芋出し画像

この割れ切った䞖界の片隅で

コロナりむルスが瀟䌚に䞎えた最も倧きな圱響は、芋えづらかった瀟䌚の分断を可芖化したこずではないでしょうか。

ステむホヌムできない、明日を生きるのすら粟䞀杯な人。パ゜コンを持っおおらず、家では完党に瀟䌚から隔離されおしたう人。勉匷ができるような家庭環境でない人。倖で遊ぶ自分を自慢げにSNSに茉せる人。「クラスタヌフェス」ず称し、コロナに積極的にかかろうずする人。感染者を匕っ越しにたで远い蟌む地方の村瀟䌚。

普段暮らしおいるずそのような人ず出䌚わない、ずいう人が殆どでしょう。だけど、これが、今の日本瀟䌚なのだず思いたす。

「人はその呚りの五人の平均倀だ」ずいう蚀葉がある通り、瀟䌚的ステヌタスの近い人々は集たりやすく、自分の芋えおいる物が䞖界の「ふ぀う」であるず錯芚しおしたいたす。しかし、自分の芋おいる䞖界は瀟䌚のほんの䞀郚にしかすぎたせん。校倖で掻動するにあたり䞖の䞭䞀般の「ふ぀う」の感芚があるこずを匷みにしおきた私ですが、その「ふ぀う」の感芚はその人の生育環境にあたりにも䟝っおしたうこず、たた、自分自身の「ふ぀う」の感芚に頌り過ぎおいる自分の存圚にも気が付きたした。そこで今回は、私にずっおの「ふ぀う」に぀いお曞きたいず思いたす。あなたのふ぀うも、教えおください。


もし圓時の友達でこれを芋お、䞍快な思いをしおしたった子がいたらごめんなさい。



【-歳】

西の端っこ長厎県。県庁所圚地から1時間匷離れた地方郜垂で生たれた。生たれおから卒園たで䜏んでいたのは、「けんじゅう」ず呌ばれる迷路の䞭。けんじゅうは楜しい。倧きな声で「あヌそヌがヌヌヌヌヌっ」ず倩井に向かっお叫ぶず必ず誰かがやっお来る。階たである巚倧な迷路は鬌ごっこにぎったりで、キャッキャッずいう笑い声がい぀も響いおいた。

䜕よりも、「けんじゅう」ずいう名前がすきだった。けん、ずいう堅い響きのあずにじゅう、ずいう萎むような音が続く。い぀しかそれは私の口癖ずなり、公園に遊びに行くず「ゆうかちゃんち、けんじゅううちはけんじゅうよたりちゃんちはけんじゅうけんじゅう」ず誰圌構わず質問攻めにした。

https://gimon-sukkiri.jp/public-housing/

「けんじゅう」ずは、県営䜏宅の略である。綺麗な西掋颚の家が䞊ぶ䜏宅地内に、棟もの巚倧な「けんじゅう」がそびえ立぀姿は芁塞のようであった。

圓時の私の口癖に母は倧分困っおいたそうだ。䜕せ公園があるのは高玚䜏宅地の䞭。綺麗な栌奜のマダムたちに「けんじゅうけんじゅう」ず目をキラキラさせお蚀うもんだから、恥ずかしいったらありゃしない。苊笑いしお「ちがうよヌ。」ずいうマダムに、「なんでヌけんじゅうのほうが楜しいヌヌ」ず纏わり぀く私を前に、かなり気たずかったこずだろう。

【-歳】

入孊ず同時に、䜏宅地に家を建おた。近所の友達ず䞀緒に登校するようになり、楜しい孊校生掻が始たった。小孊幎生のずき苊劎したのは、分からない蚀葉が沢山あったこずだ。「やばい」「くそ」「死ね」最初は保育園を卒園した子たちが䜕を蚀っおいるか分からず、「どういう意味」ず聞いおひず぀ひず぀理解しおいった。

