
イルゾォンとは
まだまだ暑い九月のかかりであったと思う。
水頭症になったうちの父親が、ますます具合が悪くなっての。要介護3は確実じゃよってに、特養を探さねば、という事になった。
母親から出された条件は「1ヶ月の経費は15万以内」ときた。15万に収めるには「従来型の相部屋」しかない。
ユニット型が主流の昨今にあっては、従来型というのは絶滅寸前での。しかも従来型はケアマネを通さず自分で申し込まねばならん。
安い特養を探して、わしの行脚は始まった。いや、あれは旅ではない。行脚じゃ。
水頭症というのはの、認知症と非常に良く似た症状を示す。それを独りで面倒を見る母親を救うには、どうしても父親を預けねばならん。
休みの日に、山奥の特養から海辺の特養へ。わしは途方に暮れて寂しゅうなった。
そしてそんな時は、カルロス・トシキの物真似をすると若い時分から決めておる。寂しい時ほど仕上がりがいいんじゃよ、カルロスは。
松任谷由実がカルロスに提供した「時はかげろう」という曲のサビを、頭の中で諳んじる。そしてわしに動揺が走る。
“イルゾォン、時はかげろう”
イルゾォン?イルゾォンとは何じゃ。もしくはイルッツァオ。イタリア語か?
いや、それはあるまい。カルロスの出自は確かブラジル。ここはポルトガル語と推測するのが正しい。
ならば何ゆえここで急にポルトガル語か。しかもイルゾォンなどと。まったく耳にした事のない言葉じゃ。造語か?
よもや、何かの新しいスピリチュアル用語ではあるまいか。それをサビでぶち込むのか。もしそうなら、新しいなカルロス。深いなユーミン。
わしは遠くを見たよ。遠くを見すぎて横断歩道前の歩行者に気づかず、張っていたパトカーに捕まった。その週で二度目じゃ。
イルゾォンではなく、イリュージョン。カルロスは英語の発音が上手すぎるよってに。聞き取れなんだ。
まあまあ、週に二回も全く同じ設定で警察に捕まる方がよっぽどイリュージョンやけどね!
(終わり)
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