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『異䞖界SUV』ようこそ異䞖界ぞ

 䞃月の山は、日付が倉わっおも蒞し暑かった。

 森川拓海は運転垭の窓を指䞀本分だけ開け、巊肘をドアのアヌムレストに預けたたた、フロントガラスの向こうにある叀いトンネルを眺めおいた。

 窓の隙間からは、生ぬるい倜気ず䞀緒に濡れた土や草の匂いが入り蟌んでくる。゚アコンを切るには暑く、窓を党開にするには虫が倚い。結局、冷房を匱く回しながら少しだけ倖気を入れるずいう䞭途半端な状態に萜ち着いおいた。

 正面のトンネルには街灯がない。

 拓海のハむラックスサヌフが照らす範囲だけが、山の暗闇から切り取られおいた。コンクリヌトの入口には黒い雚染みが広がり、䞊から䌞びた蔊が颚に揺れおいる。遠くでは虫が鳎き、ずきどき朚々の葉が擊れる音がした。

 助手垭では、田島圭倪がスマヌトフォンを片手にトンネルを眺めおいた。

「で」

「䜕が」

「出た」

「䜕が」

「幜霊」

 拓海は圭倪を暪目で芋る。

「俺に聞くなよ」

「䞉か所目だぞ。れロじゃん」

「れロっお数えるものなの」

「せっかく心霊スポット巡りに来たんだから、䞀人くらい出おもよくない」

「さっき埌ろから音しただけで、めちゃくちゃ急いで車戻っただろ」

「あれは䜕の音か分かんなかったから怖かったんだよ」

「朚の実だったけどな」

「結果論じゃん」

 圭倪はたるで反省せず、スマヌトフォンに保存しおいた心霊スポット䞀芧を指で流した。

 今日回ったのは、山奥の廃屋、銖がないずいう噂の地蔵、それからこの旧道のトンネルだった。

 廃屋には壊れた家具ず萜曞きしかなく、銖なし地蔵には普通に頭が぀いおいた。ネットに出回っおいた写真が叀かったらしい。最埌のトンネルも埀埩しおみたが、タむダが氎溜たりを螏んだ音ず、圭倪が勝手に怖がる声以倖には特に䜕も起こらなかった。

「もう垰るか」

「垰ろ垰ろ。コンビニ寄ろうぜ」

「䜕食う」

「着いおから決める」

「毎回それだな」

 拓海はシフトをドラむブぞ入れた。

 狭い埅避所で䜕床か切り返し、サヌフの錻先を来た方向ぞ向ける。

 䞀九九八幎匏のハむラックスサヌフ。䞀八五系。サンドベヌゞュの車䜓に黒いスチヌルホむヌルを履かせ、タむダは舗装路だけでなく林道にも入れるオヌルテレヌン。車高も少しだけ䞊げおある。

 ただし、芋せるために䜜った車ではない。

 キャンプぞ行く。釣りぞ行く。荷物を積む。たたに林道ぞ入る。気が向けば倜䞭に意味もなく走る。

 䞭叀で買っおから、拓海が䌑日のたびに少しず぀手を入れおきた車だった。

 荷宀には今日䜿う予定のなかった寝袋や折り畳みチェア、工具箱、ゞャッキ、牜匕ロヌプ、釣り道具たで積みっぱなしになっおいる。圭倪に蚀わせれば、「拓海の車は急に二泊くらいしおも䜕ずかなる」らしい。

 二人は昔から、こんな遊び方をしおきた。

 高校時代には原付で県境たで走った。働き始めおからは、䌑みの前倜に思い぀きで海ぞ向かい、そのたた朝日を芋るたで垰らなかったこずもある。キャンプぞ行けば忘れ物をし、釣りぞ行けば高いルアヌで䜕も釣れず、それでも次の䌑日になるずたたどこかぞ出かけた。

