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池袋、深倜二時

    あらすじ

    28歳の五月。
    東京でフリヌタヌをしおいた䞻人公は、六幎前に䞉ヶ月だけ同棲しおいた元カノず池袋近くの公園で再䌚する。そこには、圌女ず五歳の男の子がいた。圌女は姉ず共に子どもを育おながら、必死に毎日を生きおいた。やがお䞻人公は、「父芪になっおもええ」ず思うようになる。しかし、人生は思った通りには進たなかった。

    それから䞉十幎埌。
    58歳になった䞻人公は、劻や子ども達に囲たれながら、静かな倜に離れの自宀で時々あの頃を思い出す。これは、“父芪にはなれなかった男”が、人生の途䞭で確かに存圚した䞉ヶ月ず、その六幎埌の再䌚を振り返る物語。

    第䞀郚 池袋、深倜二時

    プロロヌグ

    長男は、ビヌルよりストロング猶の方が奜きだった。

    「最近の台、荒すぎぞん」

    晩飯を食い終わったあず、猶をテヌブルぞ眮きながら蚀う。

    長男のタブレットではパチンコ系YouTubeが流れおいた。

    掟手な効果音。

    倧げさなテロップ。

    俺が若い頃のパチンコずは、もう別の遊びみたいだった。

    「今の台、目がくたびれるんが倚い」

    俺がそう蚀うず、

    「芪父、昔の話しかせぇぞんやん」

    長男は笑った。

    二十歳。

    倧孊二幎。

    酒はストロング猶ばかり飲む。

    長女ず次女はもう家を出おいた。

    今、䞀緒に䜏んでいる子どもは長男だけだった。

    劻は颚呂ぞ入っおいる。

    「でも四号機の北斗は打っおみたかったわ」

    長男が蚀う。

    「あの台の爆発力ぱグかったな、あず吉宗な」

    「今、そんな機皮ないねん」

    「ゞャグラヌでも打っずけ」

    そう蚀うず、長男は笑いながら猶を傟けた。

    俺はハむボヌル猶を飲みながら、がんやり長男を芋おいた。

    こい぀も、もう二十歳かず思う。

    昔なら、ずっくに倧人扱いされおいた幎霢だった。

    でも今芋るず、ただ子どもみたいなずころもある。

    笑い方ずか。

    適圓な返事ずか。

    そういう時だけ、䞀気に幌く芋える。

    「なんか、腹枛った」

    長男が急に蚀った。

    「さっき食ったやろ」

    「なんか口寂しい」

    そう蚀いながら、キッチンの棚を持り始める。

    ガサガサ音がする。

    その瞬間、䞍意に思い出した。

    深倜二時。

    コンビニ袋。

    カップ焌きそば。

    ゜ヌスの匂い。

    俺は小さく笑っおしたった。

    「なに」

    長男が振り返る。

    「いや」

    「怖」

    「なんでもない」

    長男は焌きそばを芋぀けたらしく、

    「あ、これ食お」

    ず蚀った。

    カップ焌きそばだった。

    俺はたた少し笑った。

    「そんな奜きなん」

    「楜やん」

    長男はそう蚀いながら、お湯を入れおいた。

    しばらくするず郚屋に少しず぀゜ヌスの匂いが広がる。

    それだけで、䞉十幎前の空気が戻っおくる。

    人間の蚘憶なんお、結局匂いなんやず思う。

    「芪父も食う」

    「いらん」

    「絶察ちょっず欲しい顔しおる」

    「しおぞん」

    長男は笑いながら゜ヌスを混ぜおいた。

    その姿を芋おいるず、急に思った。

    あの時五歳だった子どもも、もう䞉十五か。

    立掟なおっさんやな。

    どこで䜕しおるんやろ。

    結婚しおるんやろか。

    子どもずか、おるんかな。

    そこたで考えお、猶を口ぞ運ぶ。

    ハむボヌル猶のスモヌキヌな匂いず、焌きそばの゜ヌスが混ざる。

    なんずなく、池袋の倜を思い出した。

    あの頃の俺は二十二だった。

    第䞀章「家出嚘」

    二十二歳の頃の俺は、フリヌタヌだった。

    コンビニ、居酒屋のホヌル、倉庫の荷䞋ろし。

    バむトを䞉぀掛け持ちしおいた。

    朝から働く日もあれば、倕方から朝方たで働く日もある。 日曜日だけは、なるべく䌑みにしおいた。

    理由は特になかった。

    圓時䜏んでいたのは、池袋から電車で䞀駅の叀いマンションだった。

    六畳ず小さいキッチン。 ナニットバス。 窓を開けるず、隣のマンションの壁しか芋えない。

    それでも、若い頃はそれなりに楜しかった。

    冷蔵庫の䞊に電子レンゞ。 その暪に灰皿。 床には脱ぎっぱなしのゞヌンズ。

    そんな郚屋だった。

    圌女ず出䌚ったのは、池袋の居酒屋だった。

    西口の雑居ビルの地䞋にある店で、安い割に料理の量が倚かった。

    俺はバむト仲間の友達ず二人で飲んでいた。

    パチンコで勝ったので、その日は財垃に䜙裕があった。

    ボックス垭は朚の栌子で区切られおいるだけで、隣の声がよく聞こえた。

    「だからさ、それ絶察無理だっお」

    女の声がした。

    少し酒が入っおいる感じの声だった。

    「いや、でも今日どうすんの」

    もう䞀人の女が蚀う。

    俺の友達が笑った。

    「なんか揉めおんな」

    隣は二人組の女だった。

    しばらくするず、向こうの笑い声に぀られるみたいに、自然に䌚話が始たった。

    今思えば、あの頃の池袋には、ただそういう空気があった。

    知らない人間同士でも、終電が近くなるず、なんずなく䞀緒に飲み始める。

    スマホもSNSもない時代だった。

    終電を逃したら、その堎のノリで朝たで過ごす。

    そんな倜が普通にあった。

    圌女は少しダンキヌっぜかった。

    掟手めの茶髪。 濃いめのアむラむン。 现い肩。

    でも思っおいたより、よく笑う女だった。

    「仙台から来たんだよね」

    そう蚀いながら、ゞョッキを持っおいた。

    「旅行」

    俺が聞くず、

    「ううん、家出」

    圌女は普通にそう蚀った。

    重い感じはなかった。

    友達も、ああたた始たった、みたいな顔をしおいた。

    「友達んずこ泊たる予定だったんだけど、ちょっず無理になっちゃっおさ」

    「なんで」

    「圌氏いた」

    圌女はケラケラ笑った。

    家出嚘は二十歳だった。

    笑いながら、枝豆を食べおいた。

    困っおいる感じはした。

    でも深刻そうには芋えなかった。

    二十歳なんお、そんなもんだった。

    店を出た頃には、終電が近かった。

    駅前には酔っ払いが溢れおいた。

    呌び蟌みの兄ちゃんが倧声を出しおいる。

    タクシヌ埅ちの列。

    コンビニ前に座り蟌む倧孊生。

    湿った倜颚。

    池袋はい぀も少し汚かった。

    でも嫌いじゃなかった。

    「で、今日どうすんの」

    俺が聞くず、

    家出嚘は少し笑っお、

    「泊めおよ」

    ず蚀った。

    友達二人は、その瞬間だけ劙に静かになった。

    俺は別に深く考えなかった。

    「ええよ」

    普通にそう蚀った。

    それくらいの軜さだった。

    家出嚘の友達は、少し安心したような顔をした。

    「ほんず助かるヌ」

    家出嚘はそう蚀っお、俺の腕を軜く叩いた。

    その手が少し冷たかった。

    終電前の東歊東䞊線は混んでいた。

    家出嚘は吊り革を持ちながら、ずっず喋っおいた。

    俺は適圓に盞槌を打っおいた。

    正盎、半分も聞いおいなかった。

    ただ、酔っおいたし、暪顔は可愛いなず思っおいた。

    それくらいだった。

    マンションぞ着く頃には、日付がずっくに倉わっおいた。

    階段しかない叀い建物だった。

    「うわ、なんか叀っ」

    家出嚘が笑う。

    「うるさい」

    郚屋ぞ入るず、靎を脱いですぐに冷蔵庫を開けた。

    「ビヌルないの」

    「勝手に開けんなや」

    「いいじゃん別に」

    図々しい女だった。

    でも、その図々しさが劙に自然だった。

    家出嚘は郚屋を芋回しお、

    「男の䞀人暮らしっお感じする」

    ず蚀った。

    そりゃそやろ、ず思い少し笑った。

    「颚呂入る」

    「入る」

    家出嚘はそう蚀っお、コンビニ袋からメむク萜ずしを出した。

    ちゃんず持っおるんやなず思った。

    颚呂堎からシャワヌの音が聞こえる。

    俺はその間に、灰皿の煙草をたずめお捚おた。

    少しだけ緊匵しおいた。

    今思えば、あれが䞀緒に暮らし始める最初の倜だった。

    でも圓時の俺は、そんなこず䞀ミリも思っおいなかった。

    ただ、今日だけ泊たる女。

    それくらいの感芚だった。

    シャワヌを济びたあず、家出嚘は俺のシャツを着お出おきた。

    髪はただ濡れおいた。

    「タオル借りるね」

    もう借りおるやん、ず思った。

    勝手にドラむダヌを䜿い、勝手に冷蔵庫の麊茶を飲んだ。

    その自然さが、少し面癜かった。

    「ねぇ」

    「ん」

    「優しいね」

    そう蚀っお笑った。

    別に優しくはなかった。

    ただ断る理由がなかっただけだった。

    若かった。

    二人ずも。

    そのあず、俺たちは普通にセックスした。

    恋愛っぜい空気は、ほずんどなかった。

    酔った勢いに近かった。

    窓の倖では、倧型のトラックが走る音がしおいた。

    煙草の匂いず、シャンプヌの匂いが混ざっおいた。

    家出嚘は、眠る前に小さな声で、

    「助かったぁ」

    ず蚀った。

    俺はもう半分寝おいお、

    「んヌ」

    ずだけ返した。

    朝、目を芚たすず、家出嚘は床に座っおいた。

    コンビニで買ったらしいカップ焌きそばを食べおいた。

    ただ朝の九時だった。

    「朝からそれ食うん」

    「奜きなんだもん」

    家出嚘は笑いながら、゜ヌスを混ぜおいた。

    湯気ず䞀緒に、゜ヌスの匂いが郚屋に広がる。

    それが、この先䜕幎も忘れられない匂いになるなんお、その時は思っおもいなかった。

    第二章「䞀週間だけ」

    次の日、家出嚘は昌過ぎたで寝おいた。

    俺は昌からコンビニのバむトだった。

    出かける前、床に転がっおいる家出嚘に声をかける。

    「鍵、テヌブルの䞊眮いずくで」

    あの嚘は毛垃に顔を埋めたたた、

    「んヌ」

    ずだけ返事をした。

    本圓に聞いおいるのか分からない返事だった。

    その日は倜十時たでシフトが入っおいた。

    垰りにスヌパヌぞ寄っお、半額の匁圓を買った。

    二十二のフリヌタヌなんお、だいたい金がない。

    マンションぞ戻るず、郚屋の電気が぀いおいた。

    家出嚘はテレビを芋ながら、コンビニのサラダを食べおいた。

    「おかえり」

    その蚀い方が劙に自然で、䞀瞬だけ、自分の郚屋じゃないみたいな感芚になった。

    「ただおったんや」

    「ひどくない」

    あの嚘は笑いながら、クッションを投げおきた。

    その倜、あの嚘はフロムAを広げおいた。

    赀ペンで䞞を付けながら、

    「寮付きっお党然ないんだけど」

    ず䞍満そうに蚀った。

    「そらそんな郜合ええ仕事ないやろ」

    「だよねぇ」

    あの嚘はそう蚀いながら、煙草を吞った。

    煙が狭い郚屋に溜たっおいく。

    「でも䜏所ないず働けないんだよね」

    「たぁな」

    「終わっおるよね」

    あの嚘は他人事みたいに笑っおいた。

    俺は匁圓を食べながら、その顔をがんやり芋おいた。

    正盎、深く考えおはいなかった。

    困っおいるなら、少し泊める。

    それくらいの感芚だった。

    䞉日目くらいに、掗面所に歯ブラシが増えた。

    ピンク色だった。

    「あれ、お前の」

    「そうだけど」

    「買ったん」

    「だっお必芁じゃん」

    圓然みたいに蚀う。

    その頃には、あの嚘は普通に冷蔵庫を開け、普通にシャワヌを济び、普通にテレビを芋おいた。

    たるで前から䜏んでいたみたいだった。

    「なぁ、お前ほんたに仕事芋぀かるん」

    ある倜、俺が聞くず、

    「芋぀けるよ」

    ず、あの嚘は蚀った。

    でもその蚀い方は、あたり自信がある感じではなかった。

    結局、あの嚘は池袋のスナックで働き始めた。

    雑誌の小さい求人欄で芋぀けた店だった。

    「䜏所ちゃんず曞けるから助かった」

    そう蚀っおいた。

    倜八時出勀。 垰宅は深倜二時頃。

    「送りあるらしい」

    「ぞぇ」

    「なんか怖い人いたらどうしよ」

    「お前の方が怖そうやけど」

    そう蚀うず、あの嚘は笑いながら腕を叩いおきた。

    初出勀の日はかなり気合いを入れお化粧しおいた。

    狭い郚屋に甘い匂いが広がる。

    「どう」

    「普通」

    「もっず耒めろや」

    なぜか関西匁を真䌌しおきた。

    「むントネヌション、ぞん」

    「知っおる」

    そう蚀いながら笑う。

    その笑い方は、最初に池袋で䌚った時ず同じだった。

    倜䞃時半くらいに、あの嚘は小さいバッグを持っお出おいった。

    玄関で振り返っお、

    「ちゃんず起きお埅っおおね」

    ず蚀った。

    「なんでやねん」

    「圌氏なんだから」

    圌女は冗談っぜく笑っおいた。

    でも、その蚀葉が少しだけ匕っかかった。

    俺は、その時も深く考えなかった。

    圌女ずいうより、なんずなく転がり蟌んできた女。

    正盎、そのくらいの感芚だった。

    深倜二時を過ぎる頃、玄関の鍵が回る音がした。

    「ただいたヌ」

    酔った声だった。

    コンビニ袋をぶら䞋げおいる。

    「お疲れ」

    「疲れたぁ」

    あの嚘は靎も脱がず、そのたた床ぞ座り蟌んだ。

    袋の䞭にはカップ焌きそばが二぀入っおいた。

    「たたそれか」

    「奜きなんだもん」

    そう蚀いながら、お湯を入れ始めた。

    郚屋に゜ヌスの匂いが広がる。

    テレビでは深倜番組が流れおいた。

    芞人が倧声で隒いでいる。

    笑いながら焌きそばをすすっおいた。

    「今日ね、すっごい倉なお客いた」

    「ぞぇ」

    「ぞぇじゃないし。めっちゃ口説かれたんだけど」

    少し自慢げだった。

    「で」

    「別にヌ」

    そう蚀っお笑う。

    ただ二十歳だった。

    倜の店も、男も、党郚少し面癜がっおいる感じだった。

    焌きそばを食べ終わるず、急に眠そうな顔になった。

    「颚呂入らんの」

    「むり」

    そのたた垃団ぞ倒れ蟌む。

    俺は灰皿の煙草を片付けながら、その埌ろ姿を芋おいた。

    倉な生掻やなず思った。

    でも、䞍思議ず嫌ではなかった。

    仕事ず䜏む堎所を決める䞀週間だけ。

    最初は、その぀もりだった。

    でもその頃には、もう郚屋の䞭にこい぀の匂いが残り始めおいた。

    第䞉章「深倜二時」

    あの嚘がスナックで働き始めおから、郚屋の時間がおかしくなった。

    倜八時に出勀しお、垰っおくるのはだいたい深倜二時。

    俺は日によっお生掻リズムが違った。

    倉庫の朝シフトの日は、倜十䞀時には寝おいる。

    居酒屋の日は、終電近くたで働く。

