メインコンテンツへスキップ
見出し画像

アクセサリー屋の第二章-アクセサリーを30年売り続けた私の、次の10年の構想


    なぜ、経験知を渡したいのか

    アクセサリーを作って売り始めてから、もうすぐ30年になります。

    この30年で私がお客様から頂いてきたものを、これからアクセサリーやハンドメイド品を作って売りたいと思っている人に渡したい。そう思うようになったのは、最近のことではありません。ただ、渡し方をずっと決めかねていました。

    無料で発信することも考えました。けれど、ノウハウというのは、無料で読んで「なるほど」で終わってしまうと、実行に移されないことがほとんどです。私自身、無料の情報をたくさん読んできましたが、実際に自分のものになったのは、身銭を切って学んだことの方が圧倒的に多かった。お金を払うという行為には、「元を取りたい」「実行して結果を出したい」という意欲を、強制的に立ち上げる力があります。

    だから私は、これから発信していくノウハウを、有料の形にしていこうと考えています。オンラインサロンとまではいかないのですが、実行する気のある人に、実行するための重みを持って届けたい。それだけです。

    「アクセサリー作家がノウハウを売り始めたら終わりだ」という言葉を、これまで何度か目にしてきました。SNSでハンドメイド作家同士がやりとりしているのを眺めていると、時々そういう空気を感じます。作ることに専念すべきなのに、コンサルまがいのことを始めるなんて、本業から逃げているんじゃないか。そういうニュアンスです。

    正直、耳が痛い時もあります。作ることから離れて、教える側、渡す側に回ることは逃げでしょうか? 
    経験を渡すという行為は、本業から逃げることではなく、本業そのものの続き方の一つなのです。

    30年で積もったのは、技術ではなく「見極める力」だった

    30年近くやってきて、はっきりわかったことがあります。積み重なっていたのは、きれいなアクセサリーを作る技術そのものよりも、「見極める力」でした。

    売れない月と、積み上げの途中にある月を見分ける力。
    お客様の「かわいい」という一言の奥にある、本当の理由を読み取る力。
    自分が作りたいものと、市場が求めているもののズレに気づく力。
    値付けを、頑張った分の対価ではなく、お客様が支払いたいと思う価格帯から逆算する力。

    これらは、「ハンドメイド読本」的な書籍には載っていません。売れない日々を、何年も、何十年も過ごしてきたからこそ、少しずつ体に染み付いていったものです。

    たとえば値付けです。若い頃の私は、材料費と作業時間から機械的に価格を計算していました。ある時、「ちゃんとした価格の方が安心して買える」というお客様の声とともに、値上げ後によく売れるようになったことがありました。安ければ売れるはずだ、という思い込みが、実はまったくの逆効果だったと知った瞬間です。頑張った分の対価として値段をつける発想から、お客様が何にいくらまでなら安心して払えるかを起点にする発想へ。この転換だけで、何年分もの遠回りを避けられたはずでした。

    もう一つ、レビューや問い合わせの言葉の読み方も、長い時間をかけて変わりました。以前の私は「かわいい」「素敵」といった感想を、そのまま励みとして受け取るだけでした。今は、その言葉の裏に隠れている、まだ言語化されていない不満や願望を探すようにしています。「かわいいけど、少し重い」という一言の奥には、着け心地への要望が隠れています。感想を感想のまま流さず、次の商品設計のヒントとして読み替える。これも、失敗と改善を何十回、何百回と繰り返した末に身についた技術です。

    正直に言うと、経済的合理性だけで考えたら、とっくにやめている方が賢い選択だったかもしれない時期が何度もありました。それでも続けてきたからこそ、今こうして「見極める力」という、目に見えない財産が手元に残っています。これを、形のないまま自分の中だけに閉じ込めておくのは、なんだかもったいない気がしています。

    体力の衰えを、事業のフェーズが変わるサインとして受け止める

    35歳くらいまでは、夜中の2時まで作業をしていても平気でした。
    デザインフェスタに出展した時のことをよく覚えています。
    1日目の搬出を終えて、2時間かけて車を運転して自宅に戻り、その夜のうちに翌日分の在庫を制作し、少し仮眠を取っただけで、2日目の朝8時にはまた会場へ向けて出発する。当時はそれが普通にできていました。

    今、同じことをやれと言われたら、絶対に無理です。作業自体は始めてしまえば今でも平気なのですが、そこに至るまでの「よし、やるぞ」という気力の立ち上がりが、明らかに重くなりました。