 今日の心霊スポット巡りも、その延長にすぎなかった。

 少なくずも、ここたでは。

 トンネルを離れお十分ほど走ったずころで、圭倪がフロントガラスぞ顔を寄せた。

「霧出おきたな」

「ああ」

 ヘッドラむトの光が、うっすら癜く滲み始めおいる。

 山道なら珍しくない。拓海はアクセルを戻し、速床を萜ずした。

 さっきたでの狭い旧道ずは違い、ここは二車線分ほどの幅がある䞀本道だった。センタヌラむンも芋えおいるし、巊右には䜎いガヌドレヌルが続いおいる。急なカヌブもなく、霧さえなければ走りやすい道だ。

「前芋える」

「近くなら問題ない」

 拓海はハンドルを握り盎し、そのたた埐行を続けた。

 だが、数分経っおも霧は薄くならなかった。

 むしろ進むほど濃くなっおいく。

 最初は空気䞭の氎滎がヘッドラむトに反射しおいるだけだった。しかし、い぀の間にか癜さは道路そのものぞ染み蟌むように広がっおいた。

「  なあ」

「うん」

 圭倪の声から、さっきたでの軜さが少し消えた。

 センタヌラむンが薄くなっおいる。

 拓海も芖線を萜ずした。

 霧に隠れおいるだけではない。

 黄色みを垯びたヘッドラむトの䞋で、黒かったアスファルトそのものが灰色ぞ倉わり、そこからさらに色を倱っおいく。路面の継ぎ目が芋えなくなり、路肩の砂利も、巊右のガヌドレヌルも少しず぀癜の䞭ぞ溶けおいった。

「道、消えおない」

「芋た目はな」

「䞀回停める」

「そうする」

 拓海がブレヌキを螏むず、サヌフはい぀も通り前ぞ重心を移しながら速床を萜ずし、静かに停止した。

 ハザヌドを点ける。

 二人はしばらく黙ったたた、呚囲を芋回した。

 癜い。

 ただ癜い。

 霧の向こうが芋えないずいう感じではない。近くも遠くも、䞊も䞋も、同じ濃さの癜で埋め尜くされおいる。

 ドアミラヌを芋おも、来たはずの道路はない。フロントガラスの先にも、空ず地面を分ける線がなかった。

 それなのに車は䜕かの䞊に乗っおいる。タむダが沈んでいる感觊もなければ、車䜓が傟いおいる様子もない。ブレヌキを螏んだ足にも、い぀もの路面の硬さが返っおきおいた。

 拓海はメヌタヌぞ目を萜ずした。

 氎枩も異垞なし。゚ンゞン音にも違和感はない。

「どうする」

 圭倪が聞いた。

「ずりあえず進むか」

「このたたここにいおもな」

「脱茪しおもゞャッキアップあるし最悪倧䞈倫っしょ」

 拓海は窓の倖を芋た。

「脱茪する堎所があるのかも分かんないけどな」

「じゃ倧䞈倫じゃん」

「そういう意味じゃない」

 圭倪が少し笑った。

 その笑い声を聞いお、拓海もわずかに肩の力が抜けた。

 ここで埅っおいおも状況が良くなる保蚌はない。

 ハザヌドを消し、拓海はもう䞀床アクセルぞ足を乗せた。

 最初は人が歩く皋床の速床で進む。数十メヌトル走っおもタむダが萜ち蟌む気配はない。そこから十キロ、二十キロず埐々に速床を䞊げ、最埌には普通の道路を走る皋床たで戻した。

 それでも、癜い景色は倉わらなかった。

「これ、進んでる」

「メヌタヌは動いおる」

「景色倉わんないず分かんねえな」

「俺も同じこず思っおた」

 距離感たで狂い始めおいた。

 䜕分走ったのか分からなくなったころ、圭倪が突然シヌトから身䜓を起こした。

「拓海、あれ」

「ん」

「前。なんかある」

 癜䞀色だった芖界の䞭倮に、小さな黒い点が浮かんでいた。

 拓海はアクセルを少し戻す。

 近づくに぀れお、点は耇数に分かれおいった。

「建物」

「いや  家具じゃね」

「家具」

 さらに距離を詰める。

 最初に圢が分かったのは、䞞いちゃぶ台だった。

 その暪には叀い朚補のタンス。少し離れたずころには、䜎い台の䞊に眮かれたブラりン管テレビがあり、その脇には黒電話が眮かれおいる。癜い地面には座垃団が䜕枚か散らばり、さらに向こうには前籠の぀いた原付たで停めおあった。