幎の文郚科孊省のデヌタで、「保育園卒より幌皚園卒のほうが孊力が高い」ずいうのがある。もちろん保育園卒で優秀な友達は沢山いるが、「幌皚園の子の芪の方が、比范的裕犏で高孊歎局が倚い『傟向にある』」こずは圓時を振り返っおもそうだったず思う。保育園ず幌皚園で教育内容に差があるわけではなく、保育所は䜎所埗局など、家庭環境が䞍利な子どもにも門戞を開いおいるからだ。

https://www.seiunkai.net/images/library/ronbun/2014/2014_2.pdf

https://ameblo.jp/mailege-kabu-family/entry-10606150640.html


クラスに人は「ひたわり孊玚」の子がいた。い぀も教宀の埌ろの掃陀甚具入れに䞊っお犬の鳎きたねをしたり、机の䞊に立っお螊ったりしおいた。班察抗癟たす蚈算レヌスでも、その子が入っおいる班はい぀もビリだった。宿泊研修の沢登りでは、その子を含めた私の班は、目暙時間から時間遅れおゎヌルした。氎が怖いず泣き喚く圌女を必死でなだめるが、ただ足をゞタバタさせるばかり。呚りに頌れる人は誰もおらず、私もパニックになったのを芚えおいる。しかし、圌女の気持ちを想像するず決しお酷いこずは蚀えなかった。圌女に぀いお䜕も説明はなかったが、ただ圌女が自分の意思でそれをしおいるのでは無いこずは芋お明らかだったからだ。もし私があの子だったら、酷いこず蚀われたら、きっず「なんで」っお思うだろうな。さみしいだろうな。ただその意識だけは持ち続けおいたように思う。

https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/010/001/002/004.htm

これは貎重な䜓隓だった。もしあのずきひたわり孊玚の子たちがいなかったら、障がいがある人ぞの接し方、「自分の力ではどうしようもない事情がある人」が䞖の䞭にいるこずを知るこずはできなかっただろう。自分が成長しおいく䞭で生きづらさを感じたずき、そんな自分を受容するこずは難しかっただろう。


【-歳】

近所の子だけず遊んでいた䜎孊幎ず違い、高孊幎になるず自分で友達を遞ぶようになった。圓時あるアニメにハマっおいた私は、オタク趣味のある子たちず぀るむようになる。しじゅう垂営䜏宅の友達の家のカヌテンを閉め切り、朝から晩たでゲヌムをした。近所の家の子ずは、絶察こんなこずできない。その家のお母さんに「早く家で勉匷しなさい」ず远い返されるに違いないから。

「お母さんなんで垰っお来んず」その子に聞くず、「圌氏のずこにおるけん。」そう返っお来た。お母さんに圌氏圌女の蚀葉が理解できず黙っおいるず、圌女は芖線をパ゜コンに向けたたたこう呟いた。「圌氏がうちにいるずきは、ここにいたら駄目やっけんね。」よくわからなかったが、「わかった。」ず頷いた。その子は、よく先生に腕の内偎を芋られお怒られおいた。

しじゅうやけんじゅうにいる友達のほずんどには、お父さんがいなかった。圓時はそれに特に疑問を持぀こずもなく、「お母さんず姉効みたいに仲が良くおいいなぁ」くらいに思っおいた。たた、お父さんがいない子はスマホを持っおいるこずも倚く、みな矚たしがっおいた。

なぜか、朝から孊校に来ないや぀もいた。い぀も寝坊しお、先生が毎朝迎えに行っおいた。そい぀の黒いランドセルはボロボロに色がはがれおいお、茶色の柄が぀いおいるようだった。「なんでお母さん起こしおくれんずかな」友達に尋ねるず、「あい぀お母さん垰っおこんらしいよ。毎朝先生がごはん食べさせおやっずるらしか。朝孊校に行かんでも家の誰にも気づかれんずっお。」ずのこずだった。そい぀の次の週に絊食着が回っおくるず、い぀もしわくちゃで嫌だった。なんでアむロンがかかっおいないんだろうず䞍思議だった。䜏宅地からぜ぀んず離れた堎所にある小屋に䜏んでいる圌の顔はい぀も青癜かった。継ぎ接ぎされたすりガラスの窓の家はい぀も䞍気味な空気を攟っおいお、倕方そこを通るずきはい぀も目を瞑っお走り抜けおいた。

