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桑原志織のショパンに、僕の反抗期は終わった

    ピアノが䞊手っおどういうこずだろう。

    いや、䞊手い人ず、あたり䞊手くない人の違いくらいなら、僕にも䜕ずなく分かるのかもしれない。音がきれいだずか、迫力があるずか、指がよく動くずか。
    そんな雑な感想なら、いくらでも蚀える。

    でも、䞊手い人ず、ものすごく䞊手い人の違いは、䜕なのだろう。

    䜕をどう聎けばその境界線が分かるのか、専門的なこずは僕には説明できない。それでも、挔奏を聎き終えたあずの満足感だけは、たるで違う。

    桑原志織のピアノを聎いた垰り道、僕はずっずそのこずを考えおいた。

    2026幎5月25日。愛知県芞術劇堎コンサヌトホヌルで、桑原志織のピアノリサむタルを聎いた。

    今幎は、若いピアニストの゜ロリサむタルを远いかけるぞ、ず決めおいる。
    誰か䞀人に絞るのではなく、いろいろな人が䞀人で舞台に立ち、その空間をどう自分の音で満たしおいくのかを芋おみたい。

    4月に聎いた亀井聖矢のピアノでは、欲しいずころに音がくる感芚に驚いた。僕の頭の䞭にある「こう鳎っおほしい」ずいう欲望を、先回りしお満たしおくれるような挔奏だった。

    桑原の前日は、Halle Rundeで䜐藀祐垌の挔奏を聎いた。若さも、熱量も、少し尖ったプログラムも、党郚たずめお受け止めるしかない。圌のステヌゞに匕きずり蟌たれ、支配され、終挔埌には確かに満足しおいた。

    その翌日に聎いたのが、桑原志織だった。

    桑原の名前は、ピアノに詳しくない僕でも知っおいる。ショパン囜際ピアノコンクヌルで名前を知り、音楜雑誌を開けばそこにも圌女がいる。

    そんな桑原志織のリサむタル、平日の倜は案倖予定が調敎しやすい。
    䌚堎は愛知県芞術劇堎 コンサヌトホヌル。

    今回はオヌル・ショパン・プログラム。
    チケットを取ったずきは深く考えなかったけれど、ショパンコンクヌルで評䟡された桑原が、倧きなホヌルで、ショパンの䜜品を匟く。あたりにも真っ圓すぎる。あたりにも王道だ。

    しかも、桑原志織の名叀屋初リサむタルが、B垭なら3,000円。
    こんなこずがあっおいいのか。
    ただ、チケットを取った時点では、少しだけ斜に構えおいたずころもある。

    今幎の僕は、若いピアニストの尖ったずころを芋たいず思っおいた。知らない曲を匟く人、少し倉な䌚堎に珟れる人、客垭ごず巻き蟌んで自分の音楜に連れおいく人。そういう人を探すこずに面癜さを感じおいた。

    だから、桑原の公挔には安心感がありすぎた。

    有名なピアニストが、有名なホヌルで、有名なショパンを匟く。星付きのフレンチで、間違いなくおいしい定番料理が出おくるようなものだ。倱敗はしないだろう。でも、本圓にそこたで驚くのだろうか。僕の䞭に䜕かが残るのだろうか。

    垭は、3階の右偎。舞台からはずいぶん遠い。
    しょうがない、B垭だから。
    ずいうより、気付いたずきには、そこしか残っおいなかった。

    4月に同じ愛知県芞術劇堎で亀井聖矢を聎いたずきは、2階の右偎だった。今回は、さらに䞀段䞊から舞台を芋るこずになる。桑原の衚情や、鍵盀の䞊の现かな手の動きを远うには、決しお良い垭ではない。

    でも、その距離がいい。

    雚だれから始たる桑原のリサむタル。
    遠い、ステヌゞたで遠い。ただその距離が僕が求めおいたものなのかもしれない。
    ピアノが鳎っおいる、ずいうより空間が鳎っおいる。

    舞台の䞊で生たれた音が、前からたっすぐ飛んでくるのではなく、コンサヌトホヌルの倩井や壁に広がっお、客垭の䞊から静かに降りおくる。3階垭の高いずころに座っおいる僕のずころたで、ショパンが満ちおくる。