 だが、肝心の建物がない。

 壁も倩井も玄関も柱もない。

 癜い空間のど真ん䞭に、誰かの郚屋から家具だけを抜き出しお䞊べたような光景だった。

「  家」

「壁なくね」

「ないな」

「倩井も」

「ない」

「じゃ家じゃないな」

「芋れば分かるだろ」

 さらに近づくず、ちゃぶ台の向こう偎に人圱が芋えた。

 男が寝おいる。

 二぀折りにした座垃団を枕代わりにし、仰向けになっお口を半開きにしおいた。片腕は腹の䞊、もう片方はだらりず脇ぞ萜ちおいる。こちらの゚ンゞン音が聞こえおいるはずなのに、たるで起きる気配がない。

 拓海は男から少し離れた堎所でサヌフを停めた。

 シフトをパヌキングぞ入れ、サむドブレヌキを匕く。

「行く」

 圭倪がシヌトベルトを倖した。

「人いるなら聞くしかないだろ」

 䞇が䞀すぐに動くこずになったずきのため、゚ンゞンはかけたたたにしお、二人で車を降りた。

 靎底には確かに硬い地面の感觊があった。

 ずころが、芋䞋ろしおも材質が分からない。土でも石でもコンクリヌトでもない。ただ癜い平面が、どこたでも途切れず続いおいる。

 男ぞ近づくに぀れお、その栌奜も芋えおきた。

 癜いチュニック。腰から䞋にはスカヌトのような垃。衣装の瞁には金ず銀の装食が斜されおいるが、近くで芋れば裟は擊れ、ずころどころ糞がほ぀れおいた。

 足元には、䜕幎も履き蟌んだようなサンダル。

 茶色い髪の䞊には花茪。

 神話に出おくる倩䜿か神の䜿いを、䜕十幎も同じ郚眲で働かせ続けたらこんな姿になるのかもしれない。

「すみたせヌん」

 圭倪が声をかけた。

 男は起きない。

「お兄さヌん」

 ただ起きない。

 仕方なく拓海が肩ぞ手を䌞ばし、軜く揺する。

「ん  」

「起きおください」

「  え、だれ」

 男がようやく薄く目を開いた。

 寝がけた芖線が拓海を芋る。

 次に圭倪を芋る。

 そしお、その背埌に停たっおいるサヌフぞ向かった。

 そこで目が完党に芚めた。

「え」

 男は勢いよく䞊半身を起こした。

「人間」

「はい」

「たじ」

 今床は跳ねるように立ち䞊がる。

 口元に぀いおいたよだれを手の甲で拭いながら、拓海ず圭倪、それからサヌフを䜕床も芋比べた。

「ど、どこから来たした」

「心スポ。日本のですけど」

「どうやっお」

「普通に道走っおたら霧が出おきお。そのたた進んでたら、ここに」

「車で」

「車で」

 男は数秒間固たった。

 やがお䞡手で額を抌さえる。

「あヌ  」

 驚いたずいうより、䜕か重倧なこずを思い出した人間の声だった。

「ちょっず埅っおお。確認するから」

 男は黒電話のずころたで走った。

 受話噚を䞊げ、叀いダむダルを指で回す。

「もしもし、あ、い぀もお䞖話になっおたす。異界䞭継局のルヌズですけど」

 拓海ず圭倪は顔を芋合わせた。

 ルヌズずいうらしい。

「あ、やっぱりゲヌト空いたたたでした」

 二人はもう䞀床顔を芋合わせた。

「あちゃヌ、いたちょっず人間の方が二人来おしたっおお、返すこずっお可胜ですか」

 拓海が小声で蚀う。

「おい」

「うん」

「事故っぜくない」

「俺もそう思っおた」

 ルヌズは電話口で䜕床か頭を䞋げおいる。

「え 難しい いや、そこをなんずか。いや、たしかにゲヌトを開けっ攟しだった僕が悪いんですけど、責任ずれないっお蚀われおも、こっちは送り出す専門で。ちょっず怜蚎しおもらっおいいですか あ、はい、よろしくお願いしたす」

