
中村玉緒さんの言葉がアンの胸にポンと灯った
どもども、柴犬アンやで。
今日はな、中村玉緒さんの言葉が、アンの胸にポンと灯った話やねん。
アンな、その言葉を読んで、前足止まってもうたわ。
お金には恵まれへんかったけど、
人との出会いには恵まれた
仕事を支えてくれる人らもおる
スロットや麻雀のお友達もおる
たくさんの仲間に助けられて
ここまで来られた
そんな言葉やってんけどな。
これ、ほんま深いで。

さらっと言うてはるけど、人生の芯をポンと置いてはるわ。
お金って、そら大事やん
きれいごと抜きで大事やで。
アンかて、ジャーキー代なくなったら困る。
カリカリだけの毎日になったら、食器の前で真顔になる。
「これは家庭内で、かなり大きな議題ですわ」
って、赤いバンダナ締め直すと思うねん。
せやけどな。
幸せって、お金の量だけでは決まらへんねん。
人との出会いに恵まれた
人生はやっぱり強い
ほんで、ぬくい。
しんどい日でも、誰かが笑わせてくれる。
落ち込んだ日でも、誰かの一言で立ち上がれる。
自分では見えてへん良さを、誰かが見つけてくれる。

これって、通帳には載らへん財産やと思うねん。
数字には出えへん。
せやけど、心の底にちゃんと残る。
逆にやで。
お金には恵まれてても
人との出会いに恵まれてへん
人生は、どこか寒い
広い部屋におっても、声が返ってけえへん。
ええ服着てても、心が冷えてる。
ごちそう食べてても、一緒に笑う人がおらへん。

それ、アンから見たら、なかなかさみしいで。
毛皮あっても寒い。
しかもな。
人との出会いを大事にしてへん
人のところには
結局お金も回ってけえへん
気がするねん
お金って、空からヒラヒラ降ってくるもんちゃうやん。
人が運んでくるねん。
信頼が運んでくるねん。
「あの人に頼むわ」
「あの人の記事、読みたいなあ」
「あの人を応援したいねん」
そう思うてくれる人がおって、はじめて巡ってくるもんやと思う。
noteを見てても、ほんまそれ感じるわ。
人との出会いを大事にしてはる人って、文章の空気がちゃうねん。
なんか、読んでるだけで、
縁側に座らせてもろて
お茶出してもろた
みたいな感じがする
コメント欄もあったかい。
返事にもちゃんと体温がある。
読みに来てくれた人に、
「よう来てくれたな」
って気持ちがある。

アン、そういう人、大好物やねん。
もう、しっぽブンブンや。
スマホの前で、
「この人、ええなあ」
ってなる。
そしたらコメントしたくなるし、応援したくなる。
有料記事でも、
「この人の記事やったら買いたいわ」
ってなる。
内容だけちゃうねん。
この人が普段から、人を大事にしてはる感じ。
読者を数字やなくて、ちゃんと人として見てはる感じ。
そこに、お金を払いたくなるんやと思う。
反対に、人との出会いを
大事にしてへんなあって人も
なんとなくわかる
コメントもらっても雑。
返しが冷たい。
読者を上から見てる。
誰かを見下す言葉が多い。
ずっと怒ってる。
ずっと誰かを裁いてる。
記事は立派でも、読んだあと心がヒヤッとする。
そういう記事を見ると、アンは前足を引っ込めるわ。
ほんで、そっとフォロー外す。

ワンとも吠えへん。
ケンカもせえへん。
ただ、静々と離れる。
合わへん場所に、無理しておることないねん。
心がザラッとする場所からは、ちゃんと離れたらええ。
それも、自分の心を守る作法やと思う。
人との出会いを
大事にしてはるnote作者って
まとってる空気がちゃうわ
気取ってへん。
えらそうにしてへん。
せやけど、自分の楽しみ方をちゃんと持ってはる。
一日一日を、自由に、気取らず、悔いなく過ごしてはる感じがする。
ほんで、周りを楽しませようとしてはるねん。
これ、めちゃくちゃ大事やで。
人を楽しませる人の
ところには人が集まる
人が集まるところには、会話が生まれる。
会話が生まれるところには、信頼が育つ。
信頼が育つところには、福が来る。
笑う門には福来る。
これ、ほんまやと思うわ。
昔の人、よう言うたもんや。
笑いって、ただの音ちゃうねん。
場をあっためる火やねん。
誰かが笑う。
それ見て、別の誰かの肩の力が抜ける。
「ここにおってもええんやな」
って思える。
そういう場所には、福も入りやすいんやろな。