    この変化を、悔しいとか、寂しいという感情で捉えることは、実はあまりありません。年齢を重ねればできることは変わっていく。それだけの話だと受け止めています。

    ただ、受け入れるだけでは終わらせたくありませんでした。今年に入ってから、中小企業診断士の勉強を始めたことで、この体力の変化をまた別の角度から見られるようになりました。事業には、立ち上げて、育てて、成熟させて、次の世代や次の形に引き継いでいくという、いくつかのフェーズがあります。個人事業主の場合、そのフェーズの移行は、往々にして経営者自身の体力やライフステージの変化と重なって訪れます。

    これまでの私の商売は、勘だけに頼っていたわけではありません。
    アクセサリー販売を始める前、大手小売業に勤めていた時期があり、接客や売り場作りの基礎は、その頃に覚えたものです。
    小売業時代に得た知識と、独立してから積み重ねてきた経験は、私の中でずっと地続きのまま、言葉にならない感覚として一体化していました。

    体力が求められる制作・販売のフェーズから、蓄積した知見を他者に承継していくフェーズへ。
    これは決して私だけの特殊な悩みではなく、多くの個人事業主が通る、ごく一般的な事業のライフサイクルの一部でしょう。

    私が今直面しているのは「衰え」ではなく、「事業のフェーズが蓄積する段階から、渡す段階へと移り変わるタイミング」なのだと理解し直すことができました。
    体力にものを言わせて作り続け、売り続けるやり方は、蓄積のフェーズにふさわしいやり方です。
    今の私に必要なのは、蓄積してきたものを、渡す段階にふさわしいやり方に組み替えることでした。ノウハウの発信、そして今後のコンテンツ有料化は、フェーズ移行の具体的な形です。

    不安障害を抱えながら売り続けた10年も、経験知の一部だった

    もう一つ、正直に書いておきたいことがあります。

    私は20代前半、会社員として働いていた時期に、不安障害になりました。当時勤めていた職場は、次のような状態が当たり前になっていました。

    • 人手不足で、一人あたりの業務量が多い

    • シフト制で早番と遅番があり、勤務が不規則

    • 遅番の日は夜中12時に帰宅し、翌朝6時起き・8時出勤ということもある

    数年この生活をしていたある日、突然、会社に行けなくなりました。
    そこから回復するまで、10年以上かかりました。

    回復と一言で言っても、まっすぐな道ではありませんでした。数ヶ月調子が良かったと思ったら、些細なきっかけでまた動けなくなる。そのたびに「もう治らないのかもしれない」という不安が押し寄せてきました。それでも、アクセサリー作りだけは、なぜか手が止まりませんでした。作業台に向かっている時間は、不安が少しだけ遠のく、数少ない時間だったのだと思います。

    会社に行けない日が増えていったとき、会社を辞め、アクセサリー一本で生活することを選びました。何分人手不足ゆえ、休職という選択もできなかったのです。
    だったらいっそ会社を辞めるしかない。
    やりたかった部門の仕事だったのですが、その反面、やり切った感もどこかにありました。
    ちょうどその頃、ネット通販の環境が急速に整い始めていた時期でもあり、「もしかしたら、こんな人口の少ない田舎でも、ネット通販ならやっていけるかもしれない」という可能性に賭けるしかありませんでした。

    不安障害を抱えたまま手を止めなかった10年以上は、今振り返ればかなり無理もしていたと思います。けれどこの期間があったからこそ、「見極める力」は磨かれたのだと思います。体調が万全でない日にどう動くか、動けない日をどう受け入れるか。健やかな状態だけを前提にした商売のやり方では、身につかなかった感覚です。

    30年アクセサリーを売ってきた自分に何ができるか?

    自分自身が氷河期世代であること、同世代に非正規雇用の人が多いこと、ドロップアウトしてしまった友人が実際にいることは、ここから先の話の背骨です。ただ、この構想で実際に支援したいと考えているのは、自分と同じ氷河期世代ではありません。今、社会に出ようとしている、あるいは出るのに苦労している、10代後半から30歳くらいまでの、若い女性たちです。未就業のまま時間が経ってしまっている人も含みます。

    自分がこれだけ長く苦しんだからこそ、次の世代には、同じように社会に幻滅してほしくないという気持ちが強くあります。働きたくても働けない期間が長くなるほど、「社会は自分を必要としていない」という感覚が深く刻まれていきます。その感覚が固まってしまう前に、小さな成功体験と、生活していけるだけの収入を得る道筋を用意したい。

