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150kmチャリ漕いだらVTuber沼にハマった話。

     年始、笹塚駅近くのバーで酒を飲み交わしているとき、大学時代の同期から「年の瀬に振り返りたくなる思い出をたくさん作るのはどうか」と助言された。たしか「今年の目標」だとか「余暇の過ごし方」だとか、無難で当たり障りない会話を交わしていた気がする。

     そいつは“エンタメ”の4文字を免罪符に、突飛なアクションを起こす天才だった。人伝てに聞いた話だと、恋人とのデートで「浜名湖一周、65kmマラソン」を提案したことがあるらしい。しかも、ドン引きした恋人がそのLINEのやりとりをSNSで晒したところ、見事万バズしたという。見知らぬ1万人超を軽々呆れさせるというのは、皮肉でもなんでもなく偉業だ。

     閑話休題。「年の瀬に振り返りたくなる思い出」に繋がるようなイベントの具体例を2人で出し合っているとき、“ビワイチ”が候補に挙がった。

     ビワイチとは、琵琶湖を自転車で一周するというアクティビティで、滋賀県が大真面目に「ビワイチ推進条例」なんぞ制定して奨励しているというから驚きだ。ちなみに琵琶湖は全長約200km。その途方もない距離を1日、あるいは1泊2日かけて完走するのだという。ちなみに初心者は、琵琶湖大橋から北側の「北湖約150kmコース」に挑戦するのがベターらしい。

     聞けば、彼は200kmコースを完走済みのビワイチ経験者だという。前述の通り、だいぶクレイジーウォウウォ!!な人種であることは承知しているので、それすらいつものことっとという感じではあったが、僕は少なからずビワイチに興味が湧いた。

     そういうわけで今年5月上旬、別の友人を誘って1泊2日の「ビワイチ(北湖1周150km)」に挑戦してきた。それ自体、様々なアクシデントやドラマチックな展開ばかりで語り代は多いのだが、今回は割愛。というのも、ビワイチで得た経験値以上に人生に影響を及ぼすものと、帰りの新幹線の車内で出会ったからである。

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    『琵琶湖サイクリストの聖地碑』撮影者/僕 
    当日の天気/曇りときどき大雨 当日の風/暴れすぎ 当日の風向き/一生向かい風

    騒ぎ出した胸が止まらない

     ビワイチ達成の翌日、京都発品川行きの新幹線で帰路についた。ほどよい疲労感と達成感に包まれていた僕は、すぐにでも再挑戦したい気持ちに駆られていた。そんなムラムラを抑え込むため、YouTubeで「ビワイチ」と検索し、他人のチャレンジ動画を片っ端から再生した。

     どうもビワイチはYouTuberの間で一定の知名度があるらしく、次々と関連動画がレコメンドされた。特に多いのがVTuberだ。調べていくと、動画勢と呼ばれる界隈ではビワイチが“登竜門”とされ、ある種のイニシエーションと化しているようだった。実際、昨年11月にデビューした個人勢「二九レモン」さん(@meat_lemon)はビワイチVlogが初投稿。命懸けの試練で志願者を篩にかける様は、さながらハンター試験だ。たしかに昨今のVTuber業界は「飽和状態で過酷」とは聞いていたが、こういうタイプの厳しさがあるとは知らなかった。

     いくつかのチャンネルをザッピングしていると、ついにそのムーブメントを生み出した1匹のVTuberに辿り着いた。

     一瞬、「Blood and Honey(邦題:プー あくまのくまさん)」に空目するほどビビッドなボディを持つ彼は、名を「ピーナッツくん」という。正体はクマのぬいぐるみではなく、落花生(5才・男児)。さすがビワイチブームの元祖、動画の再生数は約150万回に上っていた。

     チャットモンチー「風吹けば恋」を口ずさみながら、約150kmのサイクリングロードを突き進む豆。余談だが、僕は「青春の真ん中にどのガールズバンドがいたか」でおおよそ世代が窺い知れると思っている。平成一桁生まれの僕でいえば、ポケモンはルビサファだし、ガルバンはチャットモンチーだ。XY世代とか、Hump Back世代とか言われたら、若干のジェネギャを感じてしまうもの。もちろんピーナッツくんは5才だと公言しているので、同世代のシンパシーなど感じるはずないのだが、シブい選曲にほんの少し親近感が湧いたのは否定できない。

    (後々、平成曲縛りのカラオケ動画を観たときも同じことを思ったが、繰り返すがピーナッツくんは5才なので、すべて僕の勘違いである)

     そして地味に驚いたのは、オープニングで隣に座っていた美少女(のちにその印象は良い意味で覆る)が本編にほぼ登場しないことだ。VTuberに明るくない僕は「美少女キャラを映してナンボ」という偏見があったので、豆がチャリを漕ぐだけの動画が莫大な再生回数を持っていることに、ただならぬ“覇気”を感じた。何がそこまで人気なのか。動画を見終わったとき、すでに興味は琵琶湖から一匹の豆に移りつつあった。

    テセウスの美兎?