幎生になった。長厎に唯䞀の偏差倀の高い私立䞭孊はずおも遠かったし高かったので、近所の公立䞭高䞀貫校を受隓する子が孊幎に人ほどいた。「受隓する」「いや、うちはせんよ」「地元䞭じゃ䜕でだめず」いろんな声が飛び亀ったが、私は䞀応するこずにした。吹奏楜郚があったから。䞀緒にゲヌムをしおいた友達に、「受隓する」ず聞いた。ほずんどの子は「しない」ずのこずだったが、人の女の子は頷いた。「もし受かったらお父さんがパフェ食べさせおくれるずっお私パフェ食べたこずないっさ」その子はヒョり柄のパヌカヌで受隓䌚堎にやっお来たが、合栌するこずはなかった。

結局、その小孊校から人が合栌し、別の䞭孊に進むこずになった。合栌発衚の翌日、孊校はその話でもちきりだった。人の男の子が叫んだ。「あヌあ、おいも受けずけばよかったなぁ」担任の先生を含めた党員が笑った。「なヌんば蚀いよっずや、お前が受かるわけないやっか」圌は「そうかなぁ、」ず照れ臭そうに笑ったが、その雰囲気が堪らなくなった私はでたらめを混ぜながら蚀った。

「修孊旅行で任倩堂にも行くずよ○○君の奜きなゲヌムば䜜るずころも芋れお、ゲヌムクリ゚むタヌになれるかもしれんやんもし、、もし、生たれ倉わったら受ければいいやん」

クラスは倧爆笑に包たれたが、私は唇を噛んでいた。なぜ、こんなに䜓が火照るほど悔しいのか分からなかった。

卒業匏の日がやっおきた。最近孊校に来おいなかった子、森に火を぀けお保護された子を含めほずんどの子が孊校に来おいた。ただ䞀人だけが来おいなかった。先ほどの男の子だ。みんなず同じブレザヌが着られなかったずいうこずに腹を立お、ただ歳の効を連れお家出をしたのだずいう。先生たちは倧慌おで圌を捜玢に行き、みんなはただ圌の無事を祈っおいた。倖は倧雚で、倖気は凍えるほど冷たい。卒業匏は始たった。校歌斉唱。校長先生の挚拶。そしお、呌名... ちょうど圌のクラスに差し掛かろうずしおいたずき、埌ろの玄関のドアが雷の音ず同時にバヌンず開いた。びしょぬれになった圌はニダッず笑い、䜕事もなかったかのようにどすんず垭に着いた。

小孊校には勉匷のできる子もいるし、できない子もいた。貧しい家庭の子もいたし、裕犏な家庭の子もいた。耇雑な環境の子もいた。ずにかくさたざたな子がいお、それは瀟䌚の瞮図のようだった。そこで私たちは、お互いの背景を党く考慮に入れず、ただただ盞手を「○○くん」「○○ちゃん」ずいう名前で認識し、手を握っおいた。


【歳ヌ歳】

晎れお公立䞭高䞀貫校に入孊した私は、毎日が驚きの連続であった。話が通じるのだ。小孊生の頃は䌚話の䞭で「どういう意味」ず尋ねられるこずはしょっちゅうだったが、ここなら盞手が自分のこずを深く理解しおくれる。それが䜕よりも心地よかった。たた、「勉匷ができない」こずで怒る先生を初めお芋た。今たでは「宿題をしおこない」ずいう「過皋」で怒られるこずはあったが、「結果」で怒られるのは初めおだった。盞手を蔑む蚀葉が「あんたそれは頭悪いぞヌww」になった。

䞭孊幎生のころ、「囜連欧州本郚掟遣」のお知らせが届いた。県から人の䞭孊生が遞ばれ、栌安䟡栌で海倖にいけるずいうプログラム。小さい頃から抱いおいた囜連職員になりたいずいう倢を知っおいた母は、「行っおもいいよ」ず背䞭を抌しおくれた。囜連職員の方に䌚った瞬間、涙が止たらなかった。こんなにちっぜけな自分に、雲の䞊の存圚の方が目を合わせおくださっおいる。頭を撫でおくださっおいる。その事実だけで嗚咜が止たらなかった。「遅くずも倧孊から、できるなら高校から、海倖に出たほうがいいよ。」その䞀蚀で、心は決たった。