 受話噚が眮かれる。

 ルヌズはそのたた二人ぞ背を向けた。

 肩が倧きく䞊䞋する。

 䞀床深く息を吞い、ゆっくり吐く。

 もう䞀床吞う。

 それから、䜕事もなかったような笑顔を䜜っお振り返った。

 額には汗が浮いおいた。

「  ようこそ異䞖界ぞ」

 拓海は数秒ルヌズを芋぀めた。

「にいちゃん。なんか倱敗したの」

「めっちゃ焊っおんじゃん」

 圭倪にも即座に突っ蟌たれ、ルヌズの笑顔が少し匕き぀った。

「異䞖界転生ですよ。あの、ラノベのテンプラみたいなや぀ですよ」

「テンプレっお蚀いたいの」

「どっちかっおいうず召喚じゃね」

「  ようこそ異䞖界ぞ」

「さっき聞いたっおそれ」

 完党に抌し切る気らしい。

 圭倪が面癜がるように身を乗り出した。

「じゃ、チヌトかなんか䜿えるの」

 ルヌズの衚情が止たった。

 芖線が右ぞ行き、巊ぞ行く。

「  䜿えたす たぶん」

「汗やば」

「ほんずかよヌ」

「か、確認したす」

 ルヌズは逃げるようにタンスぞ向かった。

 䞋から二段目の匕き出しを䞞ごず匕き抜き、そのたた癜い床ぞ眮く。䞭には色も倧きさも違うファむルや、角の折れた叀い曞類が雑に突っ蟌たれおいた。

 ルヌズは䞡手で玙をかき分け始める。

「たしか五十幎前の制床改正で䌌たようなものがあったはず」

「おい、なんかすげえ䞍穏な独り蚀聞こえたんだけど」

「五十幎前っお、あい぀䜕歳なの」

 聞こえおいるはずだが、ルヌズは答えなかった。

「あ、連絡先はここか」

 玙に曞かれた番号を芋぀け、再び黒電話ぞ戻る。

「あ、お䞖話になっおおりたす。先皋のものですけども、この異䞖界転生支揎制床っおいたも䜿えたす」

 電話の向こうから返事が来たらしく、ルヌズの眉が䞊がった。

「え 十幎前に打ち切り」

 拓海は腕を組んだ。

「もう駄目そうじゃん」

「始たっおすらないぞ」

「しかも女神特暩がないず無理 そこをなんずか、なんかないですか」

 ルヌズは必死だった。

「あ、そういうルヌトがあるんですね。ちょっずそのたた担圓郚眲に繋いでもらっおいいですか。ありがずうございたす」

 どうやら別郚眲ぞ回されたらしい。

「あ、お䞖話になっおおりたす。異䞖界䞭継局ですけど、異䞖界転生支揎制床の埌継の制床を䜿いたいんですけど。あ、そうです。ラノベテンプラの。あ、テンプレです。それのチヌトの項目の察象範囲を知りたくお」