     決定打となったのは、にじさんじの委員長・月ノ美兎とのコラボ企画「PとJK」の切り抜き動画を見たことだった。

     ピーナッツくんは「甲賀流忍者ぽんぽこ」という女性(狸)ライバーとコンビ(設定上は「ぽんぽこちゃんねる」のゲストとして出演)で活動しており、通称「ぽこピー」と呼ばれている。

    「PとJK」は、ぽこピー主催の24時間生放送番組「ぽんぽこ24 Vol.8」の一企画で、ゲストの委員長にちなんで「高校の授業」をモチーフにした3つのコーナーが行われた。なるほど、僕みたいなニワカでも入り込みやすい緻密に計算された企画だ──と最初は思ったが、その安心感はすぐに瓦解していく。

    「PとJK」は24時間生放送のラスト企画だった。すなわち、ぽこピーの2匹は24時間ぶっ続けの不眠状態。特にピーナッツくんは序盤から“ハイ極まれり”な大暴走を見せ、終始カオスな展開が繰り広げられた。しまいには委員長が「共演NGだわ!お前ら!」「早く臓器だけ置いて(出て)行けよ!」と叫ぶ始末で、その様が僕には新鮮で痛快だった。

     所々のコメントも切れ味抜群で、なかでもピーナッツくんの「テセウスの美兎?」というツッコミ(ボケ)は、タイミング・間が完璧すぎて爆笑しながら震えてしまった。この動画がきっかけで、僕は後戻りができなくなった。休日には「ぽんぽこちゃんねる」に投稿された動画を朝から晩まで観、平日はPodcast番組「ゆめうつつ」を聴きながら通勤した。

     ピーナッツくんはワードチョイスが完璧だ。Hip-Hopに精通しているから(ミュージシャンとしても高く評価されている)か、お笑い好きだからか、いちばん気持ちいい音とテンポ感で、いちばんスカッとするフレーズを繰り出してくれる。

     これは、100均グッズを「ディズニーシーのお土産」と偽ってプレゼントするというドッキリ動画だ。ぽんぽこがディズニー柄の「手提げビニール袋」を紹介した時に飛び出した「これ現地で使うやつだよ!」というツッコミで、僕は小一時間笑い転げてしまった。積み重なった違和感をここまで的確に、しかも瞬時に言葉にするセンスが凄すぎる。

     おめシス、富士葵といった「親戚」とのコラボ動画で両者のチャンネルを反復横跳びで視聴し、夜は雑談生放送をお休みBGMとして流しながら眠りについた。いつしかほとんど全ての時間をぽこピーに費やし、脳内は豆色一色となり、ついには酔った勢いでこんなキショ投稿をするまでになってしまった。末期である。

    酔っ払いすぎてピーナッツくん大好きしゅきしゅきしゅきだいすきピーナッツくんピーナッツきゅーんはーとしか考えられやい

    — 永原はる (@ozuhara_TB) June 8, 2026

     ビワイチ動画を初めて観てから1か月で、僕は完全に“豆狂い”になってしまった。

    君は太陽

     なぜここまでピーナッツくんに惹かれるのか。ついに僕は一つの答えに辿り着いた。彼は豆であると同時に、恒星──光り輝く“スター”なのだ。だからこそ眩しくて、視線が吸い込まれてしまう。そう気付いたのは、この動画を観たときだった。

     下の画像は、ボカロPのGYARI氏が生み出した個人勢VTuber・天野ピカミィさん(2023年引退)へのドッキリ企画のスクリーンショットだ。VRchat内でピーナッツくんだけがほのかに発光していることが分かる。これが決定的証拠でないならば、一体何だというのか。

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    ぽんぽこちゃんねる『野良猫の中身がピーナッツくんだったらピカミィはいつ気づくのか?』より

     それだけではない。

     先日のW杯・日本vsスウェーデン戦の同時視聴生放送では、体が青くなるという新設定を明かした。

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    ピーナッツくん!オシャレになりたい!『【応援同時視聴】W杯 日本 vs スウェーデン戦 【ピーナッツくん】』より

     恒星の表面温度が高いほど光の波長は短くなり、青く見えるもの。スウェーデン戦はグループリーグ最終戦であり、決勝トーナメントの対戦表が決定する日本代表にとっての大一番だった。大のサッカーファンであるピーナッツくんが“アツく”なるのも当然だ。その時に、波長の長い黄色から青色に我々の見え方が変わったのは、彼が恒星であることの証左ではないか。

     とにかく僕は、150kmチャリを漕いだ結果、VTuber沼にハマってしまった。「ぽんぽこちゃんねる」には1500本以上の動画が投稿されており、その過去動画すべてを観終えるだけでもまだまだ先は長い。

     夜空に浮かぶ天体に自転車で辿り着くことはできないと知っていても、ペダルを漕ぐ足を止めることはできない。僕は今日もピーナッツくんの輝きを追いかけ続ける。

     
     
    零合百合文芸コンテストで編集長賞を受賞しました。カクヨム公式自主企画「百合小説」で最終選考でした。よく百合を書きます。

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