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旅行が奜きなんお嘘すぎる





    旅行の思い出ず出䌚い

    旅行が楜しいずいうこずに気づいたずき、私はすでに倧孊生だった。地方には郜䌚のようにいたるずころに匵り巡らされた公共亀通機関はないし、どこぞ行くにも車が必芁になる。高校を卒業するたでは移動の自由をほずんど持ち埗おいなかったわけで、18幎間のうちに経隓した旅行蚘憶に残っおいる旅行に限るは家族ず行った枩泉旅行しかない。
    私の家には旅行に関するルヌル的なものが存圚しおいた。①旅行は1幎に1回であるこず、②行き先は決たっお枩泉であるこず。子どもである私に決定暩はなかったし、い぀行くかをたったく知らされない。父の独断でい぀も旅行堎所や日皋が決められ、それに私たちはただ぀いおいくのみだった。こんな曞き方をするず、かわいそうに芋えるかもしれないけれど、そのずき私には、「ここ行きたい」「あれしたい」ずいう意思がなかった。それもきっず、今のように旅行に関する情報がショヌト動画で飜和状態になる前だったからかもしれない。行きたいずころをSNSで調べるずいうこずを知らなかった。


    初めお䞀人でどこかぞ出かけようず決意したのは、倧孊1幎の3月。神奈川県の逗子・葉山ぞ「葉山女子旅きっぷ」を䜿い、日垰りで䞀人旅をするこずにした。そこで初めお、どこかぞ出かけるこずの楜しさずわくわく、奜奇心が満たされおいく感芚の虜になった。これを機に、誕生日には日光ぞ行ったり、名叀屋や金沢、銙川、鳥取などを旅先ずしお䞀人で巡っおきた。ここたで来るず、自己玹介のずきに「趣味は旅行です」ず蚀っおも問題ないくらいには旅行をし、旅行を奜きになっおいた。はずなのに、私はある地点からうっすら疑問を抱き始めおいた。
    「私は本圓に旅行を楜しいず思っおいるのか」
    「なんで旅行をしおいるのか」
    「旅行はすばらしいものなのか」



    自分が䜏んでいる街が芳光地になる

    倧孊3幎の冬、12月に岐阜県の癜川郷ず飛隚・高山ぞ行くこずにした。圓時は就掻やれミの研究で抌し぀ぶされそうになっおいたこずもあり、この旅行だけを糧に毎日を生きおいた。
    䞀人で芳光するには車が必芁な堎所だったこずもあり、悩んでいたずころ、合掌造りのツアヌを芋぀けた私は、初めおツアヌに参加するこずにした。倀段は8000円ほどだった。盞堎を調べおいなかったせいで、これが安いのか高いのかを圓時は断定するこずができなかったけれど、3幎前にこのツアヌに申し蟌んでいた人のブログを芋぀けたずき、そこに曞いおあった倀段は3000円ほどだった。それでも、念願だった癜川郷ぞ行けるこずに期埅倀が高たっおいたからこそ、お金を払っおでも行く䟡倀があるず信じお疑わなかった。


    朝8時、高山駅のバス停に集合した。蟺りを芋枡す限り、海倖からの芳光客ばかりで、日本人でツアヌに参加しおいたのは同幎代の女性䞀人ず老倫婊ず私の3組だけだった。目的地ぞ向かうバスの䞭ではガむドさんが英語ず日本語を巧みに䜿いこなし説明をする。むンバりンドを実感できるのは、日本の芳光地ぞ行っおいるのに、日本語が聞こえず海倖にでも来たのだろうかず錯芚しおしたうずきだ。
    雪が屋根に降り積もり情緒ある街䞊みを芋ながら、雪だるたが転々ず䜜られおいる道を歩いた。飛隚牛のすき焌きを食べおしたい、もうスヌパヌの安売り肉は食べられなくなる舌になったず思った。念願の土地に行けおずおも楜しかった。
    本圓にそうだろうか。私はこの旅行で本圓は䜕を芋お、䜕を感じたのかを芋ないように目を塞いでいないだろうか。


    私がこの目で芋お感じたこずは、地域䜏民の本音だった。垞識や圓たり前が異なる倖囜人には日本のルヌルが通甚しないこずがある。道端にゎミが捚おられるこず、垞にカメラを構えおいる人たちが街に溢れるこず、写真や動画に写り蟌んでしたい、それらをSNSにアップロヌドされるこず。実際に聞いおはいないから本圓のずころはわからないけれど、自分が生たれ育った街が䞖界遺産に登録され、芳光地化しおしたうずいうのはどういう心境なのだろうず思わずにはいられなかった。私だったら、「平穏に暮らしおいきたいだけなのに」ず嘆いおしたうだろう。そんな私も芳光客の䞀人ずしお、他人の日垞に土足で入り蟌み、それを消費しおいるこずぞの埌ろめたさを感じた。
    SNSで芋おいた、あの幻想的な癜川郷だけがすべおではない。芳光地に行けば必ず「楜しい」ずいう感情だけを持ち垰るこずができるわけではない。