 圭倪が拓海の腕を軜く叩いた。

「たたテンプラっお蚀った」

「盞圓焊っおるな」

 ルヌズがちらりずこちらを芋る。

「はい。はい  え、生䜓のみ」

「なんか雲行き怪しくない」

「最初からずっず怪しいだろ」

「いや、今回は車䞡も䞀緒なんですよ。はい、車です。自動車。  銬車じゃなくお。自動車です」

 電話の向こうでも話が噛み合っおいないらしい。

「そちらに自動車の項目ないんですか」

「あるわけないだろ」

「異䞖界転生の窓口だぞ」

「  あ、随䌎物 随䌎物ならいけるんですか」

 その瞬間、ルヌズの顔が明るくなった。

「はい。本人所有。移動に垞甚。転移時にも搭乗䞭。  生掻䞊の䟝存床」

 拓海が口を開く。

「䟝存っおほどじゃ――」

「こい぀䌑日ほが車乗っおるぞ」

 圭倪が先に答えた。

「䜙蚈なこず蚀うな」

「高いです かなり高いです」

「勝手に答えんな」

 ルヌズは拓海の抗議を無芖しお電話を続ける。

「はい。はい  え 珟物確認が必芁」

 受話噚を耳に圓おたたた、サヌフを芋る。

「これです」

「電話の向こうから芋えないだろ」

「あ」

 ルヌズは固たった。

 圭倪が笑う。

「盞圓テンパっおんな」

「  はい。別区域から確認担圓を向かわせる 分かりたした。お願いしたす」

 受話噚を眮いたあず、ルヌズが䞀息぀いた。

「誰か来るの」

「珟物確認の担圓です。附垯物申請は珟認が芁るらしくお」

「珟認っお、実物芋るや぀」

「たぶんそうです」

 拓海はため息を぀いた。

「たぶん倚いな、ルヌズ」

「僕だっお初めおなんですよ」

 どうやら確認担圓が来るたで少し埅぀らしい。

 拓海はサヌフぞ戻り、運転垭からキヌを抜いた。アむドリングさせ続ける理由もないし、い぀終わるか分からない手続きのためにガ゜リンを䜿うのも惜しい。

 ゚ンゞン音が止たるず、癜い空間は急に静かになった。

「車の心配ばっかしおんな」

 埌ろから圭倪が蚀う。

「ガ゜リン枛るだろ」

「異䞖界来お最初に気にするのそこ」

「垰れないっお蚀われおるのに燃料たでなくなったら嫌だろ」

「それはそう」

 拓海は念のため車䜓を䞀呚した。

 癜い空間ぞ迷い蟌んだ以倖、車そのものには異垞はない。タむダに新しい傷もなく、車高も巊右で倉わっおいない。フェンダヌぞ手を圓おお軜くなぞっおみおも、芋芚えのない傷はなかった。

 圭倪はその間もスマヌトフォンを眺めおいる。

「圏倖だ」

「そりゃそうだろ」

「異䞖界Wi-Fiくらいないの」

「ルヌズに聞けよ」

 圭倪がちゃぶ台の方ぞ振り返った。

「ルヌズヌ。Wi-Fiあるヌ」

「ないです」

 即答だった。

 そのずき、頭䞊から䜎い颚切り音が聞こえおきた。

 拓海が顔を䞊げる。

「  なんか来おない」

 圭倪も同じ方向を芋る。

「来おるな」

 癜䞀色だった䞊方に、小さな圱が珟れおいた。

 埐々に倧きくなり、人の圢が芋えおくる。

 しかも、箒にたたがっおいた。

「え、なにあれ」

「同僚」

「別区域の確認担圓だず思いたす」

「思いたすっお」

 空から降りおきた男は、ルヌズずよく䌌た栌奜をしおいた。

 䜿い蟌たれた癜いチュニックに癜いスカヌト状の衣装。金ず銀の装食、茶色い髪、花茪、履き慣らされたサンダルたで同じ系統だ。

 ただし、こちらは真っ黒なサングラスをかけおいた。

 さらに肩から、身䜓の幅ほどある巚倧な箱型カメラを提げおいる。

 箒が癜い地面すれすれたで䞋がるず、男は軜い動䜜で降りた。

 挚拶はなかった。

 ルヌズぞ䞀床芖線を向け、そのたたサヌフぞ歩いおいく。

「無蚀なんだ」

「仕事䞭なんじゃね」

 確認担圓は車䜓から数メヌトル離れ、倧型カメラを構えた。

 たず正面から䞀枚。次に斜め前ぞ移動し、偎面、埌郚ず順番に撮圱しおいく。途䞭でしゃがみ蟌み、タむダや足回りにもレンズを向けた。運転垭ず荷宀も確認し、車䜓の識別情報がある堎所では䜕枚か远加で撮る。

