メインコンテンツへスキップ
見出し画像
Photo bykaoriprt

【自己紹介】社会にうまく馴染めなかった私が、「雨陽」として言葉を届ける理由|ADHD・適応障害・生きづらさからの再出発

    こんにちは。
    雨陽(あまひ)です。

    これまでの歩みと、「雨陽」として言葉を届けたい理由を改めて綴りました。

    今の私の言葉として、読んでいただけたら嬉しいです。

    もしあなたが、

    「どうして自分だけ、うまくできないんだろう」
    「なぜこんなに生きにくいんだろう」

    そんなふうに感じたことがあるなら。

    もしかしたら、私のこれまでの話が、あなたの心に少しだけ触れるかもしれません。


    社会の速さについていけなかった

    社会人1年目。

    希望と光に満ちあふれて、目を輝かせていた自分を、今でも覚えています。

    「これから頑張ろう」
    「立派な社会人になろう」

    そんなことを思っていました。

    でも、仕事を始めると、少しずつ歯車が狂っていきました。

    書類の不備。
    忘れ物。
    時間の間違い。

    仕事でのミスが目立つようになり、上司や対象者様から注意されたり、怒られたりすることが増えていきました。

    頭が真っ白になる。

    背筋が凍るように冷たくなる。

    仕事に行こうとすると、体が鉛のように重くなり、頭痛や腹痛が止まらない。

    心身の調子を崩していくにつれて、さらにミスが増えていきました。

    今まで親身になって指導してくれていた先輩も、少しずつ離れていきました。

    職場で抱えたストレスを、家族や友人、周囲の人にぶつけるようになり、気づけば私の周りからも、少しずつ人が離れていきました。

    それでも、自分なりに精一杯努力しました。

    何とか周りに追いつきたい。

    社会から置いていかれたくない。

    必死にしがみつきました。

    それでも、できないことは、できませんでした。

    いつしか、目の中にあった光は消え、私はどんどん深いところへ沈んでいきました。

    「なぜ自分は、こんなにもできないんだろう」

    「周りが普通にできていることが、どうして自分にはできないんだろう」

    「自分は社会のお荷物なのかもしれない」

    自己否定と自己嫌悪が止まりませんでした。

    何もかもが嫌になりました。

    周りを見る余裕もなくなり、大切だった人たちまで、少しずつ失っていきました。

    もう、自分の人生を終わらせたい。

    何度も、何度も、そう思いました。

    ADHDや適応障害、うつ。

    「この世界に、私の居場所はない」

    本気でそう思っていました。

    常に下を向いて歩き、生きる希望もなくなっていました。

    私の中には、いつも雨が降っていました。


    それでも、もう少し生きてみようと思えた

    そんなある日、精神科を受診しました。

    診断書を職場へ提出し、会社と話し合った結果、その日のうちに退職が決まりました。

    仕事を辞めるつもりはなかったので、驚きました。

    自分では、そこまで重い状態だとは思っていなかったのです。

    周りからは「辞めたほうがいい」と言われていました。

    でも、辞める勇気がありませんでした。

    「仕事を辞めたら、人生が終わる」

    本気でそう思っていました。

    けれど――

    終わりませんでした。

    むしろ、仕事から離れたことで、自分と向き合う時間が増えました。

    そして、少しずつ、自分を取り戻していきました。

    そんな休養期間に、ふと目に入ったものがあります。

    祖母の家に飾ってあった、年季の入った日めくりカレンダーです。

    祖母に聞いても、いつからそこにあったのかわからない。

    祖父なら知っていたかもしれない。

    でも、その祖父もすでに他界していて、結局いつのものなのかわかりませんでした。

    私は子どもの頃から、そのカレンダーを見ていました。

    でも、その言葉の意味を深く考えたことはありませんでした。

    それが、休養中にふと目に入ったのです。

    そこには、

    「幸福はすべて心にあり」

    と書かれていました。

    一度、絶望を経験した私には、すぐには信じられませんでした。

    「幸福が心にあるなら、どうして私はこんなに苦しいんだろう」

    そう思いました。

    それでも、不思議と少しだけ救われた気がしました。

    「もう一生、幸せにはなれない」

    そう思っていた私が、

    「この言葉の真意を確かめるためにもう少し、生きてみようかな」

    と思えたのです。

    その後も、本を読みました。

    歴史上の人物の言葉。

    私より一歩先を歩いている人たちの言葉。

    そこには、私と同じように悩み、苦しみ、それでも前を向こうとしてきた人たちがいました。

    「自分だけじゃなかった」

    「もう少し、生きてみよう」

    そんなふうに、少しずつ思えるようになっていきました。

    苦しいときや悩んだとき、今でもその言葉たちは、そっと私の背中を押してくれています。


    私を外へ連れ出してくれた、自然

    そして、もう一つ。

    私を心の闇から少しずつ連れ出してくれたものがあります。

    自然です。

    ある日、久しく開けていなかったカーテンと窓を開けました。

    すると、心地よい風と太陽の光が、私を包み込んでくれました。

    そのとき、

    「ああ、私は今、ここに生きている」

    そう感じました。

