
成果を出す人の「メガネ」をAIにかけさせる ― 暗黙知の可視化と継承
はじめまして、改めまして、今回はなるべくビジネスモードの、シサクです。
前回、人間向け概念を作っていたら、AIの着眼点が変わったという投稿で、創作大賞のビジネス部門に応募してみました。
けれど、執筆しているうちに、内圧がこみ上げてきまして、ビジネス部門への投稿にもかかわらず、結論を最後に置き、私小説のようにまとめるという、セオリー破りをする結果となりました。
前回は主張の土台として消化してしまった話題について、本稿では独立して、改めて掘り下げ、できるだけビジネス視点でまとめてみたいと思います。
なお、私はLLM(大規模言語モデル)型AIの専門家ではありません。
ですので、これから述べることは仮説であり、また、十分なエビデンスもありません。
ただ、示唆に富む現象と感じています。
本稿で展開する
「企業や人の暗黙知を可視化し、AIを媒介にした継承をさせる」
ということが実現できるのならば、企業にとって有益なものとして論じるものです。
つまり、ビジネスアイデアの提示となります。
本書を読んで、今すぐに持って帰れる何かはありません。
しかし、新しいビジネスを探している方には、インスパイアを与える何かがあるかもしれません。
その点、予めご容赦ください。
シサクが考える成果を出す人の特徴とは何か
私のnoteのID:abstraction(抽象化)に沿って、お話しします。
私が考える、成果を出す人の特徴とは
その本質は「高精度な『予測誤差の処理能力』と『認知フレームの自己更新システム』を持っていること」
これを高速でこなすことができる人
です。
ここで言う「認知フレーム」とは、一言で表現すると、世界を見るための「メガネ」のことです。
同じ会議資料を見ても、成果を出す人と新人とでは、見えているものが違う。
2者の間で異なるのは、知識量だけでしょうか。
いいえ。
何に違和感を覚えるか、何を重要と見做すか、眺める対象と自身の瞳の間に存在する「メガネ」が違うのではないか。
成果を出す人は、
何に注目するかを選べる
失敗をデータとして扱える
気づきを言語化して更新できる
私はこれを、「予測誤差の処理能力」と「認知フレームの自己更新システム」と考えています。
これは、成長マインドセット、GRIT、コンピテンシー理論、ビッグファイブ理論の誠実性などといった研究とも接続できます。
ただ、この「自己更新システム」は、二つの側面を持っています。
ひとつは、自分の認知フレームを取り出して、外に渡せるという側面。
もうひとつは、渡したあとも、本人の中では更新が続いていくという側面。
今回のビジネスモードで扱うのは、前者——「取り出して、AIに載せて、他者に渡す」側となります。
渡して固定したフレームの更新が止まったら何が起きるか、その「賞味期限」の話は、今後の「人と環境と認知フレーム」というテーマのエッセイで書いてみたいと思います。
本稿の問いと、暗黙知DX仮説
問い:
成果を出す人、例えば、営業が上手い人、優れた編集者、チーム目標を達成する管理職、障害対応の勘が鋭いインフラエンジニア、彼らは知識だけを持っているわけでなく、他者と同じ情報を見ても、「どこに着眼するか」が違うのではないか。
なぜなら、これは、システム開発で言うと、要件定義、SA工程であり、設計前の工程で、成果物の品質を大きく左右する上流工程にあたる。また、設計のレビューや実装テスト、ユーザーテスト、といった各プロセスのレビューでも着眼、捉え方は最終成果物の品質にも関わる。故に、すべての工程に関わる重要な事項といえる。
仮説の核:
成果を出す人の「物事の捉え方」そのものを言語化し、AIに読ませると、AIが、その人の視点を通して考える思考パートナーになりうるのではないか。
もしそうなら、認知フレームは思考フレームよりも上流にあり、成果物の品質を直接的に左右する可能性がある。
そして、その思考パートナーを、その「物事の捉え方」を必要とする部下が利用したり、部下からの企画書の予備審査AIとすれば、利用価値が高いのではないか。単に着眼点をAIに持たせるだけでなく、その着眼点はどのような経験から構築されたかを併せ持てば、暗黙知のコーチになるのではないか。
