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Photo byshimi_p

自分には価値があるそう思えた時、鎖が外れていった

    アサ

    自分には価値がある

    どうしても、そう思えませんでした。

    だけどそう思えた時、

    全てはこれだったと思えるくらいの大きな事でした。

    もう必死にならなくていいと、ほっと力が抜けました



    周りの人から認めてもらわないと

    存在してはいけないと思っていました。

    そうはっきりわかっていたわけではありません、無意識にです。

    あなたはそのままではダメなのよ。一生懸命いい人間になって周りから認めてもらわないと、存在しちゃいけないのよ。親から受けるそんなメッセージを信じていました。

    もちろんそうはっきり言われたわけじゃありません。ただ、そう感じていたんだと思います。


    だからか、常に周りの目を気にしていました。

    嫌われない様に非難されない様に必要とされるように

    いてもいいと思ってもらえるように。



    同じ様にこの世に生まれ、育っていく中で

    私は価値があると思う人と

    私には価値がないと思ってしまう人がいます。

    子供の頃に、どちらを信じてしまったか



    自分はこのままで価値がある、ある日それがやっと腑に落ちました。

    そう思えて初めて、自分のしたい様に進める気がしました。

    なんの制限も、引っかかりもなく

    好きな事をしてもいいんだと思えました。


    元々、こんな気持ちで生きてきた人もいるのか、と愕然としました。

    全く同じスタートラインに立っていません。

    100メートル走なのに、障害物レースをしてから100メートルを走るくらい違いました。

    重いおもりを背負っている様でした。そりゃ軽やかには走れないのも当然です。




    だいぶ時間がかかってしまったけど、まだ人生は終わっていません

    やっと、好きなように走れる場所に立った気持ちです。

    と言っても、どう走ったらいいのか……


    少なくとも、手足を縛る鎖は外れた様に思います。


    外れたかな?

    まだ慣れないから、少しずつゆっくり歩きます。



     
     
     

    アサ

     
     
    ちょっと面倒な自分の扱い方を探り中。『自分探究』心の仕組みから世界の真理まで、不思議なことも大好き。育て方次第で今からでも花が咲く(はず)

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