メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

雚の蚘憶

    矎術通の自動ドアが開くず、ひやりず湿った颚が頬を撫でた。空はただ、雚になるかどうかを決めかねおいるようだった。

    曇倩は、薄い灰色を幟重にも重ねた絵の具のように広がっおいる。六月の終わり、私は静岡県の登呂遺跡公園に隣接する、小さな矎術通を蚪れおいた。

    「雚の蚘憶」ずいう䌁画展だった。

    氎滎を閉じ蟌めたガラス䜜品は、たるで今にも零れ萜ちそうな光を宿しおいる。展瀺宀ごずに異なる雚の銙りが挂い、山に降る雚、田んがに降る雚、倏の倕立。それぞれの蚘憶の䞭を歩いおいるようだった。

    奥の郚屋には、ただ誰の䞊にも降っおいない雚を描いたずいう絵が、静かに食られおいた。

    キャンバスの隅には、萜ち着いた青のシャツを着た男性が立っおいた。

    少し䌞びた黒髪ず、気負いのない排萜た装い。筆臎は決しお现かくない。それでも、その人物だけは劙に蚘憶に残った。

    ただ、それはすぐに流れおいく思考のひず぀に過ぎず、考えを巡らせるこずもないたた、矎術通を埌にした。

    そしお、石段を䞋りかけたずころで、ふず足が止たった。

    少し先を、䞀人の男性が歩いおいた。

    耳にかかる長さの黒髪が颚に揺れおいる。青みがかったチェックシャツに黒いパンツ。着慣れた服が、その人の静かな品のよさを際立たせおいた。

    この堎所には少しだけ䌌぀かわしくない。その違和感が、䞍思議ず目を匕いた。

    い぀からいたのだろう。

    矎術通の䞭では芋かけなかったはずなのに。

    銖を傟げながらも、せっかくここたで来たのだず思い盎し、私は遺跡公園ぞ足を向けた。

    埩元された竪穎匏䜏居の間を歩く。

    土の匂い。
    颚に揺れる草。
    遠くに芋える氎田。

    曇倩の䞋の登呂遺跡は、時間の流れが少しだけ遅くなるような、䞍思議な静けさがあった。

    「雚、降りそうですね」

    声をかけられお振り返る。

    さっきの男性だった。

    近くで芋るず、笑っおいないのにどこか穏やかな衚情をしおいた。

    少し錻にかかった、穏やかな声。
    よく通るわけではないのに、䞍思議ず耳に残る。

    この人はきっず、蚀葉を急がない人なのだず、その䞀蚀だけで思った。

    「そう、ですね」

    「こういう倩気、萜ち着きたすよね」

    圌は空を芋䞊げながら蚀った。

    「みんな少しだけ、静かになるでしょう」

    どこかで聞いたこずのある蚀葉のような気がした。

    「よく来るんですか ここ」

    「たたに」

    私は答えた。

    「叀いものを芋るの、奜きなので」

    「どうしお」

    「どうしおだろう」

    考えおみる。

    「ずっず前に誰かが生きおいた蚌拠が残っおいるのっお、䞍思議だなっお思うんです。自分の悩みずか、小さく感じるずいうか」

    圌は少し笑った。

    「優しい芋方をするんですね」

    「そうですか」

    「僕だったら、少し寂しくなりたす」

    「寂しい」

    「どれだけ倧切だったものも、最埌には土の䞋に埋もれおしたうから」

    颚が吹く。

    雚の匂いが濃くなった。

    ぜ぀り、ず頬に冷たいものが萜ちる。

    「降っおきた」

    私たちは近くの竪穎匏䜏居の軒先ぞ移動した。

    藁葺き屋根を叩く雚音が、少しず぀匷くなる。

    「雚、奜きなんですか」

    圌が蚊いた。

    「奜き、ずいうより  」

    少し考える。

    「雚の日にしか芋えない景色が、奜きなんです」

    「景色」

    「はい」

    癜く霞んだ空。遠くたで音を吞い蟌んでしたうような静かな街。

    倜の道路に街灯の光が滲んで、い぀もの道なのに少しだけ違っお芋える瞬間。

    「雚が降るず、䞖界の䜙蚈なものが少しだけ静かになる気がしお」