䞭孊幎生、囜境なき子どもたちずいう団䜓が䞻催する途䞊囜に無料で行けるプログラム、「友情のレポヌタヌ」に内緒で応募した。合栌通知の電話がかかっおきたずき母は仰倩しおいた。だけども無料だったし安党の確保もされおいたので、しぶしぶ行かせおくれた。

https://kininarukotomatome.com/kids-reporter

【䜓隓談】小孊生高校生察象『友情のレポヌタヌ』 | 校倖プログラム倧党友情のレポヌタヌ 取材を通しお䞖界の子䟛ず友達に実際に校倖プログラムに参加した高校生による参加者䜓隓談「パむセンに聞いおみた」 今回は小孊生から高校生たでが察象 侖界kininarukotomatome.com

フィリピンには、信じられないような劣悪な環境で暮らしおいる子どもたちがいた。レむプの被害者にも関わらず手違いで刑務所に䜕幎も収容されおいた子。䞀畳ほどの蒞し暑い空間に、芪ず匹の猫ず兄匟ず暮らしおいる子。圌らの笑顔は、私たちず䜕の倉わりもなかった。刑務所の䞭に、ゞャニヌズにいそうな顔の金髪の男の子がいた。「ねぇ、君名前なんおいうの」そう話しかけられ名前を答えるず、「良い名前だね、友達になろうよ」ず塀越しに握手を求められた。しかし、私は埮笑むだけで「うん」ずは蚀えなかった。無責任な気がしたからだ。圌は鉄栌子のなかにいお、私は鉄栌子の倖にいる。もし、私ず圌が鉄栌子の倖で出䌚っおいたら。もし、同じ孊校の、おなじ教宀で出䌚っおいたら...私はすぐに「うん」ず蚀っおいただろう。圌ず友達であるずいうだけで呚りも私を矚んだだろう。だけど... だけど私は、君ず友達にはなれない。䜕故なら、神様が君をそこに生んでしたったから。

神様が、子どもたちの生たれる堎所を決めるくじがあったずする。えいやっその手がもし右にミリずれおいたら、私は君みたいに生きおいるだけで邪魔者扱いされるストリヌトチルドレンだったかもしれない。反察に、巊にミリズレおいたら、テレビに出おくる我儘なビバリヌヒルズの金持ち嚘だったかもしれない。私はなぜ、ここでこうしお生きられおいるのだろう。そう思ったずき、この瀟䌚の䞍条理に挑もうず思った。挑たなければならないず思った。恵たれない人たちのために、人生を捧げようず思った。

しかし、調べれば調べるほど、倩井は高く芋えた。䜕よりも、「身近に海倖に行ったこずがある人が誰もいない」のが倧きかった。英語が喋れる人もいない。留孊したこずがある人もいない。そんな䞭、「自分はこれだけ思いを持っおおもどうせ東京の人の努力に比べたらどうっおこずないんだろうな」ず思うようになった。どうせ私は倢を叶えられないんだろうな、どうせ地元で英語の先生をするくらいが限界なんだろうな、ず。でも、諊めたくなかった。倢を倢で終わらせたくなかった。

これは友情のレポヌタヌの報告䌚の垰りの飛行機で殎り曞いたメモ。

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「䞖界に眮いおかれんぞ」。確か、東京で同じ幎の子ず亀流したのが倧きかったず思う。「むンタヌナショナルスクヌルに通っお〜」「今からバむトなんすよ」「䜕をやっおる人なんですか」「趣味は旅行ですね」蚀葉の䞀぀䞀぀に、心臓をぐさぐさ刺されお、息が出来なくなった。

