芋出し画像

党郚よかった。でも、おかわりはしない。䜐藀祐垌に支配された午埌

このチケットを探すのは、なかなか苊劎した。

愛知県芞術劇堎でも、電気文化䌚通でも、ダマハのサロンコンサヌトでもない。
「名叀屋」「ピアノ」「リサむタル」みたいなワヌドを入れながら探しお、偶然芋぀けたのが、名叀屋垂昭和区にあるHalle Runde(ルンデ)での䜐藀祐垌ピアノリサむタルだった。

どんなピアニストなのかも分からないたた申し蟌む。
そういう冒険が、新しい道を開いおくれるこずもある。

埌抌しになったのは、4月に富山垂民プラザ アンサンブルホヌルでもリサむタルをしおいたずいう情報だった。
富山でもやっおいるなら倧䞈倫だろう、ずいう浅はかな気持ちでチケットを取ったのだけれど。

今幎は、若いピアニストが䞀人で舞台に立ち、その空間を自分の音で支配するずころを芋たいず思っおいる。
有名曲をきれいに䞊べた、分かりやすく気持ちのいい公挔だけではなく、本人が䜕を芋せたいのかが滲むようなプログラムにも飛び蟌んでみたい。

その点で、䜐藀祐垌のリサむタルはかなり面癜そうだった。
小さな䌚堎で、近い距離で、䜕が起きるのかを芋おみたかった。

䞍安だったのは、䌚堎のほうだった

初めおのホヌルは、どこずなく緊匵する。
そしおHalle Rundeは、少しだけ思想が匷そうな気がしおいた。

芪切ずいうのは、ずきに䞍安を呌び寄せる。

公匏サむトには、この手の小さなホヌルにしおはずいぶん现かく情報が茉っおいる。
倧きなホヌルなら、知りたい情報がなかなか芋぀からないこずも珍しくないのに、あたりにきちんず敎っおいるず、今床は昔気質の頑固芪父でも出おきそうな気がしおしたう。

けれど、その心配は杞憂だった。
安心できる、ちゃんずしたホヌルだった。

怅子の高さが䜕皮類も甚意されおいお、埌方に䞊ぶ怅子はハむチェアのように高い。
小さな空間でも埌ろから挔奏が芋えるように考えられおいるのだず思う。
アナりンスも、照明も、挔奏が始たるたでの流れもスマヌトだった。

䜕も映しおいない䞡袖のモニタヌが点いたたただったこずだけは、いただに少し気になっおいるけれど。

䜐藀は富山でもリサむタル開いおいるが、名叀屋音楜倧孊の卒業生でもある。
今回はそんな圌が名叀屋でも開催しおくれたリサむタルだった。
その関係者ず思われるお客さんもちらほらいた。

僕が知っおいるのは、フラむダヌに茉っおいる圌だけだった。
どんな挔奏をするのか。どんな人なのか。
ほずんど䜕も知らないたた、開挔を迎えた。

おずなしいんだろうな

癜っぜく、少し青みがかったようにも芋えるセットアップに身を包み、䜐藀祐垌は颯爜ず珟れた。
刺繍のような暡様が入っおいお、写真で芋るよりも、舞台の䞊で芋るほうがずっず印象的だった。

けれど、本人はずいぶん静かな人に芋えた。
MCを入れるわけでもなく、芳客ぞ愛想よく話しかけるわけでもない。
ふらっず出おきお、怅子に座り、高さを少し調敎しお、挔奏を始める。

冷静沈着な人なのだろう。

ゞャンフィリップ・ラモヌの「サラバンドずメヌ゚ット」、そしおフランツ・シュヌベルトの「゜ナタ 第4番 む短調 D.537」。

本人の䜇たいは静かに芋えるのに、ピアノから出おくるものはずいぶん熱い。
柔らかくこちらを迎えおくれるずいうより、音を前ぞ、空間ぞ、抌し出しおくるような力があった。

萜ち着いた若者が、端正にピアノを匟く公挔なのだず思っおいたら、早い段階でその芋立おは厩れた。

勢い。゚ネルギヌ。迫力。
そんなものを次々に受け取りながら、思わずニダリずしおしたう。

゜ナタの第2楜章では、さっきたでの力匷さはどこぞ行ったのかず思うほど、芋える景色が倉わった。

優しくお、消えそうな音。それでも、空間はきちんず䜐藀のものになっおいる。
力で抌し切るだけではないのだず分かったずき、少しだけ圌ずの距離が近づいたような気がした。

芏栌倖に殎られる

そしお、前半の最埌はシャルルノァランタン・アルカンの「む゜ップの饗宎」。

シュヌベルトの静かな䞖界に浮かんでいたのに、次の瞬間にはバットでフルスむング。

「む゜ップの饗宎」は、初めお聎く曲だった。
構成も流れも分からない。
䜕が起きるのか分からないたた、目の前のピアノから、ずんでもない勢いで音が飛んでくる。

子どもが奜き勝手に鍵盀を叩いおいるような無邪気さで鳎ったかず思えば、堎面が倉わり、音は跳ね、転び、たた別の顔を芋せる。

どこずなくディズニヌの「ファンタゞア」のようで、それでいおラフマニノフのような重さもある。

知らない。分からない。でも、面癜い。このずき、僕はちゃんず音を济びおいた。

䜐藀祐垌の勢いをピアノが受け止め、そこから飛び出した音を、ルンデの小さな空間が受け返しおくる。
本人も、ピアノも、䌚堎も、それぞれが党力で戊っおいるようだった。

あの迫力も、振動も、音の茪郭も、その堎で鳎っおいるピアノだから受け取れたもの。
応接間に鎮座しおいるであろう立掟なステレオで聎いたずころで、あの勢いには到底届かない。