    自分でも、少し倉わったこずを蚀っおいる気がした。

    「だから、雚の日を倩気が悪いっお蚀うのは、違う気がしお」

    晎れた日には晎れた日の良さがある。

    でも、雚の日にしか芋えないものも確かにある。

    「こういう景色を芋ながら、誰かず『雚ですね』っお話せたら、少し嬉しいなっお思いたす」

    蚀ったあずで、少し気恥ずかしくなった。

    圌は黙っお雚を芋おいた。

    「  それ、玠敵ですね」

    しばらくしおから、小さく蚀った。

    「僕も、そう思いたす」

    䞍思議な人だった。

    名前も知らない。
    たたたた雚宿りをしおいるだけ。

    それなのに、昔から知っおいる人のような安心感があった。

    「あなたっお」

    私は口を開いた。

    「なんだか、理想の人っお感じがしたす」

    蚀った瞬間、したったず思った。

    初察面の盞手に蚀うこずじゃない。

    けれど圌は驚いた顔をしたあず、少し困ったように笑った。

    「理想、ですか」

    「ごめんなさい。倉な意味じゃなくお」

    「いいえ」

    圌は銖を振った。

    「でも、そうかもしれたせん」

    「え」

    「僕、自分のこずをあたり知らないんです」

    冗談を蚀っおいるようには芋えなかった。

    「気づいたらここにいお。雚の日になるず、ここぞ来たくなる」

    圌は竪穎匏䜏居の向こうを芋た。

    「だから、もしかしたら」

    そこで蚀葉を切る。

    「もしかしたら」

    「誰かの願いでできた存圚なのかもしれない」

    雚音だけが響いおいた。

    ありえない話なのに、なぜか笑えなかった。

    「もしそうだずしたら」

    私は蚀った。

    「その人、センスいいですね」

    圌は目を䞞くしお、それから声を䞊げお笑った。

    その笑顔を芋お、胞の奥が少しだけ痛んだ。

    「あ」

    圌が空を芋䞊げる。

    い぀の間にか雚は匱たっおいた。

    雲の切れ間から、薄い光が差しおいる。

    「もう行かないず」

    「どこに」

    「わからないです」

    圌は苊笑した。

    「でも、たぶん時間なんだず思いたす」

    「たた䌚えたすか」

    思わず蚊いおいた。

    圌は少し考える。

    「雚の日に、ここぞ来おください」

    「それだけ」

    「十分でしょう」

    そう蚀っお笑った。

    次の瞬間、匷い颚が吹いた。

    反射的に目を閉じる。

    再び開いたずき、圌の姿はなかった。

    竪穎匏䜏居の前には、雚䞊がりの匂いだけが残っおいた。

    垰り道、足は自然ず矎術通ぞ向かっおいた。

    受付でもらった案内には、圓日に限り再入堎が可胜だず曞かれおいた。

    雚粒を閉じ蟌めたガラス䜜品も、雚の銙りを集めた展瀺も、もう䞀床芋おみたかった。

    最埌の展瀺宀。

    登呂遺跡を描いたあの絵の前で、私は立ち尜くした。

    キャンバスの隅。

    気づけば私の䞭に残っおいた、あの男性の姿は、どこにもなかった。

    最初から、描かれおいなかったみたいに。

    窓の倖では、たた雚が降り始めおいた。

    私は少しだけ笑った。

    もし本圓に、誰かの願いが䜜った存圚だったずしお。

    もしその誰かが、私だったずしおも。

    それなら、それでいいず思った。

    雚の日に䞀緒に景色を芋お、「雚ですね」ず話せる人がいおくれたこず。

    その時間が、私の䞭に残っおいるこず。

    それだけで、十分だった。

    次の雚の日も、私はたぶん登呂遺跡ぞ行く。

    今床は、誰かの分の傘も持っお。

     
     

    ___ashitane

     
     
    ゜ラずりミのアむダ

    あなたぞのおすすめ