
悲劇なんだけどさ・・・|世界が終るまでは|メガテラ・ゼロ
メガテラ・ゼロさんが好きだ。
どんな曲を歌っても、ゼロさん色に染まって、世界がぶわっと広がる。
強さはより強く、やさしさはよりやさしく。
そしてゼロさんのエッセンスがふんだんに散りばめられて、極上の1曲になる。
声が太くて、とても力強い。
曲に乗せられたストーリーが、彼の声になぞられたとたん、深く濃く広がっていく。
こんなことを言ってはいけないかも知れないけれど、ゼロさんのカバーを聴いてから、オリジナルに戻れなくなってしまった曲もいくつもある。それほどに惹きつけられる、曲の世界が目の前に見えてくる声なのである。
すぎてしまった時間への憧憬も、きらきらと戻らない昨日への思いも、やさしく、それでも前を向く力を失うことはないような。
「大丈夫」とか「ここにいるよ」なんて、面と向かって言ってくれるんじゃないけど、大きな川岸で大きな声で歌っているゼロさんの姿に、なぜか力をもらうような、そんな。
彼の歌声はいつも、包み込むんじゃないけど、こっちを向いているんじゃないけど、それなのにわたしのことを励ましてくれる。
わかりやすいやさしさではないけど、間違いなくあたたかい。
メガテラ・ゼロさんの「世界が終るまでは」。
今まで聴いたどの曲とも違った。
まるでブランケットをふわっとやわらかく肩にかけてもらったみたいに、一音めから目をみはってしまった。
こんなそっと音を置いてもらったことは今までなかったんじゃないか、と。
いつも、歌い始めから がしっと心を持っていかれるけれど、この曲を歌うゼロさんは、隣にすわってそっと思い出を語り始めたようにやさしい。
そう、やっぱりいつものように、こっちを向いてくれているわけじゃないんだけど、階段の途中にそっと腰かけて、となりで同じ街並みをその視界におさめながら、「あの時はさ、こうだったんだ」と、そう話してくれているような、そんな気がする。
♪ 誰もが望みながら 永遠を信じない
なのに きっと 明日を夢見てる
確かに覚えがある。
こうなりたい、こうしたいと、そう願って努力をしているのに、うまくいかないことにちょっとほっとするような、相反する気持ち。
変わることもずっと続いていくことも、求めているくせに、いざ手に入るところまで来たら、尻込みしてしまう気持ち。
でも、ゼロさんの声はその矛盾を責めたてはしない。自分はこうだったんだと、過去の失敗や苦い思い出をぽつりぽつりと語ってくれる。
別になにか教訓めいたことを含ませているのでもなくて、「お前は頑張れよ」なんて、無理にバトンを渡すのでもなくて。
ああ、そうか。
答えが出せないことも、消化できない思いも、それって、きっとみんな持っているんだ。
心の底にしずかにたまっていく澱が、痛かったり悲しかったり、時には輝いて見えたりもして。
それを悲劇と言いながら、手放すこともできずにいるんだ。
そしてゼロさんの歌声が、同じくそれを悲劇かも知れないと思うわたしの肩に、ふんわりとブランケットをかけてくれているんだ。
「悲劇なんだけどさ・・・」と少しだけ自嘲ぎみに笑いながら。
WANDS
1995年 B-Gram RECORDS
アルバム『PIECE OF MY SOUL』収録