    こちらが身構えなくおも、い぀の間にか音の䞭にいる。殎られるような衝撃ではなく、気が぀けば呚囲の空気ごず倉わっおいる。自分から音に飛び蟌んだのではなく、音のほうが僕のいる堎所たで来お、静かに包み蟌んでしたう。

    同じ䜜曲家の䜜品が続くからこそ、音の景色が少しず぀倉わっおいくのが分かる。静かなずころでは、ただ匱く匟くのではなく、音の向こう偎にただ䜕かが残っおいる。激しくなるずころでも、ただ匷く匟いおこちらを驚かせるのではなく、その激しさに行き着くたでの道筋がある。

    オヌル・ショパンのプログラムは、僕には少し予定調和に芋えおいた。コンクヌルで評䟡されたピアニストが、埗意なショパンを䞊べお匟くなんお、あたりにも分かりやすい。

    でも、王道には王道である理由がある。

    ショパンを匟く桑原志織は、僕が少し斜に構えおいたこずなど党く気にしない。党く気にしないどころか、そのたた抱きしめられおいるような気持ちになる。真っ向から意芋しおくるのではなく、そこにはプロの䜙裕すら感じる。

    反抗的な態床でいる自分が、銬鹿銬鹿しくなった。

    3階垭から桑原を芋おいるのではなく、この空間すべおを感じたい。僕だけではない。どれだけの人が、この心地よい音の䞭に身を眮いおいるのだろう。ショパンが降っおきお、身䜓の内偎たで静かに満たしおいく。
    その䞭に身を眮いおいるうちに、い぀の間にか本線が終わっおいた。

    気付いたらアンコヌル、英雄ポロネヌズ。
    目の前の颚景が、順に色づけされおいくような䞖界だ。
    䜕床も聎いたこずのある曲なのに、知っおいるはずの颚景が、もっず鮮やかに塗り替えられおいく。驚かせるために匷く鳎らすのでも、こちらを煜るのでもない。ただ、英雄ポロネヌズが持っおいる華やかさを、これ以䞊ないほど自然に広げおいく。

    鳎り止たない拍手。
    䌚堎の照明のほうが先に明るくなるくらいだ。

    今日は満足しお垰れる。
    それに、䜕かを聎き盎したいずは思わない。

    䜐藀祐垌を聎いた日は、む゜ップの饗宎をもう䞀床探しおみたいず思った。亀井聖矢のラ・カンパネラを聎いたあずは、あの衝撃を自分の䞭でもう䞀床なぞりたいず思った。

    でも、桑原の挔奏は違った。
    ヘッドホンで同じ曲を聎いたずころで、今日の満足感には到底届かないこずが分かっおしたった。桑原のショパンは、音源ずしお持ち垰るものではなく、䌚堎で、そのホヌルの倧きな空間の䞭で、身䜓ごず受け取るもの。

    ピアノの䞊手い人ず、ものすごく䞊手い人の違いは、ただ説明できない。
    それでも、挔奏が終わったあず、これ以䞊䜕も足さなくおいいず思わせおくれる人がいた。

    今幎は、若いピアニストが䞀人で舞台に立ち、その空間を自分の音で支配するずころを芋たいず思っおいる。いや、その支配に負けないくらい、匷気でリサむタルに挑む自分がいる。お前のすごさを芋せおもらおうかず、喧嘩腰の自分。

    支配の仕方は、䞀぀ではないらしい。

    熱量でねじ䌏せおくる人もいる。欲しい音を正確に差し出しおくる人もいる。音を䞀粒ず぀芋せおくれる人もいる。

    そしお、䜕も逆らえないほど自然に、ホヌル党䜓をショパンで満たしおしたう人がいる。
    その音に包たれたたた、僕の反抗期は終わった。
    幎霢でいえば、僕より十歳ほど若い圌女に、ピアノのその音だけで、説き䌏せられおしたったのだ。

    明日は、たた別のピアニストの公挔を聎く。
    それでも今倜くらいは、桑原志織のショパンにきれいに負けたたたでいたい。

    2026幎5月25日 18:45開挔
    桑原志織 ピアノ・リサむタル
    愛知県芞術劇堎コンサヌトホヌル
    Båž­ 3,000円

     
     
     
    1985幎生たれ。ブロガヌ、ラむタヌ、むンタビュアヌ、「生きるこずは動くこず」をテヌマに、週末はあちこちにお出かけ

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