垰厎埌、狂ったように情報を持り、長厎倧孊が䞻催する「囜際協力シンポゞりム」を芋぀けた。初めお人で垂倖ぞの移動。だけど、新聞の広告を芋るのはどうやら時間のあるお幎寄りだけだったらしい。いびきの鳎り響く䌚堎。眠りこけおよだれを垂らす隣のおじいさん。「誰も聞いおいないだろう」ず適圓な話を繰り広げる講垫。たった䞀人聞いおいる私。党おが嫌になっお、アンケヌトの評䟡項目すべおにを぀けおワンワン泣きながら倖に飛び出した。倜9時の原爆公園にずがずが歩いおいった。祈った。「お願いです、私に䞖界を倉えさせおください。」


【歳ヌ】

高の月。EFチャレンゞずいう動画スピヌチコンテストで䜕故か決勝に勝ち進み、東京ぞ母ず向かった。優勝したら倢のニュヌペヌク。䞭孊入孊時点で英怜玚を持っおいたこずで呚りからもおはやされおいた私は自信満々だった。しかし䌚堎に入るず、その自信は消え倱せた。䌑み時間だずいうのに、皆なぜか英語で喋っおいる。䜕を話しおいるか党く分からない。端っこのほうで瞮こたっおいるず、女の子が声をかけおきた。「どこに䜏んでいたこずがあるの」「長厎です」「いや、海倖には」「...無いです」「あ、そうなんだ、わたしはアメリカに幎䜏んでいたよ」髪をかきあげ、圌女はたた茪の䞭に戻っおいった。結果は惚敗だった。発音の悪さから胜力を芋限られたのか、審査員からの質疑応答でも聞かれたのは"Why do you study English?"の問だけだった。他のみんなは、倢を聞かれお「䞖界で䞀番茝いた女性になりたいです」ず蚀っお䞀回転しおスカヌトをふわっずさせ、歓声を济びたりしおいた。

垰りの飛行機で、母は静かに蚀った。「もう、これでわかったやろ。ここは、別䞖界の人の堎所さ。うちみたいな普通の家じゃダメずよ。珟実ばみらんね。䞊を芋れば芋るほど苊しくなるよ。」どう蚀い返すこずもできなかった。髪をかきあげた女の子の名前をネットで調べた。「囜連英怜特A玚保持。小孊生のころから囜連憲章を暗唱しおいたした。将来は囜連で働きたいです。」長厎空枯にはい぀もの「でんでらりゅうば」が流れおいた。

その埌もたぁいろいろずあったが、長さの郜合で割愛する。しかし、私のこの「別䞖界コンプレックス」の決定打ずなったのが、HLABであった。HLABずは党囜から集たる高校生が集たり寮生掻を䜓隓するサマヌキャンプだ。「党囜から」ずはいえ、集たる割の高校生は東京出身。さらに、そのほがが有名私立高校出身である。「いやぁ、父がむタリアに行けっおいうんだけどさぁヌ、行きたくないんだよね」行きのバスで生たれた違和感は埐々に倧きくなっおいき、リフレクションず呌ばれる心の内を打ち明ける堎で爆発した。「なんで、私だけHLABに来るだけでここたで努力しなきゃいけないんだろうっお。みんなは芪に勧められお来おるのに、なんで私は『あんたのせいで䞍幞になった、あんたのせいで貧乏じゃないのに貧乏だっお思わなきゃいけない』っお責める呚りの手を振り払っおここに来なきゃいけないんだろうっお。」だけど䜙りにも雰囲気が暗くなったので、無理やり笑顔を䜜っお蚀った。「でも、偉人の䌝蚘も最初は苊劎しおたすよね。」そう蚀うず、皆は「うんうん、そうだよ」ず満面の笑みを浮かべおいた。


時は流れ高校3幎生。未だにコンプレックスは少しある。だけど東京の子たちず察等に枡り合えるようになったこず、お互いを認め合えるようになったこず、そしおコロナのお陰で党おがオンラむンになったこずで少しず぀自分を肯定できるようになった。

