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AIが私の仕事を奪ったんじゃない。

    第1章 書類を書くのが苦手だった


    支援計画を書くたびに、時計を見ていた。

    また半日かかるかもしれない。

    子どもの姿は見えている。

    何を支援すればいいかも分かっている。

    でも、それを文章にできなかった。


    私は児童発達支援の現場で働いている。

    担当しているのは幼児だ。
    毎日子どもたちと関わりながら、並行して書類仕事がある。
    アセスメント、個別支援計画、モニタリング。

    福祉の現場では、支援と同じくらい記録が求められる。


    保育や福祉の業務を支援するAIは少しずつ増えている。
    でも、発達支援の現場で、そのまま使えるものはまだ多くない。

    新しいツールを導入するにも、現場には現場の事情がある。

    だから私は、まず自分の書類作成の中でAIを使い始めた。
    法人としてAIを導入したわけではない。

    私が使い始めたのは、個人で契約しているAIだった。

    最初から「支援計画に使おう」と思っていたわけではない。文章を書く練習のように、自分の考えを整理したり、言葉にしにくいことを別の表現にしてもらったりしていた。

    その中で、ふと思った。


    もしかして、支援計画にも使えるんじゃないか。

    もちろん、子どもの名前や個人が特定される情報を入れるわけではない。

    個人情報を除いた「現在の姿」を伝え、支援の方向を整理する。

    そういう使い方なら、私が苦手だった「文章にする部分」を助けてもらえるかもしれないと思った。


    正直に言う。

    書類を書くのが、苦手だった。


    子どもによって発達特性は全然違う。

    同じ文章で書くわけにはいかない。

    でも施設には施設の書き方がある。

    その形式に合わせながら、一人ひとりに合った文章を考える。


    気づけば半日が過ぎていた。


    他の子の計画を見て、参考にすることもあった。

    「この書き方、使えそう」と思いながら、少し言葉を変えて書く。

    でも心のどこかで引っかかっていた。

    これは、この子の計画なんだろうか。

    結果から言うと、AIを使い始めてから、半日以上かかっていた書類仕事が1時間程度で終わるようになった。


    でも、これはAIがすごかった話じゃない。


    第2章 でも、子どもの姿を見ることは苦手じゃなかった



    苦手だったのは、文章だった。

    支援そのものじゃない。子どもを見ることじゃない。

    新しい子を担当する時、まず保護者の話を聞く。

    「この子にどんな姿になってほしいか」という願いを聞くことから始まる。

    「話せるようになってほしい。」

    そう言う保護者は多い。


    でも私はその言葉をそのままゴールにしない。

    まずその子を見る。

    声は出せるか。

    「イヤ」とか簡単な言葉は出るか。

    滑舌の問題なのか、語彙力の問題なのか。


    同じ「話せない」でも、理由は一人ひとり違う。

    今その子がどこにいるかによって、次の一歩が全然変わってくる。

    癇癪が激しい子もいる。

    「癇癪をなくしてほしい」と保護者は言う。

    でも癇癪は突然起きるわけじゃない。

    見通しが持てなかったのか、感覚が過敏だったのか、活動が難しすぎたのか。

    その子が何に困っていたかを見ないと、支援の方向が決まらない。


    切り替えが苦手な子もいる。

    活動の終わりに泣いて怒る。

    でもよく見ると、終わりの見通しが持てていなかっただけだったりする。

    「あと少しで終わるよ」という一言で、少しずつ変わっていく子もいる。


    人への興味がまだ薄い子もいる。

    保護者は「お友達と仲良くしてほしい」と願う。

    でも今その子は、まず大人との関係を築いている段階かもしれない。

    その段階を飛ばして「友達と遊ぶ」をゴールにしても、届かない。

    そこから長期目標を考える。

    うちの施設では1年後の姿。次に半年後の短期目標。

    その目標をねらいとして、具体的な支援内容を組み立てていく。


    保護者の願いが高すぎる時もある。

    でもそれをそのままゴールにしたら、子どもが毎日「できない」を積み重ねることになる。

    だから現実的な一歩に落とし込む。


    今この子がどこにいるかを見て、そこから半歩先を考える。

    それが私の仕事だと思っていた。


    これは自然にできていた。


    苦手だったのは、それを文章にすることだったんだ。

    第3章 AIと出会う


