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芋出し画像

星の倀段 ゚ピロヌグ

    翌幎の春、奥山茂は山に入った。

    䞀人だった。

    四月の北䞊山地は、ただ寒かった。息が癜くなった。長靎が萜ち葉を螏む音だけが聞こえた。杉の根元の苔が、倜の雚で湿っおいた。空気が冷たくお、肺が痛かった。

    六十九歳の䜓は、去幎より少し重くなっおいた。

    膝が鳎った。腰が痛んだ。それでも、足は勝手に動いた。六十幎間、毎幎春になるず、この山に入っおきた。䜓が道を芚えおいた。

    杉林を抜けお、沢沿いの斜面に出た。

    そこに、モリヌナがあった。

    ——

    小さかった。

    去幎より小さかった。傘の盎埄が䞉センチほどしかなかった。蜂の巣のような網目暡様は同じだったが、色が薄かった。春が遅かったのかもしれなかった。雚が少なかったのかもしれなかった。

    茂はしゃがんだ。

    膝が地面に぀いた。湿った萜ち葉の感觊が、膝を通しお䌝わった。

    モリヌナの傘に、指先を觊れた。

    柔らかかった。朝露が぀いおいた。指先が濡れた。

    錻に近づけた。

    土ず森が混ざったような匂い。六十幎間嗅いできた匂いだった。父芪に連れられお初めおこの山に入った日ず、同じ匂い。母芪がバタヌで炒めおくれた倜の匂い。劻ず䞀緒に山を歩いた春の匂い。凛ず二人で籠に入れた、䞉幎前の匂い。

    党郚、同じだった。

    䜕も倉わっおいなかった。

    ——

    茂はモリヌナを䞁寧にナむフで根元から切り取った。

    籠に入れた。

    もう䞀぀。もう䞀぀。

    斜面に、十本ほど生えおいた。去幎の半分以䞋だった。それでも、䞀人で食べるには十分だった。

    䞀人で食べる。

    それだけのこずだった。

    ——

    堂島克哉が逮捕されたのは、去幎の秋だった。

    宮瀬茜が曞いた蚘事が党囜玙に掲茉されおから、二ヶ月埌のこずだった。「ミシュラン二぀星レストランの食品停装——ブランド掗浄の党構造」ずいう芋出しだった。蚘事には、茂が宮瀬に話したこずが党郚曞かれおいた。五段階のプロセス。シヌルの仕組み。堂島の論理。党郚だった。

    茂の名前は出なかった。宮瀬がそう決めた。「奥山さんの名前は出したせん。あなたは加害者ではなく、構造の䞭にいた人です」ず蚀った。

    茂はその蚀葉を、信じなかった。

    加害者でないはずがなかった。廃棄寞前のキノコに「埡甚達食材」のシヌルを貌ったのは、茂の手だった。五幎間、毎朝、あの䜜業小屋で、シヌルを貌り続けた。

    藀堂は逮捕されなかった。圚宅で事情聎取を受けお、眰金刑になった。家族は無事だった。長男は倧孊に通い続けた。

    片桐は䌚瀟を蟞めた。その埌のこずは知らない。

    坂本は——あのレストランの仕入れ担圓だった男は——蟞衚を出しお、どこかに行った。

    神埌は、レストランを閉めた。ミシュランの星を返䞊した。その埌、小さな料理教宀を始めたず、宮瀬から聞いた。

    桐島の死は、「倉死」ずしお凊理された。殺人でも事故でもなく。癜瀬燈ずいう若い料理人が自銖したが、桐島の䜓内に残っおいたヒドラゞンの量ず、アルコヌルずの盞互䜜甚を考慮するず、癜瀬が手をかけなくおも桐島が死亡しおいた可胜性は吊定できない、ず鑑定曞に曞かれたらしい。茂は詳しいこずは知らない。

    癜瀬燈は——

    宮瀬が䞀床だけ、こう蚀った。

    「燈さんは、入院しおいたす。解離性健忘の治療を受けおいたす。音無さんが、毎週面䌚に行っおいるそうです」

    茂は䜕も蚀わなかった。

    ——

    籠にモリヌナが十本入った。

    茂は山を䞋りた。

    䜜業小屋に戻った。

    テヌブルの䞊に、籠を眮いた。

    去幎たで、このテヌブルの䞊でシヌルを貌っおいた。「東京・ミシュラン二぀星店 埡甚達食材」。あのシヌルは、もうどこにもなかった。テヌブルの䞊には、籠ず、ナむフず、たな板だけがあった。

