メインコンテンツへスキップ
見出し画像

「換気扇と電球色」

    朝起きてまずそこへ行き、仕事から帰れば荷物を雑に床へ置きそこへ行く。
    私と苦楽を共にしてきたそこは、
    台所の換気扇の下である。

    今日も夜まで働いて、疲れ果てて帰宅する。
    蓄積された疲労を買い物袋と共に引きずって。

    昔買った折りたたみ式の小さな椅子に、若い頃と比べて柔軟性を失い腰痛を得た重たい身体をそっとおろす。
    近頃は自然と溜息が出る。

    換気扇のごーごーという音と共に、電球色の月明かりが私を照らす。

    私の腹は、なにかくれと訴えかけてくるが、重い腰はまだまだ上がりそうにない。

    スーパーで買ったブラックコーヒーを、
    冷蔵庫から取り出し適当なコップに注ぎ、
    煙草に火をつける。

    その最初の一口目のなんと贅沢なことか。

    穏やかに舞い踊り換気扇へと吸い込まれていく煙を眺めながら椅子の上に両足をのせ、ようやく1日の終わりを感じる。

    その日の出来に関わらず、今日もよくやったなと、一旦雑に自分を褒めてみる。

    気付けばいつの間にか短くなった煙草の火を消してコーヒーを少し口に含む。
    そこからしばらくは、椅子の上で想いに耽る時間を過ごす。 
    気分が落ち込んでいる時は、なかなか私を離してくれない。

    喜怒哀楽から幾重にも枝分かれした名前のない感情を、そこで1つにまとめあげてゆく。
    2本目の煙草に火をつけて、名前のない感情と、煙をまとめて換気扇に吐き出してしまう。

    気付けば時計の針は、帰宅した時と随分違う形になっている。

    ぬるくなったコーヒーを一息にのみこみ、
    重い腰をあげる。

    さて、なにを食べようか。

    そうやって毎日をここで過ごし、煙とともに吸い込まれていく想いを眺め、気持ちをリセットしている。

    ここはきっと、
    私なりの明日に向けた、
    祈りの場。

    ここから始まり、ここで終わる、生活をする上でとても大切な、私の定位置。

    A_DUBBING

     
     
    書店員→介護士。第4回ハナショウブ小説賞エッセイ部門入選しました。→「花弁は落ちれど、咲き誇るる」 シクヨロです。

    あなたへのおすすめ