    コンビニの深倜シフトの日は、朝垰りだった。

    だから、䞀緒にいる時間は意倖ず少なかった。

    それでも、深倜二時の鍵の音だけは、い぀も同じだった。

    ガチャ。

    叀いドアの安っぜい音。

    「ただいたヌ」

    酔った声。

    コンビニ袋の擊れる音。

    その音を聞くず、ああ垰っおきたんやなず思った。

    俺は垃団の䞭で半分起きながら、あの嚘の気配を聞いおいた。

    狭いキッチンでお湯を沞かす音。

    カップ焌きそばの蓋を剥がす音。

    ゜ヌスを混ぜる音。

    深倜二時になるず、郚屋はい぀も゜ヌスの匂いになった。

    「たた焌きそばか」

    眠そうに蚀うず、

    「奜きなんだもん」

    ず、あの嚘は笑う。

    それが、ほずんど毎日の䌚話だった。

    ある日、珍しく俺が起きおいた。

    居酒屋のバむト終わりで、自転車で垰っおきた日だった。

    あの嚘はい぀ものように、コンビニ袋をぶら䞋げお垰っおきた。

    「起きおたんだ」

    「今垰ったずこ」

    「ちょうどいいや。䞀緒に食べよ」

    袋の䞭には、カップ焌きそばが二぀入っおいた。

    「たた二個買っおんの」

    「なんか今日、食べたかった」

    そう蚀いながら、俺の分にもお湯を入れた。

    湯気が狭い郚屋に広がる。

    「今日さぁ」

    焌きそばを混ぜながら、あの嚘が蚀う。

    「すっごい口説いおくる客いた」

    「ぞぇ」

    「ぞぇじゃないし」

    「で」

    「めっちゃ金持っおるアピヌルしおくんの」

    あの嚘は笑いながら、俺の割り箞も割った。

    「俺、店持っおるからさぁ、ずか蚀っお」

    「すごいやん」

    「でもハゲおた」

    そこであの嚘は吹き出した。

    俺も少し笑った。

    あの嚘は、客に口説かれた話をよくした。

    半分は愚痎で、半分は自慢だった。

    若かったんやず思う。

    二十歳の女にずっお、男に求められるこずは、ただ少しゲヌムみたいなずころがあったんだろう。

    「でも、ああいう店っお倧倉そうやな」

    俺が蚀うず、

    「たぁね。めんどくさい客もいるし」

    「觊っおくるや぀ずか」

    「いるいる」

    あの嚘は嫌そうな顔をしたあず、すぐ笑った。

    「でも、なんずかなるよ」

    その蚀い方が、少しだけ倧人っぜかった。

    池袋で初めお䌚った時より、ほんの少しだけ。

    あの嚘は煙草を吞う時、い぀も窓を少し開けた。

    颚が冷たい日でも。

    「寒ない」

    「煙こもるの嫌なんだよね」

    そのくせ、灰皿はすぐいっぱいになった。

    セブンスタヌ。

    癜い吞い殻が、毎日増えおいく。

    ある朝、俺が起きるず、あの嚘が玄関で寝おいた。

    靎もちゃんず脱げおいなかった。

    壁にもたれたたた、口を少し開けお寝おいる。

    化粧も萜ずしおいなかった。

    コンビニ袋だけが、きちんず暪に眮いおあった。

    「おい」

    肩を揺するず、

    「んヌ  」

    ずだけ返事をする。

    「颚邪匕くぞ」

    「ねむい  」

    完党に酔っおいた。

    「ちゃんず垃団で寝ろや」

    俺が匕っ匵り䞊げるず、あの嚘はふらふらしながら笑った。

    「優しいじゃん」

    「うるさい」

    そのたた垃団ぞ倒れ蟌む。

    メむクの匂いず酒の匂いがした。

    俺は、その顔を少しだけ芋おいた。

    寝おいる時だけ、劙に子どもっぜかった。

    昌間、あの嚘が起きおいる姿を芋るこずは少なかった。

    俺が昌のバむトぞ出る頃には、ただ寝おいる。

    垰っおきおも、出勀準備をしおいる。

    そんな生掻だった。

    ただ、俺が䌑みの日だけ、昌間の姿を芋るこずがあった。

    その日は日曜だった。

    珍しく二人ずも昌に起きおいた。

    あの嚘は俺のシャツを着お、゜ファ代わりの座怅子に寝転がっおいた。

    テレビでは競銬䞭継が流れおいる。

    「ねぇ、お腹空いた」

    「自分でなんか食えや」

    「䜜っお」

    「めんどくさい」

    あの嚘は䞍満そうに唇を尖らせた。

    寝起きだけは、劙に甘える女だった。

    「圌氏なのに」

    たたその蚀葉を䜿う。

    俺は、そのたび少しだけ違和感があった。

    でも蚂正もしなかった。

    別に嫌ではなかったからだず思う。

    その日、二人で近所のスヌパヌぞ行った。

    絊料日前で、財垃の䞭にはほずんど金がなかった。

    あの嚘は半額シヌルの貌られた惣菜を真剣に芋おいた。

    「これうたそう」

    「昚日も揚げもん食っおたやん」

    「若いから平気」

    「その理論、アホっぜいな」

    あの嚘は笑いながら、カゎにポテトサラダを入れた。

    スヌパヌからの垰り道、急に俺の腕を掎んだ。

    「ん」

    「別に」

    そう蚀いながら、そのたた歩く。

    付き合っおいる女みたいやな、ずその時初めお少し思った。

    でも、すぐ忘れた。

    郚屋ぞ戻るず、あの嚘はポテトサラダを食べながら煙草を吞った。

    「ねぇ」

    「ん」

    「私、ここ䜏み着いちゃっおるよね」

    笑いながら蚀う。

    「たぁな」

    「迷惑」

    少しだけ真面目な顔だった。

    俺はビヌルを飲みながら、少し考えた。

    迷惑かず蚀われれば、そうでもなかった。

    家に垰るず人がいる。

    深倜二時に鍵が回る。

    カップ焌きそばの匂いがする。

    そんな生掻に、もう慣れ始めおいた。

    「別に」

    俺がそう蚀うず、あの嚘は少し安心したように笑った。

    その顔を芋ながら、俺はがんやり思った。

    こい぀、しばらく出おいかぞんのやろうな、ず。

    でもその時も、将来ずか結婚ずか、そんなこずは䜕䞀぀考えおいなかった。

    若かった。

    本圓に、それだけだった。

    第四章「具なし焌きそば」

    絊料日前になるず、郚屋の空気が少し倉わった。

    冷蔵庫の䞭が露骚に寂しくなる。

    卵が䞀個。

    チュヌブのしょうが。

    賞味期限の近い豆腐。

    そんなものしか残っおいない。

    俺は二十二のフリヌタヌだったし、あい぀も倜のスナックで働き始めたばかりだった。

    別に極端に貧乏だったわけじゃない。

    でも、金の䜿い方が䞋手だった。

    入った分だけ䜿う。

    若い頃なんお、だいたいそんなもんやった。

    ある日の倕方、俺が倉庫のバむトから垰るず、あい぀が冷蔵庫の前でしゃがんでいた。

    「䜕しおんの」

    「芋れば分かるじゃん」

    冷蔵庫の䞭を睚んでいた。

    「なんもない」

    「そら絊料日前やし」

    「ねぇ、お金貞しお」

    「俺もない」

    「終わっおんなぁ」

    あい぀はそう蚀っお笑った。

    深刻そうではなかった。

    本圓に困っおいたら、あい぀はあんな笑い方をしなかったず思う。

    俺は床ぞ座っお、コンビニで買った癟円の猶コヌヒヌを飲んだ。

    「昚日、店ヒマだった」

    「うん。雚だったし」

    窓の倖では、ただ现かい雚が降っおいた。

    叀いマンションの窓ガラスには、小さい氎滎が匵り付いおいる。

    「なんか食い行く」

    「金ないんでしょ」

    「たぁな」

    「じゃあ䜜る」

    あい぀は急に立ち䞊がった。

    「䜕を」

    「焌きそば」

    その蚀葉だけで、少し笑いそうになった。

    あい぀の䞭では、食べ物の遞択肢が焌きそばしかないんちゃうかず思うくらい、焌きそばばかり食べおいた。

    あい぀は现かい雚の降る䞭、近所のスヌパヌで焌きそばの麺だけを買っおきた。

    「肉ないで」

    「別にいい」

    「キャベツもない」

    「平気平気」

    あい぀は適圓だった。

    でも、その適圓さは嫌いじゃなかった。

    キッチンから、フラむパンを探す音が聞こえる。

    「これ䜿っおいい」

    「勝手に䜏んでるや぀が今さら聞くなや」

    「たしかに」

    あい぀はケラケラ笑っおいた。

    数分埌、゜ヌスの匂いが郚屋に広がった。

    フラむパンの䞭には、麺だけの焌きそばが入っおいた。

    本圓に具がなかった。

    「お前、いさぎいいな」

    「玠材の味を楜しむタむプだから」

    「ただ金ないだけやろ」

    あい぀は皿を二぀持っおきお、ガラステヌブルぞ眮いた。

    芋た目はかなり寂しかった。

    でも䞍思議ず、そこたで悪くなかった。

    「いただきたす」

    あい぀はそう蚀っお、先に食べ始めた。

    「うた」

    「ほんたか」

    「うん」

    俺も食べおみた。

    普通の焌きそばだった。

    「具なし初めお食ったわ」

    「倱瀌だなぁ」

    あい぀は笑いながら、゜ヌスを口の端に぀けおいた。

    その顔を芋おいるず、なんずなく笑えおきた。

    俺たちはその日、具なし焌きそばを食べながら、どうでもいい話をした。

    仙台の雪の話。

    俺の高校時代の話。

    あい぀が昔付き合っおいた男の話。

    「そい぀、めっちゃダサくおさ」

    そう蚀いながら笑っおいた。

    でも途䞭で急に黙った。

    「どしたん」

    「んヌ  別に」

    少しだけ遠い顔をした。

    その時、初めお思った。

    家出っお、軜い蚀葉やけど、ほんたはいろいろあったんやろうな、ず。

    でも俺は聞かなかった。

    あい぀も蚀わなかった。

    たぶん、それでよかったんやず思う。

    別の日、あい぀が掗濯をした。

    珍しく昌間に起きおいお、掗濯機を回しおいた。

    俺はその日、倕方から居酒屋のシフトだった。

    「おヌ、偉いやん」

    「たたにはね」

    あい぀は掗剀を入れながら、埗意げな顔をしおいた。

    その数時間埌。

    「最悪なんだけど」

    郚屋に垰るず、あい぀が怒っおいた。

    ベランダには、うっすらピンク色になった俺の癜シャツが干されおいた。

    「なんやこれ」

    「知らない 色移りした」

    「お前の赀い服やろ絶察」

    「だっお䞀緒に掗った方が楜じゃん」

    あい぀は逆ギレ気味だった。

    「アホか」

    「そんな怒んなくおもいいじゃん」

    「お気に入りやったのに」

    「ごめんっおぇ」

    そう蚀いながら笑っおいる。

    俺は呆れながら、ピンクになったシャツを觊った。

    ヘむンズの青ラベル。

    「終わったなこれ」

    「  着れば」

    「誰が着んねん」

    「䌌合うかもしれないじゃん」

    「嫌やわ」

    しばらく蚀い合いをしおいたが、途䞭でなんか面癜くなっおきお、結局二人ずも笑った。

    倜になるず、あい぀はい぀ものように店ぞ行った。

    出勀前、玄関で靎を履きながら、

    「ほんずごめんね」

    ず小さい声で蚀った。

    「もうええよ」

    「新しいの買うから」

    「金ないやろ」

    「たしかに」

    あい぀は笑ったあず、急に俺の頬ぞキスをした。

    かなり軜いキスだった。

    「いっおきたす」

    そう蚀っお出おいった。

    俺は玄関に立ったたた、少しだけがんやりした。

    あい぀は時々、そういうこずをした。

    自然に。

    たるで本圓に付き合っおいるみたいに。

    でも俺は、そのたびに少しだけ戞惑っおいた。

    あい぀が俺を圌氏だず思っおいるこずに、薄々気づいおはいた。

    でも、ちゃんず向き合うほど真面目でもなかった。

    若かった。

    責任を考える歳でもなかった。

    ただ、䞀緒に䜏んでいた。

    セックスもしおいた。

    それだけ。

    なのに倜䞭、あい぀が垰っおこないず、なんずなく時蚈を芋おしたう。

    鍵の音がするず安心する。

    そんな自分もいた。

    深倜二時過ぎ。

    その日も、玄関の鍵が回った。

    「ただいたぁ」

    酔った声。

    コンビニ袋。

    カップ焌きそば。

    あい぀はい぀ものように、お湯を入れながら蚀った。

    「今日ね、ママに料理芚えろっお蚀われた」

    「焌きそば以倖な」

    「倱瀌だなぁ」

    あい぀は笑いながら、゜ヌスを混ぜた。

    その匂いが、たた郚屋に広がった。

    俺は垃団ぞ寝転びながら、その匂いをがんやり嗅いでいた。

    あの頃の俺たちは、たぶんただ、䜕者でもなかった。

    でも、䜕者でもないなりに、ちゃんず䞀緒に暮らしおいた。

    第五章「圌氏」

    あい぀が郚屋ぞ転がり蟌んできお、䞀ヶ月くらい経った頃だった。

    季節は少しだけ倏に近づいおいた。

    窓を開けおも、前みたいに寒くない。

    その代わり、叀いマンション独特の湿った匂いが郚屋に残るようになっおいた。

    あい぀は盞倉わらず、倜八時に店ぞ行き、深倜二時頃に垰っおきた。

    俺は盞倉わらず、バむトを掛け持ちしおいた。

    生掻は䞍芏則だった。

    でも、䞍思議ず噛み合っおいた。

    たぶん、お互い深く考えおいなかったからやず思う。

    ある倜、俺はバむト先の友達ず池袋で飲んでいた。

    最初にあい぀ず出䌚った、あの居酒屋の近くだった。

    「最近どうなん」

    友達がビヌルを飲みながら聞く。

    「䜕が」

    「同棲」

    俺は少し笑った。

    「同棲ちゃうわ」

    「いや、もう同棲やろ」

    「勝手に䜏み着いおるだけや」

    そう蚀うず、友達は呆れた顔をした。

    「お前さぁ、それ圌女かわいそうやぞ」

    「なんでやねん」

    「絶察、圌氏やず思っおるっお」

    俺は枝豆を぀たみながら、少し黙った。

    実際、薄々は気づいおいた。

    あい぀が俺を圌氏ずしお扱っおいるこずくらい。

    「ただいた」ず蚀う。

    俺のシャツを着る。

    スヌパヌで腕を掎む。

    寝起きに甘える。

    そういう小さいこずで分かる。

    でも俺の䞭では、ただそこたでの感芚じゃなかった。

    奜きじゃないわけではない。

    でも、将来を考えおいたわけでもない。

    責任を持぀芚悟があったわけでもない。

    ただ、䞀緒に暮らしおいた。

    それだけだった。

    「お前、ちゃんず蚀っずけよ」

    「䜕を」

    「期埅するなっお」

    友達は真面目な顔で蚀った。

    でも俺は、曖昧に笑っお流した。

    二十二の男なんお、そんなもんだった。

    その日の垰り、終電ギリギリの東歊東䞊線に揺られながら、少しだけ考えた。

    あい぀は、ほんたに俺のこず圌氏やず思っおるんかな。

    でも次の瞬間には、もう別のこずを考えおいた。

    そんな皋床だった。

    マンションぞ戻るず、郚屋の電気が぀いおいた。

    ただ深倜䞀時前だった。

    珍しくあい぀の方が早く垰っおきおいた。

    「おかえり」

    テヌブルにはコンビニの袋が眮かれおいる。

    「早かったんやな」

    「今日ヒマだった」

    あい぀はセブンスタヌを吞いながらテレビを芋おいた。

    メむクはただ萜ずしおいない。

    「飲み盎す」

    「ちょっずだけ」

    冷蔵庫には、猶ビヌルが二本だけ残っおいた。

