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【短編小説】静かな稜線


    朝焼けを見た。
    午前3時、一度目が覚めてから眠れなくなった。昨夜、夜ご飯を食べにきてそのまま泊まった彼は、隣で目を閉じている。まっすぐで長いまつ毛は全く動かず、微かに動く胸元で呼吸していることが確認できる。仰向けで眠っている時も美しい姿勢が保たれている。閉じた瞼はは緩やかなカーブを描き、鼻はスラリと高く、唇の形は主張がない。相変わらず崩れのない綺麗な顔立ちだった。豆電球の明るさでも浮いて見えるほど、肌は白い。
    彼が起きないよう、静かにベッドを抜け出した。明け方の冷ややかさが裸足に滲みる。


    寝室の小さなテーブルにあるノートを手に取った。眠れない日は、ベッド横にあるこのテーブルとイスに腰掛けて日記を書く。日付、天気、今日あったこと、思い出したこと、好きな言葉、美味しかったご飯屋さん。なにを書いてもいい、というルールだけを決め、書きたい時にだけ書いた。
    前回の日付は4日前、すれ違った犬に駆け寄られた話をしている。ぬいぐるみみたいにモコモコとした犬は、短い足を忙しなく動かして、同じく短いしっぽを飛んでいきそうなくらい小刻みに動かしていた。今日は書くことがあまり思い浮かばない。日付と天気だけを書き、ペンを置いた。


    顔を上げると、カーテンの隙間から青白い光が漏れている。まだ3時半なのに。日の出がすっかり早くなった。4時15分頃の日の出時間でも、光はフライングして夜更けに光を届ける。


    カーテンがあまり揺れないように窓を開けて、ベランダに出た。彼に光と冷たい空気が届かないよう、すぐに、静かに、窓を閉める。灰色のフィルターをうっすらとかけたような色味の街に、朱色が差し込みはじめている。朱色に押されて、薄い灰がかった青色が上へ逃げる。境目の緑が、薄く広がっていく。カクテルやパフェなら、フルーティーで美味しそう。薄い緑は徐々に黄色に変化していく。


    綺麗だね、と誰かに言いたくなった。こんなパフェがあったら美味しそうだね。この色味のカクテルはどんな味がすると思う?シャインマスカットは使われてそうだよね。カシスオレンジにマスカット入れてサイダー注いだらこんな感じかな。どうでもいい会話がしたくなった。

    「おいしそうだね」

    静かな声がやわらかく響いた。振り返ると、わずかに開いた窓から、彼がこちらを見ている。いつの間に窓が開いたのか。そのまま彼は私の隣に立ち、灰色のフィルターが消えかかっている街をまっすぐ見つめる。


    「起こしちゃったね。」

    ううん、と一言こぼす彼の黒髪が、朝焼けに照らされて金色に縁取られる。筋の通った鼻と、主張がなくおさまりのいい唇が、朝日の陰になって美しい稜線を描く。まっすぐと街を見つめる瞳は、その光を吸い取って、一粒ダイヤのように光る。なんと幸せなことか、ため息が出る。

    朝焼けの影になる大好きなシルエットは、これほど美しいのか。私が本当に見たいかったのは、朝焼けを眺めてる好きな人の静かな横顔だったのかもしれない。


    「冷えるよ。中入ろう。」

    彼の瞳が私を映す。私の冷えた手に、彼のほんのり温かい手が重なる。

    「うん」

    頬を冷たい風が撫でた。

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