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Photo byaoiyam

「表現できる人」にずっと憧れている。

    チコリン

    ピアノを感情の赴くままに奏でることができたらどんなに気持ちいいんだろう。

    ダンスで自分の中の情熱を表現できる人ってなんてかっこいいんだろう。

    ミュージカル俳優、舞台俳優の人は「自分に生まれてきてよかった指数」めちゃくちゃ高いだろうな~

    小説家、画家、漫画家、作詞家、作曲家の人は、作品で自己表現できて、後世にも残せて、どれだけ幸せだろうか。

    私も何かで自己表現したい。表現できるものが欲しい。なんか1つくらいあるでしょ、本当になんにもないのかよ・・・

    こんなことを、何十年も思いながら生きてきたような気がする。

    今後も私は「〇〇家」になることはないだろう。
    なれても「自信家」くらい?笑

    しかし、今、noteで文字で表現することで満たされている自分に気づく。

    「反応」してくれる人がいて、それが何より励みになっている。
    スキ、コメント、記事紹介。

    「表現できる」ということは、「誰かと繋がれる」ということなのかもしれない。

    たとえつたない表現でも、そこから何かを感じ取ってくれる人もいる。
    その未熟さに親しみを感じてくれる人もいる。
    だから、等身大の自分のまま表現しても大丈夫なんだと思えてくる。

    そうか。
    誰かと心で繋がれることを渇望しているから、だから、表現できる人にずっと憧れていたのかもしれないな。

    それならば、もう一歩先へ行きたい。
    表現することを憧れのままで終わらせたくない。
    表現することで、誰かの役に立って、生計を立てられるようになりたい。

    私の場合は、やっぱりこれだ。

    際立つ魅力を言葉にして、周りに宣伝したい。

    これがしたくてたまらない。

    本音は、言葉というツールのみで勝負したいのだけど、
    もしかしたら、画像や動画と掛け合わせて何かを制作することもあるかも…とAdobeのコンプリートプラン、退会しきれずにいる。
    1年目はキャンペーン価格だったのが、2年目に入って定価になっちゃったのに。

    しかも昨年1年間、仕事で使っていたのは、ほぼ、PremierProという動画編集ソフトのみ。
    うぅ、もったいない・・・。今、無収入だから余計に思う。
    でも、とりあえず、表現の幅を広げてくれそうな、ツールを使う可能性も模索していこう。

    誰かの魅力を「表現できる人」になるという夢。
    40歳。長年の探し物がやっと見つかっていくような感覚を覚えている。

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    日常の痛みや人間の業を、文章に立ち昇らせる。 そんなエッセイや小説を書きたがっている43歳。 登校に苦戦する3人の子どもたちと、在宅ワークの合間のnote。(旧名:長橋知子) 電子書籍:https://x.gd/hRmNd

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