
【あとがき】筆者感想③
今から十数年前、道路脇に横たわる黒猫を見つけました。
実際にはこのような埋葬は認められていません。
この子が何を思っていたのかもわかりません。
このお話は、僕の願望を言葉という形にしたものです。
◇キャラクタについて
僕の思う猫たちはきっと、それはそれは無邪気なもので、
ただその日その日を生きていて、
体格からしてまだ若いこの子も、きっとこんな性格だったのかなぁ、まだそんなにニンゲンに酷い目に遭わされたりはしてないかな、ちょっと好意的だったりするかな、なんて想像しながら書きました。
かいぶつは車です。
猫にしてみれば、車が機械だなんてわからないと思うので、
きっと、となりのトトロに出てくるネコバスのようなイメージをしているのかな?なんて想像してみたり。
かいぶつとニンゲンを、ひらがなとカタカナで書き分けた意図は、
かいぶつには意思がなく、直接的に猫を狙って襲いかかってくることはないので自然の脅威としてひらがなに。
ニンゲンには意思があり、人によっては直接的に猫を狙ってくる脅威として、警戒する対象としてカタカナにしました。
ニンゲンは怖いですからね。
◇ストーリーについて
キャッチコピーにありますように、
終わりは始まりです。
何事にも始まりがあれば終わりがあり。
終わるから始まる。
そして生まれればいつか死ぬ、必ず。
それは命に限ったものではなく、
モノにも、交友にも、あらゆる物事に生と死、始まりと終わりがあります。
目をそらしたって、遠ざけようとしたって、いつかはやってくる。
ならばそれを「負」のものとしてではなく「あたりまえ」として、
前向き…というよりは覚悟を持って、受け入れて、生きていきたい。
僕は生まれ変わりを一切信じていません。
死ねば肉体は無機物となり、自我も心も完全に無と消える。
でも僕と関わった人や世界には、僕が存在したことが残る。
それは、死骸が微生物によって分解されて木が育つ栄養素となるように、
人の死も、生きた別れも、嬉しい楽しいことだけじゃない、辛いこと悲しいことも全部ひっくるめて、誰かの今を司る要素になる。
そう考えています。
そんな死生観を、この子の死から感じたことも、
この物語を書く動機だったかも知れませんね。
気が向きましたらぜひ、感想をお寄せいただけますと嬉しいです。
ではまた、次回の作品でお会いしましょう。
ご一読いただきありがとうございました。
P.S.このお話を読んだことのある人へ
十数年前の当時、一度別のところでこの作品を発表しました。
「もしかして○○さん?」と詮索したり、素性を明かしてしまうようなコメントもお控えください。
アイコンその他イラストなどで本人とご理解いただけると思いますが、
もちろん盗作でもありません(笑)
ご配慮いただきますようお願い申し上げます。
▽ 次回 ▽