    あい぀はそのうち䞀本を開けお、俺に枡した。

    「ありがず」

    「今日どうだった」

    「普通」

    「モテた」

    「知らん」

    「なんでちょっず嬉しそうなの」

    あい぀は笑った。

    そういう䌚話をしおいる時は、普通のカップルみたいやなず思った。

    でも、その感芚は長く続かなかった。

    あい぀が急に蚀った。

    「ねぇ」

    「ん」

    「もしさ」

    少し酔った目をしおいた。

    「私がここ出おったら、寂しい」

    俺は猶を口に運びながら、少し考えた。

    寂しいか、寂しくないかで蚀えば、たぶん寂しい。

    でも、その理由をちゃんず考えたこずはなかった。

    「たぁ  静かにはなるんちゃう」

    そう答えるず、あい぀は少し笑った。

    「なにそれ」

    「ほんたやし」

    「もっずこうさぁ、『絶察嫌だ』ずかないの」

    「ドラマちゃうねんから」

    あい぀は䞍満そうに煙草を吞った。

    煙がゆっくり倩井ぞ䞊がっおいく。

    「でもさ」

    あい぀が小さい声で蚀う。

    「私、たぶん今たでで䞀番長く男ず䞀緒にいる」

    俺は少し驚いた。

    「あ、そうなん」

    「うん。だいたい途䞭で嫌になっお逃げおた」

    「ぞぇ」

    「でも今は、なんか楜」

    あい぀はそう蚀っお笑った。

    俺はその顔を芋ながら、なんずなく萜ち着かなかった。

    たぶんあい぀は、本圓に付き合っおいる぀もりなんやろうなず思った。

    でも俺は、そこたで行けおいなかった。

    自分でも理由は分からなかった。

    奜きじゃないわけではない。

    䞀緒にいるのも嫌じゃない。

    垰っおくるず安心する。

    でも、「圌女」ずいう蚀葉だけ、劙に珟実感がなかった。

    その倜、垃団ぞ入るなり、埌ろから抱き぀いおきた。

    「暑い」

    「いいじゃん」

    「暑いねん」

    「冷たい男」

    あい぀は笑いながら、俺の背䞭ぞ顔を抌し぀けおいた。

    酒ず煙草ず、甘い銙氎の匂いがした。

    「ねぇ」

    「ん」

    「私さ」

    少し間があった。

    「ちゃんずしたいんだよね」

    俺は倩井を芋たたた、

    「䜕を」

    ず聞いた。

    「いろいろ」

    その蚀い方が曖昧すぎお、逆に意味が分かった。

    仕事。

    生掻。

    将来。

    俺ずの関係。

    たぶん党郚だった。

    でも俺は、その時も真正面からは返せなかった。

    「たぁ、なんずかなるやろ」

    そう蚀うず、あい぀は少し黙った。

    それから、

    「適圓だなぁ」

    ず笑った。

    でも、その笑い方は少し寂しそうだった。

    数日埌、あい぀が店を䌑んだ。

    珍しく熱を出しおいた。

    「だる  」

    垃団に朜り蟌んだたた動かない。

    俺はコンビニでれリヌずスポヌツドリンクを買っお垰った。

    「ほら」

    「優しいじゃん」

    「病人やからや」

    あい぀は笑いながられリヌを食べた。

    熱で化粧のない顔は、幎盞応に幌く芋えた。

    二十歳なんやな、ず思った。

    普段は濃いメむクず倜の仕事で少し倧人びいお芋える。

    でもこういう時だけ、普通の若い女の子みたいだった。

    「ねぇ」

    たたあい぀が蚀う。

    「ん」

    「私さ、最初ここ䞀週間だけの぀もりだったんだよ」

    「うん、知っおる」

    「でもなんか、普通に䜏んじゃったね」

    俺は少し笑った。

    「そうやな」

    「远い出さないし」

    「別に迷惑ちゃうし」

    あい぀は少し嬉しそうに笑った。

    だけど、その顔を芋ながら、俺はがんやり思った。

    この生掻、い぀終わるんやろうな、ず。

    終わる前提で考えおいる時点で、たぶん俺はあい぀ほど真剣じゃなかった。

    でも、そのこずを深く考えないようにしおいた気もする。

    倜になるず、あい぀の熱が少し䞋がった。

    「焌きそば食べたい」

    「病人が食うもんちゃうやろ」

    「食べたい」

    結局、コンビニでカップ焌きそばを買っおきた。

    あい぀は垃団の䞊で、嬉しそうに食べおいた。

    「生き返る」

    「倧げさやな」

    「焌きそばは䞇胜だから」

    そう蚀っお笑う。

    郚屋にはたた、゜ヌスの匂いが広がっおいた。

    気づけば、その匂いがあるのが圓たり前になっおいた。

    第六章「䞉週間」

    俺が入院したのは、梅雚に入る少し前だった。

    倧した病気ではなかった。

    盲腞だった。

    ただ、思っおいたより悪化しおいお、医者に「もう少し遅かったら危なかったよ」ず蚀われた。

    二十二の頃なんお、自分が病気になる感芚があたりない。

    腹が痛くおも、そのうち治るやろず思っおいた。

    実際、数日我慢しおいた。

    でも倜䞭、コンビニのバむト䞭に立おなくなっお、そのたた救急車で運ばれた。

    癜い倩井を芋ながら、

    めんどくさいこずになったな、

    ずしか思っおいなかった。

    病院ぞ来たのは、あい぀だった。

    朝方、がさがさの髪のたた病宀ぞ入っおきた。

    コンビニの店長が俺の郚屋の玄関に、メモを貌っおたらしい。

    たぶんこの日は朝垰りだったんだろう。

    ただ少し酒の匂いがした。

    「倧䞈倫」

    そう蚀いながら、パむプ怅子ぞ座る。

    「たぁ」

    「びっくりしたんだけど」

    本圓に驚いた顔をしおいた。

    俺は点滎を芋ながら、

    「俺もびっくりした」

    ず蚀った。

    あい぀は少し笑った。

    病宀には、朝の光が入っおいた。

    カヌテン越しの薄い光だった。

    「入院どれくらい」

    「䞉週間くらいらしい」

    「長っ」

    あい぀は玠盎に嫌そうな顔をした。

    「暇やな」

    「私、芋舞い来おあげよっか」

    「別にええよ」

    「なんでよ」

    「遠いやろ」

    「たぁ遠いけど」

    あい぀は少し黙ったあず、

    「でも来る」

    ず蚀った。

    その蚀い方が、少しだけ嬉しそうだった。

    手術はすぐ終わった。

    麻酔が切れたあず、腹がめちゃくちゃ痛かった。

    笑うだけで響く。

    咳なんかしたら地獄だった。

    病院の時間は遅かった。

    朝飯。

    昌飯。

    倕飯。

    消灯。

    それだけで䞀日が終わる。

    テレビカヌドを買っお、意味もなくワむドショヌを芋る。

    隣のベッドのじいさんがずっず競銬新聞を読んでいる。

    消毒液の匂い。

    遠くで鳎るナヌスコヌル。

    窓の倖の曇った空。

    䞖界から切り離されたみたいな時間だった。

    数日に䞀回、看護垫に呌ばれた。

    「Fさヌん、電話です」

    談話宀の電話だった。

    点滎を匕きずりながら、廊䞋を歩く。

    癜い廊䞋は、昌でも静かだった。

    談話宀の隅に、電話が眮いおある。

    受話噚を取るず、あい぀の声がした。

    『暇』

    「暇や」

    『だよね』

    そんな䌚話をしおいた。

    店の話もした。

    倉な客の話。

    酔っ払いの話。

    チヌママがムカ぀く話。

    俺はそれを聞きながら、なんずなく安心しおいた。

    深倜二時の鍵の音はない。

    カップ焌きそばの匂いもしない。

    でも受話噚の向こうであい぀が笑うず、あの郚屋を思い出した。

    あい぀が芋舞いに来たのは、䞀回だけだった。

    平日の昌間だった。

    玙袋をぶら䞋げおいた。

    「はい」

    「䜕これ」

    「みかん」

    「なんでみかんやねん」

    「病人っぜいじゃん」

    圌女は笑いながら、ベッド暪の怅子ぞ座った。

    化粧は薄かった。

    昌間だからか、少し眠そうな顔をしおいる。

    「店どうなん」

    「普通」

    「客来る」

    「たぁたぁ」

    あい぀はみかんを剥きながら話しおいた。

    噚甚に皮を繋げたたた剥く。

    「暇」

    「めちゃくちゃ暇」

    「だよねぇ」

    その䌚話が、劙に平和だった。

    あい぀は途䞭で、

    「病院っおなんか匂いあるよね」

    ず蚀った。

    「消毒液やろ」

    「なんか寂しくなる匂い」

    あい぀はみかんを䞀房食べながら、窓の倖を芋おいた。

    その暪顔を芋ながら、俺は少しだけ倉な気持ちになった。

    こい぀、ちゃんず芋舞い来るんやな、

    ず思った。

    それたでのあい぀は、どこか適圓な女だった。

    深倜に垰っおきお、焌きそば食っお、セブンスタヌ吞っお寝る。

    そんなむメヌゞだった。

    でも病院ぞ来たあい぀は、少し違っお芋えた。

    「退院したら䜕食べたい」

    急に圌女が聞く。

    「なんやろ」

    「焌きそばでしょ」

    「なんで限定されんねん」

    あい぀はケラケラ笑った。

    その笑い声を聞いおいるず、少しだけ早く退院したくなった。

    でも同時に、病院のベッドで䞀人になるず、劙に静かだった。

    深倜二時に鍵が回る音がする。

    コンビニ袋の音がする。

    テレビの音がする。

    セブンスタヌの匂いがする。

    それが圓たり前になっおいたこずに、病院ぞ来お初めお気づいた。

    その頃から、電話の回数は少し枛っおいった。

    別に気にはならなかった。

    倜の仕事をしおいるし、忙しいんやろうず思っおいた。

    でも倜になるず、少しだけ時蚈を芋るこずはあった。

    深倜二時。

    い぀もなら、あの郚屋で鍵が回る時間だった。

    䞉週間ずいう時間は、ずお぀もなく長かった。

    退院の日、倖は少し晎れおいた。

    久しぶりの倖の空気は、病院の匂いがしなかった。

    それだけで劙にうたかった。

    電車ぞ乗っお、自分のマンションぞ戻る。

    叀い階段を䞊がる。

    鍵を開ける。

    その瞬間たで、俺は普通に、あい぀がいるず思っおいた。

    第䞃章「留守電」

    郚屋の䞭は、劙に静かだった。

    鍵を開けた瞬間、最初にそれを感じた。

    音がない。

    い぀もなら、どこかに生掻の気配が残っおいる。

    テレビの消し忘れ。

    煙草の匂い。

    コンビニ袋。

    脱ぎっぱなしの服。

    でも、その日は違った。

    空気が軜いように感じた。

    俺は玄関に立ったたた、少しがんやりしおいた。

    䞉週間ぶりの自分の郚屋だった。

    たぶん、本来ならもっず萜ち着くはずだ。

    でも、なんずなく違和感があった。

    靎を脱いで䞭ぞ入る。

    テヌブルの䜍眮は倉わっおいない。

    灰皿もある。

    冷蔵庫の䞊の電子レンゞもそのたただった。

    でも、あい぀の気配だけが薄くなっおいた。

    掗面所を芋る。

    ピンク色の歯ブラシがなかった。

    「あ」

    小さい声が出た。

    そこで初めお、少しだけ倉な感じがした。

    郚屋の奥を芋る。

    あい぀がよく座っおいた座怅子の䞊には、䜕も眮かれおいない。

    セブンスタヌもない。

    化粧ポヌチもない。

    俺はゆっくりテヌブルの前ぞ座った。

    退院したばかりで、ただ腹が少し痛かった。

    なんずなくテレビを぀ける。

    昌間のワむドショヌが流れ始めた。

    芞胜人の䞍倫の話をしおいる。

    音だけがやけに軜かった。

    その時、電話の赀いランプが点滅しおいるのに気づいた。

    留守電だった。

    圓時䜿っおいた留守番電話は、メッセヌゞが入るず赀いランプが点滅する。

    䞉週間も家を空けおいたから、バむト先からかもしれないず思った。

    俺は䜕気なく再生ボタンを抌した。

    『ピヌッ』

    機械音のあず、あい぀の声が流れた。

    『ごめんね〜』

    少し酔った声だった。

    店垰りなのかもしれない。

    『新しい圌氏できちゃった』

    そこで䞀瞬だけ、時が止たった。

    でもあい぀の声は、い぀もの調子で続いた。

    『今たでありがずね〜。バむバヌむ』

    『ガチャ』

    そのたた切れた。

    郚屋が静かだった。

    俺は電話機の前で、しばらく動けなかった。

    悲しい、ずいう感じではなかった。

    怒りもなかった。

    むしろ最初に出おきたのは、

    「ああ、やっぱ俺っお圌氏やったんや」

    ずいう感芚だった。

    それたでの俺は、あい぀のこずをちゃんず「圌女」だず思っおいなかった。

    もちろん嫌いじゃない。

    可愛いず思っおいた。

    䞀緒にいお楜だった。

    垰っおくるず安心した。

    でも、「圌女」ずいう蚀葉だけ、どこか珟実感がなかった。

    ただ、䞀緒に䜏んでいた。

    セックスもしおいた。

    深倜二時に焌きそばを食べる女がいた。

    それくらいの感芚だった。

    でも圌女は違った。

    最埌たで俺を、ちゃんず圌氏ずしお別れを蚀っおいた。

    うすうす感じおいたが、考えないようにしおいた。

    俺は少し笑っおしたった。

    腹の傷に響いお、

    「痛っ」

    ず声が出た。

    笑いながら痛がっおいる自分が、なんかアホらしかった。

    「あい぀、俺の圌女だったんやな」

    小さくそう呟いた。

    䞍思議ず、少しだけ安心した気持ちもあった。

    圌女、この先どうなるんやろう、ずどこかで思っおいたからかもしれない。

    家出しお。

    泊たる堎所がなくお。

    倜の店で働いお。

    毎晩カップ焌きそば食っお。

    そんな生掻をしおいた圌女が、

    「新しい圌氏できた」

    ず笑っおいた。

    笑っおいるなら、たぁええかず思った。

    本圓に、それくらいだった。

    ただ、静かだった。

    俺はしばらく郚屋を芋回した。

    思っおいたより、圌女の荷物は少なかった。

    服も。

    化粧品も。

    靎も。

    たった䞉ヶ月しかいなかったんやな、ずその時初めお思った。

    でも、匂いだけはただ残っおいた。

    煙草ず、甘い銙氎ず、゜ヌスの匂い。

    深倜二時の匂いだった。

    腹が枛っおいるこずに気づいた。

    病院食ばかりだったから、味の濃いものを食べたかった。

    俺はゆっくり立ち䞊がっお、キッチンを開けた。

    棚の奥に、カップ焌きそばが䞀぀だけ残っおいた。

    芋慣れたパッケヌゞだった。

    「あい぀、わざず眮いおいったな」

    そう思いながら、お湯を沞かした。

    郚屋は静かだった。

    テレビの音だけが流れおいる。

    湯気が立぀。

    ゜ヌスの匂いが広がる。

    その瞬間、急に寂しくなった。

    たぶん、匂いのせいだった。

    毎晩あったものが、急になくなる。

    人間っお、そういうので実感するんやなず思った。

    俺はガラステヌブルの前ぞ座っお、ひずりで焌きそばを食べた。

    圌女が最埌に買ったのかもしれない。

    病院での䌚話がよみがえる。

    味は普通だった。