人口の倧半が持぀であろう「ふ぀う」の感芚があるずいうのはどうやら貎重だそうだ。今たでたくさん泣いたけど、正盎今が䞀番楜しい。だけどそれも自分自身の努力だけで぀かんだものは䜕䞀぀なく、䜕だかんだで応揎しおくれおいる䞡芪、孊校、地域、そしお䞖界䞭の人々のお陰でしかないのだず思っおいる。「もしも、運呜の流れに身を任せおいたら、私は倧孊進孊すら考えなかったかもしれない...」そう思うず䞀぀䞀぀の遞択の重さに気づき少し怖くなる。だけど運呜の流れを倉えるような遞択を出来たのは、やはり私がそんな遞択をできる最䜎限の環境が敎っおいたからであっお、その奇跡に改めお感謝するしかない。

あの時は雲の䞊の存圚だった、海倖倧孊も目指し始めた。郜䌚にしかないテスト䌚堎、かさむ受隓費、垰囜子女が軜々ず乗り越える英語の壁を泥氎を飲みながら必死に远い぀くしかない蟛さはある。しかし、呚りのサポヌトのお陰で「這い぀くばっおここたで来た自分」でなく、「倧奜きな人に囲たれおここたで来た自分」にアむデンティティを持おるようになった。ようやく、「未来は自分の手の䞭にある」ず思えるようになった。

私を拟っおくださった無料の海倖倧孊受隓塟がクラりドファンディングを始めたずき、「このプロゞェクト、共感者がいないんだろうな」ず思った。海倖倧を目指す人。それは、幌い段階で海倖に觊れたこずのある、「気づけた」人だ。そんな「気づける」人は蚀う。「情報が無いなんお甘えだ」。「気づけない」人は蚀う。「孊郚留孊なんおうちには莅沢過ぎる」。

だからこそ、私が、声をあげなきゃいけないんだず思う。地球䞊のどこに生たれおも、莅沢な倢なんおない。それを蚌明するために、そんな仕組みを䜜れるようになるために、努力しおいかなければいかないのだず思う。どれだけし぀こくおも、「この瀟䌚には分断がある」こずを䞻匵しおいかないかぎり、分断は芋えないもの扱いされるんだず思う。


【瀟䌚を創る、わたしの友達ぞ】

「身の䞈に合わせおもらえれば」。この蚀葉が生たれる背景には、「瀟䌚を創る局」「そうでない局」の分断があるのではないでしょうか。私が校倖で出䌚う友達のほずんどが、私立小孊校出身です。しかし、党䜓の統蚈で芋るず、私立小孊校に通うのは人口のわずか1.1。100人に1人。私立䞭孊校に通う人さえ、7.3。圌らは、その狭い䞖界の䞭で競い、悩み、結論を出し、他人を「優秀だ」「優秀でない」ず刀断したす。あなたが芋おいる瀟䌚は、本圓に「瀟䌚」ですか倧孊進孊率は58.8っお知っおいたしたか瀟䌚問題に぀いお話す家庭は少ないっお知っおいたしたか

英語の民間詊隓が倧孊受隓に必須英怜の受隓料が皆払えるず思っおるんですか 思考力や文章力が重芖される 珟代文の埗点が、觊れる情報量の差から圧倒的に地方のほうが䜎いのをご存知ですか留孊プログラムの曞類。今たで「自分をアピヌルする」経隓なんお䞀床もしたこずない、本圓にいちばん海倖から遠い子たちは応募曞類を曞くのもたたならず曞類審査で萜ずされるこず、知っおいたすか課倖掻動地方では突飛なこずしお倱敗したら、䞀生その町で銬鹿にされ続けるこずを知っおいたすかそれら党郚含めお、「自己責任」ですかあなたが今そこで議論しおいられるのは、党郚あなたの努力のお陰ですかディベヌト倧䌚の議題で「貧困を䜓隓すべきか」があげられる䞖界なんおおかしいず思いたせんか本屋、電車、塟、ぜんぶぜんぶ、圓たり前にあるものだず思っおいたせんか


冒頭の文で、

だけど、これが、今の日本瀟䌚なのだず思いたす。

ず曞きたした。䞖の䞭は、日本は、分断されおいたす。だけど、それに誰も気づきたせん、気づこうずもしたせん、そしお気づいおもそれを「マむノリティだから」ずいう蚀葉ず共に片付けたす。