    具体的には、次のような形を考えています。

    1. 手芸を通じた技術指導:アクセサリーや編みものなど、実際に手を動かして技術を身につける

    2. インターネット教育:メディアリテラシーやリスク回避など、ネット販売を扱う上で欠かせない知識

    3. 接客教育:販売会での接客の基礎を座学で学ぶほか、身なりやメイクといった社会生活の基礎的な部分も含む

    4. 販売代行:自分が作ったものが実際に商品として並び、対価を得る経験を通じて、「自分の作ったものが商品になる」実感と、「商品として責任を持って売る」感覚の両方を養う

    この構想の終着点は、はっきりしています。生活できるだけの収入を、自分の力で得られるようになること。それ以上でも以下でもありません。

    正直に言うと、まだ形にはなっていません。まずは自分自身のアクセサリーが、こうした支援の受け皿になれるくらいにきちんと売れるようにならなければ始めようがない、という資金の問題があります。そして、健常者にアルバイトをお願いするのとはわけが違う、雇用の責任の重さもあります。大なり小なり事情を抱えている人たちを迎え入れるということは、こちらにもそれ相応の理解と受け皿が必要になります。

    構想を練る中で、身近でひきこもりのご家族がいる方に、それとなく状況を伺いながら、少しずつ情報を集めてきました。見えてきた声は、次のようなものです。

    • 小中学校の頃から不登校だった方の場合、短期的には働きに出られても、長期的に働き続けるのは難しいのではないか

    • 軽い鬱状態にある方は、一歩を踏み出すよりも守りに入ってしまい、本人も「なんとかしたい」と思っていてもブレーキがかかってしまう

    そして、自分自身の経験からも気づいたことがあります。普通に仕事をしていても、精神的な何かの拍子に、突然体が動かなくなってしまうことがあります。専門用語では「鉛様(なまりよう)」と呼ぶそうです。私が会社に行けなくなった状態ですね。

    鬱病という診断が下りていなくても、実際に毎日会社へ問題なく通えるかどうかは、まったく別の問題です。

    うつ病など何らかの診断がついている人よりも、「これといった診断は下りないけれど、会社勤めを続けるのが難しい」という人の方が、実はもっと多いのではないか。今はそんな仮説を持ちながら、引き続き調査を続けています。
    だからこそ、いきなり「週5日、決まった時間に出勤してください」という形ではなく、来られる時に来て、突然休んでもいい、という前提から設計を始めたいと考えています。

    この構想の出発点は、まだスタートラインにすら立てずにいる若い人たちに、小さな入口を作りたいという願いです。

    実店舗で接客していても、「買う」人と同じくらいの数、「自分でも作ってみたい」というお客様がいます。姪や甥が遊びに来た時、一番楽しそうにしていたのは、完成品を見ている時間ではなく、パーツを選んでいる時間でした。
    ワークショップという形で「作りたい」気持ちを受け止めながら、その先に、就労のきっかけを組み合わせた場を作れないか。
    そんな構想をぼんやりですが持っています。

    積み上げてきたものを、次の人へ渡していく方法

    30年の経験知を渡すことと、10年温めている就労支援の構想は、私の中では同じ一本の線でつながっています。

    経験知を渡すのは、これから作って売りたい人が、遠回りせずに続けられるようにするためです。
    就労支援の構想は、これから社会に出ようとしている若い人たちに、私が味わったような幻滅を味わわせないための、小さな入口を作るためです。
    どちらも、まだ土俵に立てずにいる人の背中をそっと押すための話です。

    大きな社会課題を、一気に解決できるとは思っていません。就労支援の構想は、まだ調査段階です。それでも、10年前は漠然とした思いつきに過ぎなかったものが、今はご家族への聞き取りを通じて、具体的な懸念点や設計の前提が少しずつ見えてきています。歩みは遅くても、確実に一歩ずつ前に進んでいる実感があります。
    30年かけて積み上げてきたマーケティングの「見極める力」を、誰かに渡すことができたなら、それはきっと、遠くの誰かではなく、すぐ近くにいる誰かの生活を、確かに変える力になれるはずです。


    #創作大賞2026 #ビジネス部門

     
     
    限界過疎地でアクセサリーを売り続けてもうすぐ30年。 売れなくても続けた田舎のアクセサリー屋がアクセサリーを売り続ける理由。 商売を続けて行く上で気になる更年期やメンタルの話。 ハンドメイド作家ではなく、商売人。

    あなたへのおすすめ