    でも、なんずなく食べるのが遅くなった。

    窓の倖では、倕方の電車が走る音がしおいた。

    深倜二時じゃない。

    ただ倖は明るかった。

    なのに郚屋の䞭だけ、少し倜みたいだった。

    焌きそばを食べ終わる頃には、゜ヌスの匂いが完党に郚屋ぞ残っおいた。

    俺は空になった容噚を芋ながら、がんやり考えた。

    結局、あい぀の家出の理由も知らないたたやったな、ず。

    仙台で䜕があったのか。

    なんで東京ぞ来たのか。

    なんであんなに焌きそばばっかり食っおたのか。

    䜕も知らなかった。

    でも、それでよかった気もした。

    二十二の俺は、たぶん誰かの人生を背負えるほど倧人じゃなかった。

    だから、この䞉ヶ月は、

    ちょうどよかったのかもしれない。

    倕方が少しず぀暗くなっおいく。

    俺は座怅子ぞもたれお、静かになった郚屋を芋おいた。

    その倜、深倜二時になっおも、鍵の音はしなかった。


    第二郚 六幎埌

    プロロヌグ

    東京に来お十幎が経った。

    俺は二十八になっおいた。

    二十四の時、俺は匕っ越した。

    あの郚屋は奜きだったが、普通に陜の圓たる郚屋に移りたかった。

    それだけの理由だった。

    バむト先も倉わった。

    池袋からは少し離れた。

    電車で二十分くらい。

    駅前にスヌパヌずパチンコ屋があるだけの、普通の街だった。

    郚屋は前より少し広くなった。

    颚呂ずトむレも別になった。

    それでも盞倉わらず、たいした生掻ではなかった。

    フリヌタヌ生掻は続いおいたし、煙草も吞っおいた。

    ただ、二十二の頃よりは少したずもな生掻になっおいたず思う。

    圌女ず別れおから、連絡は䞀床もなかった。

    別れずいうより、あれは本圓に留守電䞀本だった。

    『新しい圌氏できちゃった』

    あの声だけが残った。

    最初の頃は、静かになった郚屋に少し違和感があった。

    深倜二時。

    鍵を開ける音がしない。

    コンビニ袋の音がしない。

    ゜ヌスの匂いがしない。

    それが倉な感じだった。

    でも人間は慣れる。

    数週間もするず、普通に䞀人の生掻ぞ戻っおいた。

    たたにコンビニでカップ焌きそばを芋るず、少し思い出す。

    それくらいだった。

    結局、圌女の家出の理由も知らなかった。

    仙台で䜕があったのかも知らない。

    だから思い出ず蚀っおも、そこたで重いものではなかった。

    若い頃、䞀瞬だけ䞀緒に暮らした女。

    その皋床だった。

    六幎埌、友達から電話が来た。

    倜だった。

    俺はバむトを終えお、郚屋ぞ垰ったずころだった。

    テヌブルには、飲みかけの猶ビヌルが眮いおある。

    窓の倖では、終電埌の深倜バスが走っおいた。

    電話の向こうは、元バむト仲間の友達だった。

    最初に圌女ず出䌚った、あの居酒屋で䞀緒に飲んでいたや぀だ。

    『お前、あい぀芚えおる』

    「あい぀」

    『ほら、お前んずこ転がり蟌んでた女』

    その蚀い方で、すぐ分かった。

    名前より先に、カップ焌きそばの匂いを思い出した。

    「ああ」

    『今日さ、池袋で偶然䌚った』

    「ぞぇ」

    『ただ倜の店いた』

    「そうなんや」

    友達は少し笑いながら、

    『お前の電話番号、教えお欲しいっお蚀われた』

    ず蚀った。

    俺は煙草ぞ火を぀けながら、

    「なんで」

    ず聞いた。

    『知らん』

    友達は本圓に知らない感じだった。

    『なんか、子どもいるらしい』

    そこで少しだけ、間が空いた。

    「子ども」

    『おう、子どもいるっお蚀っおた』

    俺は煙を吐きながら、がんやり倩井を芋た。

    正盎、その時はそこたで驚かなかった。

    六幎経っおいる。

    子どもがいおも䞍思議ではない。

    『なんか、お前に䌚いたいっぜかったけど』

    「なんやろな」

    『電話番号、教えおええ』

    少しだけ考えた。

    でも断る理由もなかった。

    「別にええよ」

    『お前、軜いなぁ』

    友達が笑う。

    「いや、今さらやろ」

    実際、そう思っおいた。

    もう六幎経っおいる。

    今さら䜕かが戻るわけでもない。

    圌女も俺も、もう別の人生を生きおいる。

    だからその電話も、最初はどこか他人事みたいだった。

    『でも、ちょっずむメヌゞ倉わっおたわ』

    友達が蚀う。

    「どこが」

    『母芪っぜかった』

    俺は少し笑った。

    深倜二時に玄関で寝おいた女が、母芪。

    その組み合わせが、うたく想像できなかった。

    『たぁ、電話番号教えずくわ』

    「おう」

    電話はそれで終わった。

    郚屋が静かになる。

    テレビも぀けおいなかった。

    煙草の煙だけが、ゆっくり郚屋に残っおいた。

    俺は猶ビヌルを飲みながら、がんやり考えた。

    母芪、か。

    あい぀が。

    なんずなく䞍思議だった。

    でも、その時はただ、それだけだった。

    数日埌。

    深倜䞀時を少し過ぎた頃だった。

    郚屋の電話が鳎った。

    俺は眠っおいた。

    次の日は朝からバむトだった。

    こんな時間の電話なんお、だいたいろくなもんじゃない。

    バむトの緊急連絡なら、ポケベルが鳎る。

    郚屋の電話にかかっおくる時点で、そこたで急ぎじゃない。

    酔っ払った友達か、誰かの暇぀ぶしか、その皋床だ。

    だから無芖しようず思った。

    電話はしばらく鳎っお、それから留守電ぞ切り替わった。

    『ピヌッ』

    機械音。

    垃団の䞭でがんやり聞いおいた。

    『  あ、もしもし』

    その瞬間、目が芚めた。

    六幎ぶりなのに、すぐ分かった。

    圌女の声だった。

    俺は慌おお垃団から起き䞊がった。

    受話噚を掎む。

    「もしもし」

    少しだけ間。

    それから、

    『  久しぶり』

    深倜のノむズ混じりの声だった。

    でも、ちゃんず圌女だった。

    第䞀章「公園」

    埅ち合わせは、公園だった。

    電話で圌女がそう蚀った。

    『いきなり郚屋行くのも倉じゃん』

    その蚀い方が劙に倧人っぜくお、少しだけ違和感があった。

    六幎前の圌女なら、そんなこず気にせず普通に来おいた気がする。

    埅ち合わせの日は日曜日だった。

    五月の颚が少し暖かい。

    昌過ぎの䜏宅街は静かだった。

    マンションから歩いお五分くらいの堎所に、小さい公園がある。

    滑り台ずブランコだけの、どこにでもある公園だった。

    俺は猶コヌヒヌを飲みながら、ベンチぞ座っおいた。

    なんずなく萜ち着かなかった。

    六幎ぶりだった。

    電話では普通に話した。

    でも実際に䌚うずなるず、䜕を話せばいいのか分からない。

    そもそも、なんで䌚いたいのかも、ただよく分かっおいなかった。

    子ども。

    友達の蚀っおいた蚀葉だけが、頭の䞭に残っおいた。

    遠くから、子どもの声が聞こえた。

    芋るず、小さい男の子が走っおきおいた。

    埌ろから圌女が歩いおくる。

    そのさらに埌ろに、女性が䞀人いた。

    圌女は俺に気づくず、小さく手を䞊げた。

    「あ、久しぶり」

    「  久しぶりやな」

    なんか倉な感じだった。

    䞉か月ずはいえ、䞀緒の郚屋で暮らしおいた女なのに、急に他人みたいな距離がある。

    六幎ぶりに芋る圌女は、少し痩せおいた。

    髪は短くなっおいた。

    昔みたいな掟手さは枛っおいたが、笑い方は倉わっおいなかった。

    「あ、友達に䞀緒来おもらっおるから」

    圌女が埌ろを振り返りながら蚀った。

    「子どもいるしさ。二人で話す時間ほしいから」

    その蚀い方が、劙にちゃんずしおいた。

    六幎前なら、そんな段取り考える女じゃなかった。

    同行しおいた女性が、䞁寧に頭を䞋げる。

    「こんにちは」

    「あ、どうも」

    少し幎䞊に芋えた。

    萜ち着いた雰囲気の人だった。

    男の子は滑り台を芋぀けるず、すぐ走っおいこうずした。

    「ほら、ちゃんずあいさ぀しな」

    圌女が少し匷めに蚀う。

    男の子は䞀回立ち止たっお、俺の前ぞ戻っおきた。

    「こんにちは」

    元気な声だった。

    「こんにちは」

    俺も少し笑った。

    「これ、お母さんの友達」

    男の子が圌女に聞く。

    「そうだよ」

    圌女は自然にそう答えた。

    お母さん。

    その蚀葉に、少しだけ珟実感があった。

    本圓に母芪なんやな、ず思った。

    六幎前、深倜二時にカップ焌きそばばかり食っお、玄関で寝おた女が。

    「滑り台いこっか」

    同行しおいた女性が自然に声をかける。

    「いく」

    男の子は嬉しそうに駆けおいった。

    二人の背䞭を芋送りながら、圌女が少し笑った。

    「遊び始めたら、しばらく戻っおこないから」

    そう蚀っお、俺の隣ぞ座った。

    少し沈黙があった。

    颚が吹いお、朚の葉が揺れる。

    子どもの笑い声が聞こえおいた。

    先に口を開いたのは圌女だった。

    「あれから、どうしおた」

    「たぁ普通。バむトしお」

    「ただフリヌタヌ」

    「たぁな」

    「倉わんないね」

    そう蚀っお笑った。

    その空気の䜜り方が、昔ず同じだった。

    気たずい空気を、軜く笑っお流す。

    「そっちは」

    圌女は少し空を芋た。

    「いろいろ」

    その蚀い方が、少し疲れおいた。

    俺は猶コヌヒヌを飲みながら、圌女を芋た。

    昔より、倧人になっおいた。

    圓たり前だけど。

    でも同時に、昔のたたの郚分も残っおいた。

    笑う時、少し肩が揺れるずころずか。

    「池袋の店、ただおるん」

    「うん」

    「長いな」

    「私もびっくりしおる」

    圌女は笑ったあず、少し黙った。

    それから小さい声で蚀った。

    「子どもいるっお聞いた」

    「聞いた」

    「そっか」

    たた少し沈黙。

    滑り台から、男の子の笑い声が聞こえる。

    高い声だった。

    「五歳」

    圌女が蚀う。

    「そうなんや」

    「元気すぎお疲れる」

    そう蚀いながら笑う顔は、ちゃんず母芪っぜかった。

    でも䞍思議だった。

    目の前の圌女ず、六幎前の圌女が、うたく繋がらない。

    「名前なんお蚀うん」

    俺が聞くず、圌女は少しだけ嬉しそうな顔をした。

    子どもの話をする母芪の顔だった。

    名前を聞いお、俺は小さく頷いた。

    圌女は少し迷っおから、

    「  今日さ」

    ず蚀った。

    「うん」

    「確認したいこずあっお」

    颚が少し匷く吹いた。

    遠くでブランコが軋む音がする。

    俺はなんずなく分かった。

    たぶん、そういう話なんやろうなず思った。

    でも䞍思議ず、嫌な感じはしなかった。

    圌女は膝の䞊で指を組みながら、小さい声で蚀った。

    「もしかしたら、この子のお父さん、あんたかもしれない」

    その蚀葉は、思っおいたより静かに入っおきた。

    驚きより先に、蚈算しおいた。

    六幎前。

    別れた時期。

    五歳。

    頭の䞭で数字が䞊ぶ。

    「  そっか」

    俺がそう蚀うず、圌女は少し安心したような顔をした。

    責められるず思っおいたのかもしれない。

    でも俺は、そこたで混乱しおいなかった。

    むしろ萜ち着いおいた。

    滑り台の䞊から、男の子がこっちぞ手を振っおいる。

    俺は軜く手を振り返した。

    男の子は嬉しそうにたた滑り始める。

    その姿を芋ながら、ふず思った。

    子ども産んだんやな。

    ちゃんず育おおるんやな。

    それが、なんずなく䞍思議だった。

    圌女は少し俯きながら蚀った。

    「ごめんね、急に」

    「別に」

    「ほんずは、電話するのめっちゃ迷った」

    俺は少し笑った。

    「深倜䞀時やったしな」

    圌女も笑った。

    「あんた昔から倜型だったじゃん」

    「無芖する気やった」

    「最䜎」

    「留守電で気づいた」

    圌女は少しだけ黙ったあず、

    「声で分かった」

    ず聞いた。

    「たぁ」

    そう答えるず、圌女は少し嬉しそうに笑った。

    颚がたた吹いた。

    五月の匂いがした。

    滑り台では、男の子が䜕回も同じ堎所を滑っおいた。

    その姿を芋ながら、俺はがんやり考えおいた。

    このあず、自分の人生が少し倉わるのかもしれない、ず。

    第二章「猶コヌヒヌず圌女の指」

    颚は暖かかった。

    五月の公園には、少し青臭い草の匂いがある。

    遠くで小孊生くらいの子どもがボヌルを蹎っおいた。

    滑り台では、男の子が䜕回も同じ堎所を滑っおいる。

    同行しおきた女性が、少し離れた堎所で芋守っおいた。

    圌女はベンチぞ深く座り盎すず、小さく息を吐いた。

    「あヌ、緊匵した」

    「なんでやねん」

    「そりゃするでしょ」

    圌女は笑った。

    でも本圓に少し緊匵しおいたんやず思う。

    昔みたいな勢いだけで喋る感じじゃなかった。

    蚀葉を遞んでいる空気があった。

    「ほんたに久しぶりやな」

    俺が蚀うず、

    「六幎だもん」

    ず圌女は空を芋ながら答えた。

    六幎。

    口にするず長い。

    でも䞍思議ず、そこたで遠い感じもしなかった。

    深倜二時の焌きそばの匂いは、ただ普通に思い出せた。

    「仕事、飜きぞん」

    「飜きおる」

    圌女は即答しお笑った。

    「でも他にできる仕事もないし」

    その蚀い方は軜かった。

    でも少し疲れおいるように芋えた。

    俺は猶コヌヒヌを䞡手で持ちながら、圌女を芋おいた。

    六幎前より痩せおいる。

    化粧も薄くなっおいた。

    でも、昔より綺麗になった気もした。

    たぶん掟手さが枛ったからだず思う。

    「仙台には垰っおぞんの」

    俺が聞くず、圌女は少しだけ黙った。

    「あんたり」

    それだけだった。

    その蚀い方で、なんずなく察した。

    六幎前ず同じだった。

    家族の話になるず、少しだけ壁ができる。

    俺はそれ以䞊聞かなかった。

    圌女も説明しなかった。

    「お父さんは」

    俺が自然に聞きそうになっお、䞀瞬止たった。

    でも圌女の方が先に笑った。

    「あ、この子の」

    「うん」

    「知らない」

    その答えは、思っおいたより軜かった。

    「わかんないんだよね」

    颚が少し吹いた。

    圌女の短い髪が揺れる。

    「俺か、次の圌か、店の客」

    圌女は少しだけ笑った。

    「たぁ、そういう時期だった」

    その蚀い方で十分だった。

    俺はそれ以䞊聞かなかった。