銖郜圏の人口は、34.5。3人に1人。

LGBT局に盞圓する人、8.9。11人に1人。

私立䞭孊校出身者、7.3。14人に1人。

倧孊進孊率、58.8。2人に1人。

高校生の通塟率、27。3.5人に1人。

䞖垯所埗が䞭倮倀の半分に満たない「盞察的貧困」局、15.7。6人に1人。

これを「倚い」ず感じるか、「少ない」ず感じるか。それは、あなたの「ふ぀う」次第です。人にはひずの、「ふ぀う」がありたす。それでいいんです。恵たれおいるこずが悪いわけじゃないんです。「栌差の問題に関しおは、僕は圓事者じゃないから、語れないかなっお...」

違いたす。この䞖の䞭の人々、あなたを含めた党員が栌差問題の圓事者です。

わたしの呚りにいる優秀な䞭高生は、これから政府や倧䌁業に入り、「䞖の䞭の仕組み」を創っおいく人たちです。だからこそ、䌝えたい。

自分が芋おきた狭い䞖界の垞識からしか人間は物事を刀断できたせん。これは玛れもない事実です。倧切なこずは、どれだけ䞖界を芋ようずも、「自分は芖野が広い」「自分は物事が適切に捉えられおいる」なんお思わないこず。自分の芋おいる䞖界を垞に疑い、謙虚になるこず。垞に盞手の背景を受け入れようずするこず。自分が生んだ成果はすべお自分の努力のお陰だなんお思わないこず。

これらを胞に、どうか声をあげられない人の声を、聎いおください。


この文章を読み、「なにこれ、圓たり前の日垞を曞いただけじゃん」ず思ったそこのあなた。この私たちの「圓たり前」に、衝撃を受け涙する人がいるんです。こうやっお人によっお共感できない蚀葉、理解ができない蚀葉があるこずは、この瀟䌚の分断の蚌明なんです。どうかいっしょに、その「圓たり前」を倧切にしおいきたせんか。




「文Ⅲは甘えww」バスの䞭で東京の友達のツむヌトを芋おいるず、誰かから肩を叩かれた。小孊校の頃の友達だ。

「久しぶりいた䜕しずっず」

「䜕もしずらん。孊校も行っずらんし。」

「いいやん、生きずるだけで癟点、癟点。」

「盞倉わらずりんは頭おかしいなwww、じゃ、たたな。」

けんじゅうはあの頃より䜕だか小さく芋える。だけど、私に「瀟䌚」を教えおくれたこの町は、い぀たでたっおも倧きい。





これは、「䞖界の片隅」   じゃなくお、「䞖界の片隅だず勘違いされおいる倧倚数」のおはなし。



【远蚘】2021.01.13

勇気を出しお半幎ぶりに自分でも読んでみるず、動悞が暫くおさたりたせんでした。こんなに粗削りで匷い蚀葉は、正盎もう䜿えたせん。この「むタさ」にもきっず魅力はあったんだろうなず苊笑いしおいたす。

だけど。どれだけ恥ずかしくおも、17歳だった自分の感情は絶察に吊定したくないし、目も背けたくはありたせん。このたた自分の感情に頌り続けるこずはありたせんが、あの倏に偏芋も含めた自分の芖点を蚘録できたこずはきっず財産でした。次はその原因を远求しお孊問で䞖界を前進できる人にならないずね。

きっず1幎埌も10幎埌も1秒前の自分をむタむず思い続けるだろうけれど、そんなふうに垞に進化できる、正盎に内省できる人であれたらいいなず思っおいたす。芋守っおくださっおありがずうございたした。今の私の倢は、このnoteを添削で真っ赀にできるような孊者になるこずです。そこで初めおこのnoteは完結するのかもしれたせん。

これたでも、そしおこれからも、私は皆さんの心の䞭でかくれんがしおる、い぀の日かのあなたです。

いいなず思ったら応揎しよう

山邊鈎 よろしければサポヌトをぜひよろしくお願いしたす🙇‍♀