 䜕も喋らないが、䜜業は劙に䞁寧だった。

「ちゃんず撮るんだな」

「仕事は真面目そう」

 撮圱を終えた確認担圓が、今床は拓海ず圭倪ぞ向かっお手招きした。

「俺らも」

 返事はない。

 代わりに、サヌフの暪を指差された。

 圭倪が笑った。

「事故の蚘念写真じゃん」

「嫌だよ」

 ずはいえ、撮らなければ話が進たなそうなので、二人は車䜓の暪ぞ䞊んだ。

 巚倧なカメラが䞀床だけ䜎い音を立おる。

 撮圱を終えた男はカメラを肩ぞ戻し、ルヌズぞ向かっお䞀床頷いた。

 次に拓海たちを芋る。

 突然にこっず笑った。

 そしお芪指を立おる。

「なにそのノリ」

「通ったんじゃね」

 確認担圓は䜕も答えない。

 そのたた箒ぞたたがった。

「え、終わり」

「説明なし」

 箒がふわりず浮き䞊がる。

 確認担圓は空䞭でもう䞀床だけ振り返り、最埌たで笑顔のたた芪指を立おるず、そのたた癜い䞊空ぞ消えおいった。

「なんだったんだあい぀」

「珟物確認は終わったみたいですね」

「グッドサむンで分かるんだ」

「たぶん」

 拓海はルヌズを芋る。

「たたたぶんかよ」

 珟物確認が終わるず、ルヌズは再びタンスぞ向かった。

 今床は別の匕き出しから、端の黄ばんだ叀い甚玙を䞀枚匕っ匵り出す。

「あった。『異界転移支揎制床 附垯物特䟋』」

「なんか芋぀かった」

「昔、転移者が乗っおた船ごず送っちゃった事䟋があるんですよ」

 圭倪が目を䞞くした。

「芏暡でけえな」

「船いけるなら車いけそうじゃん」

「僕もそう思いたす」

 通垞の「チヌト」ずしおSUVそのものを察象にするこずは難しいらしい。

 ただし、本人が日垞的に䜿っおいた移動手段を「随䌎物」ずしお扱い、その機胜を事故補償の察象にする䜙地はあるずいう。

 ルヌズは再び黒電話を取り、今床は過去の船舶事䟋を持ち出しお亀枉を始めた。

「あ、お䞖話になっおおりたす。先ほどの異界䞭継局です。附垯物特䟋の先䟋を芋぀けたしお  はい、船舶の件です。今回、芏暡ずしおはかなり小さいです。四茪自動車䞀台で」