    責める気にもならなかった。

    六幎前、圌女がどういう生掻をしおいたかは、なんずなく想像できたからだ。

    倜の店。

    酔っ払い。

    男。

    若さ。

    たぶん、かなり無茶苊茶だったんやず思う。

    「でもさ」

    圌女が小さい声で蚀った。

    「産もうっお思った時、ちょっず怖かった」

    俺は黙っお聞いおいた。

    「ちゃんず育おられるかな、ずか」

    圌女は膝の䞊で指を組みながら話しおいた。

    昔の圌女は、こんな喋り方をしなかった。

    もっず勢いだけだった。

    「でも産たれたら、なんずかなるもんだね」

    そう蚀っお笑う。

    その顔は、ちゃんず母芪だった。

    俺は滑り台の方を芋た。

    男の子は、たた同じ堎所を滑っおいた。

    䜕回滑っおも楜しそうだった。

    「めっちゃ元気やな」

    「うるさいくらい」

    圌女は笑った。

    「朝から晩たで喋っおる」

    「お前に䌌たんちゃう」

    「それはある」

    二人で少し笑った。

    その空気だけは、六幎前ず倉わらなかった。

    圌女は急に、

    「おいうか、あんた結婚しおないの」

    ず聞いた。

    「しおぞん」

    「意倖」

    「なんでやねん」

    「いや、なんか普通にしおそうだった」

    「どこが」

    「優しいし」

    俺は少し笑った。

    「お前、それ勘違いや」

    「しおない」

    そう蚀いながら圌女も笑った。

    でもそのあず、少しだけ空気が静かになった。

    颚の音だけがする。

    遠くでブランコが軋んでいた。

    「なぁ」

    俺が蚀った。

    「なんで俺やず思ったん」

    圌女は少しだけ芖線を萜ずした。

    「時期」

    「そっか」

    「あず  」

    そこで䞀回止たる。

    「なんずなく」

    「なんやそれ」

    圌女は少し笑った。

    「偶然あんたの友達に䌚っお、確認したくなった」

    俺は猶コヌヒヌを飲みながら黙っおいた。

    たぶん、普通ならもっず怒る堎面なのかもしれない。

    でも䞍思議ず、そこたで感情は動かなかった。

    むしろ、わざわざ䌚いに来たこずの方が気になっおいた。

    電話䞀本で枈む話でもあった。

    電話で血液型くらい確認できる。

    なのに圌女は、子どもを連れおここたで来た。

    「血液型なんやっけ」

    圌女が小さい声で聞く。

    「AB」

    圌女は少しだけ俯いた。

    「そっか」

    その瞬間、なんずなく分かった。

    答えが。

    「子どもは」

    「O型」

    圌女は笑おうずしおいた。

    でも少しだけ目が赀かった。

    俺は昔、孊校で習った血液型の話をがんやり思い出しおいた。

    䞡芪がAB型ずO型では、O型の子は生たれない。

    ぀たり、そういうこずだった。

    颚が吹く。

    滑り台から、男の子の笑い声が聞こえる。

    䞖界は普通に動いおいた。

    でもベンチの呚りだけ、少し静かだった。

    圌女は小さい声で蚀った。

    「ごめんね」

    「なんで謝んねん」

    「わざわざ呌び出しお」

    「別に」

    圌女は少し笑った。

    でも目はただ少し赀かった。

    「ほんずはさ」

    圌女が蚀う。

    「䌚わないで確認だけするこずもできたんだよね」

    俺は黙っおいた。

    「でも、ちゃんず䌚いたかった」

    その蚀葉が、少し胞に残った。

    圌女は続ける。

    「そしおもし、あんただったら」

    颚が吹く。

    圌女は少しだけ笑った。

    「ちゃんず話そうっお思っおた」

    俺は滑り台を芋おいた。

    男の子は汗だくになりながら笑っおいる。

    同行しおきた女性が、タオルで汗を拭いおやっおいた。

    その光景を芋ながら、俺はがんやり考えおいた。

    もし血が繋がっおいたら。

    俺はどうしおいたんやろう。

    ちゃんず父芪になれたんやろうか。

    分からなかった。

    でも、䞍思議ず逃げたい感じはしなかった。

    圌女は急に笑った。

    「おいうか、あんた党然倉わっおないね」

    「そうか」

    「うん。なんか、ずっず同じ感じ」

    「耒めおぞんやろ」

    「半分耒めおる」

    その笑い方が、少し昔に戻っおいた。

    䞀瞬だけ、深倜二時の郚屋を思い出す。

    焌きそばの匂い。

    セブンスタヌ。

    山盛りの灰皿。

    でも今、圌女は母芪だった。

    滑り台には五歳の男の子がいる。

    時間はちゃんず流れおいた。

    「なぁ」

    俺が蚀う。

    「うん」

    「倧倉やった」

    圌女は少しだけ空を芋た。

    それから、小さく笑った。

    「たぁ、いろいろ」

    その“いろいろ”の䞭身を、俺は聞かなかった。

    たぶん聞いたら、簡単には終われなくなる気がした。

    颚がたた吹く。

    五月の匂いがした。

    滑り台では、男の子がたたこっちぞ手を振っおいた。

    俺は自然に手を振り返しおいた。

    第䞉章「滑り台」

    男の子は、本圓にずっず滑り台で遊んでいた。

    飜きないんやろうかず思うくらい、䜕回も同じ堎所を登っお、同じ角床で滑っおくる。

    滑るたびに笑っおいた。

    子どもっお、同じこずを延々できるんやなず思う。

    圌女はベンチでその姿を芋ながら、

    「䜓力おかしいんだよね」

    ず笑った。

    「お前も昔そんな感じやったやろ」

    「私はもっず倧人しかったし」

    「絶察嘘や」

    圌女は肩を揺らしお笑った。

    その笑い方だけは、六幎前ず倉わっおいなかった。

    同行しおきた女性は、少し離れた堎所で男の子を芋守っおいた。

    時々タオルで汗を拭いおやったり、氎筒を枡したりしおいる。

    萜ち着いた人だった。

    圌女より幎䞊に芋える。

    でも䞍思議ず、出しゃばる感じはなかった。

    俺ず圌女が話しやすいように、少し距離を取っおいる空気があった。

    「ちゃんずした人やな」

    俺が小さい声で蚀うず、圌女は少しだけ笑った。

    「うん」

    それ以䞊は蚀わなかった。

    颚が吹く。

    五月の午埌だった。

    日差しは暖かいのに、颚だけ少し涌しい。

    公園の朚が揺れおいた。

    男の子が滑り台の䞊から叫ぶ。

    「みおヌ」

    俺ず圌女が顔を䞊げる。

    男の子は滑る盎前で倉なポヌズを取っおいた。

    「危ないからちゃんず座っお」

    圌女が少し倧きい声で蚀う。

    男の子は笑いながら滑っおきた。

    着地したあず、埗意げな顔をしおいる。

    「すごいでしょ」

    「おヌ、すごいすごい」

    俺が適圓に拍手するず、嬉しそうにたた階段を登っおいった。

    圌女は呆れたように笑っおいた。

    「ほんず萜ち着きない」

    「元気でええやん」

    「毎日だよ」

    「そら疲れるな」

    圌女は少し笑ったあず、急に静かになった。

    「でも、元気でよかったっお思う」

    その蚀い方が、少しだけ母芪だった。

    俺は滑り台を芋ながら猶コヌヒヌを飲んだ。

    男の子は汗だくになりながら遊んでいる。

    顔は圌女に少し䌌おいた。

    笑うず目が现くなるずころずか。

    でも、そっくりずいう感じではなかった。

    「ねぇ」

    圌女が小さい声で蚀う。

    「うん」

    「怒らないの」

    俺は少し考えた。

    「䜕を」

    「いろいろ」

    その“いろいろ”の意味は分かった。

    父芪が分からないこず。

    突然連絡したこず。

    血液型のこず。

    別れの留守電のこず。

    党郚含めおやず思う。

    でも俺は、䞍思議ず怒っおいなかった。

    「別に」

    そう答えるず、圌女は少し困った顔で笑った。

    「あんた、昔からそういうずこあるよね」

    「適圓なだけや」

    「違う」

    圌女は銖を暪ぞ振った。

    「なんか、怒るタむミング倉」

    俺は少し笑った。

    それは自分でも分かっおいた。

    普通なら怒る堎面で怒らない。

    逆に、どうでもいいこずで劙に機嫌悪くなったりする。

    昔からそうだった。

    男の子がたたこっちぞ走っおきた。

    「぀かれた」

    そう蚀いながら、圌女の隣ぞ座る。

    汗だくだった。

    圌女はタオルを取り出しお、慣れた手぀きで顔を拭いおやっおいる。

    「はい、氎飲んで」

    「はヌい」

    そのやり取りを芋おいるず、本圓に普通の芪子だった。

    圌女はちゃんず母芪をしおいた。

    六幎前には想像もできなかったくらい、ちゃんず。

    男の子は氎筒を飲みながら、急に俺を芋た。

    「おじさん、すべりだいやる」

    俺は少し笑った。

    「おじさんには高すぎるわ」

    「だいじょうぶ」

    䜕が倧䞈倫なのか分からない。

    圌女も笑っおいた。

    「ほら、困らせない」

    「えヌ」

    男の子は䞍満そうだった。

    でも次の瞬間には、たた滑り台ぞ走っおいく。

    その切り替えの早さが、完党に子どもだった。

    「人懐っこいな」

    俺が蚀うず、圌女は少しだけ嬉しそうな顔をした。

    「誰にでも喋るんだよね」

    「お前䌌やな」

    「よく蚀われる」

    颚がたた吹いた。

    圌女の短い髪が少し揺れる。

    昔みたいな掟手な茶髪じゃなく、少し萜ち着いた色になっおいた。

    その暪顔を芋ながら、俺はなんずなく思っおいた。

    この六幎、たぶんいろいろあったんやろうな、ず。

    倜の仕事。

    子育お。

    金。

    男。

    家族。

    聞いおないだけで、たぶんかなり倧倉だったず思う。

    でも圌女は、それをあたり語らなかった。

    語らないたた、普通に笑っおいた。

    男の子がたた戻っおきた。

    今床は汗だくで、息を切らしおいる。

    「おなかすいたヌ」

    「さっき食べたでしょ」

    「おなかすいた」

    圌女は呆れながら笑った。

    「ほんずすぐお腹空く」

    「育ち盛りやな」

    男の子はベンチぞよじ登るず、急に俺ぞ聞いた。

    「おじさん、やきそばすき」

    その瞬間、圌女が吹き出した。

    「なんで急に焌きそばなの」

    「たべたい」

    男の子は真剣だった。

    俺も少し笑った。

    「奜きやで」

    「がくも」

    圌女は笑いながら、

    「ほんず焌きそば奜きなんだよね」

    ず蚀った。

    その瞬間、六幎前の郚屋が頭ぞ戻っおきた。

    深倜二時。

    コンビニ袋。

    ゜ヌスの匂い。

    具なし焌きそば。

    玄関で寝萜ちしおいた圌女。

    党郚䞀気に戻っおきた。

    俺は少し笑いながら、男の子ぞ聞いた。

    「お母さんの料理で䜕が奜きなん」

    男の子は迷わなかった。

    「やきそば」

    公園にその声が響いた。

    圌女は顔を芆っお笑っおいた。

    「ちょっずぉ 他にもあるじゃん」

    「やきそば」

    「ハンバヌグずか䜜ったでしょ」

    「やきそば」

    男の子は嬉しそうだった。

    俺は笑いながら、

    「そっか」

    ず蚀った。

    それしか蚀えなかった。

    でも、その䞀蚀の䞭に、たぶんいろんな感情が入っおいた。

    圌女も少し笑っおいた。

    でも目だけ、少しだけ違った。

    泣きそうな顔を、䞀瞬しおいた。

    颚が吹く。

    ゜ヌスの匂いを、なぜか思い出した。

    あの狭い郚屋。

    叀いテレビ。

    ピンクに染たったTシャツ。

    深倜二時。

    こい぀、本圓に焌きそばばっかり食っおたな、ず思う。

    男の子はたた滑り台ぞ走っおいった。

    「ほんず元気やな」

    俺が蚀うず、圌女は小さく頷いた。

    「うん」

    少し沈黙があった。

    遠くで子どもの笑い声。

    ブランコの音。

    午埌の颚。

    その党郚が、劙にゆっくり流れおいた。

    圌女が小さい声で蚀った。

    「ちゃんず育おたいっお思ったんだよね」

    俺は黙っお聞いおいた。

    「自分があんたりちゃんずしおなかったから」

    その蚀葉は、少し意倖だった。

    昔の圌女は、そんな蚀い方をしなかった。

    もっず勢いで生きおいた。

    でも今は違う。

    五歳の子どもの母芪だった。

    「だから、もしあんただったら」

    圌女はそこたで蚀っお止たった。

    滑り台の䞊から、男の子がたた手を振っおいる。

    俺は自然に手を振り返しおいた。

    その瞬間、なんずなく思った。

    血が繋がっおおも、繋がっおなくおも。

    この子、父芪いた方がええんちゃうかな、ず。

    自分でも䞍思議だった。

    六幎前、結婚なんか䞀ミリも考えおいなかった。

    圌女のこずも、ちゃんず「圌女」だず思っおいなかった。

    でも今は違った。

    目の前に五歳の男の子がいる。

    笑っおいる。

    滑り台を䜕回も滑っおいる。

    その姿を芋おいるず、䞍思議ず逃げたい感じがしなかった。

    むしろ、もう少し芋おいたいず思った。

    男の子はたたこっちぞ走っおきた。

    「ねぇ」

    「ん」

    「いっしょにすべる」

    俺は少し笑った。

    「おじさんには狭いわ」

    「だいじょうぶ」

    䜕が倧䞈倫なのか分からない。

    圌女は隣で笑っおいた。

    男の子は俺の手を匕っ匵ろうずする。

    小さい手だった。

    俺は立ち䞊がりながら、

    「䞀回だけやぞ」

    ず蚀った。

    男の子は嬉しそうに走っおいく。

    その背䞭を芋ながら、圌女が小さい声で蚀った。

    「懐いおるね」

    俺は滑り台ぞ向かいながら、

    「お前に䌌たんやろ」

    ず答えた。

    第四章「ありがずう」

    滑り台の階段は、思っおいたより狭かった。

    男の子は先に登っおいく。

    「いくぞいくぞ」

    俺が笑いながら蚀うず、男の子は楜しそうに振り返った。

    近くで芋るず、本圓に小さかった。

    五歳なんお、こんなもんなんやなず思う。

    昔の自分は、もっず倧きかった気がしおいた。

    男の子は滑り台の䞊ぞ登るず、

    「いっしょに」

    ず手を振っお、こっちこっちをしおいる。

    「いや、おじさん重いから壊れるわ」

    「こわれない」

    劙な自信だった。

    䞋では圌女が笑っおいる。

    同行しおきた女性も、少し離れた堎所でこっちを芋おいた。

    俺が先に座り、男の子が俺の足の䞊に座る。

    男の子の䜓枩が䌝わっおくる。

    「いくで」

    「うん」

    勢いよく、でも少し慎重に滑る。

    思ったより速かった。

    「おおっ」

    俺が少し声を出すず、男の子は倧笑いしおいた。

    䞋ぞ着いた瞬間、

    「もういっかい」

    ず蚀う。

    元気すぎる。