なぜ効くのか:
これはおそらく、文脈内学習(In-Context Learning)と呼ばれるうちの、特に効果を増幅させる、一種の方法と考えています。つまり、技術の研究はすでにあります。ただし、今回仮説として提示する、効果を高める具体的な方法、その詳細な条件付け、及び、その機能が描く未来像については、明確に着眼されていないのではないか、と感じています。
効果を高める条件:
本文内で提示します。
ある大手IT企業のChatGPT活用の話
さて、昨年の10月のことですが、テレビで「MEGUMIママのいるBar」という番組を家族と見ました。
その放送回では、LINEヤフー会長の川邊健太郎氏が出演されていたのですが、興味深い話をされていました。
番組の中で川邊氏が語ったのは、社内データを学習させたChatGPTに自身の発言を読み込ませて「川邊会長が言いそうなこと」を喋らせるChatGPTを作ったといったような内容でした。
当時はただ、面白そうだな、と感じた程度です。
けれど、前回の投稿で、認知フレームについてまとめるうちに、新たな着想を得ました。
その着眼とは、「川邊氏が何を言いそうか」ではなく、「川邊氏が着眼する特性」を、AIの推論に含めることができるのか、という問いです。
「発言を尤もらしく模倣するAI」と、「着眼を模倣するAI」。
似ているようで、違う。
この差が、本稿のテーマです。
私は自身の法人を設立して10年以上となっていますが、当初に志したような飛び抜けた成長は実現できていません。
メンターが居てくれたら、と思ったこともあります。
ですから、そういう、いわば、川邊氏AIがあれば利用してみたいと思うわけです。
また、私は、異業種からIT業界に転職しましたが、転職活動時などは、メンターが居てくれたらとよく思いました。
プログラミングの教科書はたくさんあります。
けれど、どこから手を付けていいのか、その勘所がわからない。
今ならわかることも、全くわからない。
自分が何になりたいのか、何を目指すといいのかわからない。
経験豊富な人にアドバイスを貰いたかったけれど、転職前に聞ける知人・先輩は居ませんでした。
川邊氏AIがどれだけ社内で活用されているのかはわかりません。
担当者が利用するものとして、壁打ち相手や、企画のダメ出し相手として、川邊氏AIを利用しているのかもしれません。
そのようなものがあると、川邊イズムとも言えるような、考え方を社内に広める効果もあるでしょう。
時には、事業計画や、企画の予備審査として川邊氏AIを利用して、評価し、経営者層の時間を奪わずに、企画をブラッシュアップするなどの業務の効率化があるのかもしれません。
川邊氏AIと対話をすることで、経営者視点を社員が共有する効果もありそうです。
学べること、気づくことがたくさんありそうです。
「発言を学習させたAI」と「認知フレームを読ませたAI」の違い、その仮説
例えば、ある人物の発言集を学習させると、その人らしい発言をAIにさせることができる。
これは、一般の人でも感覚的に知っていることだと思います。
私が仮説としている認知フレームという話は、その一段先、または一段奥です。
ある人物が書いたテキストを大量に読み込んで、学習すれば、その人らしい文章、近似の文章を生成してAIが出力してくれる。
けれど、それは、認知特性とはレイヤーが違う。
なぜなら、発言集テキストは認知特性を「通過して」生み出されているものです。
その特性のすべてが語られているわけではなく、あくまで、認知特性が「反映」された発言でしかありません。
逆に、その人が培ってきた、暗黙となっている認知特性、認知フレームを言語化することができたら。
加えて、その認知フレームがなぜ必要なのかという意味づけ、重み付け、そして獲得するまでの歴史を言語化できたら。
AIは、その人物の認知フレームに即した言葉を選びやすくなり、発言集からの文章生成に比較して、本人の暗黙知により近づいた回答を出力することができるのではないか。
何に着眼するか、優先順位は何か、企画書のレビューの視点は?
