ケーキは焼く前が美味しい
とん、とん、とん。
手のひらサイズのヒノキのまな板の上で、りんごが皮付きのまま角切りにされていく。
赤の格子柄のテーブルクロスにリンゴの赤が映えて、煩雑なダイニングテーブルのその一区画だけがイングリッシュカントリー風な雰囲気を醸し出す。
コロコロしたリンゴたちは、潰したバナナが練り込まれた生地の中に放り込まれていく。
余ったリンゴの端くれをしゃりしゃりと齧りながら、紅茶を一口。
生地を混ぜる彼の手元をじっと見つめていると、とろりと艶やかな卵黄色の生生地が出来上がった。
「美味しいケーキは焼く前から美味しいんやで」
昔3つ年上の姉とキッチンに横並びでパウンドケーキを作っていた時に放った一言が、幼い私の心をときめかせたことを思い出す。
それからというもの、必ず同じことを言いながら泡立て器についた生地を指で掬い、なめては「うん、ちゃんと美味しい!」と、さも確認のための味見だと言わんばかりに一言付け加える。
それで止まれるわけもなく、型に流し込んだ後にボウルについた生地もきれいにこそぎ取って舐める。
その光景を見慣れているので、彼は「ほい、あとは好きにし」と調理器具丸ごと私にくれるから話が早い。
彼が初めてケーキを作ってくれた時は、「ローケーキというのがあってね。焼く前の生生地のことなんだけど、美味しくてついついつまみ食いしちゃう人が多いからそういう名称がついていてね。」ともうひと押しして様子を確かめた。
さっき調べたら、ローケーキは焼かずに固めるケーキのことであって、生生地のことではないというのが発覚したのだけれど…。
あんまり食べるとお腹壊すよ、という母の声も脳裏に浮かびながら、お砂糖の粒が残ったしゃりしゃり感と、卵とバターがふんわり舌の上でとろけるコクのある風味に頬が緩む。
美味しいケーキは、焼く前が美味しい。