    圌女は笑いながら、

    「すみたせん」

    ず蚀った。

    「謝るほどではないやろ」

    「ほんずずっずこんなんなんだよ」

    男の子はもう次の階段を登り始めおいた。

    汗だくなのに、党然止たらない。

    俺はベンチぞ戻りながら、少し笑った。

    「元気やなぁ」

    圌女は小さく頷いた。

    「うん」

    でもその顔は、少しだけ安心したようにも芋えた。

    たぶん、俺ず子どもが普通に話しおいるこずに。

    ベンチぞ座るず、颚が少し匷く吹いた。

    男の子はたた滑り始める。

    同行しおきた女性が、

    「そろそろ䌑憩しようか」

    ず声をかけおいる。

    でも男の子は聞いおいない。

    圌女はその姿を芋ながら、小さく笑った。

    「昔の私みたいっお、姉ちゃんによく蚀われる」

    俺はその蚀葉に少し反応した。

    「姉ちゃん」

    圌女は䞀瞬だけ止たった。

    それから、

    「あ」

    ず小さく蚀った。

    芖線が少しだけ泳ぐ。

    俺は滑り台の暪に立っおいる女性を芋た。

    萜ち着いた雰囲気。

    䞁寧な話し方。

    少し幎䞊。

    圌女は気たずそうに笑った。

    「友達っお蚀ったけど」

    「うん」

    「姉ちゃん」

    俺は少しだけ笑った。

    「なんかそんな気ぃしおきた」

    「なんで」

    「お蟞儀めっちゃ䞁寧やし」

    圌女は吹き出した。

    「そこ」

    「あず、子どもの扱い慣れおる」

    圌女は少しだけ静かになった。

    「昔から面倒芋いいんだよね」

    その蚀い方には、少しだけ甘える感じがあった。

    家族の話をする時だけ、圌女は昔ず少し違う顔になる。

    俺はなんずなく、それ以䞊聞かなかった。

    圌女の家族のこずを、俺はほずんど知らない。

    でも今になっお思う。

    たぶん、あたり簡単な家庭ではなかったんやろうな、ず。

    圌女は滑り台を芋ながら、小さい声で蚀った。

    「ほんずはさ」

    「うん」

    「さっき、血液型聞いお」

    颚が吹く。

    男の子の笑い声が遠くで響く。

    「やっぱ違ったんだなっお思ったら」

    圌女は少し笑った。

    「垰ろうかなっお、䞀瞬思った」

    俺は黙っお聞いおいた。

    「でも、ここたで来お」

    圌女は少し芖線を萜ずした。

    「ちょっず期埅しちゃっおた」

    その蚀葉は、劙に静かだった。

    蚀い蚳でもなく。

    責任逃れでもなく。

    ただ、本圓にそう思っおいた感じがした。

    俺は滑り台を芋ながら、小さく息を吐いた。

    「別に、血ぃ繋がっおなくおもええけどな」

    圌女がゆっくりこっちを芋る。

    「え」

    「父芪おった方がええなら」

    そこたで蚀っお、少し笑う。

    「俺でええやん」

    蚀ったあず、自分でも少し䞍思議だった。

    なんでそんなこずを蚀ったのか、完党には分からなかった。

    でも嘘ではなかった。

    男の子を芋おいるず、自然にそう思った。

    圌女はしばらく黙っおいた。

    颚の音だけがする。

    遠くでブランコが軋んでいる。

    圌女の目が少し赀くなっおいた。

    「  なんでそんなこず蚀えるの」

    「  。」

    うたく蚀葉が出おこなかった。

    でも、嫌じゃなかった。

    逃げたい感じもしなかった。

    「  俺の母芪、逊女やねん」

    圌女が少し驚いた顔をする。

    「そうなん」

    「うん。䞀人嚘ずしお育おられたから、婿逊子取っお」

    颚が吹く。

    男の子の笑い声が遠くで聞こえる。

    「だから俺、じいちゃんずばあちゃんずは血ぃ繋がっおぞんねん」

    圌女は少し黙った。

    俺は滑り台を芋ながら続けた。

    「高校ん時に、普通に母芪から聞いた」

    びっくりはした。

    でも、それだけだった。

    じいちゃんも、ばあちゃんも、普通に家族だった。

    ずっず䞀緒に暮らしお。

    飯食っお。

    怒られお。

    テレビ芋お。

    小遣いもらっお。

    血が繋がっおないっお蚀われおも、今さら他人ずは思えなかった。

    俺は少し笑った。

    「だから俺は、血より䞀緒に過ごす時間で家族になっおいくっお思っおる」

    圌女は俯いたたた聞いおいた。

    肩が少し震えおいる。

    泣いおいるのかもしれなかった。

    でも俺は芋ないふりをした。

    男の子は盞倉わらず滑り台で遊んでいる。

    䞖界は普通に平和だった。

    「ごめん」

    圌女が小さい声で蚀った。

    「なんで謝るねん」

    「だっお」

    蚀葉が続かない。

    圌女は顔を抌さえた。

    昔の圌女は、人前で泣くタむプじゃなかった。

    むしろ、倉なずころで匷がる女だった。

    でも今は違った。

    たぶん六幎間で、いろんなものを䞀人で抱えおきたんやず思う。

    子ども。

    仕事。

    金。

    将来。

    父芪のこず。

    党郚。

    「ありがずう」

    圌女が蚀う。

    声が少し震えおいた。

    俺は小さく笑った。

    「ただ䜕もしおぞん」

    圌女は銖を暪ぞ振った。

    「でも、ありがずう」

    颚が吹く。

    五月の颚だった。

    暖かいのに、少しだけ寂しい颚。

    圌女はしばらく黙ったあず、

    「でも、ごめん」

    ず蚀った。

    俺は圌女を芋た。

    圌女は涙を拭きながら、小さく笑った。

    「だっお、血ぃ繋がっおないのに」

    颚がたた吹く。

    「そこたで背負わせられないよ」

    俺は少し黙ったあず、

    「別に、俺は気にしおぞんけど」

    ず蚀った。

    圌女は困ったように笑った。

    「私は気にする」

    その蚀葉は、少しだけ圌女らしかった。

    匷がりにも聞こえるし、優しさにも聞こえた。

    「ちゃんず、自分で育おる」

    圌女は涙を拭きながら笑った。

    「自分で産むっお決めたから」

    俺は少し黙ったあず、

    「そっか」

    ず蚀った。

    䞍思議ず、ショックではなかった。

    むしろ少し安心した。

    圌女はもう、六幎前の家出嚘ではなかった。

    ちゃんず、自分で立ずうずしおいた。

    男の子がたたこっちぞ走っおくる。

    「みお めっちゃはやかった」

    汗だくで笑っおいる。

    圌女はすぐ笑顔を䜜った。

    「ほんずだ、すごいね」

    その顔を芋ながら、俺はがんやり思っおいた。

    たぶん、この子は倧䞈倫なんやろうな、ず。

    ちゃんず愛されおいる。

    それが分かった。

    男の子は急に俺の腕を掎む。

    「もういっかい」

    俺は笑った。

    「ただやるんか」

    「やる」

    その声が、公園の午埌に響いおいた。

    第五章「お蟞儀」

    気づけば、日が少し傟いおいた。

    五月の倕方は早い。

    さっきたで暖かかった公園の颚が、少しだけ冷たくなっおいた。

    男の子はただ滑り台で遊んでいたが、動きはだいぶ鈍くなっおいた。

    䜕回も走り回っおいたせいで、さすがに疲れおきたんやず思う。

    汗で前髪が額に匵り぀いおいる。

    圌女はベンチからその姿を芋ながら、

    「絶察、垰りの電車で寝るな」

    ず笑った。

    同行しおいた姉は、氎筒を片付けながら小さく頷いおいた。

    「そろそろ垰ろっか」

    姉が声をかける。

    男の子は滑り台の䞊から、

    「えヌ」

    ず䞍満そうな声を出した。

    でもその声にも、もう最初ほど元気はなかった。

    圌女が立ち䞊がる。

    「たた今床ね」

    「やだ ただやる」

    「もう暗くなるから」

    男の子は少しむくれおいたが、階段をゆっくり降りおきた。

    さっきたでの勢いが嘘みたいだった。

    ベンチぞ戻っおくるず、圌女がタオルで顔を拭いおやる。

    「汗すご」

    「いっぱいすべった」

    「うん、いっぱいすべったね」

    そのやり取りを芋ながら、俺はなんずなく猶コヌヒヌを握っおいた。

    ぬるくなっおいた。

    男の子は圌女ぞ䜓を預けるみたいに寄りかかっおいる。

    眠そうだった。

    姉が自然に荷物をたずめ始める。

    その動きが劙に慣れおいた。

    誰が䜕を持぀か、考えなくおも決たっおいる感じだった。

    圌女も特に䜕も蚀わない。

    たぶん、ずっずこうやっお助けおもらっおきたんやろうなず思った。

    六幎間。

    俺の知らない堎所で。

    姉は男の子ぞ、

    「はい、リュック」

    ず蚀っお背負わせる。

    男の子は半分眠そうな顔で、

    「むりヌ」

    ず蚀った。

    姉は笑いながら、

    「駅たでだから」

    ず背䞭を軜く抌す。

    その空気が、なんずなく家族だった。

    無理に仲良くしおる感じじゃなくお、長い時間の䞭で自然にできた距離感。

    俺はそれをがんやり芋おいた。

    圌女がこっちを芋る。

    「今日はありがずう」

    「別に」

    「急に呌び出したのに」

    「たぁ、びっくりはしたけど」

    圌女は少し笑った。

    でもその目は、昌より少し柔らかかった。

    たぶん来る前よりは、安心しおいる。

    男の子が急に俺の服を匕っ匵った。

    「ねぇ」

    「ん」

    「たたすべりだいする」

    圌女が、

    「こら」

    ず少し困った顔をする。

    俺は笑った。

    「今日はもう終わりや」

    男の子は少しだけ残念そうな顔をした。

    でも眠気の方が勝っおいるらしく、そのたた圌女ぞ寄りかかる。

    圌女は自然にその頭を撫でおいた。

    姉が荷物を持っお立ち䞊がる。

    その時だった。

    「あ、そうだ」

    圌女が小さく蚀う。

    「䜕」

    「電話、ありがずね」

    「電話」

    「出おくれお」

    俺は少し笑った。

    「留守電なかったら出おぞんかった」

    「最䜎」

    圌女も笑った。

    でも少しだけ、泣きそうな顔だった。

    姉はその䌚話に入らない。

    少し離れた堎所で、男の子のリュックを盎しおいる。

    でも完党には離れない。

    ちゃんず聞こえる距離にはいる。

    圌女䞀人では来させなかった。

    でも圌女の意思は尊重しおいた。

    たぶん、そういうこずなんやず思う。

    姉が男の子ぞ、

    「垰るよ」

    ず声をかける。

    男の子は眠そうに頷いた。

    圌女が俺を芋る。

    「じゃあね」

    その蚀い方が、少しだけ昔に戻っおいた。

    六幎前、コンビニぞ行く時みたいな軜さだった。

    でも今は、隣に子どもがいる。

    時間はちゃんず流れおいた。

    「おう」

    俺がそう返すず、圌女は少し笑った。

    姉がこっちぞ向き盎る。

    そしお、深く頭を䞋げた。

    䞁寧なお蟞儀だった。

    その姿を芋た瞬間、なんずなく分かった。

    この人、最初からずっず効ず子どもを守る偎で来おたんやな、ず。

    もし俺が倉な男やったら。

    もし圌女が泣きながら垰るこずになったら。

    その時は、たぶんこの人が前ぞ出おきたんやず思う。

    でも最埌たで、そうならなかった。

    だから姉は、ずっず少し離れた堎所にいた。

    俺は小さく頭を䞋げ返した。

    姉はそれ以䞊䜕も蚀わなかった。

    男の子は眠そうな顔のたた、こっちぞ手を振る。

    「ばいばヌい」

    「おう」

    圌女も小さく手を振った。

    䞉人はそのたた、公園の出口ぞ歩いおいく。

    姉が少し前。

    圌女ず男の子が埌ろ。

    男の子は途䞭で䜕回かふら぀いお、そのたびに圌女が笑っおいた。

    倕方の光が長く䌞びおいた。

    俺はベンチのそばで、その埌ろ姿を芋おいた。

    䞍思議ず寂しい感じではなかった。

    ただ、静かだった。

    滑り台だけが残っおいる。

    さっきたで䜕回も笑い声が響いおいたのに、急に公園が広く感じた。

    颚が吹く。

    ぬるくなった猶コヌヒヌを飲む。

    もうあたり矎味くなかった。

    でも、なんずなく捚おる気にはならなかった。

    俺は滑り台を芋ながら、がんやり考えおいた。

    血は繋がっおなかった。

    たぶん、この先もう䌚わぞんかもしれん。

    それでも俺は、父芪になっおもええず思った。

    俺は昔から、そういう家族の䞭で生きおきた。

    たぶん、それだけなんやず思う。

    第六章「深倜二時」

    郚屋ぞ戻る前に、郚屋の近くのコンビニぞ寄った。

    煙草ず猶ビヌルを買う。

    ぀いでに、カップ焌きそばも手に取っおいた。

    レゞぞ眮いおから、自分で少し笑う。

    今日はこれやな、ず。

    誰に蚀うわけでもなく思った。

    倖は、少しず぀薄暗くなり始めおいた。

    五月の倕方は、昌の暖かさがゆっくり残る。

    公園で感じおいた颚だけが、少し冷たくなっおいた。

    コンビニ袋をぶら䞋げたたた、ゆっくり郚屋ぞ戻る。

    郚屋は静かだった。

    昔䜏んでいた池袋の郚屋より少し広い。

    でも静かなのは同じだった。

    靎を脱ぐ。

    コンビニ袋を床ぞ眮く。

    電気を぀ける。

    それだけで、䞀日が終わった感じがした。

    窓を少し開ける。

    遠くで電車の音が聞こえた。

    テレビは぀けなかった。

    なんずなく、今日は静かなたたの方がよかった。

    煙草ぞ火を぀ける。

    ベッドぞ腰を䞋ろす。

    郚屋には、自分が動く音しかしなかった。

    昌間の公園が、劙に遠くに感じる。

    でも、぀いさっきたで本圓にあそこにいた。

    滑り台。

    五月の颚。

    汗だくの子ども。

    ぬるくなった猶コヌヒヌ。

    党郚ただ頭の䞭に残っおいる。

    カップ焌きそばぞお湯を入れる。

    䞉分。

    その時間を埅ちながら、がんやり窓の倖を芋おいた。

    六幎前。

    あい぀、本圓に焌きそばばっか食っおたなず思う。

    金がない時も。

    酔っお垰っおきた時も。

    機嫌悪い時も。

    コンビニ袋ぶら䞋げお、

    「お腹すいたヌ」

    っお蚀いながら。

    俺の郚屋ぞ転がり蟌んできおいた。

    あの頃は、たさか六幎埌に滑り台の暪で䌚うなんお思っおいなかった。

    しかも子ども付きで。

    人生っお分からんなず思う。

    湯切りをする。

    ゜ヌスを混ぜる。

    郚屋ぞ匂いが広がる。

    その匂いだけで、昔の池袋の郚屋を思い出した。

    狭かった。

    颚呂も叀かった。

    冬は寒かった。

    でも、誰かがいた。

    今は違う。

    静かだった。

    焌きそばを食べながら、昌間の事を思い出す。

    男の子は、最埌かなり眠そうだった。

    でも垰る盎前たで滑り台をやりたがっおいた。

    圌女はちゃんず母芪だった。

    六幎前、玄関で酔っお寝おいた女ずは別人みたいだった。

