
【ショートエッセイ】「酒まんじゅう」
顔面神経麻痺になった日、顔の違和感を覚えながらも、まだ病気との認識もあいまいなまま、私は、高速道路を使い、住んでいる茨城から、娘たちのいる長野へ向かった。
娘たちは、変わり果てた私の顔を見て動揺していたが、特に痛みがあるわけでもなく、顔の左側が動かないだけなので、長野に着いた翌日は、久しぶりに会った娘たちと、善光寺にお参りに行った。
善光寺大門からまっすぐのびている中央通り沿いに、酒まんじゅうがおいしい「つるや」がある。
下の娘が酒まんじゅうを買ってくれて、家に帰って、3人で食べた。
大きくてふわふわの、つるやの酒まんじゅうは、やさしい甘さで、もとから大好きなお菓子だ。
食べようとして、私は、自分の口が開かないことに気がついた。
動かなくなった左顔面。
どうやって口を動かせばよいかわからず、ちまちまかじるが、酒まんじゅうの皮が唇に貼りついて、それも、口を動かして取ることができず、手を使うしかない。
1個の酒まんじゅうを、どれだけ時間をかけるのか、と思うほどの時間をかけて、必死に食べた。
まだ温かかったおまんじゅうは、食べ終わるころには冷たくなっていた。
娘たちは、私が食べ終わるのを、黙ったまま、じっと待っていた。
せつない空気が流れた。
それから、発症してあと数日で4ヶ月になるという日、茨城の常陸大宮市に最近オープンしたカフェ(HANDsさん)に初めて行き、コーヒーを買った。
私と連れ合いの貴房さんが選んだのは、タンザニアのコーヒー。
酸味があると言われたが、むしろ甘みと軽い苦みを感じるような、しっかりとしたおいしさだった。
2人でひとつの、テイクアウトしたコーヒーを車の中で少し飲んで、貴房さんは
「これ、好きー」
と言った。
家に帰って、前日に淹れたスマトラのコーヒーの残りと、持ち帰ったタンザニアのコーヒーと、スーパーで買った酒まんじゅうで、おやつにした。
娘たちから、生食用のあんずが送られてきたので、それも半分こして。
顔面神経麻痺はいまだに回復途中ではあるが、私は、いつのまにか、それほど苦労せずに酒まんじゅうが食べられるようになっていた。
そして、「酒まんじゅう」は、私にとって、前より特別なお菓子になった。