
エッセイ:生きていることをゆるされる時
私はありがたいことに、
幼少期からたくさんの習い事をしてきた。
エレクトーンにピアノ、水泳、習字、そろばん、
英語、学習塾。進研ゼミや料理の通信教育を
とっていた時もあった。
やりたいと言ったことをやらせてくれた両親には、
本当に頭が上がらない。
おかげさまで私は泳げるし、計算が得意だし、
字もそれなりに綺麗(たぶん)。
大学生になってからは自分のお金で歌を習った。
月々のお支払は学生には痛い出費だったけれど、
大きな声を思い切り出して歌ったり、
年の近い講師の先生とおしゃべりしたりする時間は
私にとってかけがえのないものだった。
4月から社会人になった私は、新たに習い事を始めた。
それがパン作りである。
何の気なしに行った体験で
断りきれずに契約してしまった、という
情けない始まり方だけれど、
私はこの習い事を大層気に入っている。
材料をきっちり計測し、よく混ぜる。
生地を無心になってこねる。
ちょっと難しいけれど伸ばして成形をする。
焼き上がったときの匂いったらもうこの上ない幸せ。
自分の手で美味しいものを作り出せた時。
私は生きていることをゆるされた気持ちになる。
美味しいものの溢れるこの世の中で、
私も自分のために美味しいものを作ることができた。
それは大きな大きな自信になってくれる。
自炊をしている時にも同じような感覚になったような
覚えがあるが、現在私は自炊をしていない。
だからこそ日々の生活から離れて
食べること、生きることに
目を向けさせてくれる場所が必要だ。
私にとってはそれがパン作りの教室なのだ。
4月から始めて、
コッペパン、塩バターロール、ピザと
3種類のパンを焼いてきた。
その中では塩バターロールが一番好き。
生地にバターを入れ込むだけではなく、
バターを包んで焼くのがポイント。
成功すればじゅわっと染み出すバターと岩塩の塩気が
たまらなく美味しい。
量るのも、混ぜるのも、こねるのも、
少しずつ様になってきた。
1人でもパンを焼けるようになる日は近いに違いない。
家でもパンを焼けるようになれば、
いつでも自分を肯定してあげられるようになる。
日々を息切れしながら過ごす私は、
そんな日を迎えられることを心の底から願っている。
生きるために。生きていることをゆるされるために。