
【エッセイ】「トマト入りスクランブルエッグ」
もうずいぶん前、まだ私の両親が健在だった頃のこと。
長野に住んでいた両親は、地元の観光会社が企画するツアーに、二人そろってよく出かけていた。
その中で、中国に行ったときに出会った、現地の若い通訳の女性と親しくなったことがあった。
その女性は、名前が「桜」といった。
桜が日本に留学したがっていると知った父は、彼女を支援しようと、ツアーに行った人たちを中心に仲間をつのり、その後、無事に桜は日本の大学に入学した。
今でいう、クラウドファンディングなどもなかった時代のことだ。
もちろん桜が優秀で、努力家だったことが大きいのだと思う。
父は面倒見が良くて、人助けのようなことが好きだった。母も、定期的にユニセフに寄付をしたり、社会貢献みたいなことが好きで、そんなところで、二人は一致したのだと思う。
当時、私は大学生だった。
東京の大学に通っていた。
長期休みだったのか、実家に戻ったある日、家に桜がいた。
真面目で義理堅い桜は、無事に留学できたお礼に、わざわざ長野まであいさつに来て、そのまま私の実家に数日滞在していた。
私は、両親と桜から、そこに至るまでの話を聞いた。
リビングのソファに、桜が座っていたことを覚えている。
歳も近くて、私と桜は自然に仲良くなった。
翌朝、桜は朝食にトマト入りのスクランブルエッグを作ってくれた。
フライパンに油をひいて、そこに桜はショウガを入れて炒めた。
初めて見るレシピに、私は驚いた。
さらに、ざく切りしたトマトを入れて炒め、トマトの表面の色が変わってきたら、卵液を加えてスクランブルにした。
味はシンプルに、塩コショウだった。
味見をして、私が「おいしい!」と喜ぶと、桜もうれしそうに笑った。
通訳をしていた桜は、日本語もペラペラだった。
その後、数年は、私と桜は年賀状のやり取りをしていたが、私が就職すると、自然に、私たちは疎遠になっていった。
父とは、かなり長いこと交流が続いていたと思う。
桜が大学を卒業して、日本で就職して、そして、やはり日本で働いている同郷の男性と結婚したと聞いた。
桜から教えてもらった、トマト入りスクランブルエッグは、私の定番になった。
すりおろしたショウガを油で炒めて、トマトは、そのときによって、半分に切ったミニトマトになったりする。卵は、白だしを混ぜたり、マヨネーズを使うこともある。
休日のお昼に作ることもあるし、お弁当に入ることもある。
お弁当に入れると、水分が少し出るけど、おいしいからOK。
ほかのおかずに混ざらないように、お弁当箱をなるべく水平に持っていく。
トマトと卵はすごく相性が良いけど、そこにショウガが入ると、絶品になる。