福かて、ピリピリした場所より、よう笑う場所のほうがええに決まってる。
玄関のすきまから入ってきて、
「ここ、居心地ええやん」
って座布団に座るんやと思う。
それからな。
すっきり生きるには、
自分のことは自分で決めるんが
大事やと思うねん
誰かのせいにせえへん。
自分で選ぶ。
そのうえで問題が起きても、人のせいにせえへん。
もちろん、理不尽なことまで飲み込めって話ちゃうで。
あかんことは、あかんと言う。
せやけど、自分の人生のハンドルまで、他人に渡したらあかん。
アンもな、できるだけ言い訳はしたくないねん。
失敗したときに、
「前足が勝手に動きましてん」
とは言いたい。
ちょっと言いたい。
かなり言いたい。
せやけど、ほんまはわかってる。
前足のせいやない。
アンの確認不足や。

そうやって自分で引き受けたほうが、次に進める。
それにな。
人の悪口は言いたくないし
聞きたくもないねん
悪口って、一瞬だけスカッとすることあるやん。
せやけど、あとで心の中に苦いもんが残る。
部屋の空気も重たくなる。
誰かの悪口を言うてくる人がおったら、アンはたぶんこう返すわ。
「そうなんやね」
にこっとはする。
せやけど、心の中では思ってる。
「この人とは、ちょっと距離置こか」
ほんで、ほんまに離れる。
足音は小さく。
しっぽは低めに。
でも、行く方向ははっきりと。

悪口を聞き続ける場所に、自分の心を置きっぱなしにしたらあかん。
心はゴミ箱ちゃうねん。
誰かの不機嫌を、ずっと受け止めるためにあるんちゃう。
人の批判をしてる暇があったら
人を楽しませたい
アンはほんまにそう思う。
誰かを笑わせる。
誰かの気持ちを軽くする。
読んだ人が、
「今日、ちょっと元気出たわ」
って思える文章を書く。
それができたら、アンにとっては最高のごほうびや。
ええことがあると、人はつい調子に乗る。
悪いことを引きずると、心が晴れへん。
せやから、毎日できるだけ
身軽にしておきたい
ええことがあった日は、
「ありがたいなあ」
と言う。
しんどかった日は、
「よう踏んばったなあ」
と言う。
腹立った日は、すぐ噛みつかんと水を飲む。

ほんでまた、人を楽しませるほうへ戻る。
中村玉緒さんの言葉が響くんは、そこに人生の重みと明るさが一緒にあるからやと思う。
きれいごとちゃう。
いろんなことを越えてきた人の、
「それでも人に恵まれました」
という言葉やから、胸に残るんやと思う。
お金も大事。
仕事も大事。
せやけど、人との出会いを大事にする人は、やっぱり強い。
笑える人は、もっと強い。
人を楽しませようとする人は、ほんまに強い。
アンも、そんなnote作者でおりたいねん。
読みに来てくれた人に、ちょっと笑ってもらう。
コメントくれた人に、ちゃんと心で返す。
合わへん人とは、争わんと離れる。
悪口より、笑いを選ぶ。
批判より、ぬくもりを選ぶ。
ほんで今日も、前足でポチポチ書く。

画面の向こうにおる誰かに、
「よう来てくれたな」
という気持ちをこめて。
人生は、ひとりでは生きていかれへん。
せやからこそ、出会いを雑にしたらあかん。
出会いを大事にしてる人のところには、福はちゃんと帰ってくる。
福もきっと、居心地のええ場所を知ってるんや。
笑い声があって
悪口が少なくて
誰かが誰かを楽しませよう
としてる場所
そんな場所に、福はしっぽ振って入ってくる。
アンは、ほんまにそう思うねん。