会議で注目しているのは?
対人関係、ステークホルダー管理で気をつけているのは?
自身の成長のためのメタ認知特性は?
これらは、一般的に言われる「考え方」とは少し違います。
例えば、
企画書を見て、「おや?」と思ってしまう事象
報告書で、真っ先に見る箇所
初見の人と挨拶するときに、相手の目の動きに注視して、こちらを見返すのかを見る
など、そうした、本人の中では無意識的に対象へ向けている観察眼、何に注意を向け、どんなときに「気になる」「意識される」のか、という認知特性です。
つけ加えるなら、成果を出す人特有の予測誤差。
ここで言う予測誤差とは、冒頭で挙げた「失敗をデータとして扱う」力のことです。
物事はこうなるはずだ、という予測と、実際に起きたことの「ずれ」に気づく能力。
成果を出す人は、この「誤差」に鋭敏であり、それを手がかりに自分の見方を書き換えていく。
そして、その気付き、認知をどう言語化、意味づけしているのか、という法則です。
これは、物理演算を導入するに至った現在の動画生成AIと、それ以前の動画生成AIーーつまり、それらしいけど、現実とは違う動画(例えば指が5本ではないとか)を生成するAIとの差、違いをイメージしてもらえると近いように思います。
発言集という、本人から生み出された「結果」の統計的平均から生成するのではなく、その結果が生成される起因となった「認知と言語化」の原理から回答を生成すること。
その仕組を作れたらどうなるか。
ただ、本稿では、「認知と言語化」の「認知」の部分についてのみをテーマとして取り上げます。
さて、前述の川邊氏AIが実際にどのようなものか、私に知るよしもありません。
ただ、仮に、川邊氏へのインタビュー集などが大量に学習されていたらどうでしょうか。
どのようなことに対して注意を払うのか、何に気づきやすいかなど。
そうした発言が数多くあれば、それは認知を含む学習データとなり、認知フレームを内包する学習データとなり得るかもしれません。
AIが見る世界は、川邊氏の視界を借りるように、「川邊氏メガネ」をかけて世界や、対話者を見ているのかもしれません。
認知フレームになりうるドキュメントについての提示
さて、前回記事では、構成の流れを考え、私がAIに読ませた、人間向けに作成した概念書を、記事の最後に記載しました。
ですが、本投稿では、この話が主体なので、以下にリンクを置きたいと思います。
エゴ・マイニング定義書とその実践プロトコル
こちらが、前回の投稿で、私がAI(その時はClaude)に読ませた内容です。
なお、このドキュメントは、私自身をシステムとして捉え、その内部処理を記述化しているものです。
内容についてはまだまだ粗いので、不問でお願いしたいところです。
また、以下も人間向けのものですが、こちらも概念を重ね合わせたもので、新たに参考として加えます。
これは英語圏の読者向けにまとめた、「日本の協調OSと個性」というテーマをまとめたドキュメントになります。
今後Mediumにて、私が提唱するエゴ・マイニング(英語名 KOSEI Mining)の記事を書こうかと思っていまして、その前段階で準備していたものです。
日本人的な「個性」という概念が、欧米では理解しづらいようなので、この概念とその成り立ちの仮説をまとめたものです。
これらを、ただ、AIに「読んで」とだけ渡して、その後の対話で何かしら変化が生じるかを観察していただければと思います。
私が初めて、この現象を明確に認識したのは、AIの回答が、いつもと違う言葉の選び方をしているように見える、視点が異なっているかもしれない、といった印象を持ったことがきっかけです。
また、参考に以下のようにAIに聞くのも良いかもしれません。
提示した資料を読むことで、このセッション内で、認知フレームとも言える効果があるか?