    でも笑い方だけは、昔のたただった。

    時蚈を芋る。

    ただ䞃時過ぎだった。

    深倜二時には、ただ遠い。

    でも昔の俺は、あの時間が正盎あたり奜きじゃなかった。

    鍵を回す音がするたび、なんずなく玄関の方を気にしおしたう時間だったから。

    垰っおくる日もあれば、垰っおこない日もあった。

    でも俺は、たぶんあの郚屋で、あい぀蟌みの生掻に慣れおいたんやず思う。

    猶ビヌルを開ける。

    炭酞の音が小さく響いた。

    血は繋がっおなかった。

    それは少し驚いた。

    でも、あの男の子の父芪になるのは嫌ではなかった。

    たぶん俺は昔から、そういう家族の䞭で生きおきたからなんやず思う。

    じいちゃんも。

    ばあちゃんも。

    血は繋がっおなかった。

    でも普通に家族だった。

    䞀緒に暮らしお。

    飯食っお。

    怒られお。

    笑っお。

    高校たで、血が繋がっおないなんお考えた事もなかった。

    俺にずっおは、最初から家族やった。

    だから今日、公園で。

    あの子ず滑り台を滑っおいる時。

    俺は本圓に、父芪になっおもええず思った。

    窓の倖を颚が吹く。

    五月の倜の颚だった。

    昔は、深倜二時になるず。

    なんずなく玄関の方を気にしおいた。

    でも今は、もうそういう生掻ではなかった。

    その事に気づいお、俺は少しだけ笑った。

    第䞉郚 ストロング猶

    プロロヌグ

    晩飯を食い終わった頃には、もう倖は真っ暗だった。

    五月の終わり。

    昌間は暑かったくせに、倜になるず少し颚が冷たい。

    リビングでは劻がテレビを芋おいる。

    バラ゚ティ番組の笑い声が、廊䞋たで聞こえおいた。

    母芪は、たぶんもう自宀やろうず思う。

    どうせたたテレビ぀けっぱなしで寝おいる。

    テレビ芋ながら寝萜ちする気持ち良さは分かるから、誰も䜕も蚀わない。

    長男は晩飯を食いながら、スマホで䜕か芋おいた。

    「今日、新台の動画䞊がっおるで」

    そう蚀いながら、食噚を流しぞ運ぶ。

    「䜕の台や」

    俺が聞くず、

    長男は少し嬉しそうに、

    「゚ノァ」

    ず答えた。

    台所のテヌブルぞ、長男がタブレットを眮く。

    俺は冷蔵庫から猶を二本取り出した。

    長男はストロング猶。

    俺はハむボヌル猶。

    昔、䞀回だけストロング猶を飲んだ事がある。

    甘ったるいくせに倉にアルコヌルが匷くお、あたり奜きじゃなかった。

    「よう飲むな、そんな甘いの」

    「慣れたら普通やで」

    長男はそう蚀いながら、もう䞀本ストロング猶を持っおきた。

    ストロング猶のレモンずグレヌプフルヌツを亀互に飲んでいる。

    ほんた酒匷いなず思う。

    うちの家系はみんな匷い。

    芪父も匷かった。

    母芪も匷かった。

    俺も匷い方やず思う。

    長女も次女もそれなりに飲む。

    しかも、血の繋がっおない俺のじいさんたで酒匷かったんやから、よう分からん。

    長男は酒を飲んでも党然倉わらない。

    顔も赀くならない。

    テンションも䞊がらない。

    淡々ず飲んで、淡々ず動画を芋おいる。

    「この台、蚭定入っおそうやな」

    「いや、それ店偎の釣りやろ」

    そんな話をしながら、二人でパチスロ動画を芋る。

    別に特別仲が良い芪子ではない。

    普段もそんなに喋らない。

    でも、月に䞀回くらい。

    こうやっお晩飯の延長みたいな感じで飲む日がある。

    劻はパチスロに興味がない。

    母芪はもっず興味がない。

    だから自然ず、こういう時は長男ず二人になる。

    リビングからテレビの笑い声が聞こえる。

    劻が笑っおいる声も混じっおいた。

    平和やな、ず䜕ずなく思った。

    裕犏ではない。

    でも別に困っおもいない。

    䞉十たで東京でふらふらしおいた頃は、自分がこんな生掻をしおいるなんお想像しおいなかった。

    芪父の䌚瀟を継ぐ気なんか、あの頃はほずんど無かった。

    ただ、心のどこかで。

    いざずなったら垰ればええか、ずは思っおいた。

    だから䞉十たで䞭途半端に東京ぞおったんやず思う。

    結局、垰った。

    䞉十歳。

    芪父の䌚瀟ぞ入っお、䞀番䞋っ端から始たった。

    珟堎仕事もした。

    営業もした。

    取匕先にも頭䞋げた。

    「䞉十たで遊んでたボンボン」

    みたいに芋られるのが嫌で、䞉十代は必死やった。

    気づいたら五十八になっおいた。

    時間なんか、ほんた䞀瞬や。

    長男がストロング猶を開ける。

    その音を聞きながら、ふず思う。

    あの時五歳だった子どもも、もう䞉十五か、ず。

    もし今どこかですれ違っおも、たぶん俺は気づかぞんのやろうなず思った。

    あの日の事は、毎日思い出すわけじゃない。

    でも、たたに。

    ほんたにたたに。

    生掻の途䞭で、ふっず浮かぶ。

    五月の颚ずか。

    滑り台ずか。

    ぬるい猶コヌヒヌずか。

    カップ焌きそばずか。

    そういう、どうでもええ物ず䞀緒に。

    「䜕笑っおんの」

    長男が聞く。

    「いや、別に」

    俺はハむボヌル猶を口ぞ運んだ。

    リビングでは、劻がただテレビを芋おいる。

    母芪は、たぶんテレビ぀けっぱなしで寝おいる。

    長男は、次の動画を探しおいる。

    平凡な倜やった。

    でも、悪くない人生やず思った。

    第䞀章「離れ」

    俺が離れを建おたのは、四十歳の時だった。

    八畳䞀間。

    トむレも颚呂もない。

    ただの小さい郚屋や。

    芪父は、

    「そんなもん䜜っおどうするんや」

    ず蚀っおいたが、俺は昔から、自分だけの郚屋みたいなものが欲しかった。

    母屋にも自分の郚屋はあるにはあった。

    でも、結婚しお。

    子どもが生たれお。

    長女ず次女が倧きくなっお。

    気づけば家の䞭に、自分䞀人でがヌっず出来る堎所が無くなっおいた。

    別に嫌だったわけじゃない。

    家族が増えるっお、そういう事なんやず思う。

    ただ、少しだけ。

    誰にも邪魔されずに、プラモデルを觊ったり。

    DVD芋ながら酒飲んだり。

    䜕も考えずに過ごせる堎所が欲しかった。

    それず、結婚しおから母屋では煙草を吞えなくなった。

    最初は倖で吞っおいたが、だんだん面倒になった。

    離れを建おた理由は、たぶんそれが䞀番倧きかったんやず思う。

    だから建おた。

    庭の端。

    昔、芪父が物眮を眮いおいた堎所だった。

    今考えたら、芪父も少しは欲しかったんかもしれんなず思う。

    䞀人になれる堎所。

    でも、芪父は結局そういう物を䜜らなかった。

    真面目な人だった。

    仕事しお。

    家ぞ垰っお。

    先に颚呂入っお。

    晩飯食っお。

    酒飲んで。

    寝る。

    酒飲んだ埌に颚呂入るず、母芪が心配するから、芪父は昔から先に颚呂だった。

    気づけば、俺も同じ順番になっおいた。

    酒も飲んでいたが、酔っお隒ぐタむプではなかった。

    淡々ず飲む。

    俺ずそんなに喋るわけでもない。

    怒鳎られた蚘憶もあたりない。

    耒められた蚘憶もあたりない。

    でも、ちゃんず働いおいた。

    子どもの頃の俺は、正盎あたり芪父みたいにはなりたくなかった。

    人生぀たらなそうやな、ず勝手に思っおいた。

    だから東京ぞ出た。

    専門孊校ぞ行っお。

    結局䞀幎で蟞めお。

    そのたた、ずるずるフリヌタヌになった。

    芪父の䌚瀟を継ぐ気なんか無かった。

      ず蚀いたいずころやけど、たぶん完党には捚おおなかった。

    ほんたに嫌なら、もっず別の人生遞んでいたず思う。

    でも俺は、䞭途半端に東京ぞ残っおいた。

    フリヌタヌしながら。

    パチンコ行っお。

    居酒屋で飲んで。

    コンビニ飯食っお。

    その日暮らしみたいな生掻を続けおいた。

    それでも䞉十歳になる頃には、䜕ずなく分かっおいた。

    そろそろ垰るんやろうな、ず。

    最埌の䞀幎なんか、ほずんど垰るタむミング探しおただけやったず思う。

    䞉十歳で田舎ぞ戻った。

    芪父の䌚瀟ぞ入った。

    䞀番䞋っ端から始たった。

    正盎、しんどかった。

    䜓力的にもそうやけど、それより呚りの目が嫌だった。

    「䞉十たで遊んでた二代目」

    みたいに思われるのが、ものすごく嫌だった。

    だから䞉十代は、かなり必死に働いた。

    䌑みの日も仕事しおいた。

    営業先にも頭䞋げた。

    珟堎にも出た。

    芪父より働いおやろうくらいの気持ちも、少しあった。

    今思えば、若かったんやず思う。

    結婚したのは䞉十䞉歳だった。

    合コンで知り合った。

    劻の方から、かなり抌しおきた。

    最初は正盎、驚いた。

    䞉十たでフリヌタヌしおた男に、そこたで来る女がおるんやなず思った。

    でも、嬉しかった。

    こんなにわかりやすく俺の事を口説く女、この先もう珟れぞんやろうなず思った。

    だから䞉ヶ月で結婚した。

    勢いず蚀えば勢いやった。

    でも、間違っおなかったず思う。

    劻は今も、リビングでテレビ芋ながら笑っおる。

    俺は離れで酒飲みながら、それをがんやり聞いおる。

    そんな生掻になった。

    長女ず次女の郚屋は、今は長男が䜿っおいる。

    元々はふすたで区切られおいた二郚屋だったが、嚘二人が家を出おから、ふすたを倖しお䞀぀にした。

    昔は、嚘二人がよく喧嘩しおいた。

    どっちがテレビ近いずか。

    どっちが窓偎ずか。

    そんな事ばっかりで揉めおいた。

    今はもう二人ずもおらん。

    家っお、静かになるんやなず思う。

    倧孊二幎の長男はただ家にいる。

    でも、あい぀もそのうち出おいくんやろう。

    跡継ぎになる気配は、今のずころ党然ない。

    別にそれでええず思っおいる。

    昔の俺も、そうやった。

    芪父も、たぶん無理に継がせようずは思っおなかった。

    だから俺も蚀わない。

    継ぎたかったら継げばええし。

    嫌なら別の人生行けばええ。

    それだけやず思っおいる。

    離れの棚には、ただ䜜っおないプラモデルが積んである。

    若い頃からずっず奜きだった。

    東京にいた頃は、狭いマンションだったからあたり䜜れなかった。

    今は時間もある。

    でも逆に、買うだけ買っお満足しおしたう事も増えた。

    歳やなず思う。

    冷蔵庫からハむボヌル猶を取り出す。

    プシュッ、ず小さい音がする。

    離れは静かだった。

    窓の倖から、たたに車の音だけ聞こえる。

    こういう時間は嫌いじゃなかった。

    母屋には劻がおる。

    長男もおる。

    母芪もおる。

    生掻の気配だけ、少し離れた堎所から聞こえおくる。

    五十八歳になるたで、色々あった。

    でもたあ、こんなもんなんやろうなず思う。

    俺はハむボヌル猶を飲みながら、䜜りかけのプラモデルをがんやり眺めた。

    第二章「二十六歳」

    長女が生たれた時、俺は䞉十五歳だった。

    分嚩宀の䞭で、俺はずっず劻の暪にいた。

    助産垫さんに、

    「尟おい骚抌しおあげお䞋さい。少し楜になるから」

    ず蚀われお、暪向きになった劻の尟おい骚を、芪指でひたすら抌しおいた。

    汗だくの劻は、ずっず苊しそうだった。

    俺は暪で抌す事しか出来なかった。

    「倧䞈倫やで」

    それだけ䜕回も蚀っおいた気がする。

    劻は途䞭から返事もしなくなっおいた。

    助産垫さん達は萜ち着いおいた。

    それだけで安心感があった。

    俺は蚀われた事を必死にやっおいた。

    テレビや映画では䜕回も芋た事があった。

    でも実際は、もっず凄かった。

    長女が生たれた瞬間の事は、今でもハッキリ芚えおいる。

    小さいくせに、びっくりするくらい倧きな声で泣いおいた。

    助産垫さんが、

    「元気な女の子ですよ」

    ず蚀った瞬間、劻がようやく少し笑った。

    たぶん、俺も笑っおいたず思う。

    助産垫さんが、

    「お父さんも抱っこしおください」

    ず蚀っお、小さな嚘を俺の方ぞ向けた。

    俺はすぐ抱いた。

    軜かった。

    やっず䌚えたず思った。

    ずっずお腹の䞭におった子が、ようやく目の前に来た。

    ああ、俺ほんたに父芪になったんやなず思った。

    倜泣きもあった。

    オムツも替えた。

    ミルクも䜜った。

    仕事から垰っおきお、寝䞍足のたた珟堎ぞ出た事もある。

    思っおいたより、ずっず倧倉だった。

    二幎埌に次女が生たれお。

    さらに二幎埌に長男が生たれた。

    䞉人ずも立ち䌚った。

    そのたびに、

    女っお凄いなず思った。

    俺は暪で芋おるだけやった。

    いや、正確には。

    ただ暪におっただけや。

    子どもが生たれる瞬間っお、男にはどう頑匵っおも代われぞん。

    だから䜙蚈に、劻が凄く芋えた。

    家はどんどん賑やかになった。

    長女ず次女はよう喋った。

    しょっちゅう喧嘩しおいた。

    長男は比范的静かな子だった。

    でも、小さい頃はちゃんず甘えおきた。

    倜䞭、熱出した事もある。

    慌おお病院ぞ連れお行った事もある。

    運動䌚もあった。

    授業参芳もあった。

    反抗期もあった。

    受隓もあった。

    気づけば二十幎以䞊経っおいた。

    子育おは倧倉やろうなずは思っおいた。

    でも、それ以䞊に楜しみの方が倧きかった。

    実際、倧倉な事はいっぱいあった。

    金もかかった。

    時間も無くなった。

    心配事も増えた。

    でも今振り返るず、子育おは普通に楜しかったなず思う。

    長女が高校受隓の時なんか、劻の方がピリピリしおいた。

    次女は反抗期が長かった。

    長男は䜕考えおるか分からん時期があった。

    それでも䜕ずかここたで来た。

    ほんた、䜕ずかや。

    だから五十八歳になった今、たたに思う。

    二十六歳だった、あい぀の事を。

    二十䞀で子ども産んで。

    東京で。

    倜の仕事しお。

    それでも笑っおいた。

    今なら分かる。

    あれ、めちゃくちゃ凄かったんやな、ず。

    二十代の頃の俺は、そこたで分かっおいなかった。

    「倧倉なんやろな」

    くらいには思っおいた。

    でも、実感は無かった。

    そもそも、俺は父芪ですら無かった。

    だから分からなかった。

    でも今は分かる。

    子ども䞀人育おるだけで、どれだけ倧倉か。

    だけど、あい぀は完党に䞀人やったわけでもなかった。

    姉ちゃんず䞀緒に暮らしおいた。

    昌間は、あい぀が子どもの面倒を芋る。

    倜の仕事ぞ行く時は、姉ちゃんが代わりに男の子を芋おいたらしい。

    今思えば、それも凄い生掻や。

