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愉快犯

    7:00起床。コミュニケーションをとってる時間はフニャニヤチワ〜のようなほぼ喃語で接してくるくせに朝起こす時だけはパーカッショニストのごとく壁や手を叩き、母に腹から声出されてしまう息子が本当に哀れ。「しっけたロールパンをできたてのように食べる方法」とAIに投げてから息子に薬入りのピルクルを用意する。息子は薬嫌いだがこうすると飲むことがわかり、朝晩そのように飲ませている。疑いの目もなく口の端にたくさんのピルクルをためて一気。心底彼からの信頼を感じ誇らしくも後ろめたいのが育児の連続です。ロールパンを指示通り温めたけど底は噛み切れたものではなかった。

    通勤電車で脳にスイッチを入れないまま親指から近い順のアプリを開いていく。広告の惹句が目に入り一度立ち止まるも、こちらの物欲を鑑みない販促を甘やかしてはいけない!!と脳内で目覚めのアラームが鳴る。前の席があくと朝からスタバのカップを持った大きなヘッドフォンをつけた女子が私のカバンをカバンでおさえるかのように座る。知ってましたか、若い子から薔薇の香りはしないのです。

    「羨ましいとは思わない」というと怪しまれるだろう。若さだとかブルジョワだとか価値を何とするかですが、私にとっての富とは悲しいくらい自分自身でないといけない。これは私が私自身を見定めて高級と言ってるわけではなく、自分が自分自身に価値を与えなくては自分など救えないという、ゼロをプラスにするものではなくゼロからマイナスにならないようにするためのもの、というわけで。自分を誇らないと他人に誇れよ、と求めてしまうわけで、私は私に価値があると信じている。人に迷惑をかけないように自分に自信と価値を与えるべき、というと本当にロマンがないという点は認めます。

    着慣れたスーツで出勤すると「新しい服、おしゃれさんですね」などと言われる。声も割とでかい(という認識)、よく笑い(作ってる方)、よくミスってる(すみません)はずなのにこの人の目にうつったのは今日が初めてだったのかと思うと、不器用なりに築いた2年ほどの関係性はいつ水に流してもよさそうだなと感じ頼まれている仕事を後回しにする。

    まあほとんどのことがどうでもいい。明日に今日の面倒など考えたことがない。そういった救いで毎日を繋いでる。助け舟など約束されてないわけだから「どうでもいい」で守られても罪はないでしょう。自分を守れるあらゆる方法は全て合法です。そんな毎日を愉快犯として過ごすのも悪くない。

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