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爬虫類館の常連


    小さい頃、毎年家族親戚総出でキャンプに行っていた。
    時に、総勢30名を超える大人子供が集結し
    火を囲み肉を食らうことが、我が家の夏の風物詩であった。

    神奈川県北西部のとある山奥に所有している土地に巨大なテントを張り、モンゴルの遊牧民の如く全員同じ屋根の下で寝た。

    今流行りの、自然に片足突っ込んだグランピングのような優雅なものではない。
    周りに川と滝以外なにも無い本物の山奥で
    1番近いトイレまでは、野営地から車で20分。

    到底もよおしてからでは間に合わないので、
    初老グループが毎回「トイレ」と称し、敷地内に穴を掘り、時に鹿の親子と目が合いながら全員平気で野糞した。
    夜になると、子供だけで、懐中電灯片手にさらに山奥に探検に行ったりした。
    咎めなかった親も親だが、今あの土地でそんなことをしようもんなら余裕で熊のおやつだったことだろう。

    そんな容赦ない大自然の中で私の目当ては専ら
    「蛇」だった。
    物心ついた時から、なぜか爬虫類に猛烈に惹かれていた私は、蛇が飼いたくて仕方なかったが、大体のご家庭同様、私の家庭でもそれは許されていなかった。

    そこで私は、毎年山へ入るたび、河原や藪へ足を踏み入れ、シマヘビやアオダイショウ、ヒバカリを見つけ出しては手掴みで捕獲し、大きなバケツに集めては、その日の取れ高を見て恍惚とする
    極めて不気味なこどもだった。

    8歳くらいの夏だっただろうか。
    その年も同じように親族総出でキャンプをした。
    同じくらいの年頃の従兄弟たちと川で水遊びをしてはしゃぐふりをしつつ、私はどさくさに紛れ
    一人だけ一心不乱に蛇を探して草むらを凝視したり、岩をひっくり返したりしていた。
    そこで、兄弟同然に育った従兄弟が、私がただ岩をひっくり返す遊びをしているだけと勘違いしたのか、目の前の割とデカめの岩を持ち上げ、何を思ったのか彼はその岩を川下の方まで運んでいた。

    ちなみに川下には大きな滝があり、その手前は
    濁流である。
    当時、まだ「ADHD」などという症状が世間に知れ渡る以前の時代おいて、彼は極めて逞しい多動児だったといえる。よって彼は、その濁流に勇猛果敢に挑み、滝壺を見下ろして岩を投げ込もうとしていた。

    その頃、私は彼が持ち上げた大きな岩の跡の窪みに今までに見たことのない蛇を発見していた。

    黒く光る体に赤と黄色の模様が入った蛇だ。
    私は滾った。アオダイショウでもシマヘビでもない、その鮮やかで奇妙な蛇に心奪われ、迷わず掴み取り捕獲し、通常であればカブトムシかクワガタが入るであろう昆虫ケースにしまおうと、多少の抵抗を見せる蛇と格闘していた。

    しかし、ふと濁流に向かっていった従兄弟が気になり顔をあげると、彼は岩ごと消えていた。
    なんとなく「あ、落ちたな」と思った。

    子供の足で歩いて5分ほどの距離で、日陰で休んでいた大人たちの元へ行き、「あいつ滝壺に落ちたよ。助けた方がいいかも」と言うと全員慌てて川下に走っていった。


    彼の行動は常に我々の人知を超えており、どこかから落下したのは、それが初めてではなかった。
    海の岩場の断崖絶壁、コンクリートの壁、森の中の大木。
    なぜか彼はいつも高みを目指し、そして落下していた。

    それを見ていたのはいつも大人ではなく子供の私で、彼が何かをしでかす度に肝を冷やしたものだが、次第に私の中で、それが「彼」なのだ。という解釈に切り替わり、常態となっていった。

    今回も大人の後を追って滝壺へおりていったが、
    プロットアーマーの彼は無傷で仁王立ちしていた。
    濁流に流され滝壺に真っ逆さまに落ちても無傷なのは「彼だから」としか説明のしようがない。

    彼の無事に安堵する大人たちが、わたしの虫籠の中に、ヤバめの体色の蛇が入っていることに気付くことはなかった。

    私はテントに戻ると誰にもバレないように激レアな獲物をバケツに移し、板で蓋をして重石を置いた。

    毎年キャンプの度に、捕まえた蛇を連れて帰りたがったが、当然キャッチアンドリリースを強いられ、今回も山に入る前に「捕まえた蛇は帰る前に放しなさいよ」と釘を刺されていた。