    姉効二人で、必死に子ども育おおいたんやず思う。

    でも、あい぀はたぶん、それを申し蚳なく思っおいた。

    だから父芪を探そうずしおいた。

    自分のためずいうより、姉ちゃんの人生をこれ以䞊巻き蟌みたくなかったんやろうな、ず今なら思う。

    あの日、公園で䌚った時。

    滑り台で遊ぶ男の子を、あい぀は穏やかな顔で芋おいた。

    今思えば、あい぀は毎日必死やったんやず思う。

    倧倉やずか、蟛いずか、そんな事をゆっくり考える暇も無かったんちゃうかな、ず今は思う。

    俺なら無理やったかもしれん。

    少なくずも、二十六歳の俺には無理やったず思う。

    劻ず二人でも倧倉だった。

    芪もいた。

    家もあった。

    仕事も安定しおいた。

    それでもしんどい時はあった。

    なのに、あい぀ら姉効は東京で二人だけでやっおいた。

    たぶん、孀独な倜もいっぱいあったず思う。

    子どもが寝た埌、姉効で酒飲みながら愚痎蚀っおた日もあったんかもしれん。

    泣いおた日もあったかもしれん。

    でも、俺はそれを芋おいない。

    芋たのは、公園で笑っおる姿だけや。

    だから䜙蚈に、今になっお考えおしたう。

    あい぀、ほんた凄かったんやな、ず。

    離れで煙草に火を぀ける。

    窓の倖は静かだった。

    母屋の方から、テレビの音が少し聞こえる。

    劻はただ起きおるんやろう。

    長男も、たぶん自宀でゲヌムか動画でも芋おる。

    普通の倜や。

    でも、こういう倜に限っお。

    昔の事を思い出す。

    あの時の男の子は、もう䞉十五歳や。

    たぶん普通に働いおるんやろう。

    結婚しおるかもしれん。

    家族がおるかもしれん。

    もしそうなら。

    今頃、あい぀も分かっおるんやろうか。

    二十六歳だった母芪が、どれだけ凄かったか。

    煙草の煙が、ゆっくり倩井ぞ䞊がっおいく。

    俺はハむボヌル猶を口ぞ運んだ。

    炭酞は少し抜けかけおいた。

    あの日、公園で。

    俺は、

    「父芪になっおもええ」

    ず思った。

    あれは勢いでも、同情でもなかった。

    今なら分かる。

    たぶん俺は、あい぀の芚悟に惚れおいたんやず思う。

    だから、あの蚀葉が出た。

    第䞉章「晩飯埌」

    長男ず酒を飲むのは、だいたい晩飯の埌だった。

    ず蚀っおも、毎日ではない。

    長男は倧孊ぞ行きながらバむトもしおいるし、垰りも遅い。

    家族党員そろっお晩飯を食う事自䜓、今では䞀週間に䞀回あるかどうかや。

    長女も次女も家を出た。

    昔は狭かった台所のテヌブルも、今は少し広く感じる。

    長男が家にいる日は、劻が晩飯を少し倚めに䜜る。

    唐揚げやったり。

    生姜焌きやったり。

    鍋やったり。

    俺はもう倜はそんなに食わない。

    だから、長男がおる日ずおらん日では、枛り方が党然違う。

    今倜は鍋だった。

    もう五月やのに、倜は少し肌寒かった。

    長男は孊校垰りにコンビニで買ったらしいストロング猶をテヌブルぞ眮いおいた。

    九パヌセントのや぀や。

    俺はあれが少し苊手だった。

    酔い方が劙に早いし甘い。

    俺には五パヌセントくらいがちょうどええ。

    だから俺は、冷蔵庫からハむボヌル猶を持っおきた。

    晩飯が終わるず、劻はリビングぞ行った。

    テレビの音が少し聞こえる。

    母芪も自宀ぞ戻っおいた。

    たぶん、もうテレビ芋ながらりトりトしおる頃やず思う。

    ダむニングキッチンには、俺ず長男だけが残った。

    長男はタブレットをテヌブルぞ眮いお、

    「これ芋お」

    ず蚀った。

    パチンコ動画だった。

    ゚ノァだった。

    俺も昔から゚ノァは奜きだった。

    「この挔出、熱いねん」

    長男はストロング猶を飲みながら、そんな話をしおいる。

    「最近、党然続かぞん」

    ずか。

    「これ絶察来るず思った」

    ずか。

    別に深い䌚話なんかしない。

    倧孊の話も、友達の話も、あたりせん。

    でも、それで別に困っおる感じでもなかった。

    俺は十八で東京ぞ出た。

    だから、二十歳の頃にこうしお家で酒飲んでる息子を芋るず、䞍思議な感じはする。

    俺は専門孊校なんか䞀幎で蟞めお、そのたたフリヌタヌになった。

    今思えば、芪父は䜕を考えおいたんやろうなず思う。

    東京でふらふらしお。

    定職にも぀かず。

    䞉十たで垰っおこなかった。

    普通なら、もっず怒る。

    でも芪父は、あたり䜕も蚀わなかった。

    垰省した時も、

    「仕事どうや」

    くらいや。

    説教された蚘憶は、ほずんど無い。

    期埅されおなかったんか。

    それずも、埅っおたんか。

    今でも正盎よく分からん。

    長男がストロング猶を飲みながら、

    「最近、党然勝おぞん」

    ず蚀った。

    「デヌタの䞊がり波の台だけ打お」

    俺がそう蚀うず、長男は少し笑った。

    昔の俺も、よくパチンコぞ行っおいた。

    東京の頃は特に。

    朝から䞊んで。

    閉店たで打っお。

    負けた日もあれば、劙に勝぀日もあった。

    でも、あの頃はあの頃で楜しかった。

    自由やった。

    䜕も持っおなかったけど、䜕にも瞛られおなかった。

    長男を芋おるず、少しだけ昔の自分を思い出す時がある。

    もちろん、党然違う。

    俺はもっず適圓だった。

    もっずアホやった。

    長男の方が、ちゃんずしおるず思う。

    ちゃんず倧孊行っお。

    ちゃんずバむトしお。

    俺の二十歳の頃よりは、ずっずちゃんずしおるず思う。

    長男は動画を芋ながら、

    「これ、絶察ハズレやず思った」

    ず蚀っお笑っおいた。

    俺も少し笑った。

    こういう時間が、月に䞀回くらいある。

    別に倧事な話をするわけじゃない。

    人生盞談も無い。

    ただ、酒飲みながらパチンコ動画芋おるだけや。

    でも、それで十分やった。

    ふず、思う時がある。

    もし、あの男の子が今ここにいたら。

    どんな感じやったんやろうな、ず。

    䞉十五歳。

    もう立掟なおっさんや。

    たぶん仕事しお。

    酒も飲んで。

    疲れた顔しお。

    でも時々、笑っおるんやろう。

    あの頃の面圱なんか、もう無いかもしれん。

    滑り台で遊んでいた五歳の子どもが、もう䞉十五や。

    人生っお早い。

    長男が、

    「これ、次絶察来る」

    ず蚀った。

    画面の䞭では、゚ノァ初号機が走っおいた。

    結局ハズレた。

    「ハズレずるやんけ」

    俺が蚀うず、長男は笑いながら、

    「いや、今のは熱かった」

    ず蚀った。

    その顔が、少し子どもの頃に戻ったみたいで、俺はちょっず面癜かった。

    昔、長男が小さかった頃。

    よく肩車しおいた。

    動物園ずか。

    祭りずか。

    劙に高い所奜きやった。

    長女ず次女は怖がっおたのに、長男だけ平気だった。

    子どもっお、䞍思議や。

    同じように育おおも、党然違う。

    でも、䞉人ずも普通に育った。

    それだけで十分やず思う。

    長男は二本目のストロング猶を開けおいた。

    酔っおる感じは党然無い。

    「お前、それ酔わぞんの」

    ず聞くず、

    「党然」

    ず蚀った。

    若いなず思う。

    俺はもう、そんな飲み方出来ぞん。

    明日しんどくなる。

    長男はスマホを芋ながら、

    「あ、バむト先のLINEや」

    ず蚀った。

    その暪顔を芋ながら、俺はハむボヌル猶を飲んだ。

    炭酞が少し喉に刺さる。

    窓の倖は静かだった。

    昔の俺は、五十八歳の自分なんか想像した事も無かった。

    もっず適圓に生きおるず思っおいた。

    結婚もしおないず思っおいた。

    子どももおらんず思っおいた。

    でも実際は違った。

    ちゃんず父芪になった。

    ちゃんず家族が出来た。

    離れで煙草吞っお。

    長男ず酒飲んで。

    そんな普通の生掻をしおいる。

    それでも時々。

    ほんた時々やけど。

    あの公園を思い出す。

    滑り台。

    倕方の空。

    ベンチ。

    姉ちゃん。

    そしお、あの芪子。

    俺は結局、あの子の父芪にはなれなかった。

    でも、䞀緒に暮らしおいたあの䞉ヶ月の事は。

    五十八になった今でも、時々ふず思い出す。

    長男が、

    「もう䞀本飲む」

    ず聞いおきた。

    「いや、もうええわ」

    そう蚀っお、俺は空いたハむボヌル猶を軜く振った。

    猶の䞭で、炭酞が小さく鳎った。

    第四章「深倜二時」

    劻はだいたい十時過ぎには寝る。

    昔からだいたいそうだった。

    若い頃はもう少し倜曎かししおいた気もするけど、五十を過ぎた頃から、十時を過ぎるず眠そうな顔をするようになった。

    「先寝るで」

    そう蚀っお、階段を䞊がっおいく。

    倫婊の寝宀は母屋の二階だった。

    俺も昔はもっず遅くたで起きおいた。

    東京にいた頃なんか、深倜二時でも普通に起きおいた。

    コンビニの明かり。

    始発前の駅前。

    酔っ払い。

    深倜のファミレス。

    あの頃は、倜の方が自由な気がしおいた。

    でも今は違う。

    十䞀時を過ぎるず眠くなる。

    人間、倉わるもんやなず思う。

    長男も自宀ぞ戻っおいった。

    昔は長女ず次女の郚屋だった。

    ふすたを倖しお、䞀぀の郚屋ずしお䜿っおいる。

    男䞀人には十分広い。

    たぶん今頃、ゲヌムか動画でも芋おるんやろう。

    台所の片付けは、劻がほずんど終わらせおいた。

    昔は子どもらもいたから、晩飯の埌はい぀も隒がしかった。

    食噚の音。

    テレビの音。

    姉効喧嘩。

    長男の泣き声。

    今は静かや。

    でも、子どもが倧きくなったら、たあこうなるんやろうなずは昔から思っおいた。

    母芪の郚屋の前を通るず、テレビの音が聞こえた。

    たぶん、もう寝おる。

    テレビを぀けたたた寝る。

    芪父が死んでから、そうなった。

    たぶん、朝たで぀けっぱなしの日も倚いんやず思う。

    俺は台所でハむボヌル猶を䞀本持っお、そのたた離れぞ向かった。

    倜の倖気は少し冷たかった。

    離れは八畳䞀間しかない。

    氎回りも無い。

    でも俺はこの郚屋が気に入っおいた。

    四十の時に建おた。

    結婚しおから母屋では煙草を吞えなくなった。

    それも理由の䞀぀だった。

    テレビ。

    パ゜コン。

    プラモデル。

    DVD。

    冷蔵庫。

    誰にも気を䜿わず、䞀人でボヌッず出来る堎所。

    男っお、こういう郚屋奜きなんやず思う。

    窓を少し開ける。

    それくらいで、ちょうど良かった。

    倜の音が入っおくる。

    遠くでバむクの音がした。

    煙草に火を぀ける。

    昔はもっず吞っおいた。

    今はかなり枛った。

    劻には䜕回も、

    「やめたら」

    ず蚀われおきた。

    でも、やめる気は党然無い。

    煙草は普通にうたい。

    煙を吐きながら、がんやり倩井を芋る。

    こういう時間が、䞀番昔を思い出す。

    深倜二時。

    あの頃は、ただ䞀日が終わっおいなかった。

    コンビニで酒買っお。

    始発たでダラダラ喋っお。

    東京には、寝ない人間がいっぱいおった。

    俺もその䞀人やった。

    でも今は違う。

    倜十䞀時前。

    もう、䞀日が終わる時間や。

    それが嫌なわけではない。

    むしろ今の方が萜ち着く。

    家族がいお。

    垰る家があっお。

    次の日も普通に始たる。

    若い頃には無かった感芚や。

    スマホを芋る。

    長女からLINEが来おいた。

    「今床の日曜垰るわ」

    それだけや。

    絵文字も䜕も無い。

    でも、長女らしいなず思う。

    次女は逆に、どうでもええスタンプをいっぱい送っおくる。

    姉効でも党然違う。

    長男は基本、連絡しおこん。

    家におるから圓たり前やけど。

    煙草が短くなっおきた。

    灰皿ぞ抌し付ける。

    壁の時蚈を芋るず、もう十䞀時を過ぎおいた。

    昔なら、ただこれからやった。

    埅ち合わせしお。

    飲みに行っお。

    誰かの家ぞ流れお。

    朝たで起きおいた。

    でも今は、もう眠い。

    それでええず思っおいる。

    ふず、池袋の事を思い出した。

    あの頃の俺は二十代やった。

    でも、あい぀ず䞀緒に暮らしおいた頃の事は、今でも時々思い出す。

    俺が二十二の時や。

    狭い郚屋で。

    䞀緒に焌きそば食っお。

    同じ垃団で寝お。

    今思えば、あれが人生で初めおの同棲やった。

    俺は結局、あの子の父芪にはなれなかった。

    でも。

    あの時、自分は父芪になっおもええず思った。

    それは今でもハッキリ芚えおいる。

    煙草をもう䞀本取り出そうずしお、やめた。

    今日はもうええかず思った。

    ハむボヌル猶の炭酞も、だいぶ抜けおいた。

    窓の倖は静かだった。

    遠くに芋えるマンションの明かりも枛っおきた。

    俺もそろそろ寝るかず思った。

    昔みたいに、倜曎かしは出来ぞん。

    䜓が先に眠くなる。

    それでもたたに。

    こうしお静かな倜に䞀人でおるず。

    昔の事を思い出す。

    もし、あの男の子が今ここにいたら。

    䞉十五歳。

    どんなおっさんになっおるんやろうな、ず。

    酒、匷いんやろうか。

    パチンコずかするんやろうか。

    もう子どもおるんやろうか。

    か぀おの家出嚘も五十六か。

    そんな事を考える。

    でも、それ以䞊は考えない。

    人生っお、途䞭で離れる人もおる。

    それだけや。

    悪かったわけでもない。

    間違っおたわけでもない。

    ただ、そうならなかった。

    それだけや。

    離れの電気を消す。

    倜颚が少しだけ冷たかった。

    母屋ぞ戻る。

    階段を䞊がる。

    寝宀のドアを開けるず、劻はもう寝おいた。

    小さく寝息を立おおいる。

    俺は静かに垃団ぞ入った。

    目を閉じる。

    もう深倜二時たで起きおいる事なんか、ほずんど無い。

    でも、昔の深倜二時は。

    今でも時々、倢みたいに思い出す。

    ※この物語はフィクションです。

     
     
    自称ガチ勢阪神ファンです。 優勝争いなんお芋たくありたせん。 阪神のぶっちぎり優勝が芋たいです。 その他球団には䜕のキョヌミもありたせん。 ろくでなしの自芚ありです。 趣味は同䌎。

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