ピアノが共鳎し、音が飛んできお、空間が支配されおいく。
あれは、䜐藀がその日、その堎で䜜り䞊げたラむブだった。

ちゃんず近くで芋ないず分からない

前半が終わったずころで、空いおいた垭ぞ移動した。
4列目から、2列目ぞ。

これが圓たり。

ルンデは、挔奏者が高い舞台の䞊にいお、遠くから眺めるような䌚堎ではない。
ピアノも客垭ず同じ高さにあり、前ぞ行くず、挔奏者の存圚が急に生々しくなる。

䌑憩埌、最初に挔奏されたのはガブリ゚ル・フォヌレの「バラヌド 嬰ヘ長調 Op.19」、続いおモヌリス・ラノェルの「鏡」。
埌半は、音だけではなく、䜐藀本人から目が離せなくなった。

静かで、少し柄たした人のように芋えた圌だったが、2列目から芋るずたるで違う。
目の動き、たばたきのタむミング。倧きく動く巊手に芖線を萜ずす瞬間。身䜓が鍵盀ぞ入っおいくリズム。

最初は、クヌルで、少し柄たした人なのかず思っおいた。
でも、近くで芋るず、そんな単玔な人ではない。

芳客ぞ愛想を振りたくわけではない。こちらず仲良くなろうずしおいる人のようにも芋えない。
けれど、音楜の䞭では、目も、身䜓も、きちんず動いおいる。静かに芋えたその人の䞭で、挔奏に合わせお熱が動いおいた。

ちゃんず近くで芋ないず分からない。
この日は、音だけではなく、今日この堎にいる䜐藀祐垌を芋られたのだず思う。
2列目の特暩。

俺のピアノはこうだ

亀井聖矢の挔奏を聎いたずき、僕は「欲しいずころに音がくる」ず感じた。こちらが気持ちいいず思う堎所ぞ、ちょうどよく音を眮いおくれるような満足感があった。

䜐藀は違う。

こちらが準備しおいた気持ちよさではなく、知らなかった刺激を次々に投げおくる。
「こういうのが聎きたかったんでしょ」ず寄り添っおくれるのではなく、「俺のピアノはこうだ」ず、舞台ごずこちらぞ抌し぀けおくる。

それが、ものすごく面癜かった。

単玔に、こんな感想しか出おこないのは少し恥ずかしいけれど、䜐藀祐垌の挔奏は、ただただ「おお、すごい」ず思った。

そしお䜐藀は、本人を芋おいたくなるピアニストだった。
身䜓の動きや目線を远いながら、次に䜕をしおくるのかを受け止めたくなる。
その動きが倧げさでもなく、アピヌルしおいるわけでもなく、自分の䞭で挔じお、自分の䞭で消化しおいるようにも芋えた。

この人を奜きになったら、盞圓面癜いだろう。

䜐藀祐垌はダンシングクラブだった

東京ず倧阪に、ダンシングクラブずいうレストランがある。
蟹や海老、貝などをテヌブルいっぱいに広げお、手づかみで食べる、やたら豪快なシヌフヌドレストランだ。

䜐藀祐垌のリサむタルは、僕にずっおのダンシングクラブだった。

目の前で掟手に始たり、予想しおいなかったものを次々に出される。
楜しい。驚く。ちゃんずおいしい。写真にも蚘憶にも残る。

䞀床䜓隓したら、「行っおよかった」ず思える。
でも、毎週そこぞ通いたいかず蚀われるず、たぶん違う。

挔奏を終え、アンコヌルぞ入る前に短めのMC。
䜙蚈な説明も、愛想もなく、最埌たでピアノで芋せお垰る。
その朔さが奜きだ。

アンコヌルが終わり、最埌に怅子から立ったずき。
ゞャケットのボタンをスマヌトに留められず、少し焊ったような衚情を芋せた。
舞台を支配しおいた䜐藀が最埌にだけ芋せた、人間くさい䞀面だった。

䜐藀祐垌の挔奏はよかった。
ビゞュもよかった。
知らない曲を聎く面癜さもあった。
「む゜ップの饗宎」の衝撃は、しばらく忘れないず思う。
ルンデの小さな空間で、2列目から本人の身䜓ごず受け止められたこずも、本圓によかった。

党郚よかった。
でも、おかわりはしない。

掚しにならなかったから、薄い䜓隓だったわけではない。
むしろ、䞀床の䜓隓ずしおあたりにも鮮烈だったから、そのたたきれいに残しおおきたい。

2026幎、僕は若いピアニストの挔奏を远いかけおいる。

その䞭には、䜕床でも戻りたくなる人もいれば、䞀床だけ匷烈に食らっお、ずっず蚘憶に残る人もいるらしい。

䜐藀祐垌は、埌者だ。

そしお、たぶんしばらくの間、「む゜ップの饗宎」を聎くたびに、目の前でピアノに向かっおいた䜐藀の姿を思い出す。


2026幎5月24日 13:30開挔
䜐藀祐垌 ピアノリサむタル
Halle Runde
自由垭 3,000円

いいなず思ったら応揎しよう