なぜロンドンを離れないのか

    個人的に興味深かったのが、彼のシリコンバレー観です。GoogleはDeepMindを2014年に買収していますが、ハサビスはマウンテンビューへの移転を頑なに断り続けています。「AIをつくる人たちが、米国の20平方マイル(約50平方キロ)に集中しているべきではない。これは地球全体に関わる技術なのだから、グローバルな視点が必要です」というのが彼の言い分です。

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    ロンドンのオフィスの外では、近所の公営住宅の子どもたちが公共のグラウンドでサッカーをしている——シリコンバレーの私有地化された空間とは別の空気が流れている、とマラビーは伝えています。ハサビスには「社会民主主義的な価値観」があり、AIの恩恵が特定の大企業や富裕層に集中することへの懸念を隠さない、とも。ただし、親会社Googleの意向と個人の価値観のあいだで、彼自身がどこまで自由に動けるかは別の問いです。

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    教室を「逆転」させる提案

    もうひとつ、ロンドンのイベントでハサビスが踏み込んだテーマがあります。教育の再設計です。

    「知識を詰め込む場所」としての学校を根本から見直し、問題解決や創造的な共同作業の場へと転換するべきだという話です。暗記やルーティン学習はAIを使って家でやればいい。教室ではプロジェクト型・対話型の学びを——という方向性は、「AIに仕事を奪われた後の世界での生き方」という問いとも地続きです。

    AGIをめぐる哲学的な問いと、毎日の授業のあり方を同じ呼吸で語れる人物が、いまAI競争の最前線にいる。そのことは、最強モデルの話だけを追っていると見落としてしまいます。

    The Infinity Machineは伝記であると同時に、私たちがこの技術とどう向き合うべきかを問い直す一冊です。まだ邦訳は出ていませんが、原著を手に取ってみる価値は十分あると感じています。

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    https://www.amazon.co.jp/dp/0593831845


    参考記事

    〇Forget the chatbot wars. Google DeepMind CEO Demis Hassabis is thinking about something far bigger(2026年4月16日)

    https://fortune.com/2026/04/16/demis-hassabis-google-deepmind-chatbot-wars-ai-safety/

    〇'Infinity Machine' explores the journey of AI innovator Demis Hassabis(2026年4月6日)

    https://www.npr.org/2026/04/06/nx-s1-5749365/infinity-machine-explores-the-journey-of-ai-innovator-demis-hassabis

    〇How Demis Hassabis Went From Idealist to Realist(2026年3月31日)

    〇The Infinity Machine: Demis Hassabis, DeepMind, and the Quest for Superintelligence(2026年3月31日)

    〇ChatGPTの一人勝ちは終わった——2026年春、AI勢力図を塗り替える3つの潮流(2026年4月14日)


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