    だがどうしてもこの物珍しい蛇を手放したくなかった私は、帰りに虫籠に移しリュックサックに仕舞い込んで、多少の罪悪感と背徳感を抱きつつ帰路についた。

    もちろん家に帰って荷解きをしている時にそっこーで親にバレた。娘が蛇を持って帰ってきてしまったことに対して叱責する以前に、その蛇の体色を見て、母親は青ざめた。

    「ちょっと、、、この色、、、、毒蛇なんじゃないの?」


    外来種を除けば、日本に野生で存在するカラフルな爬虫類など、そうそういない。
    子供の私にとってはただの大発見でも、大体の大人が見れば「これはちょっと普通の蛇じゃないんじゃないか」と直感で分かる。そんな見た目だったのだ。

    当時、インターネットに明るくなかった私は、自室の本棚に何冊もある爬虫類図鑑の中から、日本の爬虫類に特化した図鑑を引っ張り出し、蛇のページをめくった。
    日本に自生する蛇の種類はそう多くない、数ページめくったところで、実物と酷似する写真を発見した。同じページにはハブやマムシが載っており
    、その蛇の毒性レベルが、インドカレー屋のメニューでよく見る辛さレベルの指標の如く
    5段階で区別されていた。

    「超激辛」だった。

    私が捕獲した蛇はヤマカガシという名前なのだと
    そこで初めて発覚した。

    マムシの10倍の猛毒を持ち、捕まえたりして興奮させると噛み付いたり、毒を噴射する習性がある。
    噛まれると、急性腎不全、脳出血を引き起こし、最悪死に至る。

    私はここでようやく、手に負えないヘビを捕まえたことに気づいた。
    しかしこの殺戮マシンを、まさか隣の公園に放つなどして死者を出してはまずい。

    子供なりに考えた結果、やばい情報はボカしつつ、親に「動物園に連れてって」と頼んだ。

    わたしは家から車で20分もかからない距離にある動物園の中にあった爬虫類館の常連で、飼育員には「何時間もアミメニシキヘビの水槽にへばりついているきもい女児」として顔が効いた。

    私はヤマカガシを持って爬虫類館に直行し、いつも巨大なインドガビアルやアリゲーターの飼育場に臆さず入り、餌やりをしているお兄さんにモジモジしながらにじり寄った。

    「こんにちは〜。今日もヘビ見にきたの??」

    「ううん、ヘビ持ってきたの。お兄さんに見て欲しくて、、、」

    そう言って持っていた虫籠に入っているヤマカガシをそっと見せると、お兄さんは身動ぎし一歩下がった。

    「え、、、、?これどうしたの?」

    「山で見つけて、、」

    「ちょっと、その虫籠預かるね、、僕についてきてくれる?」

    そう言ってお兄さんは、グローブをはめたまま虫籠をつまみあげ、私をstaff onlyの部屋に案内した。

    「これはヤマカガシっていって、猛毒なんだよ、どうやって捕まえたの?」

    「手で捕まえたの」

    「手、、?噛まれてないの?痛いところないの?」

    「噛まれてない。痛くないよ」

    「よく噛まれなかったね、、、大人でも噛まれたら死んじゃうこともあるんだよ。次から絶対捕まえたらだめだよ?いい?」

    「うん、お兄さん。この子、私の代わりに飼ってくれる?」

    「うーんと、、うん、お兄さんが預かるよ。」

    「ありがとう、可愛がってくれる?」

    「うん、仲良くするよ」

    触ったら毒を噴射し、人を噛み殺す殺戮ヘビとお兄さんとでは、仲良く出来ないだろう。
    その後、あのヘビが園内でどういう処遇になったのかはわからない。
    一緒に説明を聞いていた親からは、当然後から
    こっ酷く叱られた。

    しかし、大人になった今、なんでも勝手が効くようになってしまった私は念願の蛇を飼っている。
    当然無毒だが、成長すれば体長2mにはなるだろう。


    今でも、あの時従兄弟が滝壺に落下した経緯は
    親族間で語り継がれる逸話となっているが
    あんなことがあったのにまだ蛇に夢中になってるなんて、懲りずに何度も崖から落ちる従兄弟とあんたもそう変わりないわ。と呆れられている。

    あの時通い詰めていた爬虫類館は今では閉館してしまっている。
    後にも先にも、アポ無しで襲来し毒蛇を押し付けた小学生は、私の他にいないだろう。


    我ながら、誠に遺憾に思います。
    お兄さん、元気にしてますか。

     
     

    山口

     
     
    会社員 shaysea.yamaguchi@gmail.com

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