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ハッカーハンター・シリーズ/Act.3/AIクライム 第七章 正義の輪郭


第七章 正義の輪郭


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 四週目の木曜日、朝。KISSオフィスのミーティングルーム。
 テーブルには、佐藤が全員分用意した、山田作成のグラフや表がカラーコピーで並んでいた。全員が手元の資料に目を落とし、山田の説明を追う。静かな会議室に響くのは、中村が紙をめくる音と、山田が缶コーヒーのプルタブを開ける音だけだった。
 山田が解析結果の最終報告を終えた後、桐生はしばらくホワイトボードの前に立ったまま動かなかった。

 桐生は資料ではなくホワイトボードを見ていた。三週間分の調査で書き込まれた文字と図。容疑者の名前。漏洩情報の分類。AIサーバーの通信パターン。破壊準備の偵察処理。情報は揃った。
 しかし、桐生は別の仮説を組み立てていた。技術的には決着がついている。AIを制御しているのは梶原と安藤の二人だ。山田の解析がそれを証明した。けれど、技術的に確定していることと、相手を追い詰められることは同じではない。桐生はサイバー警察局の技官だった頃から、その壁を何度も経験していた。物理的な証拠とは異なり、デジタルの証拠はいくらでも解釈の余地が生まれてしまう。
 ましてや、人間が直接手を下さずに自律して動くAIのようなシステムが相手となればなおさらだ。「そこに人間の明確な悪意や意図があったのか」を証明することは、不可能に近いほど難易度が跳ね上がる。
 桐生はマーカーを手に取り、ホワイトボードの空いた場所に「証拠」と書いて、その横にバツ印をつけた。
「山田さんの解析結果は、AIの中で何が起きているかを明らかにした。しかし、これを相手に突きつけた場合、反論が可能だ。『AIが自律的にやったことで、自分たちは知らない』と。AIはブラックボックスだ。ブラックボックスの中で何が起きていたとしても、それを人間の意図的な行為だと立証するのは難しい」

 田中が眉を寄せた。自分がネットワーク側から三週間かけて集めたデータ。山田がAI内部から五日間の泊まり込みで明らかにした構造。技術者としてはこれだけの状況証拠があれば十分だと思えた。だが、桐生の視線が捉えていたのは、高度な技術のさらに奥にそびえ立つ「人間」という名の冷厳な壁だった。ところが、桐生が真に問題視していたのは、システム的な正誤ではなく、その技術を隠れ蓑にする人間の狡猾さだった。
「AIのフロントエンドが改造されていること自体が、人為的な証拠にはなりませんか?」田中が訊いた。
「なる。だが、梶原課長たちが『業務改善のためのカスタマイズだった。意図せず情報が外部に送信される不具合が生じた』と主張すれば、技術的に反証するのは容易ではない。AIの内部処理が複雑であるほど、意図と不具合の境界が曖昧になる」
「つまり、技術だけでは追い詰められない」
「技術は状況を明らかにした。だけど、最後の一歩を詰めるのは、技術ではなく人間だ」
 桐生は答えながら、青いマーカーに持ち替えた。赤から青への持ち替えは、攻め方を変えるという桐生の意思表示だった。「ソーシャルエンジニアリング」と書いた。
「方針を転換する。犯人自身の行動で、証拠を作らせる」

 中村が身を乗り出した。椅子の脚がリノリウムの床を軽くこすった。
「追い込むってことですか?」
「ああ、追い込む。ただし直接ではない。状況を作り、相手が自ら動かざるを得なくする」
「桐生さんらしい」
「褒めてないだろ、それ」
「褒めてますよ。たぶん」
 山田が缶コーヒーを飲みながら笑った。田中も口元が緩んだ。佐藤はメモを取る手を止めて、軽く微笑んでいた。張り詰めていた時間の隙間に、いつもの空気が流れ込んだ。ほんの短い瞬間だった。しかし、その小さな余白こそが、KISSという組織を三年間つないできたものなのかもしれなかった。

 桐生は笑わなかった。頭の中ではすでに二つの筋道を組み立てていた。
 堀内に二人の聴取を進言する。聴取が実現すれば、その場で二人を業務から切り離し、破壊を未然に防げる。最善の結果だ。
 がしかし、堀内が断る可能性は高い。断った場合、堀内は自分の判断で二人に接触する。情報が伝わる。追い詰められた梶原がどう動くかを見る。その間に、破壊に備えたバックアップを先に作成し、被害を最小限に抑える。どちらに転んでも、対策の方針を選ぶのは堀内だ。手順は見えていた。
 桐生はまだ、全体像をメンバーには伝えなかった。作戦が外部に漏れる可能性を少しでも減らすためだ。必要な情報を、必要な時に、必要な人間へ渡す。それが桐生のやり方だった。信頼していないわけではない。むしろ、信頼しているからこそ、背負わせる情報を選んでいた。チームを守るためには、知らないままでいるべきこともある。

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A305

 
 
プライム上場企業で43年。現場・システム・経営企画・総務・広報・販促を経験、一貫してシステム構築に関与。IBM・NECで講演・セミナー講師も。今はITミステリー・警察小説を執筆。代表作「ハッカー・ハンター」「渋谷警察署嘱託捜査班 」。AI創作・ITセキュリティ記事発信。広島在住。

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