
常夏のキリギリス
アリとキリギリス、というお話がある。
私が解説するまでもない、有名なお伽話である。
夏の間遊び呆けるキリギリスを後目に、アリはせっせと働き厳しい冬に備えました、
だから来るべき厳しい未来のために、日頃からしっかり備えようね、という教訓のお話ですよね。
ところが。
ワタクシ生粋の「宵越しの金は持たねえ主義」でありまして(別に江戸っ子じゃないが)。
べらぼうめ、いつ来るか分かんねえ危機のためにオレの稼いだ金そんなに置いておけるかよ!
その金でおもしれーもん見て、美味いもん食って、
綺麗なもん眺めて幸せになれるなら、それでいいじゃねえか。金は天下の周りもんよ!
計画?備え?ナニソレ美味しい?みたいな。
碌な大人じゃないのは百も承知です。
でもそういう人がいても良くないですか。
あの人いっつもチャラチャラしてんなー、金はあんまりなさそうだけど。
でもなんかいつも陽気で楽しそうよね、老後の不安とかないのかしら。
みたいな。
いやいや不安ですよ!?
めっちゃ不安ではあります、がしかし!
そのために目先の快楽を我慢できるほどできた人間じゃないんですよ私は。
だいたい、冬っていつ来るんですか?
何時何分何秒?地球が何回回った時?
そもそも、本当に冬は来るの?
もちろん老後かもしれないし、病気かもしれない。突然の失業かもしれない。
備えるのは大事ですよ。わかります。
でもその「いつか来る“かもしれない”冬」を恐れるあまり、毎日を冬みたいな気持ちで生きるのが嫌なんですよ。
不安があっても今日を楽しむことを自分に許したい。
そもそもアリとキリギリスって、生まれた国が違うと思うんだよね。
アリは冬が来る国を知っていて、だから備えるけど、キリギリスの国は冬なんか来ないかも知れない。
そりゃ歌って踊るでしょ。どっちがすごいとかじゃないんです。価値観の相違。
だから私は、常夏のキリギリスでいたいんです。
まあ現実は住民税の通知書ひとつで凍りつくんですけどね。