
死にたい夜に音楽をかける
わたしは今、人生で何度目かの崖っぷちに立っている。
1度目は18歳の春。2度目は22歳夏。そして今、26歳春。
18歳、春。
高校を卒業し専門学校に入学する。
この時期から自分の目に映る景色に色が無くなった。比喩でもなんでもなく本当にそうだった。
人の声は届いているはずなのに、自分と世の中の間に一枚の透明な板を挟んだみたいに、音はこもって聞こえづらくなった。
当然卒業するつもりで疑いもせず入学したのにその2ヶ月後には休学、次の年の3月には退学することになったのだ。
22歳、夏。
その後、短期大学に入り卒業したわたしは新卒で入社した会社で初めての事だらけながら持ち前の真面目さのみを武器にして自分なりに一生懸命働けていた、と思う。
なのに気づけばキャパオーバーで、仕事中勝手に涙が出てしまうようになった。
眠れない日々が続き、こうなるのも時間の問題だったのかもしれないが私はそんな自分を許せなかった。
「周りの人は頑張っているのに」
「毎日会社に行くのなんて最低限のこと、出来て当たり前なのに」
明らかに普通ではない心の状態を無視した。
気づかないフリをした。
こんな状態が続き秋頃、とうとう心療内科を受診することになる。
待合室で問診票を記入し、先生には今困っていることを伝えた。
「夜になると仕事のことを考えて不安で眠れないんです。」
きっとこれ以外にも話はしたはずだが正直記憶が曖昧になってしまっている。
「不安障害かもしれませんね。」
と、至って普通のトーンで先生は言った。
そこからは、薬を飲んだり飲まなかったりしながら、ピークに酷かった時よりは安定した状態で仕事をできていた。
結局訳あって通えなくなってしまう25歳まで続けることができた。
そして26歳、春。
8ヶ月ほど無職期間を経て来月から新しい職場に行くことになった。
これがまた不安で仕方がない。今からもう逃げてしまいたい。
今なら地球の反対側にだって逃げ込める。
18歳、22歳、26歳。
崖っぷちに立たされた時、一番苦しい時間はいつだって夜だ。
人も動物も、植物さえ寝静まったんじゃないかと思うほど静寂に包まれた夜。
そんな夜にわたしは死にたくなる。
今なら誰にも気づかれず、いなくなれるんじゃないか。
そんな夜を何日も繰り返している。
自分の弱い泣き声や息遣いが聞こえるのが気持ち悪くて音楽をかける。
もう何度も聴いた、聴き飽きたほど聴いた曲を今日もかける。
イヤホンもせず、スマホから流れる音を小さく口ずさむ。
わたしの大好きな声が歌う音を聴く。
この音だけは透明な板をすり抜けて、ちゃんと届いてくれる。
だからといって死にたい気持ちがなくなるわけではない。
ただ、この人たちの声で歌われる歌詞を聴くと次出る新しいものも聴きたくなる。
来月は新しいシングルが出るからそのお金を稼いだらまた考えようかな、なんて少し先のことに目を向けられるようになる。
その日その瞬間、苦しくていなくなりたくて死んでしまいたいのにシングルが出ると知れば予約し楽しみにしている自分がいる。
カーテン越しの空が明るくなってきた。
眠れずにただ再生されている画面をそのままに寝たふりをする。