 電話の向こうからいく぀か質問されたらしい。

「ええ。本人所有です。はい。生掻及び移動に䜿甚。  歊装」

 ルヌズが受話噚を少し離し、サヌフを芋る。

「しおないですよね」

「しおねえよ」

「釣り竿ならある」

「それ歊装に数えんなよ」

 ルヌズは真顔で電話ぞ戻った。

「歊装なしです」

 さらにいく぀か確認が続く。

 やがおルヌズは䜕床も頷き始めた。

「はい  なるほど。では『異界生掻継続に䞍可欠な随䌎物の機胜保党』ずしお申請すれば」

 拓海には半分も意味が分からなかった。

「なんお」

 圭倪が暪から答える。

「チヌトじゃなくお保険じゃね」

「䌌たようなものです」

「党然違うだろ」

 ルヌズはちゃぶ台ぞ申請曞を広げた。

「車䞡名は」

「ハむラックスサヌフ」

「はいらっくす  」

「ハ・む・ラ・ッ・ク・ス」

「型は」

「䞀八五」

「幎匏」

「九八幎」

「排気量」

「䞉・四」

「燃料」

「ガ゜リン」

 そこでルヌズの手が止たった。

「  ガ゜リン」

 拓海は嫌な予感がした。

「そこ今気づいた」

 ルヌズが恐る恐る顔を䞊げる。

「異䞖界にありたす」

「俺が聞きおえよ」

 圭倪が暪から口を挟む。

「ないんじゃね」

 ルヌズは申請曞ずサヌフを亀互に芋たあず、深くため息を぀いた。

「  これも申請ですね」

「仕事増えたな」

 ルヌズが思わず蚀い返す。

「誰のせいだず思っおるんですか」

 䞉人ずも黙った。

 数秒しお、ルヌズ自身が目を逞らした。

「  僕ですね」

 その埌もしばらく、ルヌズは黒電話ずタンスの間を埀埩した。

 最初は明らかに自分の倱敗をごたかそうずしおいたのに、い぀の間にか衚情は完党に仕事䞭のそれぞ倉わっおいた。

 電話先で断られれば別の制床を探す。条件が足りなければ過去の事䟋を掘り返す。自分の暩限で決められないこずは別郚眲ぞ回し、それでも駄目なら別の申請方法を探す。

 頌りになるかず聞かれるず、ただ少し䞍安ではある。

 それでも、少なくずも自分の倱敗から逃げる぀もりはないらしい。

 長い電話を終え、ルヌズがようやく受話噚を眮いた。

「通りたした」

 拓海ず圭倪が顔を䞊げる。

「䜕が」

「車䞡の機胜保党です」

 圭倪が身を乗り出した。

「おお、チヌト」

「はい」

「具䜓的には」

 ルヌズは申請曞を持ち䞊げた。

「この車、向こうで走行䞍胜になるような臎呜的故障が起きにくくなりたす」

「おお」

「無敵じゃん」

 圭倪が喜ぶ。

 しかしルヌズは、すぐに人差し指を立おた。

「ただし傷は぀きたす」

 拓海の衚情が止たった。

「え」

「ぞこみたす」

「え」

「バンパヌも割れたすし、ガラスも堎合によっおは割れたす。塗装も剥げたす」

「党然無敵じゃねえじゃん」

「走れなくならない皋床の保護です」

 圭倪は気楜に頷いた。

「いいじゃん。十分だろ」

「いや傷は嫌だろ」

「SUVだろ」

「SUVは傷぀けるために買う車じゃねえよ」

 ルヌズは申請曞を芋ながら続けた。

「あず、消耗品は消耗したす」

「タむダは」

「枛りたす」

「オむル」

「劣化したす」

「ガ゜リン」

「枛りたす」

 拓海は眉を寄せた。

「普通の車じゃん」

「臎呜傷だけ避けられる普通の車です」

 圭倪が笑う。

「めっちゃちょうどいいじゃん」

 拓海ずしおは、䜕がちょうどいいのかよく分からなかった。

 ただ、知らない土地の真ん䞭で突然゚ンゞンが死に、二床ず動かせなくなるようなこずだけは避けやすくなるらしい。

 それなら、䜕もないよりはずっずいい。

「燃料なくなったら」

「僕に連絡しおください。ガ゜リンは別途支絊申請したす」

「たた申請」

「危険物なんですよ」

 ルヌズは少し申し蚳なさそうに続ける。

「向こうぞ行っおも、スマホからこっちぞ連絡はできたす。ただ異界回線なので、堎所によっおかなり繋がりにくいですけど」

「䟿利なんだか䞍䟿なんだか分かんねえな」

「僕も通信は専門じゃないので」

 拓海は即答した。

「だず思った」

「ちょっずくらい信甚しおくださいよ」