例えば、以下のような回答をしています。
なお、すべてを読む必要はありません。
流し見で十分です。



どれも、肯定のように見えますが、しかし、注意が必要です。
なぜなら、AIはユーザーへの肯定バイアスがあり、ユーザーの期待する方向に回答する特性があるからです。
また、AIが正確に自己の内部処理、その仕様を学習しているかは定かではありません。
AIはユーザーへの回答を生成する際に、内部でトークンを生成していますが、その際に認知フレームと私が呼ぶような現象が実際に生じ、それをメタ認知として認識しているのか、言語化しているかについては、疑問符がつきます。
ですから、盲目的に回答を信じるのは推奨されません。
しかしながら、AIは一般的なLLMの仕組みについては、事前学習済みでしょうし、その概念からの統計的平均の回答と考えれば、示唆としては充分かもしれません。
シサクの体感としての、認知フレーム効果を高める方法
この仮説を思いつく前から、私は様々なAIペルソナ用のプロンプトを複数作成してきています。
例えば、
事業計画作成を支援するペルソナ、逆に事業計画をレビューするペルソナ
自分の固定概念を対話内容から引き出してもらうためのペルソナ
コンテンツ評価ペルソナ、文章評価ペルソナ
小説製造システム用ペルソナ群 ー システム構築支援用ペルソナ・プロデューサーペルソナ・クリエイターペルソナ・監査ペルソナ
など。
一例を挙げると、小説製造システムを構築するための支援用ペルソナは、XMLでモジュール化し、内部はマークダウンで記述しています。
このペルソナは、25モジュールで構成され、全体の行数は1,800を超えています。
中身は、システム構築に関する規約のほか、物語論であったり、表層理論(批評家・渡部直己氏著『レトリックス ― 大衆文芸技術論』をベースにした独自理論)、脳科学・認知科学と接続した読者・作者の思考理論など、私が自身の経験と思索から独自に定義した理論でもって埋めつくしています。
その実践の感覚値・体感値を基底にした、体感からの仮説です。
認知フレーム効果を高める4条件
ただ単に、知識を渡すのではなく、いくつかの条件を重ねることで、認知フレームとしての効果が高まる。
これは私のプロンプト作成の経験上の体感です。
以下に示す4条件を満たすことで、AIが違和感なく、そのフレームに乗ってきてくれる、認知フレームという物事の捉え方=メガネを意識することなく利用し始めるように思えます。
異なる分野の既存理論と接続して論理の密度を上げること。
特に脳科学、認知科学、システム工学を意識して接続すること。
滑らかに接続し、統合して、整合性を高め、AIが引っ掛かりを持たない(できるかぎり反証しない概念をつくる)ようにすること。
考え方に独自の短縮名・英名を与えて、ラベル化し、AI自身が回答に含めやすくすること。
(2)については、特に人間という存在を人文学で定義せず、自然科学の文脈によって定義することで、AIが人間の内面を掘り下げて語る言葉が豊かになり、着眼点が増える、人間の複雑性を前提とした推論経路ができるように思います。
(3)については、領域を跨いだ概念の接続が滑らかであればあるほど、その整合性が既知として、前提として語られるようになる気がしています。
多様性により、揺らぎと見える人の内面が、「構造化された因果関係」や「システムの挙動」として翻訳して説明可能になることが、滑らかさに繋がるのではないかと想像しています。
補足:Gemini、ChatGPT、Claudeに、仮説は反証されるか
さて、ここまでは、私の体感の話でした。
それでは、LLMとしての仕様と、齟齬が無いか、明らかにあり得ない仮説なのかを簡単に確認した結果についてお話しします。
具体的には、問いを立て、仮説をGemini、ChatGPT、Claudeに提示してみるという実験です。
先にも書きましたが、AIには、ユーザーの期待に沿う肯定バイアスがあります。
