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オムライス一口ください。

    自己啓発本で得た知識を意気揚々と彼は話す。デミグラスソースがたっぷりとかかったオムライスはさぞ美味しそうで、私もサンドウィッチじゃなくてオムライスにすれば良かったと後悔する。彼は湯気がモワモワとたちこめる熱々の美味しそうなオムライスをものの3分で食べ切った。私が一口ちょうだいと、言う前に。食べ終えるとおしぼりでさっと手を拭い、タバコに火をつけたかと思えばコミュニケーションにおいてユーモアが如何に必要か、と言う議題を勝手に持ち出し勝手に話し始める。話すことに許可などないが彼がこの手の話をするのはもう何回目だろうか。最初の頃はその話3回目だよなどとわざわざ数えて教えていたが、あまりに同じ話をするものだから数えるのもやめて話を遮ることもやめた。心ゆくまで話させて満足させてやろうとゆう手段をとった。
    私はサンドウィッチをちまちま齧り、コーヒーをちょびちょび飲みおしぼりで手を拭った。彼が話している間に8回繰り返した。
    6切れあったサンドウィッチ、たまごサンドとトマトサンドが交互に並べられ、のこりちょうどそれぞれ一つずつになったタイミングで彼が話し終えた。私は手を拭いアイコスにタバコスティックをぎゅっと押し込み、タッチスクリーンに円がぐるっと一周するのを待つ。彼はまだ何か話したそうだったがタバコも吸いたいようで、忙しそうだ。
    私はタバコを吸って深く吐いて、そのあとため息をつく。
    初めて入った喫茶店の雰囲気は私が生まれるずっと前、1960年代あたりから時が止まっていた。なぜその年代の雰囲気を2001年生まれの私が知っているのかというと、昔付き合っていた恋人が三島由紀夫の大ファンで彼が生きていた時代背景をよく私に話してくれたからだ。私は彼が話す言葉を聞くのが好きだった。古ぼけたレコードからジャズが流れている。マスターらしきおじいさんは小難しそうな顔をしながら新聞を広げている。若い店員の女の子が暇そうに時計を眺め退勤時間を待っている。
    落ち着いた喫茶店の雰囲気の中に私のため息は渦を巻いて消えた。

    彼は職場が変わって、色々と触発されたのだろう。成長志向だの思考は現実化するだの薄っぺらな言葉を吐いては満足げに「社会人」の表情を浮かべる。そんな顔、見たことなかったのに。
    ふーん、へえ、そうなんだ、適当に相槌を打ちストローをくるくると回すと氷がグラスに当たりカランと音を当てる。
    彼は私が知らない彼の顔を浮かべて私にまたなにか話す。
    普段つけないネックレス、彼は見ていただろうか。普段着ないような白いレースのロングスカート、彼は見ていただろうか。
    私はあなたが、私の知らない表情を浮かべていることにとっくの昔から気づいているのに、あなたは私の洋服やアクセサリーの変化に気づいているのだろうか。
    つけ慣れないブレスレットをなぞり、昔付き合っていた恋人が話してくれたことを私は脳内で思い出す。

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