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Apple Musicの片隅で、15年前の自分と再会した話

    Apple Musicを使い始めて、かれこれ十年以上が経つだろうか。正確な時期はわからない。
    サブスクが一般的になる以前の私は、CDから取り込んだ音源をMDやiPodに詰め込んで、文字通り擦り切れるほど聴いていた。みんなもそうだったはず。

    BUMP OF CHICKENとの出会いは中学生の頃。友人に聴かされた『カルマ』に、頭を殴られるような衝撃を受けたのが始まりだ。当時はCDを取り込む術すら知らず、掲示板で見つけた『車輪の唄』を何度も再生しては、耳を澄ませてノートに歌詞を書き写した。
    あの熱に浮かされたようなメモを、いつ、どこで捨ててしまったのかは覚えていない。

    高校生になり、ようやく「CDを取り込む」という行為を覚えた。CDショップに並んでいる数多の名盤たちに心躍らせた感覚は今でも覚えている。当時は音質なんて考えもしなかった。iTunesの初期設定のまま、ライブラリを構築していった。CDを買う、あるいは借りてきて取り込む。曲が増える。それがただ純粋に嬉しかった。

    私も大人になった。
    それなりの稼ぎを得て、お気に入りのヘッドホンを手に入れた。解像度、定位、音圧。音質という概念を理解し、違いのわかる大人になった(つもりでいる)。BUMPを聴けば、あの頃に戻ったような懐かしさと、些細な幸福感に包まれる。
    そんな幸せが色褪せることはないと思っていた矢先、ふと、ある違和感に気づいた。

    「……BUMPの音源、なんか音質悪くないか?」

    特に大好きな『涙のふるさと』を聴くたび、高音が妙にシャリついて、ノイズが混じっているように聞こえる。それなりに良い視聴環境のはずなのに、どうして。

    調べてみて、納得した。

    Apple Musicには、一つの仕様がある。iCloudミュージックライブラリは、過去に自分が取り込んだ音源がある場合、配信音源よりも優先してそちらを同期するのだ。
    つまり、私が今この瞬間に聴いているのは、Apple Musicのロスレス音源ではない。15年前、何も分からなかった少年の私が、低いビットレートで取り込んだ「あの頃の音」そのものだったのだ。
    音質なんて気にせず、一音も漏らさぬように聴き耽っていたあの日の熱量が、デジタルデータの欠落やノイズとして刻まれていた。
    私は設定を更新しなかった。

    音楽を聴くということは突き詰めると自己満足以外の何者でもないと私は思う。
    音質に満足する人もいれば、歌詞に共感することで満足する人もいる。その人が満足できればそれがその人にとっての最高なのだと思う。
    私にとっては音質が満足をもたらすと思っていたが、それよりも重要なことが他にあることを知れた。

    「会いに来たよ」というあの歌声は、15年前のノイズを纏ったまま、今も優しく響いている。

     
     
    30代サラリーマン 趣味:音楽、読書、ゲーム

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