    自然は、私を否定もしない。

    かといって、無理に励ますわけでもない。

    ただ、そこにある。

    そんな自然の姿に、私は少しずつ救われていきました。

    木々の緑。

    土や花の香り。

    小鳥のさえずり。

    四季によって移り変わる景色。

    同じ場所なのに、季節が変われば違う景色になる。

    そんな当たり前のことが、とても新鮮でした。

    少しずつ、私の生きる世界が広がっていきました。


    だから、「雨陽」という名前をつけました

    人一倍不器用でも。

    要領が悪くても。

    何度も転んでも。

    私は、ここまで歩いてくることができました。

    だからこそ、私は、あの頃の自分と同じように苦しんでいる人へ、言葉を届けたいと思うようになりました。

    時には、雨が降ります。

    長く、耐え難い雨かもしれません。

    「止まない雨はない」と言いますが、今降っている雨が、どうしようもなく辛いこともあると思います。

    私も、そうでした。

    それでも私は、言葉や自然のぬくもり、人の優しさという傘を差してもらいながら、少しずつ景色が変わっていく日を経験しました。

    雨上がりには、水たまりや木々、花々についた水滴一つひとつに太陽の光が反射して、世界が一層輝いて見えることがあります。

    そして、ときには虹がかかることもあります。

    私は、あなたの降っている雨を止めることはできません。

    でも、

    傘を持って、隣を歩くことはできる。

    大丈夫じゃない日も。

    何とかならない日も。

    無理に前を向けない日も。

    そっとあなたの隣を歩けるような言葉を書いていきたい。

    そんな思いを込めて、

    私は「雨陽」と名付けました。


    私も、言葉に救われてきた

    noteを始めたときは、

    「こんな発信は誰が読むのだろう」

    「自分なんかの言葉は、誰かに届くのだろうか」

    そんな不安を抱えていました。

    最初の投稿ボタンを押す手が震えていたのを、今でも覚えています。

    それでも、

    部屋の隅で体育座りをして泣いている過去の自分に手を差し伸べるため。

    そして、同じように苦しんでいる人の心を、少しでも軽くしたい。

    その一心で、発信を続けました。

    不安や心配は、今でもたくさんあります。

    それでも少しずつ、言葉を届けた先から反響をいただくようになりました。

    「あなたの言葉に救われました」

    「共感しました」

    「言葉が心に響きました」

    そんなコメントをいただくたびに、涙が出るほど嬉しくなりました。

    救いたいと思っていたのに、

    気づいたら、救われているのは私の方でした。


    今の私も、まだ途中です

    私は、人一倍不器用で要領が悪いです。

    たくさん自分を嫌いになりました。

    何度も、自分を雑に扱ってきました。

    心も一度、完全に壊れました。

    たくさん遠回りをしました。

    でも、たくさん転んだからこそ、見えるようになったものもあります。

    一つひとつの苦しみに、自分なりの意味を見つけていく。

    そうすることで、過去の自分を救い、未来の自分の背中を支えてあげることもできるのではないか。

    私は、そう信じています。

    今では、少しずつ今の自分を受け入れ、大切にできるようになってきました。

    それでも、悩みや不安がなくなったわけではありません。

    自分を完全に好きになれたわけでもありません。

    まだ、あの日の自分を完全に迎えに行けたわけでもありません。

    だからこそ、このnoteでは、

    等身大の私の歩みを、言葉にして残していきたい。

    そう思っています。


    これからnoteで書いていきたいこと

    ・社会の波にもまれ、何度も心が折れそうになった私が、ここまで歩いてきた過程

    ・自分が大嫌いだった私が、少しずつ自分を肯定できるようになっていった過程

    ・「雨陽」としてnoteを育て、自分の言葉を誰かへ渡していく過程


    だから、あなたの隣を歩きたい

    もし今、あなたが人生に絶望していたら。

    もし、雨が降り続いていて、もう歩けないと思っているのなら。

    私は、あなたに正解を渡すことはできません。

    でも、

    隣で、そっと寄り添える人にはなりたい。

    もし今、一人で抱えていることがあれば、メッセージでお話ししていただけたら嬉しいです。料金はいただきません。

    医療的な診断や治療を行う場ではありませんが、私自身の経験をもとに、お話を丁寧に伺います。

    最後になりますが、

    私は、あなたの心が少しでも軽くなることを心から願っています。

    痛みを経験して、

    「もうダメだ」

    と思っていた私にも、それでも歩いていける道がありました。

    だから私は、今のあなたにも、いつか違う景色が見える日が来ることを願っています。

    晴れの日も。

    雨の日も。

    雪の日も。

    風が強い日も。

    ともに歩んでいきましょう。

    雨陽(あまひ)




     
     
     
    ADHD特性・ASD傾向・うつ経験・仕事の失敗から学んだことを発信します。 社会の速度にうまく乗れず、自分を責め続けてきました。 不器用でも生きる道を模索しながら歩いています。 今は妻と娘、息子に支えられながら暮らしています。 生きづらさに悩む人へ、明日につながる言葉を綴ります🌱

    あなたへのおすすめ