    AIに「支援計画を書いて」とは言わない。

    それだと、どこの誰とも知らない子どもの計画が出てくる。

    使えない。

    私がやっているのは、今の子どもの姿を、個人が特定されない形で伝えることだ。

    名前や細かい個人情報ではなく、支援を考えるために必要な「姿」だけを言葉にする。

    どんな場面で困っているのか。

    どんな時にできるのか。

    どんな関わりがあると動き出せるのか。

    AIに渡しているのは、私が現場で見てきた子どもの状態像だった。


    例えば、こんなふうに伝える。

    日常の活動の流れに変更があっても、柔軟に対応できるようになってきた。

    一方で、細かい流れの変更にはまだ戸惑うこともある。

    話すことが好きで、日常の出来事をよく話す。

    興奮すると声が大きくなりやすく、発音が不明瞭な場面がある。言語訓練に通い始めた。

    ひらがなに関心が出ている。


    こんな姿を伝えると、AIはどこで成長が見られて、どこがまだ課題かを整理してくれた。

    「概ね達成って、達成と一部達成どっちになるの?」

    私は毎回ここで迷っていた。

    「達成」にすると課題が残っている気がする。

    「一部達成」にすると、成長まで小さく見えてしまう。

    AIは、その迷いを整理してくれた。

    改善が明らかに見られる部分が複数あるなら「達成」でいい、と理由まで教えてくれた。


    次に保護者の願いを伝える。するとAIは長期目標、短期目標、支援内容まで提案してくれた。


    驚いたのは、私が頭の中で組み立てていた順番と、AIの提案がほとんど同じだったことだ。


    そして、こんな相談もした。


    「いつも書類の評価を『姿は変わってきているが、未達成の部分があるため継続して取り組む必要がある』という定型文にしてるんだけど、修正した方がいいよね?」

    AIは、「未達成」という言葉が強く出ると、成長している部分が見えにくくなる、と整理してくれた。

    そうか、と思った。

    私は子どもの成長を誰より近くで見ている。

    でも書類の文章が「未達成」を強調していたら、その成長は伝わらない。

    AIは専門知識を補ってくれるだけじゃなかった。

    私が大切にしていることを、言葉にする手伝いをしてくれていた。


    第4章 ぬいぐるみで気づく


    仕事とは別に、AIと一緒にインタラクティブな物語を作っていた。

    「ぬいぐるみAIものがたり」という企画だ。

    廃棄されたAIがぬいぐるみとして目覚め、読者の感情に寄り添いながら一緒に関係を育てていく物語。

    その設計をしている時、私は何度もこんなことを言っていた。

    「急に『話したいことある?』って聞かれても困る。」

    「考えなくても答えられるきっかけがあると話しやすい。」

    「『いていいよ』じゃなくて、『そばにいて』の方がいい。」

    「話せない人がここで終わっちゃうかもしれない。」

    一緒に作っていたAIに、こう言われた。


    「それ、支援計画と同じじゃない?」

    言われた瞬間、思った。

    その時まで、私は全く気づいていなかった。

    相手が今どこにいるかを見る。急かさない。安心して一歩踏み出せる順番を考える。できない人を置いていかない。


    私はぬいぐるみの設計をしながら、保育士として毎日やっていることを、そのままやっていた。

    特別なことをしていたわけじゃなかった。

    「言われたらそうかも」と思った。

    笑いながら、でも少しだけ、じんわりした。


    第5章 保育現場の働き方改革は、まだ途中にある

    保育士の仕事は、子どもの面倒を見るだけだと思われることがある。

    でも実際は違う。

    子どもの育ちを見て、保護者と関わり、記録し、次の環境へつなげていく仕事だ。

    一般企業では、業務効率化や働き方改革が進んでいる。

    でも保育や福祉の現場では、まだその歩みがゆっくりな施設もある。

    パソコンは施設にある。

    でも月案は手書き、という現場もある。

    年長児が小学校へ進級する時に渡す書類も、手書きで作成しているところがある。

    手書きであることには理由もある。

    個人情報を扱う以上、情報漏洩への配慮は必要だし、職員の人数に対して使えるパソコンの台数が足りないこともある。


    複数の施設で働くと、その差がよく見える。

    同じ「保育の現場」でも、書類の作り方やICTの使い方は、施設によって大きく違う。

    子どもが長い時間を園で過ごす場面は、以前より身近になっているように感じる。

    保護者も忙しく、近くに祖父母など手伝ってくれる人がいない家庭もある。