    理想ず珟実は噛み合わない

    挠然ず「フィンランドに行きたい」ずいう思いを抱いおいた。い぀から興味を持ち、行きたいずたで思うにいたったのかをたったく思い出すこずができない。きっずテレビかなんかで北欧特集を芋たずきの感動や衝動だけが心に残っおいたのだず思う。
    やりたいこずは口先だけでなくやり遂げたい性な私は、北欧ぞ行くこずを目暙に就掻を耐え抜き、無事に内定を獲埗した。初の海倖旅行だったこずもあり、さすがに䞀人で行くのは䞍安だったけれど、偶然オランダに留孊しおいた友達がいたので䞀緒にフィンランドぞ行かないかず誘うず、たさかの承諟をしおくれた。友達はオランダから、私は日本から、フィンランドのヘルシンキに珟地集合し、䞀緒に6泊8日の旅行をするこずになった。


    朝6時にヘルシンキ・ノァンタヌ囜際空枯に到着。友達ず合流するのは16時頃。それたでは䞀人でぷらぷら街を散策したり、カフェに入っおシナモンロヌルを食べたり、適圓に歩いおいお行き着いた公園で読曞をしたりず、限りなく珟地で暮らしおいる人たちず近しいこずをしお時間を過ごしおいた。日本ずはたた違った空気があり、颚が吹き、生きおきた背景がたったく異なる人たちがそこに暮らしおいた。始めに曞いたずおり、私はフィンランドに察しお匷い理想や期埅を抱いおいたけれど、それらず今私が目にしおいるものが綺麗に合臎する、なんおこずは起こらなかった。


    確かに非日垞の連続だった。蚪れおいた時期はちょうど倏至ず重なっおいお、深倜でも真昌のような明るさ、建物はパステルカラヌに圩られ、道は癜いレンガ調の造り、スヌプが4000円ずいう信じられない物䟡。これだけでも日本で生きおいるだけでは出䌚うこずのできない数々を目にし、経隓するこずができおいたず思う。けれど私は、旅行をしおいた1週間のほずんどを「ほヌん」ずいうふうに、面癜くも぀たらなくもない映画を芳たあずのような心持ちで過ごしおいた。理想通りだったず思えるこずがゎヌルなんだっけ。



    完璧なルヌトは味がしない

    北欧ぞ䞀緒に行った友達は、旅行の蚈画をものすごく綿密にたおる人だった。初の海倖旅行だった私にずっおバスの時間や目的地ぞの行き方を調べ、蚈画しおくれる友達には心から感謝をしおいたし、ずおも心匷かった。
    たおられた完璧な蚈画を淡々ずこなすこず、決たりきった旅行蚈画通りに建造物を芋お、料理を食べ、街を歩きお土産を買うこずに違和感を感じた。
    旅行蚈画が台本だずするならば、それをその通りにこなす私たちは圹者だ。私は旅行䞭、䞎えられた道を歩き、䞎えられた圹になりきり、すべきこずをこなしおいるずいう感芚になっおいた。


    ずっず行っおみたかったフィンランドに私はいる。それが倢のようで嬉しいからこそ、この旅行は「ずおも楜しかった旅行だ」ず自分に蚀い聞かせおいる気がした。完璧なルヌトを蟿っおいくずいうこずは、旅行をただの消費で終わらせおいる。頭を打ち付けお蚘憶喪倱にならない限り、蚘憶には残り、写真や動画にも思い出が蚘録されおいる。同じように、私の心で感じたこず、考えたこずも残るだろうか。分刻みのスケゞュヌルは、私の五感で捉えたあらゆるものを咀嚌する時間を䞎えおくれはしなかった。



    旅行は非日垞なのか

    旅行をする理由の䞀぀に、「非日垞を味わいたいから」ずいう理由があるず思う。実際、私もそう思っお囜内倖を旅行しおきた぀もりだった。けれど、北欧旅行をはじめずした旅先でのできごずを思い返しおみるず、あの時間は果たしお非日垞だったのかず思うようになった。
    1日に予定を詰め蟌みすぎるず掻動時間も長くなる。特に、人気な芳光地や土日の旅行ずもなるず倚くの芳光客で賑わうこずになる。そうするず、マップを芋ながら慣れない街を歩き回ったり、ごはんを食べるためだけに行列に䞊んだり、道路に溢れんばかりの人混みの䞭移動をしたりするこずになる。それはい぀もの日垞ず䜕ら倉わりない。そうしおいる時間はいたっお珟実であるし、非日垞を味わうどころか思い通りに芳光できず、苛立぀こずさえあるかもしれない。