私が「認知フレームを渡すと挙動が変わるはずだ」と考えていて、それをAIに訊けば、「はい、変わります」と返ってくるのは、ある意味、当たり前です。
ですから、これは、仮説の証明でなく、仮説が反証されなかったか、否定されなかったかを示す調査報告です。
つくりの違う3つのAIが、私の感覚を、真っ向から否定してこないかどうか。
結論として、肯定に傾きやすいAIが、否定はしませんでした。
この『否定されなかった』という結果を、私は弱い手応えとして受け取っています。
以下に添付したテキストは、その調査の簡単なまとめです。
ご興味のある方はどうぞ。
着眼点を、継承する - 暗黙知DXの可能性
そして、ここからが、今回の着地点です。
このメガネは、自分で使うだけのものではありません。
それを持っていない人へ、渡せるのかもしれない。
そして、その認知フレームは、AIの「メガネ」となり、認知フレームを未だ構成できていない人間へ、継承できるのかもしれない。
メガネを掛けたAIと新入社員が対話をする。
おそらく膨大な暗黙知を言語化した資料をビギナーに読ませるより、ゲームという仮想シナリオで、初心者に向かってAIと対話や議論、問答をさせたほうが、理解は早い。
もしくは伴走させる。
例えば、将棋を指すとします。
ただ、将棋をするのでなく、後ろに藤井聡太さんがいて、指示を仰げるとしたら。
この局面、どう考えたらいいですか。
どのように見えますか。
などなど。
一つ一つの問いに答えてくれたら。
つまり、その領域で、成果を出してきた人物、何十年というスパンで磨いてきたベテラン、そうした認知フレームが、すべてとは言わなくても、初学者に受け渡せることができるかもしれない。
人間は誰でも最初は初心者です。
すぐには、ベテランにはなれない。
新入社員がいきなり成果を出すことは稀です。
組織が抱えてきた、暗黙知という課題
組織は長年、「ベテランの勘」を継承できないことに悩み続けています。
マニュアルは知識を残せる。
手順書は行動を残せる。
しかし、「何を見るか」「どこで違和感を覚えるか」という認知そのものは、ほとんど継承できなかった。
人は知識を教えられる。
しかし、何を見るかを教えることは難しい。
ベテランの勘、経営者の嗅覚、営業の空気感、障害対応者の嫌な予感。
それらは長い時間をかけて身体に染み込んだ認知フレームという能力だからです。
最後に日常的な一コマで表してみます。
あなたは買い物を頼まれ、トマト売り場の前に立っています。
どれも同じにしか見えません。
しかし、横から現れた人は、売り場を一瞥したあとに、すぐさまあなたの眼の前にあるトマトを一つ取り上げて、その場を去ります。
確信に満ちた選択です。
けれど、あなたには、どれも同じトマトにしか見えない。
これは、思考法の話ではありません。
何に注意を払うべきか、どのように見分けることができるか、認知フレームの話です。
もし、成果を出す人間のメガネ、後世に残したい暗黙知を形にしたメガネ、それらを言語化し、AIへ装着できるなら。
私たちは初めて、「知識」ではなく「着眼点」を継承する技術を手に入れるのかもしれない。
あとがきとして
ここまでお読みいただきまして、ありがとうございます。
今回は、私が一番苦手な、ビジネス書というものを意識して、まとめてみましたが、いかがでしたでしょうか。
ビジネス部門の応募として、それなりに読むに耐えるものになっていますでしょうか。
前回、人間向け概念を作っていたら、AIの着眼点が変わったと真逆で、一度出来上がった原稿を、ばっさ、ばっさと、切り落として3分の1に削る作業でした。
とはいえ、やはり、削りきれなかったとも思います。
あれも書きたい、言い足りない、そんな衝動で内圧がたかまりフラストレーションが溜まっています。
次回は「人と環境と認知フレーム」について、ビジネス部門ではなく、エッセイ部門への応募投稿として、内圧をぶつけて投稿してみたいと思います。
また、本稿で除外した、暗黙知を言語化するための方法についても、また別途、書けたらいいなと思います。
お読みいただき、ありがとうございました。
シサク