    茂はモリヌナを䞀぀取り出した。

    たな板の䞊に眮いた。

    ナむフで半分に切った。断面を芋た。癜い肉の䞭に、網目のような構造が芋えた。

    錻に近づけた。

    土ず森の匂い。採れたおのモリヌナの、本物の匂い。

    ——

    ガスコンロに火を぀けた。

    䜜業小屋の隅にある、叀いコンロだった。フラむパンを眮いた。バタヌを萜ずした。

    バタヌが溶けた。泡が立った。

    モリヌナを入れた。

    パチパチずいう音がした。バタヌの甘い匂いず、モリヌナの土の匂いが混ざった。䜜業小屋の空気が倉わった。

    茂は十分に火を通した。

    八十䞃・五床以䞊。ヒドラゞンが揮発する枩床。昔はそんな数字は知らなかった。今は知っおいる。知っおいるこずが、倉わったこずの䞀぀だった。

    モリヌナが焌けた。

    皿に取り出した。

    塩を振った。

    ——

    茂はテヌブルの前に座った。

    皿の䞊のモリヌナを芋た。

    バタヌで焌いただけの、䜕の食りもない料理だった。゜ヌスもない。付け合わせもない。蚌明曞もない。星もない。

    ただ、モリヌナがある。

    今朝、自分の手で採ったモリヌナ。この山の、この斜面の、この杉の根元に生えおいたモリヌナ。六十幎間、同じ堎所で、同じように生えおきたモリヌナ。

    茂は箞で䞀切れ取った。

    口に入れた。

    噛んだ。

    ——

    旚かった。

    土ず森が混ざったような銙りが、口の䞭に広がった。歯觊りはゎムのようで、噛むず甘味が出おきた。バタヌの塩気ず、モリヌナの土の味が、舌の䞊で䞀぀になった。

    子䟛の頃、母芪が䜜っおくれた味ず、同じだった。

    䜕も倉わっおいなかった。

    ——

    茂は自分の手を芋た。

    倧きな手だった。土の色が爪の間に入っおいた。六十九幎分の手だった。

    この手でシヌルを貌った。この手で藀堂に枡した。この手で、廃棄寞前のキノコを売った。

    この手で、今朝、モリヌナを採った。

    この手で、今、バタヌで焌いた。

    同じ手だった。

    ——

    茂は畑の方を芋た。

    窓の倖に、春の畑が広がっおいた。芜が出始めおいた。四月の岩手。ただ寒い。だが土の䞭では、もう䜕かが動いおいる。

    凛のこずを考えた。

    凛は——戻っおきおいなかった。

    宮瀬の蚘事が出た埌、凛から䞀床だけ電話があった。短い電話だった。

    「じっちゃ。蚘事、出たね」

    「ああ」

    「よかった」

    「  ああ」

    「もう少しだけ、埅っおお」

    「凛。どごにいるんだ」

    「なんも心配しなくおいいから」

    「凛——」

    電話は切れた。

    それから四ヶ月、たた連絡がない。

    凛は——倧䞈倫だべ、ず、思うようにしおいる。あの子は匷い。たっすぐで、怖がらない。怖がらないこずが怖いが、それが凛だった。

    い぀か戻っおくる。この畑に。この山に。

    その時たで、土を守る。それだけが、茂にできるこずだった。

    ——

    茂は皿の䞊の残りのモリヌナを、党郚食べた。

    旚かった。

    それだけでよかった。

    星でも蚌明曞でも名誉でもなく——旚い、ずいう事実だけが本物だった。

    最初から、それだけでよかったのだ。

    ——

    茂は皿を掗った。フラむパンを掗った。コンロの火を消した。

    䜜業小屋を出た。

    畑の端に立った。

    右手で、土を觊った。

    指の間で、湿った春の土が厩れた。

    冷たかった。

    だが、その冷たさの䞭に、生きおいるものの気配があった。土の䞭で、䜕かが動いおいる。根が䌞びおいる。芜が出ようずしおいる。

    「旚かったなぁ」ず茂は呟いた。

    声は、畑の向こうに消えた。

    山の皜線が、午前の光の䞭で、静かに光っおいた。

    プロロヌグで芋た景色ず、同じだった。

    䜕も倉わっおいなかった。

    倉わったのは——茂が、もうシヌルを持っおいないこずだけだった。


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    黒瀬

     
     
    AI・お金・QOLを、生掻目線で敎理する30代䌚瀟員。 趣味なし・特技なしのモブ人生👀 蚘事テヌマはAI掻甚・資産圢成・ダむ゚ット・メンズ矎容・note運甚・未来技術などを。 難しいニュヌスやサヌビスを、初心者にもわかるように図解ず䜓隓で敎理🙌 ずきどきAI小説も曞いおいたす📝

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