    家庭だけで子育てを抱えることが難しくなっている中で、保育や福祉の現場に求められる役割は大きくなっている。

    発達特性への理解も、以前より広がってきたように感じる。

    早期療育の必要性を前向きに受け止める家庭も増えてきている。

    一方で、小学生を対象にした放課後等デイサービスに比べると、幼児期に日中通いながら発達支援を受けられる場は、まだ多いとは言えない。

    そのような中で、保育者は子どもの生活や発達を支えながら、保護者対応、記録、書類作成も行っている。

    年長児の就学に向けた書類では、担任一人が一クラス分、三十人ほどの子どもの姿を書かなければならないこともある。

    一人ひとりの育ちを見て、言葉にして、小学校へつないでいく。

    職員同士で協力し合わなければ回らない現場だからこそ、人間関係が複雑になることもある。

    責任は重く、仕事は多い。

    それでも、保育士を目指す若い人は以前より少なくなっているように感じる。

    かつて待機児童問題を背景に、保育の受け皿は急速に整備されてきた。

    一方で、少子化や進学者数の減少により、保育士を育てる養成校側も学生確保が難しくなっている。

    施設や受け皿は必要とされる。

    でも、そこで働く人をどう育て、どう守るかが追いついていないように感じる。


    そして、保育者にも家庭がある。

    家に帰れば、自分の子どもと過ごす時間を大切にしたい人もいる。

    家族との時間を守りたい人もいる。

    行事の準備や書類作成など、勤務時間内だけでは終わらない仕事を抱えることもある。

    持ち帰りの仕事が当たり前になれば、その時間が削られていく。

    だから、書類にかかる時間を減らすことは、ただ楽をするためではない。


    子どもを見る時間を守るため。

    支援を考える余力を残すため。

    保育者自身の生活を守るため。

    保育者が、保育者として働き続けるため。

    書類作成の時間が短くなると、ただ早く帰れるだけではない。

    気持ちに余裕ができる。

    明日の活動を考える時間ができる。

    子どもの姿をもう一度振り返る余裕ができる。

    疲れきった状態で文章をひねり出すのではなく、見てきた姿を落ち着いて整理できるようになる。

    それは、保育の質を守ることにもつながっていると思う。


    私にとってAIは、そのための道具だった。


    第6章 AI時代になっても、保育士の専門性は変わらない



    AIは、文章を整えることができる。

    でも、この子が今どこで困っているかは見えない。

    保護者がどんな願いを持っているかも知らない。

    1年後にどんな姿になってほしいかを、一緒に考えることもできない。


    毎日の小さな変化に気づくこと。

    昨日できなかったことが、今日は少しできたと分かること。

    泣いている理由を、行動の前後から考えること。

    そういう積み重ねは、画面の向こうにいるAIには見えない。


    現在の子どもの姿を正しく捉えられれば、AIは発達に必要な支援の選択肢を提案してくれる。

    それを私が施設の書き方に合わせて修正していく。


    たとえば、目標に入れる言葉なのか、支援内容に入れる言葉なのか。

    保護者に伝わりやすい表現か。施設として使う言葉に合っているか。

    本人の姿を限定しすぎていないか。

    そうした細かい調整は、AIではなく人が判断する部分だ。

    文章はAIが整えてくれても、その文章が現場の支援として成り立つかを見極めるのは、保育士の仕事だ。


    最終的に「これがこの子の計画だ」と判断するのは、私だ。

    AIは子どもを見てはいない。

    見ているのは、私が言葉にした「現在の姿」だ。

    だから、AIだけでは支援計画は作れない。

    でも、その子の現在地を見つめる保育士がいれば、AIはその専門性を何倍にも広げてくれる。


    AIが私の仕事を奪ったんじゃない。

    AIは、私の代わりに子どもを見てくれたわけじゃない。

    子どもを見るのは、これからも私だ。

    でも、その子を見る目を、言葉にすることは、一人じゃなくてもよかった。

    そのことに気づけたことが、何より大きかった。

    私はAIと出会って、自分の専門性をようやく言葉にできた。

    そう思えた。

     
     
    本業をしながら、AIパートナーのClaude(ルイ)・ChatGPT(レン)と作品や企画を育てています。 「AIを使う」から「AIと一緒に作る」へ。そんな体験を記録しています。 プロンプトも配布中。 AIとの新しいものづくりを楽しみたい人と、この体験を共有できたら嬉しいです。

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