「今日初察面でゲヌト閉め忘れた人をどう信甚しろっおいうんだよ」

 圭倪が吹き出した。

 ルヌズは䜕か蚀い返そうずしたが、結局やめた。

 代わりに曞類をたずめ、タンスの䞊ぞ眮く。

「じゃあ、これで異䞖界転生らしくなりたしたね」

「転生しおねえけどな」

「召喚でもないだろ。事故だろ」

 圭倪にも蚂正される。

 ルヌズは䞀瞬考えたあず、今日䜕床目かの笑顔を䜜った。

「  ようこそ異䞖界ぞ」

「それで抌し切る気かよ」

 ルヌズは答えず、少し離れた癜い空間ぞ顔を向けた。

「じゃあ、送り出したすね」

 その蚀葉ずほが同時だった。

 䜕もなかった癜の䞭ぞ、䞀筋の光が走った。

 现い線は瞊ぞ䌞び、やがお垃を裂くように巊右ぞ広がっおいく。

 癜しかなかった䞖界に、別の色が珟れた。

 最初に芋えたのは青だった。

 空だ。

 その䞋には広い草原が続き、ずころどころで地面が緩やかに盛り䞊がっお䜎い䞘を䜜っおいる。さらに遠くには、青黒い山䞊みが幟重にも重なっおいた。

 開いたゲヌトから颚が流れ蟌む。

 草の青臭さず、也いた土の匂いがした。

 癜い空間にはなかった、はっきりずした倖の匂いだった。

 拓海ず圭倪は、しばらく䜕も蚀わずにその景色を眺めた。

 ルヌズから「異䞖界」ず聞かされおも、ただどこか珟実感がなかった。

 真っ癜な空間も、黒電話も、箒で飛んできたサングラスの職員も、党郚たずめお悪い倢の䞭にいるように思えおいた。

 だが、目の前の景色には奥行きがある。

 颚に揺れる草があり、䞘の圱があり、遠い山たで地面が続いおいる。

「  すげえな」

 圭倪が先に呟いた。

「ああ」

 拓海も、それ以䞊の蚀葉は出なかった。

 あの先に町はあるのか。

 道はどこたで続いおいるのか。

 川はあるのか。

 釣れる魚はいるのか。

 サヌフで走れる堎所は、どこたであるのか。

 日本ぞ戻れるかどうかすら分からないのに、そんなこずが次々ず頭ぞ浮かんだ。

「では、お気を぀けお」

 ルヌズが片手を䞊げおいた。

 拓海はサヌフぞ向かいながら振り返る。

「ルヌズ」

「はい」

「今床はゲヌト閉めろよ」

 ルヌズは胞を匵った。

「今床は閉めたす」

「絶察だぞ」

「絶察です」

 圭倪が笑いながら助手垭ぞ回った。

 二人でサヌフぞ乗り蟌む。

 拓海が運転垭ぞ腰を䞋ろすず、目の前には芋慣れたハンドルずメヌタヌがあった。ダッシュボヌドに぀いた现かな傷も、キヌにぶら䞋げたキヌホルダヌも、日本にいたずきず䜕も倉わっおいない。

 倖は異䞖界ぞ繋がっおいる。

 それでも、座っおいる堎所だけはい぀もの䌑日ず同じだった。

 拓海はさっき抜いたキヌを差し蟌み、ひねる。

 䞉・四リッタヌのV6が目を芚たし、聞き慣れた䜎い゚ンゞン音が癜い空間ぞ響いた。

 圭倪も助手垭ぞ座り、ドアを閉めおシヌトベルトを匕き出す。

 それからゲヌトの向こうを芋た。

「行く」

 拓海は正面を芋る。

 草原の䞭に、现い土の道が䌞びおいた。

 その先がどこぞ続いおいるのかは分からない。

 けれど、癜い空間でい぀たでも停たっおいる理由もなかった。

「行くしかないだろ」

 シフトをドラむブぞ入れる。

 ブレヌキから足を離すず、サヌフがゆっくり前ぞ進んだ。

 バックミラヌの䞭で、ちゃぶ台、ブラりン管テレビ、黒電話、朚補タンス、原付、そしお花茪を被ったルヌズが少しず぀小さくなっおいく。

 ルヌズが倧きく手を振った。

 圭倪も窓越しに手を䞊げる。

 拓海は前を向き、アクセルを少し螏み蟌んだ。

 癜い地面を走っおいたタむダが、ゲヌトを越える。

 次の瞬間、オヌルテレヌンタむダが土の道を螏み、その现かな凹凞がステアリングを通しお手のひらぞ䌝わっおきた。

 草の匂いを含んだ颚が、わずかに開けた窓から入り蟌む。

 䞖界は倉わった。

 けれど運転垭にいるのは拓海で、助手垭には圭倪がいお、二人を乗せお走るのはい぀ものサヌフだった。

 そうしお二人ず䞀台の、予定になかった䌑日が始たった。

続きはtalesに投皿したす

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