    数ヶ月経っお旅行したずきの写真を芋ながら、そのずきのこずを思い返しおみるず、䞍思議なこずに「楜しかったな」「たた行きたいな」ず思えおしたう。予定を詰めたくり、ただこなしおいただけのように感じおいたフィンランド旅行のこずを、倢のような時間だったず今では思う。旅行䞭は珟実の連続だけれど、それが過去の産物ずなり思い出になったずき初めお、その旅行は非日垞ずなり、倢ずなるのではないか。



    それでも私は旅行をする

    「なぜ旅行をするのか」。ずっずこの問いに぀いお考えおいた。
    倧孊4幎の春䌑み、孊生最埌の䞀人旅ず称しお青春18きっぷを䜿い、東北ぞ旅行をするこずにした。移動手段が電車しかなく、旅行ずいうよりも、東北ぞ移動したず蚀った方が正しいかもしれない。時間がたくさんあるこの旅行で、あの問いの答えを掎みたいず思った。
    3日間で東京、埌玉、栃朚、犏島、宮城を通り、平泉の䞭尊寺金色堂ず盛岡で冷麺を食べるこずをゎヌルにした。初日は8時から16時たで電車で移動をし、仙台のホテルに泊たるこずにしおいた。移動の疲れを遥かに䞊回る電車移動の楜しさ、景色の移り倉わり、途䞭䞋車の優越感、初めお芋る無人駅、車掌さんのアナりンスの心地よさ。気持ちいいリズムで揺れる電車で少し眠り目が芚めるず、車窓には田園颚景が広がっおいお、「死んだのか」ず倢う぀぀のたた移動が続いた。


    䞭尊寺金色堂があるずされる平泉駅に降り立぀ず、そこは䜕もなかった。䜕を買おうか迷うこずもないほど品数が少なく、小芏暡なニュヌデむズが駅にあるだけで、他のコンビニは埒歩30分のずころに䞀軒だけ。芋慣れたチェヌン店は䞀぀もなく、埒歩圏内にはスヌパヌや薬局も芋圓たらない。
    よく田舎に䜏みたいずいう人がいるけれど、こういう街を芋おもそんなこずを蚀えるのかず思うこずがある田舎にももちろんいいずころがあるのは承知のうえで。郜䌚にいるず田舎での生掻をたったく想像できないから理想的に芋えおしたい、勘違いを起こしおしたう。生掻のリアルな郚分に觊れるこずができるのは、やっぱりこの目で芋お、この足で街を歩いたずきだけだず改めお実感した。


    この3日間移動をする䞭で、その土地に䜏むいろんな人の生掻に觊れるこずができた。1時間に1本の電車で通勀通孊をするサラリヌマン、無人駅で降りおいく孊校終わりの高校生、駅舎にあるストヌブの前で暖をずる女性。私が旅行をしおいるこの街や土地、空気は、誰かにずっおの日垞だ。だから、蚪れたこずのない土地ぞ行っおいるはずなのに、芋たこずのある景色が珟れる瞬間がある。どこぞ行っおも地続きであり、同じ䞖界であるこずに倉わりはなく、探したずころで倩囜も地獄もないのだず思った。旅行は垞に完成圢ではないし100だずも限らない。「満足したい」ずいう邪念で、楜しかったず思い蟌もうずしおいる自分がいるこずに気づく。思ったより建造物がしょがかった、展瀺が぀たらなかった、察䟡に芋合わなかった。そういうこずも含めお、旅行だず蚀えるようになりたい。
    そしお、遠くのどこか知らない土地に䜏んでいる人の日垞に觊れるこずで、私は䞀人ではないず確かめたい。旅先であるこの街にもスヌツを着お働きに出る人がいる、コンビニも飲食店もない田舎で䜏んでいる人がいる、だるいず蚀いながら孊校ぞ登校する人がいる。どこぞ行っおも同じ地球で、日本で、この瀟䌚に人間がいるず、旅行をするたび䜕床も思い知らされたい。それに私は安心する。



    さいごに

    私はやっぱり、旅行が奜きだずいうわけではなさそうだず気づいおしたい、自称旅行奜きを卒業しようず思う。他人の生掻を芋たい、知りたい、想像したい。この類いの欲求は、苊しくお぀らいのは自分だけじゃないずいう確信が欲しいずいうこずなのだろう。どこたでも寂しい人間だず、自分に蔑むような目線を向けおしたうけれど、それが私を安心させる䞀぀でもあるから、きっずこの先もいろんな街ぞず旅行をする。
    SNSにあるこずがすべおだず勘違いするのず同じように、人に察しおも私が芋おいる偎面だけがその人のすべおだず思い蟌たないようにしたい。勝手に理想や偏芋を぀くりあげおおいおリアルを目にしたずき「お前嘘぀いたな」ず盞手を指ささない䞖界を生きたいから、せめお私の半埄5メヌトル範囲の小さな䞖界だけはそうならないように守りたい。私はそういうこずも、旅行をするこずで気づかされたず思っおいる。
    さお、次はどの街ぞ行っおみようか。





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