見出し画像

文学フリマ初出店から10日経った今の心境。

もう10日か……

まだ昨日のことのように思い出せる、文学フリマ京都10のあの高揚感。

とは言いながら、10日も過ぎれば、楽しかったこと、嬉しかったこと以上に自分の課題も見えてきて。今日はそこから目を背けずに書いてみようと思う。

買いにきてくださった・買ってくださった方へ

初めてのエッセイ集(ZINE)の「きまずさ解体辛書」を手に取ってくださった方には、心からの感謝をお伝えしたい。ありがとうございます。

どんな内容かもわからないのに買ってくださったのは、普段のnote、あるいは宣伝文やフライヤーから「買ってみよう」と判断してくださったからなんだろう。
貴重な時間とお金を使ってまで、自分の書いたものをその方の日常に連れて帰っていただけるということ。噛みしめ噛みしめ、感謝のスルメはまだ口の中にある。

ただ、このエッセイ集がそんな期待に応えうる内容だったか、という問いがずっと自分のなかでくすぶっている。日が経つにつれて、「もっとできることがあったんじゃないか」という思いが強くなってきた。
このスルメ、そろそろ噛みちぎって飲み込みたい。

とびきりの課題をいただいた

ブースで「ちょっと読んでいいですか?」と言って手に取ってくださったのち、「ありがとうございます」と言って山に戻されるという体験もした。
これは、自分もそうすることが今まであったわけなので、「なんでだよー!」などとはもちろん思わないのだけど、自分がそうされるのを初めて目の当たりにして、「あぁ……何が足りなかったんだろう?」という問いがあられのように降ってきた。

せっかく興味を持ってもらえたのに、期待に応えられなかったんだ。あぁ、私め。どのページを読んでも、笑えたり、刺さったりするような文章を届けたいという気概が足りなかったんじゃないのか。なんか私、あぐらかいていたんじゃないか?

そんな、成長に必要な気付きをいただいた。

ターザヌさんへの感謝状

普段、noteでは「内輪ネタで盛り上がってる様子を公開したくない」というマイルールがあるので抑えているのだが、今回ばかりは、一緒に出店したターザヌさんのことを書かないわけにはいかない。

約1年前にnoteで出会い、会うのは3回目で9月の文学フリマ大阪へ遊びに行き、「自分たちも出してみたいね」からの今回。
一人では絶対出られなかったし、見られなかった光景、感じられなかった感情がある。

サークルのポスター(ターザヌさん作)

申し込み前、そして申し込んだ後の準備からずっと不安や楽しみを共有し、上記の最高のポスターを仕上げてくれた彼女だが、文学フリマ京都10の当日、忘れられない出来事が起こった。

何の前触れもなく私の本を購入してくださった方に、私より先に立ち上がり、「ありがとうございます」と笑顔で言ってくれたのだ。私が驚いて反応の遅れた、一瞬の出来事だった。
その美しい横顔が今も焼きついている。まるで自分のことのように、いや、もしかしたらそれ以上の対応をしてくれた気がして、心がぶるると震えた。私にはそんな行動はできなかった。

打ち上げは、オシャレな居酒屋へ。
スルメの天ぷらも頼む。
準備から、この時間までが「文学フリマ出店」に必要な時間だったなと思う。
出店側に回ってみた体験を、ふたりで振り返った。

帰りたくなかったが、互いに母親としての人生もあるので仕方ない。

その帰り、彼女からもらった「チコリンとは、使う言語が同じな感覚がある」の言葉。

もしも彼女と10代の頃に出会えていたら、どうだっただろう。
私は恋愛依存になっていなかったんじゃないか?と思えるほど、人格を丸ごと受け止めてもらえてるような、救われる感覚がある。

いや、10代だったら意外とかすりもしなかったりして。
42才の今だから、こうして出会えたんだよな。

あぁ、「書く」って素晴らしいな。
「書く」ことで繋がれるって、最高に嬉しい。

またぼちぼち書いていこう。
脊椎反射で購入した本の紹介はまた次回の記事で……!


いいなと思ったら応援しよう!

チコリン いただいたサポートは、「生きててよかった」と思えることに使わせていただきます!

この記事が参加している募集