好きなことについての私的な分析
先輩から「あなたにとっての“好きなこと”とは?」という質問をされた。
例によってまたあまり考えずに答えた、「禁止されてもやりたいこと」と。これは嘘じゃないけど、真相じゃない気がする。
そもそも好きなことを禁止される状況ってなんだって話だし、好きなことってやりたいとかそういう次元での話じゃないような気もする。
じゃあ俺にとって“好きなこと”を頑張って定義づけるならなんだろうと改めて考えた時、好きなこと=それをやるのに余計なエネルギーを使わないことなんじゃないかって思った。
例えば、電話をするのが苦手な人は電話をかけることにすごくエネルギーを使う。例えば、学校が嫌いな人は学校に行くことをすごく体力を使う。
こんな感じで好きじゃないことをする時って人が思っている以上に自分の中で必要以上にエネルギーを使う。自分の中でスイッチを入れたり、覚悟を決めたりしてその行動を取る。
でも、例えば、電話が好きな人はそんなこと考えない。ただ息をするように電話をかけられる。例えば、学校が好きな人は足取りが重くなることなんてなくて、自然と学校へ向かうことができる。
こんな感じで好きなことをするのにエネルギーは消費しないのだ。
音楽が好きな人は当たり前のように音楽を聴く。映画が好きな人は日常の中に映画が入り込んでいて、むしろ観ない方が不安になる。
そんなように好きなことってなんかもっと日常とか生活、人に入り込んでいるものだと思う。
他の人から見たらすごいとか私には出来ないと思われても、それが馴染んでるというかただ好きだからやってる、やれてるみたいな。
一昔前のYouTubeのCMで「好きなことで生きていく」というフレーズがあった。
それってどんな人もじゃない?って思った。どんな人にも好きなことはあるはず。それが生きがいだったり、楽しみだったりになっている。だからその好きなことがあるから進んでいける。
好きなことで生きてない人なんていないと感じる。
だからこそ、「好きなことを好きっていうことを好きになる」ことが大切だ。人は自分の好きなことである意味生かされている。
自分の好きなことは好きと大声で言おう。恥ずかしがらずに。自分の好きなことを好きな自分を好きとハッキリ言えることにもエネルギーを使わなくなったら最強なんだろうと思う。
生きるってだけで、常にエネルギーを消費して行ってる。だからエネルギーを使わない、むしろ回復するかもしれない好きなことを抱きしめることを忘れたくない。